第9話   双子のお世話は私がします!

 よくわからない物体を丸ごと茹でて、ロゼ君と切り分けて食べました。後悔の念が沸かないほど美味しかったです。不健康そうな人でこれなんですから、もっと健康的でほどよく肉付きも良い人だったら、私はステーキの焼き方をなんとしてでも勉強したいですね。


 もう、私の味覚も感覚も、美味しければいいという、道理に反したものに変わってしまいましたね。でも、不思議とそこまで怖くはありませんでした。ロゼ君がいたからですかね。


 自分一人で変貌してゆく己を観察していたら、きっと正気じゃいられなかったと思います。同じ境遇で同じ物を食べている仲間が、それを肯定的に促してくれているのは安心しましたね。


 こんな形で、絆を生み出すやり方は、間違っているのかもしれません、ですが、ベビーミミックが生きていくためには、流れに身を任せるのも手なのだと、思い知りました。


「ごちそうさまー。聖女様、すっげー美味しかったよ! 俺、明日も聖女様のメシ食いてーなぁ」


 満面の笑みで褒めてくれるラズ君に、私はびっくりしました。だって、今まで誰にも、料理を褒められたこと、なかったですから。それ以前に、自分以外のための料理を作ったことが、ないです。家庭科の授業だって、仲間のためではなく、自分が食べたいからお鍋をかき混ぜていました。それなのに、こんなに下手な私の料理に、好意的な感想まで添えてくれるだなんて。


 デザートのフルーツが美味しかっただけかもしれませんが、私はまた彼の笑顔が、見たいと思いました。自然と笑顔がこぼれます。


「はい、こんなのでよければ、明日も作りますよ」


「やったー!」


 明日と言いましたが、窓から見える景色は、相変わらずのビーナスベルト。綺麗なんですが……空模様が変わらないのは、不安になってきますね。


「今、何時頃なんでしょうか。ずっと朝みたいな空ですね」


「ハイ。ピーコックの支配している空間は、ずっと朝ナンデス」


「これもピーコックさんが管理しているんですか」


「近場に水も引いてくれてイマスヨ。おかげで水不足には悩んでおりマセン」


「茹でに使ったお水も、ラズ君が背負って運んでいましたね」


 不思議ですね、味もしっかり水でしたし、リンゴもブドウも、触感と味は本物でした。絵画に描かれた静止画の被写体が、ちゃんと減っていて、同時に私は食料が限られていることを知りました。


 ラズ君たちが節約しすぎて、やたらと飢えていたのは、絵画の中の食料を、お互いのために食べないでいたせいでした。いやいや、食べましょうよ、三日も食べてないとか、嘘ですよね。スープぐらい作って飲んでましたよね、ね?


 怖いので、あまり聞かないでおきましょう。


「ねー聖女様、俺もう眠くなってきたや」


「え?」


「俺、腹が減り過ぎて眠れなかったんだよな。だから、ずーっと起きてたんだ。起きててもお腹痛くなるばっかりで、あんま楽しくないんだけどさー」


 空腹過ぎて腹痛と勘違いしてしまう経験、私にもあります。


 よくロゼ君を食べようと思いませんでしたよね、モンスターも食べちゃう子なのに。きっと心根は、優しい子なんでしょうね、私は何度か食べられかけましたけど……。


「聖女様も一緒に寝よう」


「う~ん、そう言えば、私もちょっと眠たいような……」


 お花畑の土の上での仮眠じゃ、ベビーミミックの睡眠欲は満たされなかったようです。急に眠気が、体もあったかくなって、重だるくなってきました。


 でも私の歯には、いろいろな繊維が詰まってしまっていますし、顔も洗いたいですし、贅沢を言うならばお風呂にも入りたいですから、このまま食堂でぐっすりは遠慮したいです。


 この子たちにも、ちゃんと歯磨きしてほしいですからね。歯が痛くなっても、ここには歯医者さんなんていないでしょうし、連れていってくれる大人もいないのであれば、抜けるのを待つしかなくなりますから……。歯は大事です。


「ラズ君、ロゼ君、歯ブラシは持っていますか?」


「んー、それっぽいのはあるけどー、あれたぶん歯ブラシじゃないかも」


「歯は毎日磨いていますか?」


「たまに忘れるー」


 たまに……まあ許容範囲としましょう。


 私は双子を急かして、歯ブラシに代用しているというソレのもとへ、案内してもらいました。屋敷の薄暗い廊下を歩いて、おそらく使用人部屋であろう小ぶりなベッドと、そのすぐ隣りの小さなシンクが付いた洗面台へ。そこには計量カップが二つ並び、小さな部品を丁寧に磨くような細長いブラシが二本、ペンのように突っ込まれていました。


