第10話 日本代表サンドバック

勇気を振り絞って病室に入ったが、悲鳴をあげられた。

そういえば、昨日も悲鳴をあげられた気がする。寝ていないせいか記憶が定着していない・・・・・・・・あ! 思い出した。

あの時はミケケちゃんに頬ずりしたら悲鳴をあげられたんだったな。えーとその後は確か・・・・・・


・・・・このままだと危険だ!! 


恐る恐る右に顔を向けると、案の定、探偵は音を一切立てずに、走りながらこちらに近づいてくる。

あいつは何で音を出さないで走れるんだ──ネコかよ。

けれども早めに気付けて良かった。どうせ、昨日と同じように頭めがけてドロップキックを仕掛けてくるのだろう。なら身を低くすれば避けられるはずだ。


「この覗き魔がぁ!!」


やっぱり来やがったな。でも頭を下げれば大丈夫~



ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、ぐーるぐーる~ ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、ぐーるぐーる~


「・・・・・・・・・」


ん? 何で僕は宙に回転してるんだ? おかしい──この状況をアルゴリズム的に整理すると、

(頭を下げたはずが、何故か僕は宙を舞っている)+(足に痛み)+(探偵は床を滑っている)=つまり探偵に悪質なスライディングされた。

QED

相手を宙に回転させるほどの威力を誇るスライディングなんてプロサッカーでも起こらんだろ。いや、プロとか関係なく人類には不可能だ。そもそも、この次元のサッカーでは不可能だな──超次元サッカーなら起こり得るかも知れないけどさ・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・









ていうか、時間が進むのが遅くないか。未だに僕は空中にいるし、探偵はスローモーションのようにゆっくりと動いている。

んーなるほど、なるほど、つまり僕はスポーツ漫画で度々登場するあの『ゾーン』に入ったってことか──

一流のスポーツ選手が極限の集中状態で発生すると言われているあの有名なゾーンに。でもゾーンってスポーツ漫画では大ピンチな場面で主人公にゾーンが発生し、逆転するっていうのがお決まりなのだけど、こっから何をしても逆転勝ち出来そうにない。床に衝突する未来しか想像出来ない。


徐々に時は元に戻る──戻りゆく時の中、僕は床に強打したのだった。


「おい! 悪質すぎるぞ。レッドカード! 一発退場だ」

僕は起き上がるよりも早く探偵に文句を垂れた。

「今はサッカーの試合じゃないんだよ。それに君は日本代表サンドバックでしょ」


「サンドバックに日本代表をつけて守備時にはコートのサイドを守り、攻撃時には前線に駆け上がり攻撃のサポートする運土量の多いサッカーのポジションの一つであるサイドバックみたい言うな。あと日本代表サンドバックってなんだよ。痛めつけられるにあたって日本で僕の右に出る者はいないって意味なのか。僕はそもそも人並以上に痛めつけられることは苦手なんだよ。日本代表も元よりサンドバックにすらなれねぇよ」


危ない、危ない。一文字しか違わないから騙されるところだった。

サンドバックは生き物に名付けて良い称号ではないのに日本代表が付くだけでサドバックをサドバックのように勘違いしてしまう。


「君は日本随一のサンドバックだよ。殴られたり、蹴られたり、罵られたりするとスポーツ漫画でお馴染みのゾーンに入れるほどの才覚を持ち合わせているんだよ」


「そ、そんなわけないだろ」


探偵に悪質スライディングされて宙を回転している間、僕の思考は加速していたが、きっとあれはゾーンではなくて走馬灯みたいな現象なのだろう。僕が探偵の言う通りの日本随一のサンドバックだと認めたくないが為にあの思考加速現象を走馬灯だと改竄したのでなく、たった今、あれが走馬灯だという真実に辿り着けたのだ。


「そんなわけあるよね。私に美しくスライディングされて空中に浮いている間、君はゾーンに入ったんだよ」


くっ、何故わかるんだよ・・・・いやいや、落ち着くんだ──探偵が分かるはずもない。なんせゾーンは僕の頭の中の現象だ。物的証拠がない。そう、証拠なんてものあるわけがないのだ。


「証拠がないだろ。証拠も無しに勝手に決めつけるな。証拠にもなく冤罪を作り出すな、証拠があるなら出してみろってんだい──まぁ、証拠なんてもの存在してれば話だけどな」


探偵に対して強気に言い返したが、証拠を主張するなんて、まるで追い詰められた犯人ではないか。


「証拠なら君が言ってたじゃないか」


「確かに、単語としての証拠は五回ほど言ったけれど・・・・・」


「そうゆうことではない。君が証拠となる言動をしたってことだよ」


「だとしてもだ。僕はゾーンに関することなんて一言もしゃべってない」


まさか、証拠を出せって一言が犯人である証拠なのか?


