No.5:「ガル”ドの”いじわ”る”ぅぅ」

部屋に戻った二人は、エフェメラの才能が発芽した日以来となる、高級料理に舌鼓をうった。

その中で、一足先に食事を終えたガルドはと言うと、袋から小さな手帳を取り出し、さらさらとペンを走らせていた。


「ふむ――――こんなところか」

「…………さっきから何を書いてるの?」

「そのタウンで食べられる一番おいしい料理の総評を書いてるのさ」


――――――――――――――――――――――――――――――――

『シルク鯨の炙りとA6海老の虹色ソースがけ』

バベル50階(カストル)

味・・・・・・・脂の乗った肉に虹色ソースが絡んで堪らない。10点。

香り・・・・・・鯨を炙った香ばしさが強烈に食欲をそそる。9点。

触感・・・・・・これでもかってほど海老がプリっプリ。最高。10点。

見た目・・・・・盛り付けが雑。何か一工夫欲しい。7点。

コスパ・・・・・この値段でこの味は素晴らしい。10点。

総評・・・・・・46点。

――――――――――――――――――――――――――――――――


そう言って見せられた手帳の中には、今いるジェミニタウンの料理だけではなく、恐らく今までガルドが踏破したであろう沢山のタウンの食事が事細かに評価されており、中身を覗き込んだエフェメラも思わず感嘆の声をあげる。

ペラペラとページをめくり、ここのパインサラダは抜群に美味かった、ここの黒酢小麦麺はスープが衝撃的だった、ここのドラゴンカツレツは値段の割に味付けが微妙だった、など嬉々として語るガルドの姿は子供のように輝いており。


「ガルドは……なんのためにコレを書いてるの?」

「ま、最初は、お願いされて、だったんだが……惰性で書いてる内に、俺自身がハマってな。今じゃあ日課であると同時に、全てのタウンの美味い物の総評を書きたいってのが、俺の生涯の夢であり果たすべき目標になっちまったよ」

「…………なんか凄いね」

「この夢は叶うと思うか?」

「え?」

「怪我か。病気か。はたまた老衰か。俺は俺が死ぬ前に夢を叶えられると思うか?」

「…………」


あくまでも穏やかな抑揚で尋ねるガルド。

煌びやかな夢を、少年のように語っていた眼は、もうそこにはなかった。

探索者という、悲惨な現実を最前線で見続けてきたからこそ、彼は諭すような口調で少女に尋ねる。


「もう40近い。身体も全盛期と比べると衰えが見え始めた。こないだ受けた毒の後遺症だって残っている。なのに俺自身まだ五十階層で足踏みしている。ゴールはまだまだ先だ」

「…………」

「普通に考えたら無理だろうな、現実的に考えたら不可能だろうな、諦めてもっと楽な夢を追いかけた方がマシなんだろうな」

「…………っ」


少女は簡単に男の言葉を肯定する事が出来なかった。だってそれは彼の過去を否定する事になるから。

少女は簡単に男の言葉を否定する事が出来なかった。だってそれは彼の未来を否定する事になるから。


「でもな――――それでも、もし夢を果たせたら、きっと凄く嬉しくなると思わないか?」

「…………そう、なの、かな?」

「ああ。エフェメラの場合は、具体的な成功体験があまりなくて、その辺りのイメージがどうしても曖昧になる部分はあるだろうがな。それでもこういうのは考えるだけでも楽しいものなんだよ」

「…………よくわかんない」

「楽しかったこと。嬉しかったこと。気持ちよかったこと。そう言ったプラスの思い出が増えていけば、おのずと夢ってのは出てくるもんさ……ま、そう焦る必要はないさ」

「…………」


意地の悪い質問に悩むエフェメラに対し、ガルドはあっけらかんと笑いながら答える。

現実を知ってなお、悲惨な結末を見てもなお、少年のごとき朗らかさで笑い、自信満々に夢を語ってみせた。


「俺も、この総評を作る前は、ただ漠然とダンジョン踏破を目指す事しか考えてなかったしな――――おっと」


どこか自虐的な笑みを浮かべながら総評を執筆するガルドの手から、するりとペンが落ちる。

指先にバゲットを浸して食べたオリーブ油が、僅かではあるが残っていたのだろう。

落としたペンは、ころころと床を転がり、エフェメラの足元で止まった。


「あ、私が拾うよ…………ん、わぁっ!?」


体を曲げても、ギリギリで手が届かなかったのか、はたまた身体が硬かったせいか。

一度立ち上がってからペンを拾おうとした少女は――――不自然なほどバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。


