第688話 ウィルメンテ公爵への特別な任務
戦勝式典が終わってもみんなが浮ついた雰囲気のままだった。
そんな中、アイザックはウィルメンテ公爵を呼び出した。
他にはモーガンとカニンガム
彼らにも関わりのある内容だったからだ。
「ウィルメンテ公の戦場での働きには満足しています。ですので二年後か三年後には軍務大臣をお任せしようかと考えているところです」
「評価していただき、恐悦至極に存じます」
そう答えながらも、ウィルメンテ公爵の表情は満面の笑みではなかった。
「……次の元帥はウォリック公でしょうか?」
どうやら彼は軍務大臣よりも元帥に思い入れがあったらしい。
武官であれば、やはり書類仕事よりも実働部隊を指揮したいという気持ちがあるのだろう。
「ええ、ウォリック公に任せるつもりです。エルフを使った強行軍を思いつくなど、現場での発想力を評価してのものです。あの強行軍の有効性はウィルメンテ公もご存じですよね?」
アイザックは「義理の父親だから選んだわけではない」と答えた。
ウィルメンテ公爵も、そういうつもりで言ったわけではなかった。
「私もウォリック公の発想を使わせてもらいましたので、彼の発想力には感心しております――」
そのあと「ですが父のように元帥になれず残念です」と言いそうになって、彼は口を閉ざした。
先代のウィルメンテ公爵は、メリンダを助けようとした。
父のように元帥になりたかったなどとはアイザックには言えなかったからだ。
「ウォリック公は元帥にふさわしいでしょう」
「そう言ってくださると助かります。ずっとウォリック公が元帥を続けるというわけでもないと思いますので、いつかは交代の時期がくるかもしれません。その時はお願いします」
「頭角を現した若者に負けないように頑張りましょう」
もしアイザックのような若者が現れれば、ウォリック公爵の次の元帥になるのは難しいだろう。
家格だけではなく、実力でも元帥にふさわしい者で居続けねばならない。
大変な事ではあるが、高みを目指す以上は努力を続けねばならない事をウィルメンテ公爵も理解していた。
「さて、実はお願いがあるのですが――」
ウィルメンテ公爵に軍務大臣が内定していると伝えてから、アイザックは本題へと入る。
「ウェルロッド公は領地を接するファーティル王国のソーニクロフト侯爵家から妻を娶りました。ウィルメンテ公爵領は、アーク王国と接しています。ウィルメンテ公爵家を始め、その傘下の貴族にはアーク王国の貴族と婚姻関係を結んでいる家も多い。ですのでアーク王国との友好の架け橋になっていただきたいのです」
「友好の架け橋、ですか」
ウィルメンテ公爵は、カニンガム伯爵をチラリと見る。
彼がこの場に呼び出されている以上、ウィルメンテ公爵家傘下の貴族とアーク王国の貴族との婚姻関係は知られていると思ったほうがいい。
嫌な予感をヒシヒシと感じてはいるが、ここでとぼけるのは悪手である。
彼は観念して素直に覚悟を決める。
「資金や物資を用意するので、婚姻関係にある家に接触して贈り物を届けて欲しいのです。アーク王国との同盟関係はあったほうが我が国のためになります。だからその第一段階として、アーク王国の貴族の支持を得たいのですよ」
「外務大臣であるウェルロッド公が動けば大事になるので、先にウィルメンテ公爵家から接触するというわけですか」
(何を言っているんだ、こいつは? 自分が世間にどう思われているのかわかっていないのか? そんな事をすれば戦争の火種に――もしや、また戦争を仕掛ける気か?)