「君が考えている通り、証拠を要求することはそれ自体が証拠のようだけど、君がゾーンに入った証拠とはまた別だよ」


「ん? 他に証拠となる言動はしてないだろ。さっきも言ったが、僕はゾーンに関することなんて一言もしゃべってないんだ」


「ゾーンに関わることは言ってないけれど、ゾーンに入ったことが分かることは言ったんだよ──『おい! 悪質すぎるぞ。レッドカード、一発退場だ』ってね」

探偵は似ていないモノマネをした。


「モノマネが似ていないことは置いといて、今の一言のどこにゾーンに入ったことが分かるんだよ」

探偵がした僕のモノマネは一瞬たりとも置いとけないほど、下手くそなものだったが、それ以上に、僕の言葉にゾーンがどの様に繋がるのかが不思議でしょうがない──


「まず、サンドバック未経験者は病院でスライディングされたら、驚きすぎて声を発せない。それに、サンドバック経験者ですらも『痛い!』や『何するんだ~』とか、何かしらの言葉を発することは出来ても、スライディングされたことは理解出来ない」


サッカー経験者みたく、サンドバック経験者って言うな。


「プラスα、私のスライディングはかなりの速さだよ。つまり、空中で私のスライディングをスローモーションで見てさえいなければ、スライディングされたことには気づけないはずなんだよね」


初めて聞いた推理ショーが、僕がサンドバックの天才だという推理なんだ。しょうもなさすぎる。けれど、幾らしょうもない推理でも辻褄が合っている──反論の余地がない。だが、僕はその推理を認めるわけにはいかないのだ。認めてしまったらその時点で僕が天才サンドバックになってしまう。それは死ぬほどではないが・・・・嫌だ。


だから僕は逃げ道を駆ける。


「確かに、スライディングで宙を舞っている間、時間が止まっているように感じたが、あれはゾーンではない、走馬灯がよぎったんだ」


そう、あれは走馬灯だ。走馬灯は、予期せぬ死の危険の中で見る現象で、試合中に現れるゾーンよりも妥当だ。


「ふーん、君はあくまで、ゾーンじゃなくて、走馬灯って言い張るんだ」

探偵はネコのような大きな目で、僕を凝視しながら詰め寄ってきた。


その時、何故だか探偵から目を背けたら死ぬと直感した。探偵は僕がそんなことを考えていることなんて露知らずか、スローモーションのように近づいてくる・・・・ん! スローモーションだと⁉ まさか、再びゾーンに・・・・いや違う、違う。再び、走馬灯がよぎったのか。


僕は走馬灯がよぎったおかげで、冷静に対応できた──具体的な対応としては、まず、目を背けずに探偵と距離を置き、両手を振り上げて、体を大きく見せる。その後、穏やかに会話する。

「その通りですよ。僕は時間が止まったように感じましたが、あれはゾーンではなく、走馬灯なんです」


それでも近づいて来るなら、障害物の後ろに隠れながら、後退する。

僕はいつの間にか、この場にいたエンゴロー巡査の後ろに隠れて、後退しようとすると・・・


「森で熊に遭遇した時の対策法をしないでよ。私はクマじゃなくて、ネコだよ」

と探偵はツッコミを入れた。

けれど、そのツッコミはオウンゴールだ。

僕がネコ扱いしたら、怒るくせに自分自身をネコって言ってしまったのだから


「ゴホン、まぁーあ、ネコなのは耳だけなんだけどね」

探偵は慌ててネコなのは耳だけだと付け加えた。今更、注釈を付けくわえても、もう遅いぞ──手遅れだ、僕は見逃さない。

よし、からかってやるぜ!


「ごめん、ごめん、僕が悪かった。探偵はクマではなくて、ネコだったな。チュールでも持ってくるべきだったよ」

探偵を軽くからかった後に、ちゅ~る、ちゅーる、ちゃおちゅーる──チュールのコマーシャルにある歌をうたう。


「だ~か~ら~、私はネコじゃないんだって。あれは口をすべらせちゃっただけだから! さっきの私が言ったことは無し!」

探偵は地団駄を踏み鳴らした。けれど力強く地面を叩いているのに反して、不思議と音がしなかった。


子どものように悔しがる探偵を見ると更に悔しがらせてやろうと思った。


「探偵、確かにお前は自分自身のことをネコって言ったんだ。一度でも発した言葉は取り消せないんだぞ」


僕がそう言うと、探偵は地団駄を止め、猫耳をピコピコ動かしながら、未だにエンゴロー巡査の後ろに隠れている僕の腕を掴んだ。

そのまま僕はエンゴロー巡査の背中から引っ張り出された。


「一度発した言葉は取り消せないってことは、君の先程の発言──『スライディングで宙を舞っている間、時間が止まっているように感じた』ってゆうのも、取り消せないってことだね」


「まぁ、確かにそうだな。だけど、あれはゾーンではなくて、走馬灯だ」


「だったら、一筆したためてよ」

と、一枚の白紙の紙と胸ポケットから取り出したボールペンを僕に手渡した。

僕は、理解出来ずに、わけも分からずに、紙とボールペンを受け取った




作者のひと言

日本代表サンドバックのくだり、書いていて一番楽しかったです。


※注釈

『頭を頭を下げれば大丈夫~ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、ぐーるぐーる~ ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、ぐーるぐーる~』

↑分かりづらいボケですが、アリゴリズム体操です。


あと、星★、フォロー、ハート♡を頂ければ、これから頑張っていこう!! と励みになるので、お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る