第687話 教育の成果
国民向けの放送だけが戦勝式典のすべてではない。
アイザックはキンブル元帥を始めとする武官や、主だった貴族に勲章を授ける。
・友邦解放勲章
・ファラガット方面従軍勲章
・グリッドレイ方面従軍勲章
これらの新しい勲章を新設した。
他にも一般的な戦功勲章や従軍勲章は兵士にも与えられるが、彼らには各部隊の指揮官の手によって手渡される。
アイザックが直接授けるのは貴族にだけだ。
さすがに兵士にまでは手が回らないからだ。
勲章を作るのには金も時間もかかる。
だが領地を分け与えるのはまだ先になるし、陞爵を乱発しては爵位の価値が下がる。
だからこそ、こういった「自分は評価されている」という特別感を与える事が重要なのだ。
領地を貰うまでの間、彼らが我慢できる名目を作ってやらなくてはならない。
その不満を抑える事を考えれば、勲章に使う金など安いものだ。
アイザック自身が誇らしげに勲章を胸に飾る事で、勲章の価値を高める事も忘れない。
パーティーの主役は武官達である。
だからアイザックは添え物として意識して行動していたものの、本人の意思とは裏腹にどうしても目立ってしまう。
勲章の授与式が終わると、キンブル元帥らと軽く話したあとは多くの貴族に囲まれていた。
そのため、キンブル元帥達にはパメラ達が対応してくれていた。
「戦争の規模に比べて兵士の被害が圧倒的に抑えられたと伺っております。さすがは元帥閣下ですわ」
「被害が少なく終わったのは陛下がお立てになられた計画の賜物です。私はそれを実行したに過ぎません」
「そのようなことはございませんわ。実行する者がいなければどんな計画も意味がない。計画を実現してくれる者がいてこそ意味がある。陛下もそう仰っておられました。閣下の下で戦った者達のためにも、もっと自信をお持ちください」
「殿下の仰る通りです。私が謙遜し過ぎてはいけませんな。部下が戦功を誇らしく語れなくなります」
「王太子殿下がもう少し大きくなれば、元帥閣下のお話を聞かせてあげてください」
パメラはキンブル元帥を立てる会話をしていた。
この会話を聞かせる事で「アイザックは家族にも武官の活躍を話している」と周囲に思わせるためだ。
形だけ称えているのではないと思ってもらえれば、彼らのアイザックに対する忠誠は高まる。
そしてそれはアイザック本人の口ではなく、第三者から聞かされる事で効果が増す。
彼女も彼女なりに、ザックの治世に向けてやれる事をやっていた。
それはパメラだけではない。
他の王妃達も積極的に貴族と交流を事をしていた。
その中でも、リサは一番頑張っていた。
「リサ殿下。陛下からお聞きだとは思いますが、クリス殿下と私の孫娘との婚約についてどう思われましたでしょうか?」
リサのところにはロックウェル公爵が近づいていた。
アイザックは度の過ぎた子煩悩である。
まずは母親である彼女の同意を得れば、アイザックを説得しやすくなるだろうと考えたからだ。
クリスとの婚約話を持ち出された事で、リサではなく、彼女の隣にいたバートン伯爵がうろたえていた。
彼はアイザックのおかげで伯爵にはなったが、数年前までは男爵だった。
公爵という爵位を持つ相手と話すどころか、前に立つ事すらはばかられる立場だったのだ。
しかも少し前まで国王だった相手に婚約を持ちかけられて何も言葉が浮かばなかった。
「ザック殿下のお相手が決まる前にクリス殿下の婚約を決めるわけにはいきません。陛下のご決断待ちといったところでしょうか」
――だが彼とは違ってリサは平然としてロックウェル公爵に答えた。
(公爵閣下とリサが対等に話しているだと!? 立場が人を作るとは、こういう事か!)
娘の変化にバートン伯爵が誰よりも驚く。
リサも結婚する前ならば、公爵相手に話しかけられたら固まっていただろう。
それが普通に受け答えしているのだ。
彼の驚きは大きなものだった。
そしてそれは母のアデラも同じである。
(以前、話した時はもっとオドオドとしていたような気がしたのだが……。こちらから婚約を提案したので強気になったのか? それだけで元々は男爵家の娘のくせに私と対等に話せるようになったつもりか?)
