第9話 マタタビ事件 三つ目

僕はエンゴロー巡査の溺愛話に聞き疲れて寝ることも出来ずに孤児院で朝ごはんをご馳走になってから、すぐさま、二つ目の事件現場に向かった。

孤児院を出るときには、子だもたちは「バイバイ」と手を振りながら見送ってくれた。そのおかげで、元気がみなぎった僕は軽やかに現場に向かうことが出来る。

エンゴロー巡査の説明だと二つ目に捜査する事件は丁度一週間前に大通りで起こった事件

過去 三つの中で一番規模の広い事件で、マタタビに対する恐怖を国民に植え付けたらしい。

詳細は丁度一週間前の昼間──人通りの一番多い時間に多量のマタタビらしき粉末が撒かれ、その場にいた100人近くの国民が地面に体を擦り付けたりなどの奇行に走った事件。

国を二つに分けるように位置する表通りの一角にある市場が事件現場だ。

その市場は事件現場とは思えないくらい人で溢れかえっており、この国のどこよりも賑わっているようにすら感じる。

聞き込みを始めようにも人が多すぎて誰に聞けばよいのか分からずに突っ立ていることしか出来ないでいると、何処からか声を掛けられた。


「おっ! これは久し振りに無毛人を見たな。あれ!? エンゴローもいるじゃねぇか」

近くで店を構えていた魚屋の店主が話しかけてきた。

「この方々は探偵とその助手であります。お二人と先週起こったマタタビ事件を調べてるんです」


エンゴロー巡査は僕と探偵のことを紹介してくれた。

魚屋の店主はマタタビ事件の被害者らしく、事件時のことを教えてくれるそうだ。


「あーあれな。俺もあの時、ここにいたんだけどな。急に気分良くなって、マタタビを擦り付けてたんだ。そうだったよなぁ、オヤジ」

と魚屋が呼びかけると、店の奥からお年寄りが奥から出てきた。


「そうじゃにゃ~そうじゃにゃ、わしもにゃあ~あの時は驚いちゃったにゃ。店の者も客もみんな気持ちよさそうに地面に体を擦り付けたもんだから、驚いてギックリ腰になったにゃ」


それを聞いて僕の心は踊りまくった。


この国の住民は見た目はネコなのに、警部の笑い声以外で僕は『にゃー』とは聞いていない。期待外れもいいところだ。少し、しょんぼりした僕だったが、それはもう過去の話。このお爺さんのおかげで僕は救われた。命の恩人とも言っていい。いや、それは言いすぎだな。だけども語尾に『にゃー』をつけてる人に初めて目にして、冷静沈着な僕ですらも、興奮したのは事実だ──現にこの人はお爺さんだが、見た目はネコなもんだから語尾に『にゃー」がつくと可愛いなとすら感じている。


「ちょい、ちょい」

その声と背中の感覚で我に返る──そして振り返ると、探偵は疑問そうな顔を浮かべて、僕の背中を指で突っついていた。どうやら探偵も同じことを感じたようだ。


「探偵も気がついたか」


「あぁ君も同じことを感じたようだね・・・・私はご老人には何故マタタビが効かなかったのかが気になってしまったよ」


あーそっちね。


「それなら、ある程度推測がつく。ネコがマタタビを感知するのは鋤鼻器と呼ばれる嗅覚器で主にフェロモンを嗅ぎとるんだけど、フェロモンは異性と引き合う為のものだから、生殖活動しない個体には鋤鼻器の感度が低いためにマタタビも効きづらいんだ」


「なるほどね、子供とかにも効きづらいってことだね」

あぁその通りだ。だからご老人はマタタビが作用しなかったんだ。


「うん、この事件はもういいかな」


「えっ!? もういいの?」


「うん、搾りかすから果汁は出ないからね」


搾りかすって・・・・ まだ、ここに来て5分も経ってないんだけど・・・・まぁ、探偵がこれ以上得るものがないと言うならば無いのだろう。


「そうみたいですよ。エンゴロー巡査、次の事件に行きましょう」


そう尋ねるとエンゴロー巡査は魚屋との雑談を止めた。すると魚屋は最後に


「またな。お前さんたちにいい旅を!!」


と少し変わった別れの挨拶を送ってくれた。どうやら、挨拶としての「またな。いい旅を」と言うのがこの国では地味に流行ってるようで、事件に向かう間にもエンゴロー巡査は何度かこの挨拶をされていた。



三つ目の事件、三つの中で一番深刻な事件である。

事件は二日前に起こった。つまり、僕がこの国に迷い込んだ前日に起こったってことだ。自分で言うのは何だが、タイミングが悪いことこの上ない。


まぁ、そんなことは置いといて、事の要約はこうだ。


マタタビで若き政治家が殺された。だが、決してマタタビそのものが毒物として人を殺めたわけではなく、マタタビで攻撃的になった人物によって殺された。ベランダから突き落とされて殺された。


