第692話 エルフ達の合流

 協定日には、エルフがリード王国の傘下に加わる事が発表された。

 種族間戦争の英雄の名前から取り、ウェイガン侯爵位が新しく作られた。

 侯爵にはエドモンドがなり、大使館はウェイガン侯爵邸として与えられる事になる。

 村長にはそれぞれ男爵位が与えられた。


 エルフの爵位に関しては特例処置が取られ、世襲ではなく村長という地位・・に付随する事になった。

 戦場に出て活躍した者達もいるが、全員が爵位を授かったわけではない。

 将来「あの時たまたま村長だっただけで、何もしていないのに爵位をもらうのはズルイ」という声が出ないようにするためだ。


 とはいえ今すぐに編入するというわけではない。

 ブリジットとの結婚式は一年ほど準備期間を設ける事になった。

 そして、エルフの領域がウェイガン侯爵領となるのも結婚と同時にとなる。

 リード王国に加わる前に、行政官を送って行政文書の作成方法を教える時間を作るためだ。

 そのため今回の協定記念日は前祝いという色が濃いものになっていた。


 ――しかし、心から祝えない者もいる。


(あの時の娘が本当に王妃殿下になるのか……)


 ――ギルモア伯爵である。


 かつて軽い気持ちで尻を触ったエルフの娘が、いつの間にか王妃にまで上り詰めたのだ。

 彼女から顔面に膝蹴りを食らった者としては心穏やかにはいられない。

 伯爵に陞爵されたとはいえ、彼の人生はお先真っ暗だった。

 彼の気分を反映するように、伯爵でありながら目立たぬよう壁際でヒッソリと立っていた。

 そんな彼のところへ二人のエルフが近づいてくる。


「あなたがギルモア伯爵ですか?」

「ええ、そうですが……。どちら様でしょうか?」

「ブリジットの父親のユーグです」

「コレットです」


 二人が名乗ると、ギルモア伯爵の表情が固まった。


(ああ、このタイミングで来るなんて用件は一つしかない……)


 ――過去の所業についての苦情。


 アイザックは仕事ぶりを評価してくれたが、ブリジットが王妃になった事で、栄転などに関する決断が覆るかもしれない。

 きっと二人は「お前に未来はない」と言いに来たのだろう。

 ギルモア伯爵は呼吸ができるのに、息が吸えないような思いをしていた。


「あなたの事は娘からよく聞いています」


 ユーグはギルモア伯爵の肩に手を置く。

 ギルモア伯爵の心臓は恐怖で止まりそうになる。


「そして、ファラガット共和国でのご活躍も聞いています。命を懸けて奴隷にされていた人達を救う手助けをしてくれたとか?」

「その働きを考えれば、娘の尻を触った事も許せ――ないけれど、目をつぶってあげられるわ」

「ファラガット共和国でどんな活躍をしたのか、みんなに話を聞かせてくださいよ」


 だが、二人は彼を非難する事はなかった。

 むしろ、ギルモア伯爵を歓迎しているようだった。

 これには彼も驚きしかない。


「アイザック陛下の命令通りに動いただけですので……」

「陛下の命令通りに動ける方がどれだけいるというのですか」

「そんな謙遜せず、話してくれてもいいじゃないですか」


 ギルモア伯爵は二人に腕を掴まれ、エルフの集まる場所へと連れて行かれた。


「連れてきたわよ」

「おお、おぬしがギルモア伯爵か」

「同胞をよく助けてくれた」


 彼らはギルモア伯爵を温かく迎える。

 この時、ギルモア伯爵はブリジットの一件以来、初めて本当に救われた気持ちになった。



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「ブリジットお姉さんは、本当のお姉さんになるんだね」

「そうよ、ケンドラ。これからもよろしくね」

「うん」


 アイザックやブリジットの周囲には身内が集まっていた。

 その中でも、アイザックはティファニーの弟であるマイクの事が気になっていた。


「どうした、マイク? 何か言いたげな顔をして」


 昔であれば気にならなかっただろう。

 だが彼も今年で十七歳。

 立派な若者に成長しているので、彼の姿は子供の頃と比べてどうしても目立つ。

 だからアイザックは彼に声をかけた。


「いえ、なんでもありません」

「私達は義理とはいえ兄弟じゃないか。言いたい事があるなら遠慮なく言ってくれ」

「はぁ、まぁ……」


 マイクはティファニーのほうをチラリと見て様子を窺う。


「姉上はどうなるのでしょうか? ブリジットさんのような美女と結婚するとなると……」


 どうやら彼は「ブリジットのほうが美人だから、ティファニーへの興味が薄れるのではないか?」と心配しているようだ。


「マイク、その発言はティファニーだけじゃない。私も侮辱する発言だ。今ティファニーは妊娠している。春にブリジットさんとの結婚話が出てきてからも彼女との関係は良好だ。それに寵姫から王妃に格上げもした。彼女をないがしろにするつもりなどないさ」

「失礼いたしました。どうしてもブリジットさんの美しさを前にすると心配になってしまって……」


 この時マイクは、昔聞いた事のある噂を思い出した。


 ――アイザックはブスのほうが好みであるというものを。


 そんな噂を思い出す事自体が不敬であるが、それでも彼は思い出し、アイザックに感謝してしまう。


(陛下がいろんな意味で常人でなくてよかった! おかげで姉上も安泰だな)


