お前のことなんか好きでもないのに、わざわざ此処まで出向いてやったんだ
広畝 K
お前のことなんか好きでもないのに、わざわざ此処まで出向いてやったんだ
『あー、やっぱり昇天できなかったか』
薄透明になっている自身の姿を見て、しみじみと私は感じ入る。
まあ、今朝のことである。
いつもの通りに起きようとしたら、霊魂体だけがするりと肉体から抜け出ていた。
そう。私の尻の下には眠るように横たわっている私の死体があるのだ。
死にたてほやほやである。
とはいえ、そろそろ肉体と霊魂の繋がりが薄くなりかけていたことは自覚していたから、まあ遠くない内にこうなるだろうとは予測していたわけではあるが。
向き直って自身の死に顔を拝んで見るに、まあまあ美麗な造形をしているではないかと自賛する。
美肌もそうだが、やはり顔の造形が整っているのはポイントとして大きいと私は思うのだ。
その点だけでいえば私はそれなりにモテる人間であったし、思い返せばモテていたようにも思う。
『やっぱ生きてるうちに気持ちを伝えておくべきだったか……?』
昇天できなかったのはどう考えても、好いていた相手に自身の気持ちを伝えられなかったという未練のせいに違いないのだ。
あの鈍感で唐変木でいつも仏頂面をかまして愛想の「あ」の字も辞書には載っていないような不器用極まる脳筋の阿呆男に、である。
まあ、とはいえ、だ。
告白するつもりはさらさら無かったという気持ちも確かにあるのだ。
あんな阿呆でも見目ばかりは整っていたから、女に不自由はしていなかっただろうという確信が私にはあった。
旅路では常に色屋に寄って鬱憤を晴らしていたみたいであるし、私のような細身の女は抱き甲斐がないと判断したのだろう。
まあ? 私としても抱かれるつもりはこれっぽっちも無かったわけだが? 見境なく女を抱くような男なんぞこっちから願い下げだが?
『と悪い方に考えれば少しは気分もスッとする、が……どうして私は奴なんぞに惚れてしまったんだ?』
やはり顔か? いや、顔は確かに良いが、好みのタイプとは言い難い。
私の好みのタイプはもっと王子様系の、苛め甲斐のある優男タイプが良いのである。
奴は野生の狼じみていて、どちらかというと寡黙なガキ大将がそのまま大人になったようなタイプだ。好みのタイプとは程遠い。
となると……?
そう考えているうちに部屋の扉がノックされ、間も置くことなく奴が入ってきた。
ああ、そういうデリカシーの無いところもマイナスポイントだったな。
死んだ今となっては心底どうでもいいことではあるが。
部屋に入ってきた奴は、私の名を呼びつつベッドに近づいてきたものの、しかし私に生気が無いことを感じ取ったらしい。
しばしの間、私を見下ろすようにして茫然と突っ立っていたが、すぐに踵を返して部屋を出て行った。
医者が呼ばれ、神父が呼ばれ、あれよあれよという間に私の肉体は荼毘に付され、私と奴の故郷である村の墓地に弔われた。
旅先から故郷までは結構な距離があった筈だが、どういうわけかその道中の記憶がすっかり抜け落ちている辺り、私もどうやら気が動転していたようである。
というか、肉体が消失しても霊魂体が昇天しないこの現象はどう考えてもおかしい。
しかも奴の肉体とこの霊魂体が紐で繋がっている感覚があるっていうのが更におかしい。
なんだ? 未練があるからか? 奴に対する未練のせいか? 何なん? さっさと解放されたいんですけど? このまま奴にずっと紐づいていたら遠くないうちに見たくもない情事とか見ることになるじゃん? そういうのさ、吐き気がするほど嫌なんですけど?
