第6話 マタタビ事件 二つ目
警部が酔っぱらっている間、僕たちは警部の辱めを撮影してただけではない。マタタビ入り魚粉についてもちゃんと調査をしていた。どうやらお店に出された魚粉は普通の魚粉とかつお節粉をミックスしたものだった。魚粉もかつお節粉も仕入れられた状態のものにはマタタビが含まれていなく、また店の中や従業員を調べてもマタタビの痕跡が無くて、前日は定休日なことも踏まえて、定休日に何者かが店に忍び込み魚粉の容器にマタタビをこっそり入れたと結論付けた。
警部の酔いがさめると僕たちは警察署に戻ることになった。警部が捜査を手伝ってくれる予定だったが、事件の当事者になってしまったために、署に戻って上司への報告やらをしなければならないようで、別の警察官が僕たちに同行することになった。
「エンゴロー巡査であります! よろしくであります」
エンゴロー巡査はトラ柄のネコで警部曰く、真面目で普通にいい奴らしい。
警部が集めたマタタビ事件は全部で三つあり、一つ一つ現場をエンゴロー巡査が案内してくれることになった。
僕たちがまず向うのは最初の事件の現場である街外れにある孤児院だ。
「今向かっている孤児院は自分が育った場所であります。そこの孤児院の院長が被害者です。2か月前の事件の日も自分は孤児院にお手伝いをしに行ってたんでありますが、着いた時には、院長は子供たちによってベットに運ばれてたであります。子供たちの話を聞くに食堂でフラフラになってたので、心配になってベットに運んだそうです」
エンゴロー巡査の説明を聞く限り、事件というには深刻さは感じられない。その時もマタタビが関与する事件が他に無いのも相まって、その時は誰も事件とも思わなかったそうだ。いたずら好きの院長の悪ふざけで皆納得したらしい。
院長が警部にその話を愚痴ったらしく、その話を聞いた警部は一応、この出来事をマタタビ事件に加えたそうだ。
僕たちが孤児院に着くと、事件が起こった。いや、起こった後だった。
孤児院の玄関に白く長い毛並みのネコが横たわっていた。それも赤い液体に体を浸からせて・・・・・・
僕は慌てて血まみれのネコに駆け寄って、血を止めようと出血場所を探したが、どこを見ても傷はない。
「あれ? 何処から血が!?」
出血箇所が見つけられずにアタフタしている僕に反してエンゴロー巡査は落ち着いていた。
「院長、幼稚ないたずらはもう止めましょうよ」
僕たちと話すときよりも少し砕けた口調でエンゴロー巡査は注意をした。すると、上品な笑い声が僕が抱えてる白いネコから聞こえてきた。
「ウフフ 無毛人のお方でも驚くのですね」
血で染まった白猫は自らの肢で立ち上がった。
死んだふりかよ。マジで焦った。
院長と呼ばれて反応したことはこの人がイタズラ好きの院長か。エンゴロー巡査の注意から推測するにこの院長の悪ふざけは毎度のことなのだろう。何度もこんな事してるから、マタタビで酔っぱらってもいつものイタズラだと思われるのだ。
「偽物の血液も見分けられないなんて、助手としてダメダメだよ」
探偵は見事に騙された僕にダメ出しをし、自己紹介を始めた。
「どうも初めまして──耳以外が無毛人の名探偵──
「どうも~孤児院の院長をしているステラで~す。ボロボロの家ですけどくつろいでってねぇ~」
院長は血塗られた服装のまま僕たちを孤児院に向かい入れた。
客間なんてちゃんとした部屋はボロボロの孤児院にあるわけがなく、案内された部屋は長机と小さめの椅子が並んだ食堂だった。
「粗茶でいいかしら? うちには粗茶しかないけどね。ん!? どうしたの? 怪訝な顔をして・・・・あ~分かったわ。ウフフ お茶には何もしてないわ──決して粗茶と称した苦い『フレーメン茶』ではないわ」
フレーメン茶ってフレーメン反応から名付けられたのだろう。一口飲めば、苦すぎてフレーメン反応のように口唇があがってしまうようなお茶だと容易に想像できる。
