第685話 新しい試みを使った戦勝式典
戦勝式典は国全体で祝う事になった。
平民や奴隷といった身分の垣根なく、誰もがこの日は仕事を休み、国から酒と料理が振舞われる。
ほとんどの者にとってはただの休日だが、王都にいる者にとっては違った。
「エルフと兵士が集まってるぞ」
「あっちの広場にもいたらしい」
「じゃあ、なにか催し物でもあるのかな?」
王都中の広場や公園といった見通しのいいところに、エルフ達が数人集まっていた。
彼らを守るための兵士と、人込みを整理している衛兵もいる。
それが彼らの期待を煽る。
「なにか出てきたぞ!」
一人の男が空中を指す。
彼が叫ぶまでもなく、ほとんどの者がその変化を見つめていた。
そこでは曇りガラスを通したかのように大気がうごめいて見えていた。
しばらくすると、一人の男の姿が現れた。
「陛下だ!」
「何人もいるぞ!」
「きっとあれは影武者だ」
「影武者があんな風に空にいるわけないだろう」
アイザックの姿は空中に作られた空気の板に映し出されていた。
誰もが彼の姿に注目する。
やがて、アイザックの口が開く。
「私はアイザック・ウェルロッド・エンフィールド・リードである」
「うおおお! 喋ったぁぁぁ!」
民衆の間でどよめきが起きる。
中には腰を抜かす者もいるくらいだ。
それほど衝撃的な光景だった。
「私の姿に驚いている者もいるだろうが、エルフの方々に魔法を使ってもらっているだけだから安心してほしい。魔法を使って遠くの姿を空に映し、私の声も届けてもらっている。いつもなら私の話を聞けるのは王宮前の広場に集まっている者だけだった。だが今日は戦勝式典という事もあり、王都に住む者の多くに聞いてもらえるように取り計らったのだ」
これは「もっと広く自分の話を聞いてもらいたい」と思ったアイザックが考えたものだった。
従来のように高札で知らせてもいいが、識字率の低いこの世界では民衆に広まるまで時間がかかる。
それに口頭での伝言ゲームとなるので、正しい情報が伝わる可能性は低い。
高札を読んだ者の感情や主義主張によって情報が歪められてしまう。
そこでアイザックが思いついたのは、街頭テレビだった。
「戦後間もない頃は家庭にテレビがなかったから、街頭のテレビに集まっていたんだよな」という事を思い出した。
アイザックが前世で生きていた時代でも街中では大型のモニターなどで人の注目を集めていた。
リアルタイムで情報を伝えられる影響は大きい。
だからアイザックはエルフ達に「眼鏡があるし、遠くの映像を映し出せるよね? あとその映像と音をリレー形式で遠くまで映し出せるようにして」と無茶ぶりをしていた。
この無茶ぶりに最初はエルフ達も戸惑った。
だが彼らの中に幻影を操る魔法に長けている者がいた。
各地で蜃気楼のようなものを投影するのに必要な計算は、パメラを中心とした理化学研究所職員が行った。
あとは音声をリレー形式で届けるようにしていた。
エルフの魔法に頼り切りではあるが、映像と音声を王都中に届けるという試みは成功だった。
「今回の戦争は、ファラガット共和国でエルフやドワーフが奴隷にされているという情報を手に入れてから始まった。これは二百年前の休戦協定を破る大罪である。私は種族間戦争の危機を避けるにはどうするべきかを考えた。その結果、人間の悪行は人間の手によって糺すべきだという答えを導きだした。なぜそのようになったのかは、今諸君らが見ているものが答えとなるだろう」
アイザックは正面に向かって指し示すかのように指を突き出した。
「遠く離れた姿と声を映し出す。この魔法を私はテレビジョンと名付けた。こうして協力し合えば新しいものを生み出せるのだ。むしろ協力し合う事によってより良いものを作り出せる。それは諸君の暮らしにも影響しているのでわかっているはずだ」
アイザックの話に耳を傾けていた聴衆がうなずく。
大通りの補修となれば時間がかかるものだが、エルフの魔法で整備すれば通行止めも短い時間で済む。
