第696話 気まずいパーティー

 愉快な時間は、いつか終わるもの。

 アーク王国の教皇庁が正統な組織として認められた。

 本来ならば喜ばしい事だ。

 しかし、アーク王家が得られたのはそれだけだった。


 彼らは教皇庁の権威を利用して新たな同盟での主導権を得ようとしていた。

 だがヴィンセントは、その目論見を見抜いていた。

 そしてアイザックも、アーク王家への逆恨みで彼に協力する。

 そのせいでアーク王家は面子を叩き潰されてしまい、主導権どころか国際社会での立場すら最底辺に落ちてしまう。


 とはいえ、せっかく各国の王が集まったのだ。

 教皇庁に関する会議だけではなく、各国の抱える問題についても話し合った。

 やはりというか、こちらもアイザックやヴィンセントが話を主導し、アーチボルドの影は薄いものとなった。


 ――だがアーチボルドも自暴自棄になるような事はなかった。


 これまでの人生で初めて、我を忘れてしまいそうになるほどの怒りを覚えた。

 しかし、その感情はなんとか爆発させずに抑えこむ。

 すでに感情で動いてリード王国を敵に回している以上、アルビオン帝国まで敵に回すような真似は絶対にできない。

 だからヴィンセントに対してだけは・・・怒りをぶつけたりはしなかった。


 一応、大国の王なのでアイザックにも怒鳴り散らしたりはしない。

 その代わり、できる限り話しかけようとはせず、その存在を無視していた。

 会談後、政府高官も集めた立食パーティーではアイザックに近付こうともしなかった。

 もっとも「援軍は送るが他の事は知らん」とまで公言したヴィンセントにも擦り寄ってはいなかったが。

 ホスト国としては失格だが、せめて喧嘩を売らないようにとの配慮だろう。

 だが素っ気ない態度を取っていたのはアーチボルドだけではなかった。


「リード王国も海を手に入れました。これから皆様との交流も増えるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします」

「ええ、まぁ……」

「交易をする事になるでしょう……」


 アイザックが話しかけたのは、アルビオン帝国の西にある国の王達だった。

 みんながみんな、アルビオン帝国の属国というわけではない。

 しかし、それでも彼らの歯切れが悪く、アイザックに話しかけられるのを迷惑そうにしていた。

 だが、そんな状況を続けてアイザックの不興を買うのもまずい。

 だから一人の王が事情を説明する。


「おそらく、誰もがオーランド王国の事を思い出しているのでしょう。アイザック陛下と懇意にした事で、ヴィンセント陛下に狙われるの恐れている。私も不安を覚えておりますのでご理解いただきたい」

「ああ、オーランド王国の……。ならば仕方ありませんね。私が助けられるわけではありませんから」


 ――オーランド王国。


 かつてアルビオン帝国の南西に存在した国である。

 三十年ほど前にアルビオン帝国がアーク王国へ攻め込んだ。

 リード王国も援軍を出したが、アルビオン帝国の軍勢を前に劣勢が続き、軍を立て直す時間を必要としていた。

 当時のリード国王ショーンに「どうにかしろ」と命じられたジュードがオーランド王国に赴き、アルビオン帝国に「ウェルロッド侯が理由もなく訪ねるわけがない。きっとオーランド王国は裏切って我らの背後を攻めてくるぞ」という疑心を植えつけてきた。