 ティファニーも美女と呼べるレベルではあるが、ブリジットには到底敵わなかった。

 そして弟である彼の目からは、贔屓目に見ても王妃の中での美しさは下から数えたほうが早く見えている。

 そのためブリジットとの結婚で興味を完全に失われないか心配していたが、アイザックならば大丈夫そうだった。

 アイザックが普通ではないからこそ生まれた状況である。


「そもそも弟のお前がティファニーの事を信じてやらないでどうする。私は今でもケンドラが世界一の美女に成長すると信じているぞ」

「結婚されておられるのですから、そこは妻の誰かの名前を挙げるべきでは?」

「結婚する前からそう思っていたのだから変わりはしないさ」

「なるほど」


 マイクはアイザックの心遣いに感謝し、クスリと笑う。


(姉の事を家族のお前が誰よりも一番に信じてやれという事か。そういえば昔から大物ぶったりせず、気さくなお方だったな。……昔から? そういえば昔からケンドラをすごく可愛がっていたような……。まさか本気で言っていたりはしないよな?)


 一度笑った彼だったが、すぐに頭の中は混乱する。

 ティファニーのためを思っての冗談交じりの発言だと思ったが、過去のアイザックの事を思い出すと本気の発言のようにも思えてくる。


(どっちが陛下の本心なのかさっぱりわからない。もっとも、俺なんかが理解できるお方ではなかったけどな)


 マイクもバネを使ったおもちゃを貰って喜んでいる子供ではない。

 学生にもなれば見えてくるものがある。

 だがアイザックの心だけはまったく見える気がしなかった。

 しかし、それを残念がったりはしない。

 名の知れた名士達ですらアイザックの考えている事を見抜けないのだ。

 まだ学生の身分で見抜けるとは考えていなかったので、大きな壁を前に絶望したりせず、時間をかけて学んでいけばいいと割り切った考えを持っていた。



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 この協定記念日を祝うパーティーには各国の大使も出席している。

 そこでアイザックは来年の春にアーク王国への訪問を予定していると発表した。

 これにより、もしアイザックの身に何かあった場合はアーク王国の仕業であると知れ渡る事となる。

 これは先に情報を広めておく事で、彼らが手を出しにくい状況を作り出すためだ。

 同盟関係こそ解消されたものの、今のところ両国に大きな問題は起きていないので、基本的にはただの外遊だと受け止められた。

 だが、これがただの外遊では終わらない事を知っている者がいた。


「陛下、私が同盟再締結のために働きかけていた者達と連絡が取れなくなっています。一部は拘束されたという情報まで入っておりますので、アーク王国行きはやめられたほうがよろしいのではありませんか?」


 アーク王国の貴族と接触していたウィルメンテ公爵は、彼らの不穏な動きを把握していた。

 アイザックの身を案じてアーク王国行きを止める。

 だがアイザックは首を振った。


「だからこそ行かねばなりません。ここで行くのをやめれば、連絡が取れなくなった者達の安否を確認できなくなりますから。それにもし彼らが爵位や領地を剥奪されていれば、アーク王国は私達との対話を望んでいないという証拠になります。それはそれで彼らの非を責める口実ができます。念のために武力行使をしてくるかどうかの確認をウェルロッド公と共に行い、彼らにどこまでの覚悟があるのかを調べてください」

「陛下にそこまでの覚悟があるのでしたら、これ以上申し上げる事はございません」


 ウィルメンテ公爵は素直に引き下がった。

 アイザックの考えを否定する強い材料がなかったからだ。

 しかし、アイザックはもうちょっと止めて欲しかった。


(ブリジットとの結婚は来年になった。今はジュディスとティファニーが妊娠しているから二人分楽になっている。アーク王国へも来年行かなくてもいいんだけどな……。でもアーク王国を潰すには行ったほうがいいし……)


 今は夜の生活に余裕が出てきたところだ。

 無理に外国へ逃げる必要はない。

 しかし、子供達のためにもアーク王国は早く潰しておきたい。

 もどかしいところだが、もう少し強く止めてくれていればアイザックも考え直していたかもしれない。

 一度「行く」と言ってしまった以上、前言を簡単には覆せないのだ。

 

「もしも我々に協力してくれた貴族が捕らえられているのならば救わねばなりません。両国の平和のために動いてくれたのですからね」

「ええ、私もそう思います。さすがに厳しい処罰をしているとは思いませんが、不利益を被っているのなら保障はしてやりたいですので」


 同盟再締結の動きは、アーク王国の貴族と縁のある貴族を使っている。

 もしアーク王国の貴族が処罰を受けているのなら、命令に従ったリード王国の貴族も心配だろう。

 命令を下した以上は彼らのフォローもしてやらねばならない。

 傘下の貴族に命令したウィルメンテ公爵は、なんとかしてやりたいという気持ちが強かった。

 そしてアイザックも、その態度を周囲に示すためのアーク王国行きを考えていた。


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本日マグコミにてコミカライズ5話の公開!

マグコミの仕様変更により、今月から毎月20日公開から、第三金曜日公開になります。

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