「エルフのおかげで金持ちになれた」などのわかりやすい変化はないが、庶民にも日常生活が暮らしやすくなったという変化は実感しやすい。
洪水や山崩れの被害が多い地域ではない王都に住む者でも、エルフの功績はよくわかっていた。
「私は良き隣人を助けるべきだと考えた。だから軍を動かしたのだ。兵士達の奮闘のおかげで、多くのエルフやドワーフを救い出す事ができた。しかし、助け出したからといって彼らの信頼を無条件で得られたわけではなかった」
悲しげな表情を見せ、拳を胸に当てるアイザックの姿を見て、聴衆は息を呑む。
それだけ深刻な事態が起きたと思ったからだ。
「酷い扱いを受けていた同胞の姿を見て、彼らは人間に対する不信感を抱いてしまった。それはファラガット共和国に住む者だけではなく、リード王国の人間に対してもだ」
「なんてこった……」
「最悪じゃない」
「ファラガットの野郎共め」
方々から嘆きが漏れる。
せっかく良い関係を作れていたというのに、それを他国のせいでぶち壊されてしまった。
この状況を悲しみ、ファラガット共和国の人間への恨みを募らせていく。
「だが彼らとの信頼関係は簡単に崩れるようなものではなかった」
アイザックは力強く目を見開き、正面を見据える。
「エドモンド大使から一つ申し出があった。それはエルフの娘を私に娶ってほしいというものだ。ファラガット共和国では多くのエルフが酷い目に遭っていた。だからこそ、人間のもとに嫁いでも酷い扱いを受けないという象徴的な存在になってほしいと頼まれたのだ。私も悩んだが、この申し出を引き受ける事にした。相手は昔から付き合いのあるブリジット殿であり、良い関係を築けている相手だったからだ」
「エルフと結婚? ……何人目だ?」
「えっと……、七人目だな」
「なんだ、陛下も好きものなんだな」
王妃の数を指折り数えて、へっへっへっと下品な笑みを浮かべる男達に女達は冷ややかな視線を向ける。
その視線に気づいてはいたが、男達はどうしても想像してしまう。
美女ばかり七人も妻に迎え入れるのだ。
誰もが羨んでいた。
「だが私も彼らの要求をそのまま呑んだりはしていない。彼らの住む森を伯爵領とし、リード王国の貴族になってほしいと提案した。この提案を受け入れられればエルフは客人ではなく、同じリード王国の一員となる。エルフの娘を王妃にするのなら、エルフも政治的な責任を負うべきだ。それでこそお互いの関係が真に深まっていくと思ったからだ。しかし、エルフには二百年前の事を覚えている者も多いので強要はしない。そうなったらいいなという程度のものだと思ってほしい」
まだ未確定の事ではあったが、アイザックはエルフの住む領域をまとめた伯爵家を作ろうとしている事を話した。
これはリード国民に対しての説明ではなく、他国への牽制であった。
エルフがリード王国の貴族になれば、彼らの責任が増える。
だが、その責任の分だけ発言力も増す。
ファラガット共和国のようにエルフを奴隷にしていなくとも、軽んじている国にとっては由々しき事態である。
そんな彼らの焦りと警戒心を生むために、アイザックはあえて公表していた。
「さて、この話はここらで切り上げるとしよう。次は戦争の英雄を紹介しよう。まずはキンブル元帥からだ」
「はっ!」
キンブル元帥がぎこちない歩みでアイザックの隣に立つ。
これまでに何度もパレードで人の視線に晒される事はあったが、魔法を使って王都中の衆目に晒されるのは初めての経験である。
これまでにないほどの緊張をしていた。
「キンブル元帥はファラガット共和国侵攻やグリッドレイ公国侵攻といった難しい作戦を見事な采配で成功してくれた。この戦争を勝利に導いた立役者だ。どうか彼に盛大な拍手を送ってほしい」
「さすが元帥! よくやった!」
「うちの倅が無事に帰ってこれたのはあんたのおかげだ!」
「こうして見ると渋みのある格好いいオジ様!」