「大丈夫か?」

「…………………………」


慌ててガルドが声をかけ手を伸ばしたものの、エフェメラはそれすら目に入っていないと言わんばかりに、床に両膝をついたままどこか呆然とした視線を自分の足を送っているだけで。


「エフェメラ?」

「っ、あ、う、うぅん、なんでもないよ…………はい、ガルド」


ガルドの指摘に、ようやく我に返ったようにぎこちない笑みを浮かべながら、彼女はペンを拾ってガルドに渡す。

その動き自体にはなんら違和感はなかったものの――――だからこそ、ガルドとしては直前の彼女が見せた、体の重心が糸で引っ張られた様に崩れて起きた転倒が、あまりにも不可解で仕方なかった。


「……体調悪かったりするのか?」

「ぁ、いや、そうじゃなくて……う、うん、そうかも、多分そうだと思う」


同調の言葉を紡ぐエフェメラの表情は、確かに疲労しているようにも見えるものであり。


「最近は色々と重なっていたし、気づかない部分で疲れがたまっていたんだろう……よし、明日から7日間、お前は完全休暇だ」

「へ……?」

「もちろんポーション作りも休みだ。少なくとも今までみたいに金策の為のポーションを作る必要はない。あとは……これで疲れた身体と心をしっかりリフレッシュしてこい」

「ふぇっ!?」


疲労の色が見え隠れするエフェメラに対し、ガルドは7日分の食費や宿泊費どころか、優に一ケ月は食べていけるだけの大金を手渡す。


「が、ガルドっ!?これ多すぎるよっ!?明らかに7日分どころじゃないよっ!?」

「構わん。いいから持っておけ。今のお前に必要なものだ」

「い、いや、でも、こんなにたくさん貰っても、使い道なんてっ……!」

「エフェメラ――――お前は、この金と7日間の休みを使って、今後の指針となるものを探してこい」

「へ……?」


顔色が変わるほどの大金を突き返そうとするエフェメラの言葉を遮り、紡いだガルドの言葉はあまりにも突拍子もないものだった。


「こ、今後の指針って……?なにそれ……どういうこと……?」

「お前さんが、今後このダンジョンで生きていく上で、自分はこの為に生きていくって言う明確な理由づけを探してこいって事だ――――わかりやすく言うなら、夢や目標、それに近しいなにかを、この7日間で見つけてこい」

「……む、無理だよ、そんな急に見つかるわけっ」

「難しく考える必要はない。本当に何でもいいんだ。自分が楽しいことを。自分が幸せだと思える時間を。時間を忘れるほど夢中になれる何かを。この7日間で1つだけでも良いから探してこい」

「…………夢中になれる何か」

「7日間ひたすら美味い飯を食いまくっても良い。7日間ひたすら惰眠を貪るだけでも良い。7日間ひたすら書物に浸っても良い。あまり種類は多くないだろうが、色んな服を買ってお洒落を楽しむなんてのも有りだ」

「そ、それってただ遊んでるだけじゃないの……?」

「そうだな。でもそれでいいんだ。傷ついた身体は時間とポーションで治るかもしれんが、疲れたり傷ついちまった心ってのは、本人が意図的に癒そうとしないと治らないもんだ……だから、今回みたいな時間がある内に、そうやってゆっくり遊んだり趣味に走って心を癒す為の手段を見つけておくってのは大事な事なんだ」

「…………わけわかんないよ」

「今は無理して理解しようとしなくても良い――――その内に解るようになる」

「…………そうなの?」

「ああ。だから今は素直に俺の言葉を信じて、7日間しっかりと心と身体を休めておけ。これは命令……ああいやニュアンスが違う――――これはお前への宿題だ。7日間で体を休めつつ、今後の指針を見つけてこい」