そのマタタビが原因で攻撃的になり政治家を殺めてしまったのは不幸にもその政治家の妻だった。目も当てられないほどの悲劇だ。


殺された政治家は今を時めき、人気抜群、将来を期待された若きホープであり、それに、その妻は国王の娘──つまり、プリンセスだった。二人は国民から愛され、仲睦まじい夫婦──おしどり夫婦で評判だったらしい。ネコなのにオシドリと呼ぶには違和感を感じるが、そんなことは今は関係ないな。


そんな人気者夫婦の片割れは殺され、もう片方がその殺人犯という悲劇には国民は深く悲しんだに違いない。

国民にとっての唯一の救いと言えるのは、マタタビの影響での殺害だったこと。

仲睦まじい、憧れの夫婦の妻が恨みをもって夫を殺害したとなれば、それこそ、目も当てられないほど裏切られた気分になるのだろう。

だが、当の本人にとっては、逆なのだ。

恨みをもって愛していない夫を殺害する方が、まだ救いがある──まだマシだ。

目を覚ましたら、自らの手で愛する夫が殺していた──救いようのない話。

他人を恨むよりも自分を恨むほうが辛い。今回の場合、いくらマタタビが原因だとしても殺したのはマタタビでなく、本人なのだから自身のことを恨むのだろう。死ぬまでずっと恨みを晴らすことが出来ないで生き続けるのだろう。

悪いのはマタタビ事件を引き起こした犯人なのに自身を恨み続けないといけないなんて何とも残酷だ。

現に、夫を殺してしまったお姫様は入院している。それはマタタビでの体調不良なのか、それとも愛する夫を殺めたことによるショックなのかは分からないが心に深く傷ついたのは明らかだ。


そして僕は夫を殺してしまったお姫様が入院している部屋の前で一人で立っている。


そう一人で扉の前に立っている。

探偵とエンゴロー巡査は二人で話をするからって僕だけで先に向かわされた。


三人グループだと二対一になる法則──人が談笑する時は一対一で話すために三人で話す場合は、必ず余った一人は会話に入りづらい。お笑い芸人を例にすると分かりやすい。コンビ芸人はコントも漫才でも二人でテンポよく盛り上げているがトリオの場合には必ず一人は出番の少ないやつがいるのと同じだ。そして現在の僕はその出番の少ないやつってこと。


余った一人である僕はどうにも入りにくい。


あぁ、しまった。流れ的に会話に『入りにくい』と解釈してしまった人がいるかもしれない。言葉足らずの言動をしてしまい申し訳ないと思う。確かに、探偵がエンゴロー巡査と二人で話があると言った時も、その二人の会話に入りにくく、大人しく病室の前まで来たのは事実である。

だが、入りにくいと懸念してるのは会話ではなく、病室だ。先ほどから扉の前にいるのに病室に入れずに、うだうだとエンゴロー巡査から聞いた事件の詳細とそれを聞いた僕の感想を語っていたが、それは全部、病室に入る勇気が出せずに時間稼ぎのための独り言である。


この独り言をすぐにでも切り上げて、事件のことを直接聞かなければならない。事件解決しなければ僕に未来は無いのだから


だけど、だけども、だからと言っても、思いもよらずに夫を殺してしまった妻に対してデリカシーもなく、事件のことを掘り返すなんて僕には出来そうにない。ただの高校生には荷が重すぎる。

だけど、これ以上、聞き込みを引き延ばすと探偵が来そうだ・・・・あ、そうだ。このまま探偵たちを待つのが得策ではないだろうか? 探偵ならデリカシーなしに事件について質問出来るだろう。


・・・・いやいや、それじゃあダメだ。掘る必要もない所も掘り返して、更に傷付けるに違いない。そうなってしまえば聞き込みどころではなくなる。

ここでは人に寄り添える僕が適役だ。

それに、ここで何もせずに探偵を待っていたら意気地なしと馬鹿にされるに間違いない──それが一番嫌だ。


よし! 勇気出せ甲斐主理! 扉を開くんだ!!


そして、ようやく扉を開くと白い雌のネコがいた──この国の住民の姿はネコなわけで、性別を判断するには服装でしか判断出来ないのだけれども、この時は服がなくても一目で雌だと分かった。寧ろ、服を着てないから分かったのだ。なぜなら、彼女の胸部には大きな乳頭が見えていたから。一見、ラッキースケベ的なシーンだとも感じ取れるが、それは違う。相手は意思疎通がとれるが、姿はネコなわけで、胸もネコなのだ。

僕はレベルの高いケモナーではないので、雌猫の裸体を見たところでラッキーではない。けれども、相手からしたら僕はスケベなののだろう。

その証拠に


「キャー―――――――――――――」


と女性特有の甲高い悲鳴が鼓膜を揺らした。

服装だけでなく声でも性別を判断出来ることを気付いたが、今はそれどころじゃないな。

どうしよう?





作者のひと言

このエノコロ王国は年配の方は語尾にを付けますが、ある程度若いネコは語尾にニャンは付けません。

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