第8話 (自称)

僕はお好み焼きを焼き続ける。焼いても焼いても終わることなく焼き続ける。

どうやら、ソースの匂いを嗅ぎつけた近隣住民も食べに来たようで、大人たちも列に並んでいた。

日が沈むまでの間、僕はずっとお好み焼きを焼き続けた。

片付けが終わる頃には辺りはもう真っ暗に移り変わっており、どこで寝ればいいか、牢屋でも貸してもらって一夜を過ごそうかと考えていると、院長の計らいで空き部屋を一つ貸してもらえた。

ボロボロの孤児院、更には使われていない部屋なわけで中は想像通りのボロボロだった──割れた窓ガラスはセロハンテープで留められており、床、壁、天井には所々に穴を塞ぐように木材が打ち込まれていた。だけど部屋は綺麗に整っており、それに牢屋と違って蚊もいない。日頃から手入れが行き届いてるようにすら感じる。あの院長が掃除をしてたのだろうか? それはないか、差し詰めエンゴロー巡査がこまめに掃除してるのだろう。働きすぎじゃないか、エンゴロー巡査は・・・・


蚊が飛び回っていた牢屋に比べれば三ツ星ホテルのようだ──実際に泊まったこともないし、テレビの特集でも僕は三ツ星ホテルを見たことはない。ただ三ツ星ホテルという単語だけを知っていただけの僕ですらも、このボロボロの部屋を三ツ星ホテルのように感じてしまう。それほどまで、僕の心身はズタボロなのだろう。

直ぐに眠りにつきたいのだが、部屋に一つしかないベットには既に先客がいる。猫耳をもつ探偵──珠玖ミミが丸まって寝ていた。


「・・・・・」


こう寝ている探偵を見ると可愛いモフモフとした耳だなと思う。ここで普通は綺麗な顔だなとか思うのがよくある展開ってなわけだけど、僕はそんなテンプレートには当てはまらない男なのだ。

僕は探偵の耳、探偵の猫耳しか見ていない。確かに探偵の顔は整っているとは思う。ここは僕も認めよう──猫耳美少女反対派の僕ですらも猫耳との凄まじい相乗効果に驚くほどの美少女だ。


「・・・・・・・・」


あー我慢出来ない。少し触ってみてもいいだろうか・・・・

一応誤解を招かないように言っておくと、僕が興味津々なのは、すらっとした脚でも、ほんの少し膨らんだ胸でも、みずみずしい唇でも、その唇の奥に隠された舌でもない──耳だ。モフモフの猫耳を触りたい衝動に駆られている。


理性と欲望がせめぎ合っている中、欲望が優勢に移り変わろうとしてる時に探偵が目を覚ました。

よくある展開がここで来ましたか。正にテンプレート的展開だな。


「僕に気にしないで寝てな。まだ何もしてないから」


「そう言われて、寝るような不用心な人はいないよ。私の魅惑のボディに悩殺しちゃうのは同情の余地があるけど、痴漢は犯罪なの知ってた?」

と探偵は控えめな胸を隠す。


「冤罪だ。僕は何もしてない。あとお前の貧相なボディに対して何も感じない」


「貧相ってよくも言ってくれたな。女の体もろくに知らないチェリーボーイのくせに」


「はぁ、決めつけるな。僕にだって彼女(自称)がいるんだぞ」


「(自称)じゃあ彼女ではないよね」


あぁしまった、言わなくてもいいことを口走ってしまった。


「えーと、それはあれだろ。ニュース番組で容疑者のことを自称なんちゃらと報道するからそう感じるんだ。信用出来ない犯罪者に対して自称って使われるから胡散臭いのであって、中には本当のことを言ってる場合もあるだろ。自称無職とか明らかに本当のこと言ってるだろ。働いていたら自身のことを無職と嘘つく理由がないしな」


「君は間違ってるよ。無職も(自称)が付くと嘘っぽい」


何故だ? 無職を自称するメリットも理由も見当つかないぞ。


「例えば、数百億稼いでるような会社の代表取締役社長が、『私なんて無職ですよ。会社のみんなが頑張ってくれているだけですよ。ハハハ』って自称したら君はその無職(自称)を本当に無職だと思うのかい?」


