第691話 アーク王国からの招待
――アイザックの隠し子への対応。
それは東部に駐留する者達の参考となった。
「貴族の子を身籠った」と虚偽の申告をする者への厳しい処罰をする事で、そのような事案は減っていった。
身に覚えのある者はともかくとして、妻に誠実な者達は統治に関係のない問題に悩まされなくなったのだ。
他にもキンブル侯爵は元帥の座をウォリック公爵に譲ってグリッドレイ地方へ向かい、ウリッジ侯爵もファラガット地方へと向かった。
彼らに引き継ぎ作業をして、セオドア達も来年には戻ってこられるだろう。
新領土に駐留させる兵士の分だけ、王国全土で募兵を行った。
負け知らずの王国軍の勢いを信じて志願する若者が多かったが、軍の維持費などを考えると残念ながら全員を雇う事はできなかった。
しかし、アーク王国侵攻を考えると兵士と後方支援要員の増員は必要だった。
今ならば「新領土を統治に必要な兵を集める」という名目で兵を集められる。
そのため、アイザックは財務大臣を泣かせながら必要な予算を捻出させた。
他にも様々な事も起きていたが、対応しているうちに夏になった。
この頃になると戦勝で浮ついた雰囲気も落ち着き、王都は以前の生活を取り戻していた。
――アイザック以外は。
「私さ、こうして誰かとデートしてみたかったんだよね」
――結婚する前に恋人としてデートしたい。
そのような要望をしてきたブリジットの願いを叶えるためのデート中だった。
「ブリジットさんと初めてデートするという栄誉を他の男に渡さずに済んでよかったです」
彼女と結婚するのだ。
アイザックも今後の関係を考えてリップサービスをする。
「もう、急に正直になってどうしたのよ」
リップサービスとは思っていない彼女は、言葉を素直に受け取っていた。
「まぁ、たまにはね。結婚するんですし。エドモンドさんからは何も連絡がありませんが、まだ調整中なんですか?」
「村長達からの連絡がまだみたい」
「結構広い範囲に散らばっている村々と話し合わないといけないから時間がかかるのでしょう」
「早く話し合いが終わるといいのに」
「そうですね」
(本当に早ければいいのに)
現在、ジュディスとティファニーに妊娠の兆候があった。
そのため、彼女達の分だけ今は余裕がある。
週七のお勤めをせずに済む今、早く結婚が決まってほしいところだった。
「ブリジットさんはリサやティファニーと長い付き合いだし、他のみんなとも付き合いがある。仲良くやってくれると信じてますからね」
「そりゃあもちろん! 子供がやんちゃして怪我をしても、すぐ直してあげちゃうから。……ねぇ」
ブリジットが何かを言おうとして言い淀む。
モジモジとする姿は、彼女にしては珍しいものだった。
「私の事はブリジットって呼んでくれない?」
どうやら「ブリジットさん」と呼ばれるのが気になっていたらしい。
結婚する事になったので、呼び方を変えてほしいようだ。
彼女なりに勇気を出して言っただろう。
顔を真っ赤にしていた。
「ブリジット――と呼ぶのは結婚してからです。みんなの反対で話が立ち消えになるかもしれませんしね」
だがアイザックは彼女のお願いを断った。
まだ結婚の話がなくなる可能性だってあるのだ。
今から呼び捨て合う仲になっていたら、これまでの関係に戻りにくくなる。
だからアイザックは今のままにしようとしていた。
「もう、いじわるね。私の気持ちがわかってるくせに」
彼女には、これまでの関係に戻る気はない。
「すべてを見通す男」と言われるアイザックが、自分の気持ちを理解していないとは思えない。
だからブリジットは、今の言葉がアイザックのいじわるだと思っていた。
「いじわるではなく、お互いのためですよ。気まずい思いをするよりはいいでしょう?」
「そこは反対を押し切ってでも結婚するって言うべきところじゃないの!?」
「それで種族間戦争が起きたら大勢悲しむ人が現れますよ。他人を不幸にしてでも自分の幸せだけを考えたくはないんです」