 私はソレのブラシ部位が長くて、磨きづらいと思いまして、ロゼ君からハサミを探してきてもらい、彼らの口に合うようにカットし始めました。


「あなたたちは、どれくらい前からここに住んでいるんですか?」


「一ヶ月くらいかなー。でもここはずーっと朝だし、一日も経ってないかもな」


 う、その考え方はありませんでした。ここにいたら、飢えながら終わらない一日を過ごすという超常現象に、苦しまなければならないのですか。それはキツイです。


「はい、歯ブラシできました。では、次からコレで歯磨きをしてください。あ、私の分の歯ブラシってありますかね」


「いっぱいあったぞー。今度は俺が探してくるよ」


 ラズ君が元気に部屋を飛び出し、そしてすぐに戻ってきました。う、いろんな種類のブラシを腕いっぱいに。どうみても靴磨き用の、とても人間の体に入らない大きさのもあるんですが、私ちゃんと歯ブラシって言いましたよね。


 まあ、いいですよ、小さいのもちゃんとありますし。用途不明のブラシですから、お水でよく洗って使わなければ。金色の金属でできた蛇口を回して、っと……あれ? 一滴も出ません。


「水は汲んで使うんだー」


「そうだったんですか。では、蛇口は飾りと思っておいていいですかね」


「うん、それでいいぞ」


 利便性の強弱が激しいお屋敷ですね。


 水の入った桶はキッチンにありますから、ブラシを片手にまた廊下へ出て移動していきます。水桶は、水を使うお部屋ごとに置いておく必要がありますね。じゃないと、こうやっていちいち往復しなければならなくなります。良い運動かもしれませんが、食料が限られている中で、お腹の減る行動は省略していきたいですね。



 歯茎が血だらけにならなかったのは、きっと私が防御力の高いミミックだからでしょう。ラズ君だけ血だらけでしたから、明日また柔らかいブラシを探してあげませんと。


 う……眩暈が。


 眠気がひどくなりすぎて、頭痛が。足が、もつれて。


「聖女様、風呂どうするー?」


 風呂……?


「お風呂の水も出ないからさー、あっためたお湯を頭からかぶったり、体拭くことしかできないんだー。体が寒いと眠れないから、風呂だけは毎日やってるよー」


 突然、ラズ君がハッとして「あ!」と叫びました。


「でも俺の裸は絶対に見ちゃダメだからな! 絶対だからな! 俺ちゃんと言ったからな!」


 この子にも年相応の羞恥心があってよかったです。もうママと一緒に女湯に入れる歳ではないんですから。


「ええ、約束します。ラズ君の裸は絶対に見ません。その代わり、私の裸も見ないでくださいね」


「わかったー。あ、ロゼは?」


「ロゼ君もダメです」


「はーい」


 今のところラズ君の聞き分けが良くて大変助かります。


「さっそく鍋でお湯を沸かそう」


 ラズ君がキッチンに立っている間に、私は……みるみる目線が縮んで、もとのベビーミミックに戻ってしまいました。慌てて廊下へ移動します。


 そばにロゼ君がいて、助かりました。小さなミミックになった私を、丁寧に抱えてくれました。


「眠いんデスカ? お風呂、どうシマスカ?」


「うぅ、できれば、土だらけの体を拭きたいので、私の番が来たら起こしてください……」


「ハイ」


 ミミックに戻った私の声は、聞くに堪えないひどいものなはずなのに、ロゼ君には通じました。私は安心しきってしまい、人肌より少し冷たいロゼ君に抱っこされたままで一眠り……そしてグツグツという軽快な音に目を覚ますと、熱湯の中にボチャーンッと落とされ、口の中にお湯が入って何度も溺れそうになりながら、不安定に浮き沈みする体をなんとか浮上させようと、手足をバタつかせました。


 目の前には、お鍋を覗き込むロゼ君の姿が。


「あ、お風呂は覗いてはいけないんデシタヨネ。退散シマス」


「ちょ! ちょっと待って! どうして私をお鍋に入れてるんですか!」


「僕が何度起こしても起きませんデシタノデ。息絶えたと思い、茹でて食べようと思いマシタ」


 こ、こんのガキャアアア! すぐ食おうとするな!


「僕もラズも体を拭き終わりマシタカラ、どうぞごゆっくり」


「あああ待って! 行かないで! 火を! 火を止めてください!」


 不本意ながらお風呂を済ませた私は、自力で鍋から飛び出して脱出。はぁ~あ、もう、ふらふらです、早く横になりたい、一人で横になりたい、切実に。


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