12 いっそ壊れちゃえばいいのに

 子供のころから極端な人見知りだった私は人前だとうまく声が出てこない性格で、無駄に恥ずかしがって普通の挨拶や相槌にさえ手こずる始末で、嫌われることを恐れて自分から誰かに声をかけることもできなかった。

 友達がいないからと、子供ながらに居心地の悪さばかりを感じていた幼稚園にも行きたがらなかった。

 そんな私が柴森君と遊ぶようになったのは、相も変わらず孤独に生きていた小学一年生の秋ごろだったと記憶している。

 休み時間の教室で毎日のように一人で過ごしていた私に気を遣ってくれたのか、よそよそしさを全く感じさせない柴森君が気さくに声をかけてくれたのだ。

 当時すでに卑屈だった六歳の私は一緒に遊ぼうと誘ってくれた彼の言葉を素直には受け取らず、少しだけ逃げ腰だったのを覚えている。


「私と仲良くするようにって、誰かに頼まれたの?」


「いや。一人で暇そうだったから」


「ふうん……」


「だからこれやろうよ。ほら」


 そう言って渡されたのは当時男の子の間で流行っていたおもちゃで、どうやら彼は私に興味があったというよりも、自分のやりたいことに付き合ってくれる遊び相手を探していただけらしい。

 何を言おうと一人で暇だったのは事実だったから、ろくにしゃべったこともない男子相手に気まずさを感じつつも、本当は声をかけてもらえて嬉しかった。

 その後、なんだかんだで一緒にいる時間が多くなって、いつのころからか私たちは単なるクラスメイトから友達になった。

 いつも気にかけてくれる友達が一人できると、嘘みたいに学校が楽しくなった。

 もっと言うと、人生そのものが楽しくなった。

 少年向けの玩具に始まって二人で遊ぶカードゲーム、いろんなジャンルの漫画にアニメ、本人もよくわかっていなかった麻雀に将棋、何を言っているのか理解するのが難しい落語や小説、特撮ヒーローから硬派な映画まで。多趣味で何でもやりたがる柴森君は私にいろいろなことを教えてくれた。

 内向的に閉じこもりたがった私の手を引いて、世界にはこんなに面白いものがあると教えてくれた。

 正直に言えば、プラモデルとか時代劇とか昆虫採集だとか、それが悪いわけではなく個人的にはあまり興味が持てないものもたくさんあったけれど、柴森君と一緒だと何をやっても楽しくて、わからないことがあっても嫌な顔をせずに付き合ってきた。

 なのに、中学生になって初めて自分からハマったFPSを彼はちっとも楽しんでくれなかった。

 一度プレイしただけでつまらなそうな顔をして、自分はいいやと簡単に私を突き放した。

 それが私にはとんでもなく許せなくて、それ以上に悲しかった。

 どうして私が楽しいと感じるものを理解してくれないんだ、という寂しさや悔しさもある。

 でも本当は拗ねているだけだ。

 柴森君と一緒にプレイしたいと、ちょっとでいいから一緒にプレイしようよと、素直にそう言えばいいだけなのに、じゃあいいよと意地を張って、数か月も一人でプレイし続けている自分にもどかしさを感じている。当てつけのように彼の部屋でFPSばかりプレイしている自分に対して、我ながら恥ずかしいくらいの幼稚さを感じずにはいられない時もある。

 だけど、ここまで常態化してしまえば今さら彼を誘うこともできない。

 それに、時間を忘れて没頭できるほどに好きなゲームをやりに来たという口実がなければ、今では彼の部屋にも遊びに来にくくなっている。

 中学生になってから、小学生のころには感じなかったいろいろなことを考えるようになった。柴森君と二人きりでいられる時間に嬉しさと安堵感を覚えるだけではなくて、気恥ずかしさや焦りを感じるようになってきた。

 それが俗にいう恋心なのかどうか、自分の心だというのに私にもわからない。

 いや、わかりたがらなかったのかもしれない。

 ぎくしゃくとして、些細なことで関係性が壊れてしまうのが怖かったから、私はあえて恋を意識しないように柴森君との時間を過ごしてきた。

 なのに、それが、かえって私の心を暴れさせる原動力となったのかもしれない。

 柴森君に恋なんてしていないと、まるで自分に言い聞かせるみたいに目の前のゲームに没頭し始めた。

 たった数か月、たかが数か月。どうせすぐに飽きるだろうと、ひょっとしたら私だけでなく柴森君も思っていたに違いないものの、結果としては時間とともに熱が上がるばかりだった。

