第693話 アーク王国での異変
一月にはジュディスが三女エリス、二月にはティファニーが八男リュートを出産する。
この出産をアイザックは「もう子供が十人を超えたのか」と感慨深く受け止めていた。
他の妻に妊娠の兆候はないまま、アーク王国へ向かう事となった。
長距離移動となるので雨天で動けなくなる事も考えて早めに出発しなければならなかった。
妻との別れも悲しいが、なにより子供達との別れが悲しい。
大人はまだ我慢できるが、子供は寂しさの感情をぶつけてくる。
「パパ、行かないで」という直球言葉は、どれだけ綺麗に飾った言葉よりもアイザックの心を揺さぶった。
だがアイザックは心を鬼にして子供達と別れる。
これも子供達が安心して暮らせる世界を作るため。
アイザックは「俺はジュードよりも厳しい男になってしまった」と自意識過剰な事を考えたまま出発する。
アーク王国との国境では出迎えが来ていた。
彼らはアイザックの護衛を見て驚く。
――近衛騎士団 1,000。
――宮廷魔術師 150。
――エルフ 200。
――ドワーフ 150。
通常の護衛の他にも、エルフやドワーフが同行していたからだ。
これは彼らから希望したものだった。
アーク王国は実質的に敵地である。
そこではなにが起きるかわからない。
最悪の場合が起きても、敵中を突破してアイザックをリード王国へ送り届けられる戦力が必要だった。
とはいえ、エルフの中にマチアスなど好戦的な者はいない。
今回はあくまでも会談への出席がメインである。
なにかあった時に喧嘩を吹っ掛けるような者は必要ないのだ。
非常時には戦うが、そうでない時は大人しくしていられる者が必要なのだ。
クロードがいれば同行を頼んでいたのだが、彼はまだ東部のエルフとの交渉や、奴隷にされていたエルフの新生活を支援するために動き回っているので無理だった。
そこで三百歳から四百歳くらいで落ち着きのあるエルフを中心に同行してもらっている。
ドワーフに関しても同じような人選だった。
彼らに同行してもらったのは、エルフばかり近くに置くわけにはいかないという政治的配慮からである。
だが彼らの活躍に期待していないというわけではない。
魔法の詠唱を行えない時などは、彼らのような身体能力に優れた者が盾になってくれるだけでもありがたい。
近衛騎士以上の肉壁能力を期待していた。
だがアーク王国は「エルフやドワーフよりも人間上位」という教義の教会が影響力を持つ国である。
そんな国に彼らが訪れるのは、アーク王国側の人間にとっても驚きだった。
しかし拒否はしない。
アイザックの護衛であるし、みんながみんな彼らを毛嫌いしているわけではないからだ。
やはり神の奇跡を起こした教皇セスの影響は大きく、アーク王国の正統な教皇の話ばかりを鵜吞みにする者ばかりではなかった。
アイザック一行は出迎えにきた貴族の先導のもと王都へ向かう。
その道中は、やはり不快なものだった。
(ああ、やっぱり道路が整備されているって素晴らしい事なんだなぁ……)
馬車の中では話ができないほどガタガタの道。
ファラガット共和国へ侵攻した時は騎乗していたが、馬車に乗ると整備された街道のありがたみを実感する。
そして自分がやってきたインフラ整備は間違いではなかったと理解する。
しばらくは特に問題は起きなかった。
民衆がエルフやドワーフを珍しそうに遠巻きに見るだけで、ちょっかいを出してきたりはしていなかったからだ。
しかし、アーク王国に入って一週間。
宿泊した街で問題が起きている場面に遭遇した。
「領主様はどうなってるんだ!」
「どこかに連れて行かれたまま帰ってこないじゃないか!」
「ハーミス伯は反逆者だ。裁判後に処罰される事は確実だから帰ってはこない!」
「領主様がそんな事をするわけねぇ!」
「やっていたんだよ!」
どうやら領主が反逆の容疑で捕まっているらしい。
領民に慕われているのか、彼らは領主の心配をしているようだ。
領主の館の前に人だかりができていた。
「ベイツ子爵、ハーミス伯という名前に聞き覚えがあるが誰だったかな?」
「ウィルメンテ公が接触した貴族の一人です。確か傘下の貴族と縁戚関係にあり、こちらの同盟再締結の話を積極的に聞いてくれていた一人……でした」
ノーマンは素早くリストを確認し、ハーミス伯爵に関する情報をアイザックに伝える。
アイザックは溜息を吐いた。
「でした、か。協力を頼んで連絡を取れなくなった一人だな」
「ウィルメンテ公からの報告によるとそのようです」
「同盟再締結に動いていた領主を捕えた。そんな街に私を宿泊させるとはどういう意味があると思う?」
ノーマンは難しい顔をした。
(陛下ならば意味はわかっておられるはず。それを私に聞くという事は、私に考える力を付けさせるという教育の一環だろう。陛下を失望させないような答えを考えないと……)
アイザックが望む答えまではわからない。
だが失望させるような落第点を取るわけにはいかない。
ここでどう答えるべきかを彼は考えた。
「おそらく同盟の再締結をする気はないと間接的に伝えようとしているのでしょう。でなければわざわざ同盟派の貴族を捕える必要などありません。その貴族が治めていた領地を通らせる事も普通はしないでしょう。アルビオン帝国との関係の強さをアピールするという目的があったりするのかもしれません」
「そうだな、そういう目的もあるだろう」
アイザックの反応を見る限り、及第点は取れたが望む答えには足りなかったようだ。
だがノーマンは肩を落としたりはしなかった。
アイザックの考えなど、この世で彼以外わかるものなどいないと固く信じているからだ。
「他にも理由があるとお考えでしょうか?」
「私なら『リード王国との関係を完全に断ち切っても大丈夫だ』というアピールと『このまま王都にくれば危険かもしれないぞ』と相手を怯えさせて交渉を有利に持っていくための脅しにするかな。さすがに自国の貴族を脅しの道具に利用するのは感心できないが、なにをやろうとしているのかはわかる気がする」
「そういう意味もありましたか」
答えながらノーマンは「ギルモア伯爵どころか、ウェルロッド公まで戦争を仕掛ける道具として利用していたような?」と疑問が浮かんでいたが、それを口にするような事はしなかった。
そのような無粋な者では国王の筆頭秘書官など務まらない。
彼もツッコむところと、黙っているべきところの判別は付くようになっていた。
「まぁ私ならやるかもしれないというだけで、アーク王国側にそのような狙いがあるかはわからない。だが今回の会談は危険があるかもしれない。もしも逃げ出さねばならなくなった時、捕まりそうになったら逆らわずに大人しく捕まるといい。あとで救出するか金銭などと引き換えに解放してもらうからね」
「かしこまりました」
(エルフやドワーフが協力してくれるらしいから包囲されても切り抜けられはするだろうが……。なにかあればアイザック陛下だけでも逃がさないと)
ノーマンは身が引き締まる思いだった。
これから死地に向かうつもりで覚悟を決めていた。
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