第7話 お好み焼き
二体の悪魔から逃げ切った僕は裏庭にある井戸で口を洗っていた。苦みは口腔にこべりついて、洗い流すのに時間がかかりそうだった。なので、僕はエンゴロー巡査に先に戻ってもらった。
戻るときに「甲斐助手もすぐに戻って下さい」と念押しされた。
エンゴロー巡査も院長と探偵に一人で立ち向かうのは怖いのだろう。
ようやく
匂いにつられるがまま、匂いを辿ると今度は運動場に行き着いた。そこには、毛並みと模様が様々な子猫ちゃんたちが集まっていた。
孤児院なのに子供がいないと思ったらこんなところにいたのか・・・・
「わぁ~かっわいい~~~」
気が動転して、いや、僕のことだから、別に気が動転しなくても同じ行動をとってたと思うが、一番近くの子供に飛びついて、ほっぺでスリスリしていた。
「キャーーーーーーーーーー」
予想外にも、僕が飛びついた三毛柄の子猫ちゃんは甲高く悲鳴を上げた。
何で悲鳴をあげるんだい? 僕の頬ずりは上手だろ。
子供が悲鳴が聞こえたら、やって来るのは保護者や警察だったりするのが社会というものだ。この場合も例外ではなく保護者と警察官が走って来る。だが、誰よりも速く僕たちのもとに駆け付けたのは保護者でも警察でもなく、猫耳をもつ探偵だった。探偵は高く飛び上がり、僕を蹴り飛ばした。それも両脚で・・・・さぞ見事なドロップキックだったそうだ。
倒れた僕は探偵を下から見上げた。
「いてててて、僕が何をしたっていうんだ」
「このセクハラ野郎がっ!!」
セクハラだと!?
「え、冤罪だっ!! ただこの子に頬ずりしてただけなんだ」
「それが、セクハラだよ!」
「えっ何で?」
「君は幼女に頬っぺたをこすりつけることが、痴漢ではないって言いたいのかい?」
「・・・・・・・」
確かにモフモフの子猫だと思って抱き着いてしまったが、この国の住民は全員ネコなわけで、僕が抱き着いたのは幼い女の子だ。
つまり、僕は探偵の言う通り幼女に抱き着き、顔をこすり付けた変態くそ野郎ってことか──たった今、自覚した。
「誠に申し訳ございません!」
抱き着いてしまったしまった子に誠心誠意謝罪すると、彼女は「驚いただけだからいいよ」って許してくれた──なんて良い子なんだ。
お礼として頬ずりしようと思ったけれど、行動に移る前に探偵は僕と幼女猫の間に立った。
「その子が許しても私は許さない」
「へ!? なんて」
探偵は手全体で僕の顔を鷲掴みし、頭蓋骨がミシミシ鳴るほど指先に力を込める──次はアイアンクローか
「いぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
今度は僕の悲鳴が孤児院の敷地内全体に響き渡った。
探偵にアイアンクローをされたままなのに子供たちが僕たちの元に不思議と集まってきた。
「ねえ!! 何で毛が無いの?」
「さっきののキック凄い!! もう一回やって」
「スベスベしてる~」
「ねぇねぇ 誰? 誰?」
僕と探偵は子供たちに囲まれ、もみくちゃにされた──モフモフ天国だ。 ひゃっほい!!
「は~い みんな~お客さん困ってるから離れようね」
僕は全然困ってないのだが、僕にアイアンクローをする探偵は明らかに困り顔をしていた。
一方、子供たちは院長の言うことをキチンと聞いて僕たちから離れて、院長のもとに集まった。
子供の数は50人近くいたと思う。その数を牛耳っている院長は案外すごい人なのかもしれない。
そのことを言うと探偵は素直に頷いた。探偵は予測できない行動をする子供はどうやら苦手なようで、子供たちをまとめている院長を素直にすごいと思うそうだ。
僕と探偵が院長を見直しているとき、エンゴロー巡査はこっちに駆け寄ってきた。
「甲斐助手!! すぐに戻って来るように言いましたよね」
「・・・・・・・・はい、そうでした」
「挙句の果てにミケケに何をしたんですか」
さっきの子はミケケって名前なのか確かに三毛だったな。
・・・・・・・
そんなこと考えてる場合では無いな──エンゴロー巡査は滅茶苦苦茶怒っているし
「・・・・頬ずりです」
正直に自白した。多分殴られるかも──家族同然の孤児院の子にセクハラしたんだからしょうがない、殴られることぐらい受け入れよう。その後は再び逮捕されるのだろう。その時は「冤罪だぁーーーー」と叫ぶことはしないで素直に罪を認めることにしよう。
「・・・・・・何だそんなことですか。他に変なこと聞いてませんか?」
「他には何もしてないですけど、てかそんなことで済まされのですか?」
「頬ずりって頭を撫でるのと同じ感じであります」
この国では頬ずりは頭を撫でるのと同じ認識なのか。
だったら幼女の頭を撫でただけじゃないか。相手が嫌がってないのならセクハラではないのではないか。
「だってよ。だからいい加減アイアンクローは止めてくれないか」
と僕は探偵の腕をたたきながら抗議しているのに・・・
「さっきから香ばしい匂いするけど何だろう?」