自分は子供達のために戦争を仕掛けようとしているというのに、アイザックは白々しい言い訳をする。
だが戦争になる可能性がある以上、無理に結婚を勧められないというのは事実だ。
二人を結婚させて友好関係を深めようというのは、主にアイザックと初期から接触のあったエルフ達の考えである。
モラーヌ村から離れた村では違った考えを持つ者もいるだろう。
それはブリジットもなんとなくわかっていた。
「じゃあ、今は小難しい事を考えずに楽しみましょう!」
わかっているからこそ、彼女は考えるのをやめた。
なんだかんだ言いながらも、アイザックならなんとかするだろうと信頼していたからだ。
あとはなるようになるだけである。
今は交流を深めるだけだと、彼女は前向きに考えていた。
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「アーク王国から会談の招待がきた?」
「ええ、どうやらアルビオン帝国からも皇帝が出席するようです。来年の春に会談が開かれるそうです」
アイザックだけではなく、モーガンも困った顔をしていた。
他の国にもアーク王国から招待状を送られているらしい。
主にアーク王国のせいで近辺の国家関係が変わってきている。
そこで各国の首脳を集めて直接話し合う機会を設けたいそうだ。
しかし、これには問題があった。
「せめて、我が国との国境付近の街にするよう要請しますか?」
――リード王国とアーク王国は同盟関係を解消したばかり。
同盟の破棄を通告してくるくらいなのだ。
アーク王国はリード王国に悪感情を持っている事は明白である。
そのアーク王国の王都に招待されている。
まずは真っ先に謀殺などを警戒しなくてはならない状況だった。
「国境付近でもアーク王国の国内という事には変わりません。危険度はそう変わりないでしょう」
「それならばそのまま王都に向かうか、断るかのどちらかになりますが……。行かれますか?」
モーガンの質問は「アイザックは行くだろうな」と確信し、その確認をするものだった。
「ウィルメンテ公の同盟再締結の工作が上手くいったのかもしれません。可能性は低いですけどね。アーク王国側が招待をしておきながら私を謀殺はしないでしょう。その場合は周辺国から完全に信用を失います」
「しかしながら、陛下を失えばリード王国は不安定になります。だからグリッドレイ公国軍もイチかバチか陛下の命を狙ったのです。陛下を失う危険があるのならば避けねばならないのではありませんか?」
「今の両国の関係を考えれば欠席しても問題視はされないでしょう。ですがそれだけです。アーク王国を切り崩すのならば、あちらに出向いたほうがいいと思います。どう思われますか?」
アイザックは招待に応じるつもりだった。
それをどう思うか問いかけられ、モーガンは悩む。
外務大臣としては、行ってみるのも悪くないと思う。
これまでアイザックは外遊をした事がないので、これもいい機会だろう。
だが祖父としては違う。
外遊するのなら、まずはコロッサス王国などの同盟国でもいい。
アーク王国のような命の危険がある国を、わざわざ選ぶ必要などない。
国の安定は差し引いても、やめてほしいところだった。
「何かをするおつもりですか?」
「どちらかと言えば確認ですね。アーク王国の内情をこの目で確認する事で、次の一手を打ちやすくなるでしょう。エルフを護衛に含めればある程度危険も軽減できるはずです。近衛騎士という名目で同行してくれるエルフを探しておいてください」
「陛下――いや、アイザック。無理はするなよ」
「もちろんですとも。子供が成人して、孫の顔を見るまでは死ぬつもりはありません」
(今のほうが死ぬ可能性高いからな)
さすがにアイザックも、久々の週六の夜のお勤めは堪えたようだ。
妻に恥をかかせないよう、元気になるお薬にばかり頼っていては体を壊してしまう。
戦場へ出た事で体を休める大切さを実感したアイザックは、
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