彼らの拍手も声援もキンブル元帥にまでは届かない。
それでも彼らは空に映る映像に向かって精一杯の拍手と声援を送った。
アイザックはキンブル元帥だけではなく、将軍達や戦場で戦った貴族達を紹介していく。
その時も、彼らは盛大な拍手と声援を送った。
映像と音声が届いているので、自分達の声もあちらに届くと思っていたからである。
良くも悪くも、彼らはまだ純粋だった。
一通り紹介し終わったところで、アイザックが話を締めようとする。
「他にも現地で統治をしてくれている者達がいる。彼らの紹介はいずれしたいと思っている。さて、そろそろこの魔法を維持するのも限界だろう。諸君、酒と食事を用意した。皆にも戦場で戦ってきた英雄の生還を盛大に祝い、そして戦場に散った英霊の冥福を祈ってほしい。今日は戦勝を祝って楽しくやってくれ」
そう言ってアイザックは中継を切った。
すると深い溜息を吐いた。
彼に釣られたように、キンブル元帥達も憔悴しきった顔で溜息を吐く。
「このテレビジョンという魔法は凄いですが、なかなか疲れるものですな」
「慣れれば人前で演説しているのと変わりないはずなんですけどね。王国初どころか世界初の試みなので、どうしても緊張してしまいますね。勇退前の元帥に経験してもらえてよかったです」
「貴重な体験をさせていただきました」
キンブル元帥が照れ笑いを浮かべる。
将軍達も似たような表情を見せていた。
自然とアイザックの頬もほころぶ。
「十年、二十年という期間では無理ですが、いつかは大陸全土にテレビジョンが広がれば各地のニュースなどがすぐに手に入るようになるでしょう。この場にいる者達は王国史だけではなく、テレビジョンという魔法の歴史にも名を残す事ができたはずです。今すぐに領地を分ける事ができないので、せめて名を残す機会を作れてよかったです」
「ご配慮くださりありがとうございます」
「そりゃあ配慮もしますよ。フィッツジェラルド元帥が亡くなって混乱している王国軍を立て直し、東部侵攻作戦でも見事な采配を振るってくださったのですから。本当にこれまでご苦労様でした。これからはグリッドレイ地方の総督としてゆっくり――はできませんね」
「ええ、元帥は退きますが、総督として最後のご奉公をさせていただきます」
「お願いします。では我らも行きましょうか。主役のいないパーティーはつまらないですから」
今回の主役はキンブル元帥達である。
アイザックは、エリアスのように自分が目立つ事を優先しようとはしなかった。
特にキンブル元帥は総督となる以上、統治するためには民衆の支持を得るための名声を必要とする。
リード王国の安定のために名声を独占するつもりはなかった。
そもそも今のアイザックは他人の名誉まで独占する必要がないほど名声は高まっている。
だからこそ素直に功績を分け与える事ができたというのもある。
そして王国の中核を成す貴族の支持があってこそ帝国化もスムーズに進む。
アイザックの生来の気前の良さもあったが、名声を分かち合う姿はキンブル元帥の心をしっかりと掴んでいた。
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いつもご覧下さりありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想、レビューなど、いつも励みになっております。
ありがとうございます。
十九章はこれで終了です。
金曜日くらいには十九章の登場人物紹介を投稿する予定です。
十九章を連載している間に再書籍とコミックスの発売など嬉しい事もありました。
そちらをお買い求めいただければもっと嬉しくなれますので、まだの方は是非ともお買い求めください!
すでにお買い求めくださった皆様、誠にありがとうございました!
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