No.4:「エフェメラ――――お前に夢はあるか?」

エフェメラの才能が開花してから一ケ月。

ガルドのパーティは討伐と採集の回数を減らしていった。


「カストルさん。ポーション5本。買い取りを頼めるか」

『はぉい。もちろんよぉ。いつもお取引ありがとうございまぁす』


その代わり、彼らは2日に1度のペースで、錬金術で作ったポーションを、魔人であるカストルに買い取って貰うようになっていた。

ポーション自体が高額とは言え、1回の取引で3~6本程度を取引するというのは、運が良いパーティであれば決して珍しくはない現実的な数字だ。

だが、運が良いだけの他のパーティと大きく違う点。それはガルド達が、定期的に貴重品とされているポーションを持ってくる、と言う部分にあった。


『ガルドちゃん最近は調子いいみたいねぇ。こんなに毎回ポーションを拾ってくるパーティなんて貴方達くらいよぉ……ポーションが無限に沸いてくる泉でも見つけたのかしらぁ?』

「それはまた夢のある話だな……そんなものがあったら、こんな瓶詰めなんてセコい事せず、大きな桶一杯に汲んでくるさ」

『取れる時はたくさん取れるし、探索には必要不可欠なアイテムだし、ポーション自体も珍しくはないけど、作成レシピが確立されてないから安定供給が出来ないってのは、ほぉんと難儀な話よねぇ』

「…………そうだな」


基本的にポーションと言うものは、魔人が持つ奇跡を使ってすら作成する事が出来ないものの、ダンジョン内であればそこそこ簡単に手に入るアイテムだ。

入手方法は様々であり、モンスターの巣、ランダムな隠し部屋、ポーションを含んだ植物から抽出、ポーションスライムの確保……と、多岐に渡って存在している。

故に、上位勢が本気でポーション収集のみに専念した場合、一ケ月もあれば100本超のポーションが集まる程であり、ガルド達もバベルを挑戦する前に、別のダンジョンで金策としてこれを行った。

もちろん、今も同じ事を出来る状況ではあるのだが、ガルドが安易にその手段をとろうとしないのは、1ヶ所のタウンで大量のポーションを取引した場合、ちょっとした値崩れや相場の大変動が起き、第三者の余計な詮索や興味を買いやすくなる為、今回のちまちまちとした取引は、そう言った悪目立ちを防ぐと言う意味合いもあった。


『ところでガルドちゃん。もしも余剰があったらで良いんだけど、エグドラシルポーションあったら売ってくれないかしらぁ。今なら相場の3割増しで買い取るわよぉ』

「3割増しとは随分太っ腹だな……もしかして在庫が切れたのか?」

『ないわぁ。見事に在庫ゼロよぉ。だから今現在このタウンにおける回復手段は、いざと言う時の為に溜め込んでおいたハイポーション、それとガルドちゃんが定期的に卸してくれるおかげで数だけは増えた普通のポーションだけよぉ』


頭蓋骨を抱き締め満面の笑みを浮かべるカストル。

ぽっかりと空いているポルックスの黒い眼孔が、カストルの豊満な胸元にぎゅっと抱きしめられ隠れた事で、あたかも呆れているように見えたのは、きっと目の錯覚だろう。


「……タウンにエグドラシルポーション以上が1本もないってのは不味くないか」

『そうそう。だからぶっちゃけると、今ここに新しい重傷者が訪れたら、眷属にするしか探索者の命を救う方法がないのよねぇ……私としては眷属が増える事自体は喜ばしいんだけど、全く選択肢を持っていない相手を半ば強制的に眷属にするのは趣味じゃないからねぇ』

