「なんにもしてないの」「そうだな」

るなち

駅のホーム

男「電車逃したか……次は一時間後……」

女「あー、お兄さん暇なんですか?」

男「見りゃわかるだろ、電車を逃したばっかりでね」

女「それじゃあお話でもしませんか?」

男「そりゃ唐突だな」

女「ほら、こちらにどうぞ」



女「私、今なんにもしてないの」

男「そうだな」

女「話してるじゃないか、って思われるかも知れませんけど。中身を伴ってないのでなんにもしてないのと同じなんですよ」

男「確かに大した話題はしてないな」

女「なので電車が来る前に何か一つ何かをしてお兄さんを驚かせるのが目標です」

男「それはまぁ、頑張ってくれ」

女「ところでお酒飲めますか?」

男「駅のホームで酒を飲むような趣味はない」

女「つまらない人生ですね」

男「トラブルを避けたい人生なんだよ」



男「ところで君はどうしてここで座ってるんだい?」

女「今日は特段なんにもない日なので人間観察です」

男「お酒を飲みながら?」

女「シラフでそんな事してたら退屈で死んじゃいますよ」

男「家でテレビ見ながら酒飲んでたほうが楽だと思うけどな」

女「そうでもないですよ?あの人はどこに行くんだろうって考えたりするのは楽しいです」

男「じゃあ俺はどう見えた?」

女「えーっと、電車を逃した残念な人」

男「そのまんまじゃねぇか」

女「人間観察ですから」



女「ほら、お兄さんも飲みましょうって」

男「あーもう、飲まないって」

女「ちぇ」

男「舌打ちをしない」

女「じゃあ飲んでくれるんですか?」

男「聞く耳を持て」

女「今日は観察する日なので耳は疎かです」

男「よく話そうって声をかける気になったな」

女「身近で観察するいい対象ですから」

男「なんだか複雑な気分になるな」



男「……飲み物が切れたな、買ってくる」

女「ここにありますよ」

男「それは酒だ、俺はお茶が飲みたいんだ」

女「お茶割りですか、いいですね」

男「まぁ嫌いではないが……」

女「お金出すんで私の分も買ってきてください、お水で」

男「はいはい、チェイサーね」

女「物分りのいい人で助かります」



女「お水ありがとうございます」

男「それで酔いを覚ませ」

女「早速水割りを」

男「チェイサーじゃないのか?」

女「水割りは実質チェイサーでは?」

男「暴論だな」

女「そうですかね」

男「そうだよ、明らかに暴論だよ」

女「あ、美味しい」

男「本当に水割りで飲んでやがる」

女「どうですか?一口」

男「その手には乗らない」

女「寂しい人生ですね」

男「人生っていうのはそう言うもんだよ」



男「それで、なんで人間観察なんてしようと思い立ったんだ?」

女「お酒を飲む口実です」

男「何もわざわざ出なくても家で飲めばいいじゃないか」

女「それは毎日の事なので」

男「その年でアル中か?」

女「いいえ、普段は二合程度しか飲みません」

男「まぁまぁ飲んでる方だと思うけどな」

女「今日はもう四合瓶の半分飲んでるのでいつもくらいなんです。だからこれは余り物で」

男「押し付けようとするな」

女「残念ですね」

男「残念だったな」



女「お兄さんには愚痴りたいこととか無いんですか?」

男「また唐突に……人間観察の一種か?」

女「愚痴もお酒を飲む口実です」

男「そこまでして飲ませたいのか」

女「こうやって一人で酔ってるのが馬鹿らしいからですよ」

男「傍から見たらまぁそう見えるな」

女「それを放っておいてシラフで話してるお兄さんも馬鹿らしく見えますよ」

男「まぁそう見えるかも知れないな」



男「話してるとだんだん飲みたくなってくるのがもどかしいな」

女「ほら、新しいコップもありますよ、お茶割りどうぞ」

男「途端にくだらなくなってきたな、俺も飲むよ」

女「いいですね、日本酒はお好きですか?」

男「あぁ、好きだ。冷やでもいいな」

女「じゃあ常温で出しますね」

男「ありがとよ」

女「いえいえです」



女「豪快な飲みっぷりですね」

男「まぁ俺も飲む時は飲むからな」

女「コップ半分くらいを一気に飲むのはどうかと思いますけど」

男「昼間から人間観察なんて言いながら酒飲んでるやつが言うのもどうかと思うが」

女「それもそうですね」

男「だろう?」

女「ですね」



女「あ。反対列車が来ましたね、人間観察しましょう」

男「そんな事急に言われてもどうしろと」

女「例えばあの女子高生三人組、この後どこに行くんでしょうねとか」

男「……こんな何もない寂れた駅の近くになにかあるとでも?」

女「もしかしたら穴場があるかも」

男「そんな所があったらぜひ知りたいね」

女「私もです」

男「その穴場で飲むんだろう?」

女「わかってますね」

男「わかってきたよ」



男「いい感じに酔ってきた」

女「いいペースですね、私も負けてられません」

男「無理はするなよ」

女「こんな所で無理はしませんよ」

男「その割にふらついてる気がするが」

女「そんな所は無視してくださいよ」

男「あ、やっぱり酔ってるんだ」

女「お兄さんも酔ってるじゃないですか、ほら顔赤い」

男「そんなにか?」

女「えい」

男「うわぁ」