いや、別に奴が情事に耽ることなんか正直言って今更どうでもいいんだけどさ。
それを見せられるってのは普通に嫌じゃん。
私のいないところでやれよ、って話なんだよな。
私がこの世から消滅してからやれよ、そういうの。
そんなだからお前、私が告白する気なくしたんだろうがよ。
色屋に行くって堂々と告げるような無神経さだから嫌になったんだろうがよ。
「……すまない」
謝るなっつってんだよ、この阿呆が。
いつもお前はそうやって捨てられた子犬のような瞳をして私に許しを請いやがる。
私がそれで絆されて妙な気分になって怒れなくなるの知ってんだろうがこの戯けがよ。
あーあー、ほらまた声も出さずに泣き出しやがった。
昔っからお前はそういう奴だったよな。
チビで弱くてみっともなく泣いてばかりで鼻水垂らしてぼんやりしてて、なんだかよく分からない奴だったよな。
図体がでかいだけの愚図にいじめられて、我慢して、結局泣いて、私が助けてやらなきゃ何もできなかったような奴だったよな。
それがいつしかこんなに立派になりやがって、当てつけか?
子供の頃から大して成長できなかった私に対する当てつけなのか?
肉体的にも精神的にも大して成長してない私に対する当てつけだな?
よし分かった。その喧嘩を買ってやる。墓地裏に来いや、今すぐ来い。お前と私のどちらが上か、格付けをしてやるってんだよ。
「……ずっと前から――」
いや待て、お前今なんて言った?
ちょっとハッスルしてて聞こえなかったんだけどもしかしてお前、もしかして好きとか言ったか? え? ちょ、え?
ま、待ってくれ。冷静になろう。
なんだこれは。
なんだこれは!?
この燃え上がるように熱く恥ずかしい気持ちは!?
なんか顔がめっちゃ熱くなってる感覚あるんだけど!? はあ!? 意味分かんないんだが!?
いや、待て待て待てお前! いやお前じゃない! いや、待ってくれ!
なんでいきなり昇天し始めてんの!?
足の先からいきなり消え始めてんだけど!?
まだ奴からしっかりと気持ちを聞き出して無いのに満足して昇天しろってか!?
いや待てって! お前! いや私か!? 冷静になれ! 冷静になって昇天を止めろ! 魔法使いだろ!?
くっそ、僧侶になってればまだマシだったか!? いや、僧侶は生涯姦通禁止だからってんで辞めたんだった、くっそ!
こんな中途半端な満足感で昇天できるかっての!
奴に言ってやりたいことがどれだけあると思ってんだ!
まだ互いに十五の身空だぞ!? 早すぎるだろっての!
このまま互いに気持ちをすれ違わせたまま終えろってのか!?
いや、待て。
待てっての私! 冷静になれ!
今この瞬間、奴との繋がりは無くなっている。
これは昇天の危機ではあるが、チャンスだ。絶好のチャンスだと思え。思い込め。
どうすれば現世にしがみ付いていられる?
考えろ考えろ。
私は天才だぞ?
外道だぞ?
奴の障害を全て取り除いてきた万夫不当の大魔法使い様だぞ?
奴に気持ちを伝えられないまま黙って昇天してたまるかっての……!
***
「おっさん、また墓参りか」
「……またお前か」
村の郊外にある墓地にて、青年と少女が邂逅していた。
痩せた狼のような気配を纏って、青年は少女を威嚇する。
が、少女はそんな青年の威嚇を鼻で笑って受け流した。
「飽きないね。毎日毎日、死んだ者を忘れられないからってご苦労なこった」
「……黙れ」
「怒ったのなら謝るよ。恋人だったのか?」
「……いや」
想い人だという青年の返事を聞いて、現在も想い続けているという言葉を聞いて、少女は愉快げな笑みを浮かべた。
「お前に言っておかなければならないことが二つある」
青年の意識が自身に向いたと同時に少女は人差し指を立てて言う。
"その場所に、お前の想い人など居ない"
意識が殺気に変わったと同時に、少女は続けて中指を立てつつ言った。
"お前の想い人は――"
お前のことなんか好きでもないのに、わざわざ此処まで出向いてやったんだ 広畝 K @vonnzinn
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