第690話 隠し子疑惑
――妻達との話し合いは失敗に終わった。
そこでアイザックは現実逃避する事にした。
庭園で子供達と遊ぶ事にする。
――子供達とのボール遊び。
――おままごと。
――鬼ごっこ。
――砂遊び。
――積み木。
子供の年齢に合わせて遊び方を変えるものの、基本的にみんなで遊んだ。
子供の数が多いので大変だったが、それでも心地好い疲れだった。
(王様になって本当によかった。大臣とかになっていたら、仕事をしないといけないから、こんな時間を作れなかったもんな)
もちろんアイザックもやらねばならない仕事はあるが、書類整理に関しては山積みになるほどではない。
その他の仕事は出した命令の結果待ちだったりするので、慌ててどうこうしなくてはならないものはない。
誰かに仕事を丸投げできる立場だからこそ、子供達と遊ぶ余裕があった。
いつかは忙しくなるので、余裕のある今のうちに目いっぱい楽しむつもりだった。
「こうしていると、普通のお父さんっていう感じですよね」
ティファニーが感想をつぶやく。
アイザックは兄殺し以来、普通からは程遠い人生を送ってきた。
そんな彼が子供に囲まれて楽しそうにしている。
彼女は感慨深く見つめていた。
「政治さえ絡まなければ、昔からこんなものだったはずよ。妹を可愛がる姿を見ていれば、我が子にもこうなるのは目に見えていたもの」
リサがティファニーのつぶやきに反応する。
彼女はケンドラに対する態度を見て、アイザックが子供を溺愛するのはわかっていたので今の姿に特別感じるものはなかった。
「あんなに泥だらけになって……」
そうつぶやいたのはロレッタだった。
咎めるような言葉ではあったが、彼女はどこか羨ましそうな表情を見せていた。
「でも私はお父様とあんな風に遊んだ事はありませんでした。子供達にはいい思い出になりそうですわね」
彼女は子供達が羨ましいようだ。
「王女らしく」と育てられた彼女は、子供達のように泥まみれになるほど遊んだ事はない。
今更汚れるほど遊びたいとは思わないが、あのような思い出が欲しかったとは思う。
だが彼女は羨むばかりではなく、子供達がそんな思い出を作れている幸運を喜んでもいた。
そんな時間は、アイザックが疲れてギブアップするまで続いた。
子供達は子供同士でまだ遊ぶようなので、アイザックは妻達のもとへと向かう。
「子供は元気だね。あの子達にはついていけないよ」
アイザックは水を飲む。
その時、少し離れたところで待っているノーマンの姿が目に入った。
「どうした、ノーマン? いや、ベイツ子爵」
ノーマンは内戦時の功績でベイツ男爵となり、東部侵攻作戦でウィンザー公爵らを補佐した功績で子爵となっていた。
爵位を持っている以上、彼の事は名前ではなく爵位で呼ばねばならない。
しかし、名前で呼んでいる期間が長かったため、アイザックは彼を名前で呼んでしまう事があった。
「実はお客様がいらっしゃいました」
本来ならば、一緒に用件も伝えるところだ。
だが突然の来訪者であるにも関わらず、彼は用件を伝えようとしなかった。
その事をアイザックは不審に思う。
(ここでは言えない事か?)
「誰だ?」
だから用件は聞かず、誰が来たのかだけを聞き返した。
「ホーソン男爵です」
(ルーカスか)
今回の従軍で、爵位を持っていなかったルーカスにも爵位を与えた。
それがホーソン男爵位である。
(おかしいな? あいつは義父と一緒にまだファラガット共和国に残っていたはず。本人が来るって事は何か問題が発生したか……)
「わかった、着替えてから会おう」
「何か問題でもありましたか?」
ルーカスが来たという事もあり、パメラがノーマンに尋ねる。
王妃のパメラの問いかけではあるが、彼は即答しなかった。
「陛下にお伝えしてからであればお答えできます」
「なら聞かせてもらおう」
「ハッ」
ノーマンはアイザックに近付き、彼に耳打ちする。
「なにっ!?」
すると、アイザックは目を丸くして驚いた。
「私の隠し子についてだと?」
「えっ!?」
妻達も驚いた。
そして彼女達の視線は、アイザックではなくパメラに集まっていた。
「言っていた事と違うじゃないか」と非難交じりの視線を向けている。
「その件、私も同席してもよろしくて?」
ルーカスから直接確認するために、パメラが同行を申し出る。
「ああ、それはかまわないが……。私に身に覚えはないぞ」
「そこは信じておりますとも。念のためです」
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「お久しぶりです、アイザック陛下。パメラ殿下も」
応接室で待っていたルーカスは、立ち上がって二人に挨拶する。
彼の表情は険しいものだった。
その表情は、二人の登場により、より険しいものになる。
――二人とも睨むような厳しい表情をしていたからだ。
重要な要件なので人払いをして、アイザックとパメラ、ルーカス。
ノーマンと信頼のできる護衛としてマット。
この五人だけが室内に残った。
「どういう事だ?」
「実は陛下の子を産んだという女が三人名乗り出てきまして……。これがその女の名前と住んでいた場所です」
ルーカスは書類を取り出した。
それをノーマンが受け取り、アイザックへ渡す。
目を通したアイザックは眉をひそめる。
「確かに私が滞在した事のある街ではあるが……。私は妻達を愛している。彼女達を裏切るような事はしていないぞ」
「その通りです。浮気をしていない事は確認済みなので何かの間違いでしょう」
(ん?)
