第695話 アルビオン帝国皇帝との共闘

 会合には九カ国から参加者があった。

 議題がはっきりしていない会合にしては集まったほうだろう。

 アルビオン帝国側ばかりではなく、コロッサス王国などリード王国の味方になってくれそうな国も出席している。

 どうやらアイザックを吊るし上げるという目的ではなく、本当に話し合いたい事があったらしい。


「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。感謝の念に堪えません。本来ならばファラガット共和国やグリッドレイ公国からの返信でしばらく時間が必要だったのですが、こちらにおられますアイザック陛下のおかげで連絡する必要がありませんでした。おかげで予定よりも早く会合を開けたのです」


 どうやら、アイザックを吊るし上げるのも目的らしい。

 エルフやドワーフを助けるために戦端を開いた事に触れる。

 普通であれば特に気にはしなかったが、ここがアーク王国というのが問題である。

 彼らの信じる教えは「異種族よりも人間を大事にするべきだ」というものだからだ。

 アーク王国――特にアーチボルドは「リード王国は裏切者だ」という流れにしたいのかもしれない。

 だがアイザックは、彼らの思い通りに行かせるつもりはなかった。


「それはよかったです。ところで私の代で四カ国がリード王国に編入されています。どのような議題かは存じませんが、リード王国は五票分の投票権があると考えてよろしいでしょうか?」


 アーチボルドの思い通りに進ませてやる必要などない。

 彼の話に茶々を入れる。


「それなら我が国は四票分か。何年前の事まで遡って計算するのかは知らんがな」


 なぜかヴィンセントまで、アイザックが作ろうとした流れに乗ってくる。


(ん? なんでそんな事を?)


「そのような事はありません。仮に投票で決めるとしても一票として扱います」


 アイザックは疑問に思ったが、理由を考える前にアーチボルドが否定した。

 やはり彼からもヴィンセントの反応に戸惑っている様子が窺える。

 一度咳払いをして間を取ってから、アーチボルドは議題を切り出した。


「今回の議題はとても重要な事です。この度、復活した我が国の教皇庁を正統なものと承認していただくために集まっていただいたのです」


 アーチボルドの言葉に、二人の王が深刻な表情を見せた。


 ――アーク王国の教皇庁を正統なものとして認める会合。


 このような会合に出席した時点で半ば認めたようなもの。

 否定する余地はあるが、リード王国を入れても反対しそうなのは同盟国くらいである。

 他の国はアルビオン帝国の意見に同調するだろう。

 そうなると「アーク王国の教皇庁が正統であると賛同多数で認めた」という事実だけが残る。

 騙し討ちであっても、リード王国にとって不利な状況である。

 コロッサス王国などの王らは不安な面持ちでアイザックを見る。


 ――そのアイザックは「だからどうした」と言わんばかりに平静を保っていた。


 少々不快そうにはしているが、それだけである。

 その姿は頼もしいものに見えた。


「今回の議題はそれだけですか?」

「ええ……、そうですが……」

「アーク王国の教皇庁を正統なものと認める。そう大使殿に衆人環視の中で伝えていたはずですが……。伝わっていませんでしたか?」


 ――正統な教会だと、すでに認めている。


 呆れたように答えるアイザック。

 あまりにもあっさりと言われたのでアーチボルドも答えに窮した。


「報告はされていましたが……。本当によろしいので?」

「大使に伝えたのに信用されていなかったと? うーん、それでは困りますね。ちゃんと信用できる大使に代えていただけますか? せっかく大使に伝えても信用されないなら意味がないではありませんか」

「いえ、信用していないわけでは……。それでは我が国の教皇庁を正統なものとして認めないという方はおられますか?」


 アーチボルドはこの機を逃すまいと採決を急ぐ。


「本当によろしいのかな?」


 アイザックに尋ねたのはヴィンセントだった。

 彼もアイザックの考えが理解できなかったようだ。

 自分達に有利な状況であるにも関わらず、本当にいいのかをアイザックに尋ねてしまう。


「かまいませんとも。種族間戦争で教皇庁は崩壊したものの、それを元々あった地域で再建するのであれば、それは過去の教皇庁を継承した正統な組織と私は認めます。皆さまもそう思いませんか?」