と探偵は全く関係ないことを気にしていた。
「おい! ぼくのことを無視して話を変えるな。早く離せっ」
「それなら明後日の建国記念日の祭典であるエノコロ祭で出す出店でありますね。多分、明後日に備えて年長の子たちが予行練習してるのだと思います」
へーなるほど出店ね。だったらこの香ばしい匂いはソースの匂いかな? 差し詰め、焼きそば当りかな。違う。そうじゃない、早くアイアンクローを止めてくれ。
「ふーーん、で何を作ってるの?」
「キャベツ炒めであります。孤児院にはキャベツ畑がありますので、孤児院で食べない分をお祭りで売ってるのであります」
「売れんの? キャベツ炒めって」
「全くもって売れないでありますね。だけど今年は一味違います──味付けにソースを使う予定であります」
僕のことなんて気にも止めずに雑談をする探偵とエンゴロー巡査。
「それでも売れ気が全くしないっ!!」
アイアンクローされたままであったが、最後の力を振り絞ってツッコミを入れた。
味付けの問題じゃないだろ。キャベツ炒めから見直さないと収益は得られないだろうと。
僕のツッコミという名の咆哮は誰にも相手にされず、空を切った。
探偵は僕の必死の咆哮には耳を傾けることなく、エンゴロー巡査との雑談を続けた。
「ソースとキャベツがあるならお好み焼きはどうかな?」
お好み焼きならキャベツを多く使うし、キャベツ炒めよりは沢山売れそうだからと・・・・
「お好み焼きって何でありますか?」
ラーメンがあるし、ソースもあるならお好み焼きもあると思ったがこの国にはお好み焼きはないのか。『何かとこの国はツギハギだらけのようにに感じられる──そう思うのは僕だけだろうか』と伏線じみたことを考えてみたりして
「お好み焼きのついて説明するより実際に作ってみたほうが早いかもね。主理くんは作れる? お好み焼き」
「ん? ああ、卵と小麦粉もあればそれっぽいのは作れるかも」
「あと鰹節と青海苔、あとマヨネーズも必要だよね」
「それなら台所にあるわよ。エンゴローちゃん、取ってきてくれなしかしら」
と院長はエンゴロー巡査にお好み焼きの材料を取りに行って貰おうと頼んだが・・・・
「すみませんが、自分は監視をしなければならないので」とエンゴロー巡査は断った。
僕って信用無いのだろうか。確かに井戸で口をゆすいですぐに戻らなかったけれど、けれどなぁ──流石にアイアンクローされてる状態じゃ何もできないのに。真面目そうな人に信用されないのって地味にショックだな──失った信用を取り戻すのって難しいけど、お好み焼きを美味しく作って失った信用を取り戻そうと僕は心に決めたのだった。
院長が材料を持ってきたくれたので、出店の鉄板を借りて早速作ってみた。
自画自賛ながら上手く出来たと思う。長年の一人暮らしの賜物だな。お好み焼きが焼きあがった時には僕の前には子供たちで長蛇の列ができていた。
「何で探偵が一番前にいるんだよ」
「先見の明ってやつだね。早くお好み焼きをよこしなよ──後が詰まってるのだから」
本当は探偵よりも先に子供たちにお好み焼きを食べて欲しいのだけど、探偵は譲りそうにないので、黙って探偵にお好み焼きを渡した。
探偵にお好み焼きを渡した後も子供達の分を焼き続ける。
子供たちはお好み焼きを気に入ってくれたようでキャベツが足りなくなってきた。木の下でお好み焼きを食べ終わって暇そうにしている探偵が目に留まったのでキャベツを取ってきて貰おうと声を掛けた。
「おーい探偵、キャベツが足りなくなってきたから取ってきてくれないか」
「オケ、キャベツ畑からちょちょーと取って来るよ」
「いや、自分が行ってきます」
僕の手伝いをしてくれていたエンゴロー巡査はキャベツの千切りを止めて、手ぬぐいを片手に駆け抜けていった。
「エンゴロー巡査って働き者だな」
思わず独り言が漏れる。
「そうなのよ~キャベツのお世話も一人でやってくれてるのよ。それに給料の殆どを孤児院の為に使ってくれててね、家具だったり、食事代、水道光熱費その他諸々全部払ってくれているのよ」
なんて孝行息子なんだ。世には恩を仇で返すクズ息子、親の脛を齧っているニートもいる中でここまでいい奴がいるなんて、この世界も捨てたもんじゃないな。
ちょと上から目線でこの世界を見直しているうちにエンゴロー巡査の姿が見えなくなっていた。
「ん? そういえば探偵、キャベツ畑の場所を知っていたんだな」
「知らないよ。知らないことを知らない私を知っているように私は知らない私を知っている」
結局どっちなんだ。いちいち、複雑にしやがって──まあ、どうでもいいんだけどな、知っていようが、知っていなくても・・・・そんなことよりお好み焼きを作らないといけない──僕のお好み焼きを子供たちが待っているのだから
作者のひと言
因みにミミは素手で『リンゴ三個分』を潰せる握力です。
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