ウィルメンテ公爵は、アイザックの頼みが戦争を仕掛けるためのジャブだと見抜いた。
ジェイソン動乱の時、アイザックは貴族を説得してギリギリのところで裏切った。
ファラガット共和国を攻める時もそうだ。
グリッドレイ公国を攻めるように見せかけ、ファラガット共和国を油断させてから攻撃を仕掛けた。
どう甘く見ても「アイザックがアーク王国に攻め込む準備として、ウィルメンテ公爵家に貴族の調略を任せた」としかあちらには思われないだろう。
友好の架け橋などとんでもない。
彼にも戦争を仕掛ける足掛かりを作ろうとしているようにしか思えなかった。
「おそらくウィルメンテ公の頭に思い浮かんでいる理由以外にも、これを行う必要性があります」
カニンガム伯爵が、友人が考えをまとめやすいよう助け舟を出す。
「我々が接触した貴族を、アーク王家がどのような扱いをするのか? その動きを確認する事で我が国に対する姿勢がわかります。特に何もしないならばよし。もし貴族を粛正するようであれば友好国とは口先だけで、アーク王国は我が国を戦争が起きると思っている程度には敵対視しているとわかります」
「さすがに彼らと接触している我が国の貴族に直接手出しはしないだろう。だがアーク王国の貴族をどうするかはあちらの気分次第だ。リード王国の血を流さずに相手の動きを確認できるし、粛正するようであれば相手は一時的に弱体化する。どう転んでも我らが失うのは金だけだ。失敗してもそう痛くない」
モーガンもカニンガム伯爵の言葉に付け加えた。
彼らの説明はわかりやすく、ウィルメンテ公爵も目的をすぐに理解した。
だが、大きな問題がある事も理解する。
「厳密に言えば我が国の貴族ではありませんが……。友好の架け橋となる事を期待している相手を捨て石にする形になりますな」
「私達は長い付き合いができる事を願っているのです。なので、そういう不幸な出来事になる事は望んでいません。それはアーク王国次第です」
「なるほど……」
(こいつのどこが聖人だ? どうなるかわかった上で相手に責任をなすりつけようとしているだけじゃないか。……やっぱり敵に回すべきじゃないな。従う道を選んで助かった。しかし、無条件で従うのは臣下として失格だ。従うと決めた以上は、必要な進言もしなくてはならないだろう)
アイザックに盾突くわけではない。
それでも悪意を感じさせない表情で、こんな頼みをしてくる相手に意見するのは恐ろしい。
恐ろしいが、それで口を閉ざしてしまうほどウィルメンテ公爵は臆病ではなかった。
「ですが問題が残ります。縁戚にあたる家が不当な処分を受けるかもしれない。そんな命令を実行するのに不満を覚える貴族も多いでしょう。アーク王国の貴族にも逃げ道を用意していただきたい」
「もちろんですとも。もし同盟再締結のために動いたせいでアーク王国に住めなくなったら、我が国で受け入れましょう。幸いと言っていいか、国土が急激に広がったところです。人手を必要としているところはありますからね。それに資金提供には口利きのお願いだけではなく、万が一の場合の逃走資金という意味合いも含まれています。安心して説得に動いてください」
アイザックも機嫌を損ねる事なく、ウィルメンテ公爵の要求を快く聞き入れた。
真っ当な意見で不機嫌になるほど、今のアイザックは小さな男ではなかった。
「それと……、陛下の正直な考えをお聞かせください。アーク王国と開戦するつもりなのですか? それとも本当にやる気はないのでしょうか?」
これはどうしても聞いておかねばならない事だった。
それに合わせて立ち回りを変えないといけないからだ。
アイザックは少し悩むが、ウィルメンテ公爵には説明しておかねばならないと思い、正直に話す事にした。
「根回しが上手くいって同盟の再締結となればいいのですが、そうはいかない可能性は高いと見ています。その場合は大義名分を作って開戦も不可避。そう考えています。ですが戦争を避けられるのならば避けられるほうがいい。だから現外務大臣のウェルロッド公と、次期外務大臣のカニンガム伯のお二人にサポートしてもらうために同席してもらっているのです」
「カニンガム伯が次期外務大臣!? ……陛下も思い切りましたな」
ウィルメンテ公爵は、カニンガム伯爵の能力には問題ないとわかっている。
だが他の者達は知らない。
カニンガム伯爵の外務大臣就任は、社交界で様々な憶測と中傷が吹き荒れる事になるだろう。
当然、外務大臣という重要な地位に彼を就けたアイザックにも批判の矛先は向けられるはずだ。
その思い切りのいい決断に、ただ驚かされた。
「グリッドレイ公国とファラガット共和国の仲違いを成功させれば引退させるというウェルロッド公との約束がありましてね。後任を任せられる者を探していたところ、ちょうどいい人材を見つけたので任命する事にしました。ウィルメンテ公の片腕を奪ってしまう事になってしまいますが、サポートを受けられる事には変わりないのでその点はご安心を」
「どうかお気になさらず。遠慮なく使ってやってください。私もそろそろ彼が表舞台で活躍してもいい頃だと思っておりました。その機会を与えていただき、友人として感謝致します」
「ウィルメンテ公……」
彼の言葉に、カニンガム伯爵は感動する。
「私が引退するのは二年か三年後くらいになるだろう。それまでは私もサポートするし、引継ぎもちゃんと終わらせておくので安心してほしい。長年の同盟関係が解消されたこの事態を協力して乗り切ろう」
「ありがとうございます」
モーガンも、しっかりサポートをすると表明する。
現外務大臣の後ろ盾があれば、ウィルメンテ公爵の行動も正式なものだと思ってもらえるだろう。
それならばアーク王国も軽率な行動は取らないはずだ。
ウィルメンテ公爵は難題を任されたものの、まだ絶望的な状況ではないと考えていた。
――しかし、その考えは間違いだった。
後日、アイザックはアーク王国とよく交易している商人を集めた。
それは貴族に対する根回しではなく、民衆に対する根回しをするためだ。
アイザックはリサとクレアをコケにされた事を根に持っていた。
家族の事に関しては、彼の器は小さなまま成長していなかった。
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