「…………なるほど」


どこか困ったように目を細めて語るカストル。

エフェメラとの初遭遇時のやり取りから、カストルの本性を知っているガルドとしては、苦笑しつつ言葉を濁すしかなかった。


「とは言え、こちらとしても随分と世話になってるし、エグドラシルポーション1本くらいなら融通は利かせられるぞ」

『ホントっ!?嘘は駄目よっ!?もし嘘だったら殺して強制的に眷属にするからねっ!?』

「脅迫内容が物騒すぎる……嘘じゃないさ、ほら、エグドラシルポーション」


そう言うとガルドは、あれから追加で手に入れた3本のエグドラシルポーションの内、1本だけを袋から取り出し、前のめりになっているカストルの前に差し出した。


『ああ、ああ、これよこれ……!この輝きは間違いなくエグドラシルポーション……!ああ、これが欲しかったのよぉ……!』


テーブルに置かれたエグドラシルポーションを持ち上げ、顔を綻ばせるカストル。

想像していたより、三倍は大袈裟に喜ぶその姿を見て、ガルドはどこか誇らしげな気持ちになる。


『買うわ!今すぐ買い取らせて頂戴!と言うかさっき融通きくって言ったからねっ!』

「そんなに念を押さなくてもちゃんと売るってば……と言うか、今は採取メインだから、さほど問題にはならんさ。3割増しなら今の内に買い取って貰った方が得なんだよ」


カストルのがっつき具合に苦笑しつつも、ガルドは彼女の言った通りの額でエグドラシルポーションを譲る事を、ハッキリと明言する。


『お互いの利益がピッタリ一致したって訳ね……それじゃあ遠慮なく買い取らせて貰うわぁ』


そう言うと、カストルは自らの服の中、具体的にはその豊満な胸元へ手を突っ込むと、中から滅多に見られないプラチナインゴットを取り出し、ガルドの前へと差し出す。


『はぁい。これがエグドラシルポーションの代金よぉ。大金貨じゃ数がかさばるだろうし、持ち運びも換金もしやすいように、インゴットにしておいたわぁ。うふふ。もちろん端数代金はサービスにしてあげたから安心してねぇ』

「…………ありがとう」


どこはかとなく人肌に温められたインゴットを、蠱惑的な笑みを浮かべてカストルに対し、生温い視線を向けながらガルドは受け取った代金代わりのインゴットを袋に収める。


「しっかし……タウンのエグドラシルポーションが切れるって、このタウンは重傷者が多いってイメージあまりないんだが」

『あー、そこに関しては、ちょっと特殊な理由があるのよねぇ』


困ったように笑って肩をすくめるカストルの顔は、育ち盛りの息子を持つ母親のような、一種の達観にも似た感情が滲んでおり。


『――――ただいま戻りました』


カストルの言葉を繋ぐようにして、見覚えのある少年がフロアに現れた。

男女なく魅了する中性的かつ端正の取れた顔立ちに、万物を見通すような黄金の眼とシルクの如き艶やかさを纏う金髪。

そして黒の軍服。深く被った軍帽。腰に据えた長い軍刀。沢山の道具が入っているであろう鞄。背中に担いだ身の丈よりも大きな携行砲。

探索者とは思えない硬い装備に身を包み、血も汚れも一切なく穏やかな表情を浮かべた姿は、ちょっとした警邏から帰って来た軍人のようにも見えた。

サタン・クロウリー。久しぶりに見る、ジェミニタウンの外を守る人外であり、自分の命を救ってくれた恩人を前にして、ガルドの意識と視線は釘づけになっていた。


『あら、おかえりなさいサタンちゃん。今回は随分と急なのね。帰ってくるのは明日あたりだと思ってたわ』

『その予定だったんですが、途中でポーションが尽きちゃいまして。補充の為に一度タウンへ戻ってきました。いつもと同じように今あるだけポーションを頂けますか』

『はいはい、えーっとぉ……今サタンちゃんに提供できるのは、ハイポーション5本と、ポーション50本ってとこね』

『いつもありがとうございます』

「…………マジか」


目の前で、当たり前のように行われる大口取引を前に、思わずガルドは言葉を失ってしまった。

ガルド自身、大量の金銭が一気に動く取引をした経験はある……しかし、それはパーティを組んでいた頃の話であり、取引自体もいつもより時間をかけて集めた素材やアイテムを、一回にまとめて取引したから金額が大きくなっただけだ。

サタンが行っているような、日常的な気軽さでのポーションの大量取引は、それこそ複数の凄腕探索者チームか、タウン間つまり魔人同士の取引でないとありえない規模の大取引であり……それを個人間でやっているサタンの異常性が際立つ光景でもあった。


(格差社会だな……ま、生物としての格が違うし、嫉妬する気も起きんがな)


サタンとカストルの高額取引を見ながら、ある種の悟りの境地に近い感情を抱きつつ、ガルドはエフェメラがいる自室へと戻ろうとして――――


『あ、それとカストルさん。エグドラシルポーションはありませんか。もしあれば補充したいのですが』

『あら……こないだ5つも買っていったのに、もうなくなっちゃったの?』

『はい。最近は魔物が活性化しているのか、致命傷を負われる方が多いみたいで。可能ならあるだけ補充させて貰えると非常に有り難いのですが』

「…………なるほど」


更に追加で、エグドラシルポーションを補充しようとするサタンと、先程のカストルの”ちょっと特殊な理由”と言った言葉が合致する事を理解したガルドは、なるほどと苦笑しつつも頷く事しか出来なかった。