「…………宿、題」

「目標を探してこい。お前が探索をする目標。ダンジョンを踏破する目標。簡単なものでいい。これだって言えるものを探してこい」

「……目標」


相方であり、師匠であり、恩人である彼の言葉を、少女は噛み締めるように反芻する。

その言葉が意図する意味を、その奥にある彼の優しさを、理解できていない訳ではないものの、感情が未だ追いつかない。


「わかった……私、探すよ…………ガルドの言う通りにする……あるかどうかわからないけど……夢とか目標とか、そういうもの、探してみるよ」

「…………ああ」


それでも、誰よりも信頼できる人がそう言ってくれたから、少女は受動的にではあるが決意する。

そして、彼女の背中を押した男の表情は、彼女の決断を促した男の顔は、どこか寂しげで。


「そ、そう言えば、私が好きにしてる間、ガルドはどうするの……?」

「俺は俺でやる事があるからな。とりあえずお前は自分自身の事だけを考えろ」

「で、でも、わっぷ」

「不安そうな顔をするな。俺はお前に何も言わず次のタウンに行ったりなんかしない。もし7日間で宿題を果たせられなくてもお前を見捨てたりもしない。だからお前は安心して宿題に励め」

「…………うん」


わしわし、と頭を撫でながら言われたガルドからの言葉で、ようやくエフェメラは安堵の表情を見せる。


「……それと、早速だが、今日から部屋も別室にするからな」

「へっ!?今までみたいに一緒の部屋じゃ駄目なのっ!?」

「駄目だ。今日から別室だ。ちなみにココは俺の部屋にする。お前はカストルさんに言って別の部屋を借りてこい」

「そ、そんなっ……!?」


そして、続けたガルドの言葉に、想像以上の反応をするエフェメラに対して、ガルドは苦笑する事しか出来なかった。

ショックを受けるエフェメラの顔は、まるで初めて出来た恋人からいきなり破局を突きつけられたような、絶望の色で満たされており。


「む、無理だよっ……!そんなの絶対ムリっ……!一人じゃ怖くて眠れないよっ……!ムリムリムリムリ絶対ムリぃっっっ!」

「いいからやれ。と言うかやらないと野宿だぞ。金はちゃんとあるんだから頑張って借りてこい」

「で、でもでもでもぉ……あ、そ、そうだ!だったらさ!お金あげるからもっと大きな部屋に移動しよ!?ね?ね?ね?それなら問題ないでしょう?」

「…………はぁぁ」


もしかしたら自分は、彼女を甘やかし過ぎたかもしれない。

東方に、獅子は我が子を千尋の谷に落とすという言葉があるらしいが、そこまではいかずとも、もう少し突き放す事も必要だろう。

そんな事を考えながら、ガルドは涙目で自分に懇願してくる情けない姿を晒すエフェメラに対し、子供へ言い聞かせるようにして言葉を続ける。


「あのなぁ……そもそも、今回の宿題は、お前が俺に依存し過ぎないように、お前自身の成長が俺の存在に阻害されないように、その辺りも含めた上での発案だからな」

「う、ぐ……で、でも、でもぉ……っ」

「今のお前に必要なのは、未知への挑戦と成功体験だ。ミスしたって死ぬ訳じゃないんだし、お前一人で部屋を借りるのも、人間的に成長する為の一つの試練だと思って、有無を言わさず突撃してこい」

「うぅぅうぅうう……ほ、本当にやらなきゃ駄目ぇ?」

「駄目。ほら。ウダウダせずさっさと今すぐ行って済ませてこい」

「う”ぅ”う”う”う”ぅ…………あ、明日からじゃ駄目ぇ?」

「いいからはよいけ」

「ガル”ドの”いじわ”る”ぅぅ」


そうして、エフェメラは、自分の分の荷物を持たされ、強制的に部屋から追い出される形で背中を押され、最後までガルドに涙目で哀願たものの聞き入れられる事はなく、最終的には一階にいるカストルの元へと向かい――――完全に腰が引けた産まれたての小鹿状態ではあったものの、なんとか初めての宿泊予約交渉を無事成功させるのだった。

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