 背後を襲われる事を警戒したアルビオン帝国は前線の兵の一部をオーランド王国方面へ引き抜き、リード&アーク王国の軍を立て直す余裕を作る事ができたのだった。


 当然、戦争が終わったあと不穏分子のオーランド王国はアルビオン帝国に攻め滅ぼされてしまった。

 その時、リード王国は彼らを助ける軍を出していない。

 アーク王国を超えてアルビオン帝国まで攻め込む余裕がなければ、アルビオン帝国の従属国だったオーランド王国に援軍を出す義理もなかったからだ。


 今回の出席者達も、オーランド王国のようにアルビオン帝国に誤解されたくはない。

 当たり障りのない話をするだけでもビクビクとしていたくらいだ。

 アイザックに興味はあっても、親密に話すような事はしなかった。

 しかし、ヴィンセントの対抗馬になってくれるかもしれないと、期待に満ちた目で見ていた者もいる。

 今回は場所が悪いだけで、コッソリと話し合える場を設ければ喜んであってくれるだろう。

 だが今は違う。

 アイザックは居心地の悪さを感じるだけだった。


「ちょっと失礼。君、トイレはどこかな?」

「ご案内いたします」


 その場を離れると、アイザックは近くにいた年配の執事らしき者にトイレの場所を尋ねる。

「トイレに行く」という口実を作って、気まずい雰囲気から逃げ出そうとしている事に対して自分に言い訳をしていた。


「我らも同行しましょう」


 すると、二人の男も付いてくる。

 声をかけてきたのはコロッサス国王のヴァージル三世。

 もう一人はトライアンフ国王のイライアスだった。

 二人ともモーガンくらいの老人である。

 コロッサス王国はリード王国の北東に位置する同盟国で、トライアンフ王国は北西にある同盟国だ。

 執事の案内で三人はパーティー会場を出る。


「やはりお二方も居心地が悪かったですか」


 リード王国の同盟国であるため、彼らも腫れ物を触るような扱いをされていた。

 だから彼らも会場を出ていく機会を待っていたのかもしれない。


「いえ、アイザック陛下の事が心配でしたからですよ」

「会談であそこまでアーチボルド陛下を怒らせてしまっては……。万が一の事を警戒してしまいます」


 どうやら彼らはアイザックの事を心配して付いてきてくれたらしい。

 執事にも聞こえているが、彼から遠回しにアーチボルドへ伝えてもらうつもりなのだろう。


 ――アイザックを暗殺すればお前が第一容疑者だぞという警告をするために。


 同盟者に対するヴィンセントの態度が、彼らにアイザックのほうがいいという気持ちを強く持たせたのかもしれない。

 アイザックは同盟国との貿易や、エルフの派遣などにも気を使っている。

 ただ守ってやる・・・・・という同盟関係ではなく、お互いに支え合う同盟関係を結んでいるからこそ、アイザックの存在を重要視してくれていた。


「私のような若輩者に気を使っていただけるとは。そのお気持ち、とてもありがたいです。これからもよい関係をお願いいたします」


 アイザックが感謝の気持ちを伝えていると、正面からアーク王国の貴族がやってきた。

 彼らは廊下の脇に移動し、アイザック達のために道を開ける――だけではなかった。


「これはこれはアイザック陛下。お楽しみください」

「楽しむ? どういう事ですか?」

「それは見てのお楽しみという事で」


 彼らは下卑た笑みを浮かべる。

 それがアイザックを動揺させる。


(トイレで楽しめ? いったいどういう意味だ……。ハッ、まさか!)


 アイザックは「トイレで楽しむ」という言葉の意味がわかった気がした。


(もしかして、エロイ姉ちゃんが色々サービスしてくれるとか!? 酒池肉林とかそういう感じの場所になってたりするのか!? でも俺だって戦場にいても不倫しないで我慢できていたんだ。こんなところであっさり不倫したりはしないぞ)


 そうは思うものの、特殊な状況下でのエッチな行為は未体験である。

 この世界での王侯貴族がどんな楽しみ方をするのかは、正直なところ気になっていた。

 不倫になるような事をするつもりはないが、まだ見知らぬ世界に対する興味がこみ上げてくる。


「そうか、ではアーク王国の接待というものを見せてもらうとしよう」


 ワクワクとする気持ちを抑え、できるだけ平静に答える。


「よろしいのですかな?」


 ヴァージル三世が心配そうに尋ねる。


「かまいませんとも。アーチボルド陛下の厚意を確認させていただこうではありませんか」


 ヴァージル三世とイライアスは行きたくなさそうにしていた。


(孫くらいの年頃の相手と、エッチな話は気まずいよな。でもこれも王としての裸の付き合いだと思ってもらわないと)


「さぁ、行きましょう」


 アイザックも一人では行きにくい。

 道連れを作ろうとして、積極的に二人を誘っていた。

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