ロックウェル公爵も同様に、リサの態度の変化に驚いていた。
そして不快にも思った。
だが、強気には出なかった。
彼女への態度はアイザックに筒抜けとなる。
それに、こちらから婚約を申し込んでおきながら非礼な態度は取れない。
今回は家格の違いを忘れて対応するべきだと自分に言い聞かせる。
「リサ殿下ご自身のお考えはいかがですかな? ロックウェル公爵家と縁を結ぶ事は、クリス殿下のウェルロッド公爵位継承にも有利に働くはずです。もちろん、私も応援させていただきます。エルフの王妃まで増えるとなるとご不安でしょう?」
彼はクリスの爵位継承を後援すると伝えた。
ただでさえ子供の数が多いのだ。
アイザックの本流であるウェルロッド公爵家を継がせたいと思う者も出てくるはずだ。
エルフにとっても、最初に交流再開をしたウェルロッド公爵家には思い入れもあるだろう。
王妃としての序列が低いリサにとっては強大なライバルばかりだ。
だからこそ、彼女にとってロックウェル公爵家の後援は頼もしいものとなる。
リサにとって、息子に公爵家を継がせられる確率を高めるチャンスである。
ロックウェル公爵にとっても、孫娘をどこか適当なところに嫁がせるよりは、ウェルロッド公爵家に嫁がせるメリットは大きい。
彼女の同意を得れば、アイザックに決断を促す足がかりとなる。
ロックウェル公爵は、リサに魅力的な提案をする事で彼女から賛同を得ようとしていた。
しかし、彼女の表情はかんばしいものではなかった。
むしろ否定的な感情を見せていた。
「お気持ちは嬉しいのですが……。ロックウェル公のお力で爵位を継承すれば、クリスはロックウェル公爵家に頭が上がらなくなります。それではクリスだけではなく、ウェルロッド公爵家にとってもよくない事となるでしょう。これまではいいお話だと思っておりましたが、少し考えねばならなくなったようです」
――まさかの否定。
これにはロックウェル公爵も慌てる。
「いえ、そういう意味ではありません。誤解を招くような言い方をしたのは申し訳ございません。私はウェルロッド公爵家に影響力を持ちたいと思っているわけではないのです。ただエルフの子供がウェルロッド公爵家を継ぐような事になれば、エルフがリード王国に与える影響はとてつもないものになってしまう事を危惧しているだけなのですよ。彼らは良き友人ではあるものの、それは今の関係だからです。もし彼らがウェルロッド公爵位を手に入れればどうなるか……。先ほどの発言はリード王国の安定を考えてのものだっただけなのです」
彼は必死に弁解した。
リサに悪感情を持たれれば、この婚約はご破算となってしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
「そういう事でしたか。申し訳ございません。私は政治に疎くて……。よろしければ他にもロックウェル公のお考えをお聞かせください。子供の婚約の前に、親同士の理解を深めていくのが一番でしょうから」
「ええ、喜んで」
(この女狐め! 気弱なフリをしておきながら、言うべき事はハッキリと主張してきた。さてはサンダース子爵夫人から教育を受けていたな!)
――アイザックを育てあげて、メリンダとネイサンを排除した稀代の悪女ルシア。
ルシアは人畜無害なフリをして、ライバルを蹴落としたと噂されている。
子供の頃から彼女と接していたのならば、リサも彼女の影響を受けている可能性も高い。
ロックウェル公爵は、リサが一筋縄ではいかない相手だと心の中で彼女の評価を上方修正していた。
だがリサはルシアから教育をされていたわけではない。
――彼女に教育を施していたのはマーガレットだったからだ。
王妃になっても、王妃らしい態度を取れないリサ。
子供の頃から、ずっと男爵令嬢だったので無理もない。
誰もがニコルのような上下関係を気にしない態度を取れるわけではないのだ。
そんな生来の性格の修正を諦めたマーガレットは「普段は仕方ない。せめて子供の将来に関わる時だけは強気になれ」とスパルタ教育をしていた。
おかげでリサは、子供に関する事に関してだけは主張できるようになっていた。
(ロックウェル公は元王様とはいえ、普段は遠くに住んでいるから怖くない。普段から顔を合わせるウェルロッド公爵夫人のほうがずっと怖いもの)
マーガレットの教育は、リサにしっかりと効き目があったようだ。
ある意味、彼女がトラウマに近いものをリサに植え付けていたのが功を奏した形となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます