第689話 やる気
ブリジットと結婚するにあたり、妻達との話し合いは最重要事項だった。
だが全員同時に話すと場が混乱してしまうかもしれないし「毎日は疲れるから隔週で」と言い出しづらい。
アイザックはまだ若いのだ。
「えっ、もう枯れたの?」と思われるのはどうしても避けたかった。
そのため一人ずつ話す事にした。
まずはパメラからだ。
「知り合いから聞いたんだけどさ、夫婦だからって夜は関係を持つばかりじゃないんだって。その日にあった事や子供の事を話し合ったりするんだってさ。俺達も前までそうだったし、これからは時々そうしないか?」
素直に体力が持たないと言えればよかったのだが、アイザックにも男としてのプライドがある。
「情けない男」と思われないために、目的をぼかして伝えた。
「えっ、ダメに決まってるじゃありませんか」
ぼかしたせいか、パメラはあっさりと却下する。
「二人目を作らないといけないのですよ。呑気にお喋りする時間などございません」
「そ、そうか……」
さすがにアイザックも、彼女が夜の時間だけ他人行儀な口調になるのに慣れてきたので何とも思わなくなった。
とはいえ、その内容に関しては思うところがあった。
「でもさ、そんなに急がなくてもいいんじゃない? ゆっくりしようよ」
「急ぐから言っているのでしょう!」
パメラが顔をグイッと近付けてくる。
「もしリサが四人目とか産んでみなさい。私の立場はどうなるのですか?」
「いやまぁ、そんな気にしなくても」
「私は気にするのです! 二人目ができるまで頑張っていただきますよ!」
「う、うん……」
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(あんなにやる気のあるパメラはダメだ。まずは他から説得しないと)
パメラの説得を諦めたアイザックは、次はロレッタに狙いを定めた。
「陛下が戦場に向かう前、リサさんとアマンダさんが妊娠しておりました。次は私の番だと思っておりましたの。ですからまずは二人目をと、思っていたので……。そういう事は子供ができてからにいたしましょう」
「そ、そうだな……」
「レオンは、リード王家を継がせるのでしょう? ファーティル公爵家を継がせる子供も欲しくありませんか?」
「それは、そうかもしれないな」
ロレッタは三人姉妹で男児がいない。
ファーティル公爵家を継がせられる子供が欲しいという気持ちは、アイザックにも理解できるものだった。
ただアイザックには「妹達の子供に継がせてもいいんじゃないか?」という気持ちも多少はあった。
だが彼女が求めるのであれば、それに応えたいという気持ちもある。
「ですから、子供ができるまで頑張ってくださいね」
「うん、頑張るよ」
彼女はかなり乗り気だった。
これ以上、彼女を説得しようとすると怪しまれるかもしれない。
アイザックはひとまず、彼女の説得を先送りした。
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(ロレッタはダメだった。ならば次はアマンダだ!)
アマンダは子供を二人産んでいる。
しかも、ウォリック公爵家を継ぐ男児も生まれている。
彼女ならば、きっとアイザックの提案を受け入れてくれるはずだ。
そう思い、彼女に提案すると――
「ボクもそうしたいけど……。まだ子供が欲しいよ。陛下は欲しくないの?」
――アイザックの望む答えは返ってこなかった。
「そりゃ欲しいと思うけど、夫婦でゆっくり過ごす時間も大事かなと思ってさ」
「そうだと思うけど、ウォリック公爵家は武の名門。ドウェインだっていつかは討ち死にするかもしれない。ドウェインが後継者を残せていたらいいけれど、あの子に子供がいなかった場合に継がせられる子供が必要だよね? だから夫婦でゆっくり過ごす時間はあとにしようよ」
彼女の言い分は、これもまたアイザックも理解できるものだった。
今もウォリック公爵を元帥にしようとしている。
そうなると、彼がアーク王国侵攻の指揮を執る事になるだろう。
安全な場所にいても怪我や病気で亡くなる可能性だってあるのだ。
戦場ではどうなるかわからない。
奇襲によって討ち死にする場合だってあるのだから。
彼に何かあれば、ウォリック公爵家を継ぐのはまだ幼児のドウェインとなる。
そうなるとアイザックの子供とはいえ「大人の親族に継がせるべきでは?」という声も出てくるだろう。
ウォリック公爵家が機能不全に陥れば、国政においても多大なる悪影響を与えてしまう。
それはアイザックも望むものではないので、アマンダの説得を諦める事にした。
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(ジュディスは……、厳しいだろうなぁ……)
次にジュディスを説得しようとするが、アイザックは彼女の反応に期待していなかった。
――なぜなら、子供が十人はできるという占いの結果を見ていたからだ。
当然、それだけの人数を産むまで彼女は求めてくるだろう。
だから彼女と話す前に、アイザックは諦めていた。
「いい……、ですよ……」
「えっ、本当に!?」
――だが予想とは裏腹に、彼女は素直にアイザックの提案を受け入れた。
(ジュディスだけでも話を聞き入れてくれてよかった。これで少しは休めるぞ!)