「アイザック陛下がそうおっしゃるのなら……」


 コロッサス国王なども、アイザックが反対しないなら強く反対する理由もない。

 渋々といった様子で認める。


「では我が国の教皇庁が正統なものと承認されたという事でよろしいですね? もう反対はできませんよ」


 予想外の展開ではあったが、アーチボルドはウキウキとしながら話を進める。

 反対意見が出なかった事で、そのまま採決してしまった。

 この状況に満足できなかったのは、ヴィンセントだった。


「では貴国の教皇庁はどうするつもりだ? 取り潰すつもりか?」


 この流れで気になるのは、セスを教皇とするリード王国の教皇庁の扱いだ。

 アイザックが無条件でアーク王国の教会を正統なものと認めるわけがないので、その事を確認しておかねばならなかった。


「取り潰す? まさか」


 アイザックは朗らかに笑う。


「アーク王国の教会は過去の教会を継承した正統な存在。我が国の教会は神の代弁者であるセス教皇聖下によって設立された新しい教皇庁です。過去の遺物とは関係ない組織なので正統かどうかは関係ありません」


 ――アーク王国の教皇庁とは別物だから問題ない。


 そう言い放つアイザックに、出席者達は絶句した。

 しかもそれだけではない。

「セスこそ神の代弁者である」と主張した事で「アーク王国の教皇庁は正統な流れで設立されたものであると同時にまがい物でもある」というレッテルを貼った。


「私はセス教皇聖下と出会ったから教皇庁を再建すべきだと思いました。ですが昔の教皇庁をアーク王国が再建したというのならば、正統性はそちらに譲ります。リード王国は本物の教皇聖下と共に新しい教会を盛り立てて参りますので」

「そ、それは詭弁というものではないか! 正統性を認めておきながらまがい物を作るなど道理にそぐわない!」

「詭弁? 違いますよ」


 アーチボルドの言葉を、アイザックは鼻で笑った。


「魔法には詠唱が必要なのは皆様ご存じでしょう。魔法の詠唱を行わずにセス教皇聖下は奇跡を起こされました。ですがアーク王国の教皇を名乗る何者かは奇跡を起こしてはいない。ただアーク王国で正統な教皇庁の代表となっただけです。ですが私はアーク王国の教皇庁を否定する証拠をなにも持っていない。だから教皇庁の正統性を認めた。では実際に奇跡を起こしたセス教皇聖下の存在を否定する証拠を、アーチボルド陛下はお持ちなのですか?」

「くっ……」


 あるはずがない。

 教皇選定の時、衆人環視のもと魔法を使えない状況でセスは奇跡を起こした。 

 それは今回出席している国の大使達も確認済みである。

 だからセスを否定する証拠など、今のところは・・・・・・ないはずだ。

 アイザックも「アーク王国を否定する証拠がないから認めた」と言っている以上、アーチボルドも証拠がなければセスの存在を否定しづらい状況へと持っていく。

 これで証拠もなしに否定するようならば、アイザックも同じ理由でアーク王国の教皇庁を否定する。


 アーチボルドもそれはわかっていた。

 だがセスの存在を否定しなければ「アーク王国の教皇は、なにをもって教皇と名乗るのか?」と資質を疑われ続ける事になる。

 それではアーク王国の立つ瀬がない。


「これは一本取られたな。お互い否定する材料がないのなら認め合うしかなかろう」


 答えたのは当事者のアーチボルドではなく、ヴィンセントだった。


「ヴィンセント陛下、それがなにを意味するのかわかって言っておられるのですか!」

「わかっているとも。教皇庁という存在を使って国家の威信を高めようとしていたアーク王家が、ただのマヌケだと世間に知れ渡る事になるだろうな」


 会議場にヴィンセントの大きな笑い声が響き渡る。 


「我らは同盟関係にあるはず。そのような発言は慎んでいただきたい」


 アーチボルドは憤慨する。

 だがヴィンセントは意に介さなかった。


「そう、同盟関係にあるとも。だから戦争になれば援軍を出してやる。だがそれだけだ」


 ヴィンセントはアーチボルドを突き放す。

 それにアーチボルドが抗議する。

 アイザックも最初は不思議に思っていたが、ヴィンセントの考えを察する事ができた。


(ああ、そうか。リード王国とアーク王国の同盟関係を壊す事ができれば、それで目的は達成できたんだ。わざわざアーク王国に教皇庁という組織を作らせて、アルビオン帝国に口出しできるような権力を持たせる必要などない。釣った魚にエサはやらないタイプなんだろうな)