女「意外と驚きますね」

男「いや、そこまででもない」

女「目標に届きませんね……」

男「それ続いてたんだ」

女「えい」

男「だからと言って二度目は食らわんよ」

女「残念ですね」

男「残念で済まなかったな」



男「愚痴も飲む口実だったな」

女「そうです」

男「あんたには愚痴があるのかい?」

女「会社ですねー、会社。今日は休みですけど普段はこれに乗って出勤するのがなんだか嫌ですね」

男「それをツマミに飲むのは嫌じゃないのか?」

女「別に人間自体が嫌いだとかではないんです。ただ義務感のように働かされるのが嫌なんです」

男「まぁなんとなくわかるよ、俺も大学がそうだ」

女「私、高卒で就職したので大学って少し憧れてたんですけどそんなもんなんですか」

男「そんなもんだよ、結局目的もなくただ進路のために学んでるフリをしてるに過ぎない」

女「大変ですね、勉強」

男「仕事も大変だろう」

女「まぁ、やってることはさほど難しくも大変でもないですけどね。個人の時間を拘束されるのが嫌なだけで」

男「あぁ、それはわかる。授業が無ければアレが出来てたなって事は多い」

女「その結果として週末は人でごった返すから嫌になっちゃんですよね」

男「その通りだ。……今日は平日だが?」

女「有意義な有給です」

男「そりゃまた良い使い方だ」



男「とは言え有給を取って平日の昼間からこんな所でこんな飲み方をするなんて贅沢だな」

女「お兄さんが来るまでは退屈でしたけどね」

男「……あぁ、それだそれ。お兄さんって呼び方。多分君と俺、歳殆ど変わらないだろう?むしろ君が上なんじゃないか?」

女「私は今二十二です」

男「俺は二十一だ。つまり俺は年下だ」

女「でも今更呼び方を変えるのも煩わしいのでお兄さんで」

男「まぁ好きなように呼んでくれ」

女「お姉ちゃんって呼んでもいいんですよ」

男「勘弁してくれ酔っぱらい」

女「ごめんね酔っぱらい」



女「あぁ、ついに四合瓶が空いちゃった」

男「随分飲んだな」

女「お兄さんも飲んでたじゃないですか」

男「結果として一本電車をまた逃したわけだがな。今日の授業はもう全部欠席だな」

女「でも電車来た時嫌そうな顔してたじゃないですか」

男「そんなに顔に出てたか」

女「あっ。本当にそうだったんだ」



女「なんだかんだでかれこれ一時間以上話してるじゃないですか」

男「そうだな」

女「よく飽きませんね」

男「逆にこっちが聞きたいよ」

女「飽きたら電車来たときに適当に帰ってますよ」

男「それもそうか」

女「そういう事です」



男「暗くなってきたな」

女「あぁ、もうこんな時間ですか」

男「無事に帰れるのか?」

女「まぁなんとか」

男「俺はあの通りの向こう側だから良いけど……途中で倒れられるのは困るからな」

女「奇遇ですね、私もあの通りの向こう側に家があります」

男「あー、あの川の近く?」

女「そうです、コンビニとコンビニが斜向いでにらめっこしてるあの辺りです」

男「思ったより近所だったな」

女「こんな偶然あるもんですね」

男「複雑な気分だけどな、とても」



男「さて、そろそろ帰るか」

女「帰っちゃうんですか」

男「いや、お前も帰れ」

女「終電逃しちゃって」

男「まだ終電には早いし近所ってさっき言ったろう」

女「つまらない人生ですね」

男「またそれ言われた」

女「そこは途中までは送っていくよとか言うべきですよ」

男「酔ってる女性にそう声をかけるのは危ない人間じゃないか?」

女「まぁそうかも知れません」

男「トラブルは避けたいんだよ」

女「私もトラブルは避けたいです」

男「ほら、コンビニあたりまではどうせ一緒なんだろ。もう観察するような人間も居ないし帰るぞ」

女「まだなんにもしてないのに」

男「散々してただろう」

女「そうじゃないですよ」

男「ん?」



女「なんにもしてないの、なーんにも」

男「なんにもしてないようで、実はなんだかんだなにかしてるんだよ」

女「じゃあ今あなたと一緒に居るってのは、何か意味があるってことですか?」

男「むしろ意味もなく赤の他人と一緒にいることが怖いだろう?」

女「あぁ確かに、そう言った意見もありますね」

男「だからこれはこれでいいんだ。なんにもして無いようで、実は意味があるんだから」

女「私にはその意味がわかりかねますが」

男「実は俺がこうやって話してるだけで意味を見出してたりしたら?」

女「あぁなるほど、遠回しな告白ってやつですね」

男「それは違う」

女「あぁ残念、私も意味が出来ると思ったのに」

男「そりゃ残念」

女「だから私から意味をもたせるように動くんですよ」

男「例えば?」

女「こう、ほら。ほっぺに」

男「……これは驚いたな」

女「そうです、これがしたかったんです」



なんにもしてないけど終わり、ここまで読んでくれた人ありがとう。

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「なんにもしてないの」「そうだな」 るなち @L1n4r1A

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