しかし、一応は聞いておかねばならない事もある。
「子供を十人作りたいとかは思っていないのかな? それはそれでいいんだけど」
「……欲しい。でも、話も大事……、だから我慢……、する……」
モジモジとしながら、ジュディスは答えた。
(なんて聞き分けのいい子なんだ! 結婚前は結構押しが強い感じだったけど、ジュディスも大人になってくれたんだな)
アイザックが彼女の成長を喜んでいると、ジュディスが腕に抱き着いてきた。
彼の腕は彼女の胸に挟まれる形となった。
「私は……、我慢できる……。あなたは?」
ジュディスは上目遣いでアイザックの事をジッと見つめる。
彼女は押すだけではない。
一度引くように見せながら、アイザックの弱点を突いて他の王妃達からリードを取ろうとしていた。
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(クソッ! あんなの我慢できるわけないじゃないか!)
ジュディスは、アイザックが胸に弱い事を知っている。
その武器を有効活用されてはどうしようもない。
ここは一番落ち着いているであろうリサに頼るしかない。
そう考えたアイザックは彼女のもとへ向かう。
「うーん、そうねぇ……」
だが、彼女もまたアイザックの提案を渋る様子を見せた。
「今のところ、みんな子供がもっと欲しいって言っているのよね?」
「うん、そうだよ……」
「私はみんなよりも年上じゃない? だから正直不安なのよ。一番までは求めないけれど、みんなと同じくらいは愛してほしいかな」
彼女は子作りの回数が減る事で、アイザックの心が離れていくのではないかと心配していた。
そのため、みんなと同じくらいは相手をしてほしいと望む。
アイザックは失敗を悟った。
(みんなと同じくらいって事は、最後に説得しないといけなかったんだ。言わばラスボス的存在。リサが一番手強い相手だったか!)
リサが平均を求めるという事は、まず他の妻達を説得しなければならないという事である。
もし彼女が「一番が良い!」という絶対的な要求をしてくれれば、アイザックもやりようはあっただろう。
だが「みんなと同じくらい」という相対的な要求をされては、アイザックにはどうしようもない。
嘘を吐く事もできるが、残念な事にみんなの仲は良好であり、よく交流しているので嘘はすぐバレるだろう。
彼女に嘘を吐いて休む事はできなかった。
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(ティファニーだ! ティファニーならきっと! ……ダメかもしれない)
最後のティファニーも、アイザックはダメな気がしていた。
しかし、それでも提案はしなければならない。
そうしなければ自分の体が持たないからだ。
「私はもっと子供が欲しいかな」
案の定、彼女は子供を求めてきた。
「私さ、寵姫から王妃にしてもらったばっかりじゃない? だからブリジットさんとの結婚を理由に、お情けで王妃にされたとか思われるのは辛いの」
――その理由は、彼女を王妃にしたからというものだった。
これまでティファニーだけは寵姫だったが「六人も王妃を娶っておいて、寵姫は彼女一人だけ」という状況はよろしくないと思い、彼女を王妃にする事にした。
だがそのせいで彼女は子供を求める事となった。
実は彼女は寵姫でもよかったのだ。
「王妃は大勢いるけれど、寵姫は私だけ」というのが、特別感があったからだ。
しかし、王妃となった事で他の妻達と同列になった。
そんな今だからこそ、彼女は子供を求めた。
寵姫ではなく、王妃としてアイザックに求められているという形のある証拠を残したかったのだ。
彼女の事を考えれば、アイザックも断りにくい状況である。
「誰にもそんな事は言わせないけど……」
「アイザックの力で陰口を押さえつける必要はないわ。ただ子供を作ればいいだけなんだから」
「……そうだね」
「だから、これからもお願いね」
恥じらいながらも、しっかりと要求する事は要求するティファニー。
彼女も、ただ恥じらうだけではない。
ちゃんと必要な事は要求できる大人に成長していた。
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(くそっ! やられた!)
アイザックは両手で頭を抱えて机に突っ伏す。
(あのババア! 何が夫婦だから毎日する必要はないだ! そんなの相手のやる気次第じゃないか! 騙された!)
アイザックは安易に蜘蛛の糸にすがってしまった。
そのせいで「実は彼女達に子作りの意思がなかったのかもしれない」と思い込んでしまっていた。
コレットに騙す意思があったかは不明だが「彼女に騙された」という気持ちがアイザックの胸中に渦巻く。
(どうすんだよ! ブリジットと結婚したら週七だ。休む暇なんてないぞ! まともに眠れやしない!)
アイザックに救いがあるとすれば、彼女との結婚が一年後か二年後になる事だ。
まずはエルフの各村と連絡を取り、リード王国領となるかどうかを話し合ってもらう必要があるからだ。
その間に妻達に妊娠してもらい、少しでも余裕のある時間を作るしかない。
(頼むぞ、エルフのみんな! 揉めろよ、絶対に揉めろよ! お願いだから話し合いに時間をかけてくれ! 神様、お願いだから揉めさせてくれ!)
正直に「毎日誰かの相手をするのは疲れるから隔週でお願いします」と言えればよかった。
しかし、アイザックの小さなプライドのせいで正直には言い出せなかった。
その見栄が自身を苦しめ、神にすがるという手段しか取れなくなっていた。
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