院長はお盆に三人分の粗茶を乗せて僕たちに強く勧めた。それはそれは強く・・・・・・
「では、事件の話をしようか。院長」
探偵は出されたお茶を飲まずに僕のほうに寄せて、話を事件の方向に向かわせた。
「そうそう 酷いのよぉ~エンゴローちゃんたらっ! 真っ先にイタズラだと決めつけちゃて──イタズラなんて滅多にしないのに・・・・・・それはそうとお茶飲んじゃって! ほら飲んじゃって! 探偵ちゃん」
「生憎、喉は乾いてないんだよね。気持ちだけ有難く貰っとくよ」
「気持ちだけじゃなくてお茶も貰って」
「えーと、遠慮しとくよ。それよりも事件の話をして欲しいな」
「じゃあ、事件について話をするから、その代わり探偵ちゃんはお茶飲んでね~」
「う~む」
裁判所では雄弁に語っていたのに院長の前では探偵も押されている。探偵はどのようにしてフレーメン茶を言葉巧みにかわすのだろう──ひょっとしたら院長に押されて思わず、飲んでしまうこともあるかも。
僕の期待に反して探偵は言葉を使わずにしてフレーメン茶の魔の手から逃げやがった──僕を犠牲にして・・・・・・
段階的に説明すると──
まず、探偵は素早く僕を羽交い締めにした。
それはいわゆる格闘技での羽交い締めではなく、鶏の保定方法での羽交い締めをした。
羽交い締めは元々鶏の保定方法の一つで、羽を二回交差して寝かされると鶏は動かなくなる。二回も交差出来るのは鶏の肩関節の柔らかさに起因するが、僕の肩関節は鶏のような柔らかさを兼ね備えてないために、一回の交差で動けなくされた。この羽交い締めは片腕で事足りるので、探偵は残った片手で僕の鼻をつまみ、その状態を暫く保った。息が出来ずに口を開けた瞬間に探偵はフレーメン茶を僕の口に流し込んだ。
「ウゲゲ!!」
なにこれ!? 滅茶苦茶にげぇ。滅茶苦茶って言葉は苦いお茶を無理矢理飲まされた人が考えたのだろう──今の僕みたいに──なんせ世の中に滅茶苦茶って言葉が存在しなくても僕はこのお茶を滅茶苦茶苦いと表現するはずだ。いや、滅茶苦茶を更に苦を足して『滅茶苦苦茶』とする。それほどまでフレーメン茶は苦い──滅茶苦苦茶にげぇ。
「ウフフ 面白いリアクションするのね! 助手ちゃんたらっ」
「ごめんね、主理くん。これしかフレーメン茶から逃れる術がなかったんだ。まぁほらお茶でも飲んで」
嬉しそうに笑う院長と申し訳なさそうに水を渡す探偵を比べると探偵が天使のように思えるが、それは錯覚だ。なんせ、探偵がお茶だと言って渡してきたのはフレーメン茶なのだから。
「無味無臭の美味しい水はどこですか?」
「それならここにあるわよ」
フレーメン茶を渡そうとしてくる院長は無視してエンゴロー巡査に目を向けた。
「水なら台所にあると思います。案内します」
「あぁそうだわ。今ね~水道が破裂しちゃてるから外にある井戸の水しかないわ」
この院長のことだから、水道破裂もイタズラのように感じてしまう。
「だったら、自分が井戸の水を汲んでくるので甲斐助手はここで待ってて下さい」
とエンゴロー巡査は席を立った。
だが、今、エンゴロー巡査がいなくなってしまうのは困る。
「いや、僕も行きます。このまま二体の悪魔と一緒にいるとフレーメン茶を飲まされそうだ」
「確かにそうでありますが、遠いですよ」
「問題ないです」
「ですが・・・・・・・・」
「いいから僕を連れてって下さい! 二体の悪魔がフレーメン茶を持ってこっちに近づいてくるから! はっ速くっ! こっちにくるな。あ、悪魔どもめ──」
「えっ!? はい、分かりました。こっちです!」
僕は何とかフレーメン茶の魔の手から逃げ、裏口から外に出ることに成功した。
作者のひと言
※注釈
フレーメン反応っていうのは哺乳類に起こる、臭いに反応して唇を引きあげる生理現象のことです。
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