エグドラシルポーションの在庫がなくなるほどのポーション消費量とは裏腹に、このタウン内において重傷者が殆ど見られなかったのは、純粋にタウン外でサタンが傷ついた探索者を回復して回っているから、と言う訳だ。


(殆どボランティアに近い人助け。人間に対して好意的な存在とは言え、魔人ってのは本当に割に合わん事をするもんだ……まあ、実際それで命を救って貰った身としては、感謝以外の感情を抱くべきではないんだろうが)


それでも、やはり魔人と探索者の間には、お互いの価値観と言うか共通認識と言うか、その辺りには大きな壁がある事を感じながら、ガルドは彼らの会話に意識を傾ける。


『うーん……エグドラシルポーションだけど、在庫がさっき入荷した1つしかなくって、今は1本だけしか売ってあげられないけど、それでも大丈夫かしら?』

『はい。大丈夫です。1つとは言え、その1本のあるなしで、1人の命が左右される訳ですから。買わせて貰えるだけで有り難いです』

『そう言ってもらえると助かるわ……でも、その代わりと言ってはなんだけど、ポーションをいつもより多めにサービスしておいたから、質の分は数でカバーしてくれると助かるわ』

『なるほど。今回は妙にポーションの数が多いと思ったら、そんな理由があったんですね』

『最近は特に、私の一押しパーティであるガルドちゃん達が、ポーションを安定供給してくれてるから、ポーションなら安めに提供できるってのもあるわね――――ほら、そこにいるのが、ガルドちゃんよ』

「……………………へっ!?」

『ちなみに、今日のエグドラシルポーションをタウンに卸してくれたのも彼なのよ、凄いでしょう』


傍観者視点だった自分に、いきなり向けられる魔人の眼差し――――文字通り意識外からの完全なスルーパスに対し、ガルドはあっけらかんと開口する他なかった。


「あ、いや、俺はその――――」


恐らくはポーションをタウンに卸した事に関する礼を言われるのだろう。

だが、まずは常時タウン外に出突っ張りで、未だ礼を言う機会すらなかった恩人へ、感謝を言葉を告げねばならない……そう思った矢先の出来事だった。


「ぬぉっっっ!?」

『ありがとうございますガルドさん――――貴方が生きてくれたおかげで僕はまた沢山の人を救う事が出来ます』


瞬きをするほんの一瞬で距離を詰められたと思うやいなや、準備をする暇もなく向けられる感謝の言葉からの、ハグ、抱擁、抱き締めに、ガルドは情けない声をあげる。

同性に抱き締められる生理的不快感、異性に抱き締められる性的興奮、そのどちらにも属さぬまま安堵と心地良さだけを与えてくる彼の抱擁に、ガルドは良くも悪くも思考を掻き混ぜられる。


(なんだ……!?なにをされているのだ……!?どうして俺は息子と同じような年頃の少年に抱き締められているのだ……!?)