 二人のやり取りを見ながら、アイザックはヴィンセントがどのような人間かを知る事ができた。

 彼は生まれついての皇族なのだ。

 弱者の意見など気にする事などない。

 強者だからこそ意見を通す事ができるのだと教えられてきたのだろう。

 味方に付けた以上、アーク王国に力を付けさせる必要などないのだ。

 リード王国の味方でなければ十分なのだから。


「それ以上グダグダと言うのなら、アーク王国をリード王国と東西で分割してもいいのだぞ?」


 執拗に抗議するアーチボルドに痺れを切らしたのだろう。

 ヴィンセントがリード王国を巻き込んで物騒な事を言い出す。


(まぁこっちとしてもアーク王国は気に入らない。どうせ潰す相手なんだから手伝ってやるか)


 ヴィンセントはアイザックに「国の半分をやるから娘と結婚しないか?」とほのめかした。

 実際は「後宮に送り込んで、パメラ達の仲違いをさせたあげく、国の半分を渡さない」というスパイのような存在だったとしても、一応は友好的な態度を見せてきた。

 それに対してアーク王国は「リサの子供などいらん」と否定した。

 アイザックの心象が、どちらに傾いているかなど考えるまでもない。

 だからアイザックは、ヴィンセントの味方をして、アーク王国の威信を叩き落とす事にする。


「さすがに攻めるというのはどうでしょうか」


 アイザックはヴィンセントの分割統治について疑問を挟む。

 彼にアーク王国を攻める気がないとわかると、少しアーチボルドの緊張が和らいだ。


「リード王国とアルビオン帝国。二つの大国が直接国境を接すれば、いつかはぶつかる事になるかもしれません。それよりかは緩衝地帯としてアーク王国に存在してもらったほうがいいのではありませんか。お尻と椅子の間にクッションがあるだけでもだいぶ違うでしょう?」

「それもそうだな。私はアーク王国を通って、リード王国が我が国に攻めてくる事を危惧していた。その不安が解消されただけで十分だろう」


 アイザックが手助けする事で、二人は連携してアーク王国をコキ下ろした。

 教皇庁の存在感を植え付けて国際関係で上位に立とうとしていた彼らは、一気にヴィンセントの尻に敷かれる無様な存在まで落ちてしまう。

 アイザックがこのような事を言い出したのは「もしかしてパメラ殿下の尻に敷かれてるの?」と友達に聞かれて、ムッとした覚えがあったからだった。


 ――地位の高い者が他者の尻に敷かれていると言われる事。


 それは耐え難い屈辱のはずだ。

 だがアーチボルドは、その感情を爆発させる事はできない。

 アイザックだけならばともかく、ヴィンセントは貴重な後ろ盾だ。

 両者を敵に回すような真似は絶対にできない。

 恥辱に塗れようとも、歯を食いしばって我慢する事しかできなかった。


「実はアーチボルド陛下の甥のジェイソンが反乱を起こしたせいなのに、ジェシカ殿下を救えなかったと責められてウンザリしていたんですよ。アーク王家の血がリード王家に入ったせいでエリアス陛下を失った私達の悲しみなど無視されていましたしね。ですからアーク王国を引き取っていただき感謝しているのです。後日銘酒をお送りいたしましょう」

「いや、リード王国の酒はアルビオン帝国では重篤な食あたりを起こしかねん。酒は先代ウェルロッド公の一件でこりごりだ。感謝状の一枚も貰えればそれでいい」

「ではそうさせていただきましょう」


 ――アーク王国の価値は紙切れ一枚分しかない。


 二人は徹底的にアーク王国を叩きのめした。

 それは他の出席者に「やり過ぎではないか?」と思わせると同時に「この二カ国を敵に回してはならない」と思わせる事に成功していた。

 主催国であるアーク王国の面子は丸潰れである。

 彼らはヴィンセントの事を見誤っていた。

 同盟を結んだからといって、あらゆる局面で無条件に味方になってくれるわけではないのだ。

 アイザックが同盟国に配慮していたからといって、ヴィンセントまでそれを守らねばならない義務などない。

 彼らはアイザック憎さのあまり、悪魔と手を取ってしまったのだった。

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