引っかかるところもあるが、パメラもアイザックの事を信じてくれているようだった。
もしここで「やっぱり」とか「浮気する人だと思っていた」と言われていれば、ショックを受けていただろう。
引っかかりはするが、アイザックはパメラの言葉に救われた気がした。
「陛下の名前を出された以上は確認をしておかねばなりません。大事になってはいけないので秘密裏にお伝えしようと考えていたのですが……。パメラ殿下までいらっしゃるとは思いませんでした」
ルーカスは申し訳なさそうにしていた。
こっそり確認しようとしていたら、パメラにまで知られる事になったのだ。
違ったとはいえ、アイザックは気まずいだろう。
このような事態は避けたかったが、パメラを連れてこられた以上はどうしようもない。
(パメラ殿下も即座に否定した。隠し子の存在を認めたくないというよりは、そんなものはいないとわかっているといった様子だった。なぜそんな事がわかったんだろう? でもわかっていたからこそ陛下に同行したのかな?)
パメラの発言には彼は疑問に思った。
しかし、その事に触れると、また新しい問題が出てくるかもしれない。
だから彼は触れなかった。
頭に浮かんだ疑問を忘れようと話を先に進める。
「では王族の子を産んだと騙ったとして母子共々処刑でよろしいでしょうか?」
「そうだな。二度と同じような者が出てこないように――いや、待てよ」
アイザックの脳裏に一つの計画がよぎる。
「処罰せず解放しておけば『あの子はアイザックの子供だったんだ』と思い込んで、私に反旗を翻そうとする者が旗印にするかもしれない。見張りをつけておけば不穏分子を一掃するチャンスにもなるか」
――不穏分子を一カ所にまとめて一掃する。
アイザックの子供を騙る母子に誘蛾灯の役割を果たしてもらってもいい。
犠牲になる子供には心が痛むが、母親のほうは自己責任なので心は痛まない。
使い捨てにはちょうどいい駒だった。
そんな計画に待ったをかけたのはパメラだった。
彼女はアイザックの手に自分の手を重ねる。
「それならば王族を騙ったとして処刑にしたほうがよろしいのではありませんか?」
(そうか、パメラは子供を政治利用するのに反対か)
アイザックはパメラが優しさから計画に反対しているのだと思った。
しかし、それは間違いである。
「もしザック達が大きくなった時『親に認められていない隠し子がいる』と思ったらどうするのですか? 本当に血の繋がりがなくとも、その子達を保護しようとするでしょう。兄弟仲良くしなさいと育ててきたのですから、陛下の対応に不満を持つかもしれません。ここは禍根を断つ方向でよろしいのではないでしょうか」
パメラは自分の子供の事を優先に考えていた。
彼女は他の妻達の子供は可愛がれる。
知り合いの子供も可愛がれるだろう。
だがアイザックと血の繋がらない赤の他人の子供を、
だから彼女は万が一の事態にならないよう、早い段階で排除してほしいと求めたのだ。
「パメラがそう言うのなら、私もその意見に賛成しよう。反乱分子を炙り出す方法は他にもある。無理に固執する必要はないからな。ではホーソン男爵。義父上に背後関係を調べてから処刑するように伝えてくれ。今後このような僭称する者が現れないようにな」
「かしこまりました」
「せっかく王都に戻ってきたんだ。しばらく家族と過ごすといい。また食事にも誘うから夫婦できてくれ」
「ご配慮くださりありがとうございます」
アイザックは、ルーカスを下がらせる。
そして、パメラと共に庭園へと戻る。
その時、気になった事を彼女に尋ねる。
「どうして私の事を信じる事ができたんだ? 王都にいながら、まるで私の動きを知っているような口ぶりだったじゃないか?」
「あら、陛下。女には秘密が多いのですわ」
パメラはウフフと笑って誤魔化す。
(この反応……、さてはスパイを仕込んでやがったな! 浮気をする前から探偵を雇うような真似しやがって!)
「私は女に見境がないわけではない。もう少し信じてほしいものだな」
「六人の妻、そして今度は七人」
「くっ……」
現況を突かれると、アイザックは否定しにくかった。
まるで美女に見境がないから大勢の妻を持っていると思われても仕方がない状況だったからだ。
それで有利な流れになったと見たパメラが追い打ちを仕掛ける。
「おかげで無実が証明されたではありませんか。みんなにも説明しますので感謝していただきたいですわね」
「それは助かるけど……」
確かにアイザックにとっても無実を証明する事ができそうだ。
だが感謝するだけではなく「スパイは発見次第懲らしめてやる」とも思っていた。
それはそれ、これはこれなのだ。
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