第683話 子供達へのお土産

 アイザックは順調に仕事を割り振っていた。


 ――帝国化への準備はウィンザー公爵へ。

 ――戦勝式典は宮内大臣達へ。


 ただの仕事のぶん投げとも言う。

 アイザックがエリアス打倒を考えたのは仕事を押し付けられるのが嫌だったからだ。

 人に仕事を割り振る事で自分の負担を減らす。

 減らした結果どうするかというと、家族と過ごす時間を作っていた。

 この日は綿菓子を作った時と同じように、庭園に家族を集めていた。


「今日はパパが魔法を見せてあげるよー」


 子供達がパチパチと拍手してくれた。

 アイザックの前には大きな鍋が二つ用意されている。

 それを使って何か作ろうとしているのがわかったからだ。


「今回使う食材はこれだ」


 アイザックはボウルに入ったものを見せる。


「コーン?」

「コーンの粒だね」


 珍しくもなんともない食材だ。

 見慣れた食材を見て、子供達はガッカリする。

 だが、アイザックもコーンを焼いたりするだけで終わるつもりはない。


「おおっと! 今回はネタバレはなしだからな」


 これから作ろうとしているものをバラされないよう、アイザックはパメラに釘を刺す。


「わかっておりますとも。ただ大きな音が鳴りそうなのでバリーやドウェインは気を付けておかないといけないでしょうね」

「ほらぁ、そういうの……」

「あら、失礼」


 パメラはクスリと笑ってアイザックの抗議の視線を受け流す。

 アイザックはジト目でパメラを見るが、すぐに子供達へと視線を戻した。


「パメラの言う通り、この魔法は大きな音がする。でも美味しいお菓子を作る音だから少し我慢していてね」


 優しい声で語りかけるが、まだ一歳のバリー達には伝わっていないだろう。

 音にビックリして泣いてしまうかもしれないが、それは新食感を味わって機嫌を直してもらうしかない。

 アイザックは二つの鍋にバターを入れて溶かす。

 そこへコーンの粒を入れる。


(そろそろかな)


 ある程度温まったところで、アイザックは蓋を閉じる。

 すると鍋の中からポンポンと音がし始めた。

 子供達は興味深く見ているだけで、アイザックが心配したように泣くような事はなかった。


「中はどうなってるの?」

「それはできてからのお楽しみだよ。もう少しでできるから待っててね」


 アイザックは鍋を小刻みに振りながら音が止むのを待つ。

 出来上がったところで蓋を開ける。


「白いのがいっぱい!」

「またフワフワなのかな?」


 鍋の中には白いものがいっぱいに詰まっていた。

 子供達は綿菓子を思い出して期待を膨らませる。


「フワフワだけど、サクサクでもあるかな。食べてみればわかるさ」


 アイザックは片方のポップコーンに塩を。

 もう片方のポップコーンにキャラメルをかける。

 侍女達が皿を用意し、アイザックはそれぞれに取り分けていった。


「毒見は済んでいるから、もう食べていいよ。バリーとドウェインにはまだ固いかもしれないけど、白い部分だけなら柔らかいから食べられると思うからゆっくり食べてね」


 まだ歯の生え揃っていない息子のために注意をしておく。

 ただまだ一歳半といったところなので、注意を聞いてくれるかわからない。

 彼らのために食べやすいよう一部ほぐしておく。


「あら、これがさっきのコーン?」

「変わった食感になってるね」

「これはこれで美味しい……」


 妻達は一風変わったお菓子を味わいながら食べている。

 彼女らとは対照的に、子供達は無心に食べていた。

 一流の菓子職人が作るお菓子は美味しい。

 だが、時にはこうしたジャンクな味わいも子供には必要だ。


 これはアイザック自身が前世の味を覚えていたからである。

 もし純粋な貴族の子供として育っていたのなら、ポップコーンなど作ろうなどとは考えなかっただろう。

 前世の記憶があるからこそ、このようなものにも手を出そうと思いつけたのだ。

 おかげでこうして目の前で作って子供の笑顔を見る事ができた。


「これはポップコーンというお菓子だ。ファラガット地方には爆裂種という品種があってね。普通に食べようとしても殻が硬くて食べにくい品種で現地では人気がなかった。それでもこれを食べないといけない人達がいたから、美味しく食べられる方法を考えてあげたんだ」