 知り合いの先輩と固定のチームを組んで、初心者なりに勝てるようになってきたからかもしれない。

 快くパソコンを貸してくれている柴森君に申し訳なさを感じる反面、熱中すればするほどにゲームは楽しくて仕方がなかった。

 やめ時を失って、柴森君との間に少なくない距離を感じるようになって、このままじゃいけないなと思っていたころ、教室で男子に声をかけられた。

 それはゲーム内で一緒にチームを組んでいるウィンメーカー君で、同じクラスの一員というだけでなく、先輩の知り合いでもあるので無下にはできなかった。

 ゲーム中は通話もせずに文字のチャットでやり取りしているだけなので、いきなり友達面されても私には抵抗感があって、適当に話を切り上げたい気持ちでいっぱいになる。

 だけど彼との関係性が悪化すると、ようやく連携が取れてきたチームを解散する羽目になる。困った私は全力で愛想笑いをして必死に相槌を打って、なんとか彼の話についていく。

 すぐに体力と精神の限界がきて、私は柴森君に助けを求めたくなった。ところが視線を向けた先には私のことなどお構いなしでスマホのゲームに夢中になっている柴森君の姿があった。

 しかも、なにやら女子に話しかけられて、ニコニコと楽しそうにフレンド交換までやり始めた。

 瞬間、心が急速に締め付けられるのを感じる。


「ウィン君、ごめん。学校ではあんまりゲームの話をしたくないんだけど、いいかな?」


「……あ、そっか。殺し合いのゲームでもあるFPSをやってるなんて、周りに知られたくない人もいるよね」


 そう言ってウィン君は私のもとを離れていったけれど、心のもやもやは最後まで晴れなかった。

 ゲームで勝てなくなったっていいじゃないか。チームが解散したって、最終的にはゲーム自体がやれなくなったって。

 私にとって一番大切なのは、だって……。

 ちらりと横目で確認してみると、柴森君はまだクラスの女子と楽しそうにしゃべっていた。

 ひょっとすると柴森君にとって私の存在なんて特別なものでも何でもなく、所詮は都合のいい遊び相手でしかなかったのかもしれない。

 いくらでも替えが利くちっぽけな存在なのかもしれない。

 でも、それでも私にとっては違うんだ。

 二人で一緒のことをやれなくても、別々のことに関心があっても、一緒にいられればそれでいい。

 友達だから。かけがえのない親友だから。

 そう考えているのは私だけなんだろうか。

 でも、まさか、彼女と遊ぶのをやめてほしいなんて言えるわけがない。

 かといって、柴森君と仲良くするためだからといって、自分の好きなものを我慢する関係性にもしたくない。


「どうしたらいいんだろう、私……」


 お互いを納得させられるであろう落としどころを見失って、涙をせき止めるように頬杖をついた私はため息を漏らした。





 ある日、特別な記念日というわけでもないのに私は自分用のパソコンを買ってもらえることになった。

 ここ最近、放課後や休日になると柴森君の家に入り浸ってパソコンをしていることを知ったお父さんが提案したらしい。


「よかったじゃん。これで夜遅くまで毎日ゲームができるんじゃない?」


「うん……」


 私が期待していたほどには寂しがってくれない柴森君。パソコンを手に入れてしまった以上、次からはこのガレージにも遊びに来れなくなるのに、そのことをちゃんとわかってくれているんだろうか。

 何か理由をつけて呼び止めてくれれば、私だって強引にでも理由を作ってガレージにとどまりたい。今までと同じように何時間でも入り浸っていたい。

 だけど、それにふさわしい理由がなければ私はもう……。


「じゃあ、何かあったらいつでも呼んでね」


「有末さんも、気が向いたら今までみたいに好きな時に来ていいからね」


 そうは言いつつも、この日を境にして私は柴森君のガレージには行かなかったし、柴森君も私を呼ばなかった。

 いつでも自分の好きな時間にプレイできるようになって、自分の部屋で誰の目も気にせずに熱中できるので、ゲームそのものは楽しくなった。

 なのに、前ほどには全力で楽しめなくなっていた。

 パソコンを借りるという口実がなくなりガレージに行けなくなって、私の方からは柴森君を誘うこともできず、毎日が過ぎていく。

 お互いに無視し合っているわけでもないのに、一日ごとに一緒の時間が少なくなって、しばらく学校でも会えなくなる夏休みが近づいてくる。


「あ、また負けちゃった……」


 いっそ壊れちゃえばいいのに、と、それなりに性能のいいパソコンを買ってもらっておきながらマウスやキーボードに八つ当たりしたくなる自分に嫌気を覚えた。

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