一度きり、それも数ヶ月前に会ったきりのサタンに、いきなり敬愛と感謝に満ちた笑みと、心の底からの抱擁。

だが、それでもガルドは、何とか今の状況を整理し次の行動への指針にする為、動揺しつつも思考を回す。


『ガルドさん――――今後ともお願いしますね』

「え、あ、うん……こちらこそ……よろしくお願いします……」


ようやく、ハグから介抱されたと思うやいなや、期待の眼差しと共に今度は握手をせがまれるガルド。

ハグと言う突拍子もない行為が終わった事で、ようやくガルドは、そう言えば命を助けて貰った事に対する礼がまだ済んでいなかった事を思い出す――――のだが。


『はい。では僕は引き続き人助けに行ってきます。ガルドさんもお体に気を付けてくださいね』

「あ……」


一方的に、自分の言いたい事、自分のやりたい事だけをやったサタンは、用は済んだと言わんばかりの速度でタウンから出て行ってしまった。

時間にして、5分にも満たない短い時間。完全に置いてけぼりにされたガルドは、どこか呆けた表情を浮かべながら、タウンの入口を眺める事しか出来なかった。


「…………また礼を言いそびれてしまった」

『またの機会で良いじゃない。ガルドちゃんまだココに居るんでしょ』


何も出来なかった事を反省しつつも、再びカストルとの会話に意識と視線を戻すガルド。


「……それもそうだな」

『なら、その時で良いじゃない。焦らなくてもサタンちゃんは絶対ココに戻ってくるんだもの』

「……随分と彼を信頼してるんだな」

『ええ。サタンちゃんは強いもの。私が今まで見てきた中でもぶっちぎり最強よ。今のよわよわガルドちゃんじゃあ、百人いたって彼に傷一つ付けられないでしょうね』

「…………そこはちょっとくらいオブラートに包んでくれても良いんじゃないかな」

『事実だもの』


そして、そんな軽口を交わしていく内に、徐々にガルドの調子も戻っていく。


「彼はいつもあんな感じなのか?」

『そうねぇ。サタンちゃんは誰に対しても基本あんな感じねぇ。自分が助けた探索者と生きて再開した時はいつもああしてハグしてるわ。他人が生きてくれる事が心の底から嬉しいんでしょうねぇ』

「…………相変わらず、魔人って奴は、そんじょそこらの人間より、よっぽど情が深いんだな」

『魔人と言うか、サタンちゃんが特別なだけだと思うけどねぇ……他の人はどうか知らないけど、少なくとも、私がハグしたいって思えるのは、愛しのポルックスだけだもの。ねーポルックス。んっぎゅー、んっふーふーっ、ぐりぐりぐりー。大好きだよポルックスー』

「…………」


ぎゅう、と垂れ目を一段と蕩けさせ、心の底からご満悦と言わんばかりの表情と共に、胸元の頭蓋骨を抱き締めるカストル。

愛する者の遺骨を抱きしめ、幸せそうに愛を語る彼女の行為は、人間の一般的な感覚で見れば、常軌を逸した行為に見られるかもしれない。

だが、彼女が浮かべたその微笑みと言葉が、紛れもなく本心から出ているものだと理解できるからこそ、ガルドは眼前の幸せに魅入られそうになる。


「……っ」

「…………エフェメラ?」

「が、ガルド……なんかいつもより来るの遅かったから……よ、様子……見にきた……」


そんなガルドの意識を、再び現実に引き戻したのは、先に自室へと戻っていたエフェメラだった。

しかし、背後で裾を掴み、カストルから身を隠しながらぶつ切りの言葉を紡ぐ姿は、萎縮しきった小動物そのものであり。


「……まだ慣れてないのか」

「か、カストルさんが、いい人なのはわかるし、嫌いとかそういうのじゃないんだけど…………な、なんとなく、その、苦手でっ……」


ガルドの裾を掴んだ指をぷるぷると震わせ、身を強張らせながら蚊の鳴くような声で告げるエフェメラ。

彼女が魔人であるカストルに抱いているその感覚。恐怖や苦手意識と言ったものは、恐らく理屈ではないのだろう。

初めて対偶した時のインパクト。自らの生死を簡単に扱われかけた事に対する、根本的な苦手意識が拭えていない部分もある。

そもそも、最近になってようやく自分の価値を知れたものの、それまでの人生の殆どを弱者として過ごしてきたエフェメラが、生まれながらの強者であり、力と自信に満ち溢れているカストルに対し苦手意識を持ってしまうのは、ある意味で仕方のない事なのかもしれない。


『どうしても生理的に受け付けない相手ってのはいるから仕方ないわね』


だが、自分を怖がるエフェメラの態度を見ても、カストルは決して不機嫌な様子を見せる事はない。

それどころか、怯える少女に慰めの言葉をかけるその姿は、彼女が精神的にも成熟した大人である証明だった。


『……でもやっぱり寂しいなぁ』


そして、黄色を帯びた薄茶の髪をくるくると指に巻き付けながら、形の良い眉を力なく折りながら笑みを浮かべるカストルの横顔は、男であれば思わずドキリとするような妖艶さと愛らしさがあって。


「ま、まあ、純粋にエフェメラが人見知りなだけって部分もあると思うぞ、うん――――あ、ああ、それと、レンタルドリーム。いつもと同じ時間で宜しく頼めるかな」

『はいはい。余計なお世話だと思うけど、無茶はしないようにねぇ』


ガルドは強引と言っても良い形で会話を終えると、ポーションの買取作業とレンタルドリームの手続きを済ませ、尚も裾を掴んだままのエフェメラを連れて部屋へと帰っていくのであった。