自分を無職だと下げといて、会社の業績は全て社員の努力だと言える社長なんて本当に無職のわけがない──立派な社長だ。


「僕が間違ってました」


誤魔化すように自称が本当の場合があること力説したのだが、見事に返り討ちにあった。確かに自称は自称であって僕に彼女と称される人物はいない。


「あーでも日本に帰ったらその彼女(自称)に会わせてもらうからね。今ここで『嘘つきました。僕に彼女はいません。申し訳ございませんでした~』と土下座しても撤回出来ないから」


有無も言わせてもらえない。困った、困った。打開策が見つからないので、この問題は未来の自分に任せよう。


「さーて、もう遅いから寝るか」

僕は床に寝そべって欠伸を含んだ提案を探偵に投げかけた。


「え!? 君はここで寝る気なの?」


「あぁ、床では寝心地がよくないけど、まぁ寝れないことはないだろ」


「違う。そうじゃないよ──この部屋で寝る気なのかと聞いているんだよ」


「しょうがないだろ、この部屋しか空いて無いのだから」


「君は廊下で寝ればいいでしょ」


探偵は仰向けで寝転んでいる僕の背中と床の間に自身の足をねじ込んだ。


「おい、何をしてるんだ?」


「えいっ」


掛け声と共に探偵は脚を振り上げ、僕を転がした。


もとより、狭い部屋なので僕が三回転もしたら扉まで届いてしまうのだが、十回転ぐらいの勢いで転がった。

勿論、扉の横幅は僕の身長には満たないので、そのまま廊下に出れるわけがなく、まして、その時は扉は閉まっていたので僕は扉に強打したのだった。


「痛ったいなぁ、こんな強硬手段をとらなくても僕だって紳士なのだから言ってもらえば廊下に出るのに」


「蹴り転ばされる前に廊下に出なかった君が悪い」

僕は悪くないだろ。冤罪だ。


仕方なく、部屋を出ると部屋の前には慌てた様子のエンゴロー巡査が駆けつけていた。

「物凄い音がしたのですが、どうかしたでありますか?」

「いや、大したことはないです。そんなことより、エンゴロー巡査はどうしてここに?」

と誤魔化すように話をそらした。


「自分は一応お二人の監視せねばならないので」


そういえば、ブリショー警部もそんなこと言ってた気がする。僕個人が信用されてないのでは無かったのだな。

それにしても、夜中まで僕たちを監視をしなければならないなんてエンゴロー巡査は働きすぎじゃないか。誰かしらが交代するのかと思ってたののだが、今日一日僕らと一緒にいるし。


「エンゴロー巡査は休まれないのですか」


「自分は大丈夫です。仕事なので」


「エンゴロー巡査って凄いですね。僕は仕事だからって、こんなに沢山働けないですよ。それに院長から聞いたのですが、給料の殆どを孤児院の為に使ってるじゃないですか──心の底から尊敬しますよ」


「そんな大した者ではないですよ。ただ、自分は孤児院の子たちの為に頑張れるだけです」


「みんな良い子だし、可愛いですもんね」


「・・・・・」


ん!? どうしたのだろう、エンゴロー巡査は下を向いて小刻みに震えている。心配になって顔を覗こうとすると、エンゴロー巡査は勢いよく顔を僕に向ける。その顔は見たことがないほどニヤけている。


「そうなんですよ!! あの子達って、それぞれの良さがありながら、みんな最上級に可愛いんですよ!! 一人一人の可愛いところを紹介してもいいでありますか? いいですよね? 我慢出来ないので言いますよ!! 言い溢れますよ!!!」


エンゴロー巡査の笑顔を初めて見た。これがエンゴロー巡査の素顔なのかもしれない。

夜が明けてもずっと、僕はオタクが推しの尊さを語るように孤児院の子供たちの可愛さを溺れるほど聞かされ続けたのだった。

そのおかげか、エンゴロー巡査と仲良くなったような気がする。

だから、そのせいで僕は一睡も出来なかったことは目をつむる事にしよう。実際の目は開き続けていたけど・・・




作者のひと言

エンゴロー巡査は子供達の毛の本数まで熟知しています。

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