――――――

――――

――


「ねえガルド……エグドラシルポーションは作らないの?」


部屋に戻ってくるやいなや、エフェメラが発したその言葉に、ガルドは僅かに眉を上げる。


「…………聞いていたのか?」

「ちょっとだけ……ガルドを助けてくれたサタンって人が、エグドラシルポーションを必要としてるんだよね?」

「……まあな」

「作るの?作っちゃうの?エグドラシルポーション作っちゃうの?」


前のめりに言葉を続けるエフェメラ。

その目は、未来への期待と探求心によって、キラキラと眩いばかりに輝いており。

先程のカストルにビビりまくって、自分の背中に張り付いていた姿を知っているガルドとしては、その変化に思わず苦笑する他なかった。


「うーん、依頼されてから、すぐにゲットしました、じゃあ流石に怪しまれるからな……と言うか作れるのか?」

「うーーーーん……うん、うん……いける、素材があれば、いけると思う、多分だけど」

「…………あれば作れるのか」

「た、多分!」


本来であれば、彼らの会話は、毎回レンタルドリーム内で行っても良いほど、秘匿性の高いものだ。

しかし、今のジェミニタウンに、ガルドパーティと魔人以外の誰もいない事が、彼らの未知への行為を加速させていた。

原因は至極単純であり、近くの階層にもっと規模が大きなタウンがある為、殆どのパーティはこのタウンを寄り道程度にしか捉えない事にある。

実際に、ガルド達がこのタウンに来てから、15組ほどのパーティがこのタウンを通り過ぎており、3日以上滞在したパーティは一つもなかったほどだ。

彼らに共通するのは、このタウンを通過点の一つとしてしか見ていない事であり、ある意味でそれはダンジョン踏破と言う頂を目指す探索者として正しい認識でもあった。


「なるほど……なら試作品として一つくらい作ってみても良いかもしれんな」

「っ!う、うんっ!作ってみようよっ……そうしたらきっと…………きっと……ガルドは」


どこまでも明るく、未来を阻むものなどないかのような声で、言葉を続けたところで、不意にエフェメラの顔に陰が落ちる。

それは、あまりにも唐突で、だからこそガルドも、彼女の情緒不安定と言っても良いほどの急激な変化を前に、慌てる事なく次を待つ。


「俺が……どうしたんだ?」

「…………ううん、いい、やっぱり、いい……なんでもない」


だけど、彼女は、エフェメラは、続きを吐く事は出来なかった。

エグドラシルポーションを得たら、誰が見ても解る大きな成功と安定を得たら、その後はどうなってしまうのだろうか。

故に出てくる当然の疑問――――『探索者』であるガルドは、このタウンを出て行ってしまうんじゃないのか、その言葉を少女は口にする事が出来ないでいた。


「なんだ。半端に止めるな。気になるだろう」

「なんでもない、なんでもないよ、なんでもないから」

「…………」


傷を負うのは、辛いのだ。前に進むのは、苦しいのだ。

形すらおぼろげな栄光を目指して苦しむよりも、目の前の生温い安寧に浸っていた方が、ずっと楽なのだ。

そして、今の安息が自分の一言によって崩れ去ってしまったらどうしよう、決して拭える事のないその不安こそが、彼女を自らの殻に篭らせる一番の原因でもあった。


「エフェメラ――――お前に夢はあるか?」

「……へ?」

「夢だ。あれがしたいこれがしたい。生きてるうちに叶えたい目標の事だ。あるか?」


エフェメラの機微に触れたガルドは、普段よりもずっと優しい声で、彼女へと語り掛ける。

ガルドの顔は、どこまでも真剣で、されど決して威圧を感じさせるものはない。

子供の悩みを聞く父親を彷彿とさせるもので、だからこそエフェメラもゆっくりとだが重い口を開き始める。


「な、い……うん……ない、と思う…………なにかしたいとか……そういうの……よくわからないし」

「そうか。ならちょうどいい機会だ……今日は久しぶりに贅沢をしようか」

「……え?」

「お前はここで待っていてくれ。俺はちょっとした準備をしてくるから」


そして、余計な詮索をするでもなく、まだ不安そうな表情を浮かべるエフェメラの肩をポンと叩くと、ガルドはどこか楽しげな表情で立ち上がる。

そんな師匠であり相方であり恩人である彼の姿を、エフェメラはどこか呆けた眼差しで見つめる事しか出来なかったものの。


「え……あ……う、うん……わ、わかった……」

「おーい!カストルさーん!さっきのレンタルボックス!やっぱりキャンセルでー!」


それでも、彼が自分の為に何かをしようとしてくれている、その思いだけはしっかりと伝わっているからこそ、エフェメラはガルドがやろうとしている何かに深入りしようとせず、その行為をただただ、じぃっと見守るのだった。


――――――

――――

――

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