 ――前世で知っていたから作ってみた。


 そんな事は言えないので、現地住民のために考えた事にした。


「おとうさま、おかわりはありますか?」


 マルスがポップコーンのおかわりを求めてくる。

 すると他の子供達もおかわりを求めだした。


「今回作れる分はこれだけだ」

「えー、もっと食べたい」


 メアリーが悲しそうな声を出す。

 アイザックは今すぐにでもファラガット地方から畑ごと持ってきたい気持ちになった。


「今回は我慢だ」


 かつて小鳥を育てた時に甘やかし過ぎては相手のためにならないと悟った。

 だから我慢しろと言った。

 そして、その言葉は娘にだけではなく自分にも言い聞かせるものだった。

 アイザックとしては身の引き裂かれる思いをしての発言である。


「コーンの粒はたくさん運んできた。でもそれは植えるためのものだ。でも去年のうちに種を送っておいたから、もうすぐ収穫の時期が来る。収穫したコーンの粒を乾燥させればまた食べられるようになるよ。だからもう少しの我慢だ。王族だからといって種まで食べ尽くしていいわけじゃない。でもこうして待つという事を覚えるのも大事なんだよ」

「はい……」


 シュンとする娘の姿をアイザックは「まだ未成熟なコーンをすべて刈り取ってでもポップコーンを作ってやりたい」という気持ちになった。

 だが大事な子供とはいえ、わがまま放題に育てるわけにはいかない。

 望みが叶わなかったからと癇癪を起こすような大人になれば、本人が一番困るからだ。

 小鳥一匹からでも、アイザックは学ぶべき事はちゃんと学んでいた。


「でも他にもトマトやバナナといった新しい食べ物の苗も持って帰ってきているから、もう少しでそっちも食べられるようになる。遠い場所の美味しいものをみんなで楽しもうね」


 当然、フォローも忘れない。

 我慢させるだけではアイザックの心が持たない。

 子供に嫌われないような配慮も彼は忘れていなかった。



 ----------



 子供にお菓子を食べさせたあと、しばらく家族団欒の時間は続いた。

 そして子供達が遊びに行ったあと、アイザックは妻達に囲まれる事になる。


「さて、陛下。そろそろ子供の婚約者を決めないと」


 ――早く子供の婚約者を決めろと詰められる。


 アイザックとしては出されたくない話題である。

 いくら子供を甘やかさないと決意しても、それはそれ。

 子供の婚約者を決められるほどの子離れはできていなかった。


「無事に帰ってきたんだから、いい加減この話は進めないとね」

「早くしないと相手がいなくなってしまいます」

「子供達の未来を考えてくれないと困ります」


 アマンダだけでなく、普段は控えめなリサ、ティファニーですらアイザックに迫ってくる。

 アイザックは助けを求めて、今日の護衛に付いているトミーに視線を送る。


「王族の婚姻について口出しできる立場ではございませんので……」


(この裏切り者ーーー! ここは身を挺してでも守るべきところだろうが!)


 それは違う。

 今回はトミーの発言が正しい。

 アイザックは妻達に暴行を受けているわけではない。

 受けているとすれば、正論ロジハラという暴力である。

 それは近衛騎士が介入する問題ではなかった。

 アイザックの考えは、ただの逆恨みでしかない。

 だがそれは本人も薄々わかっていたので、口に出したりはしない程度の理性は残っていた。


「近衛騎士に助けを求めてどうするのですか? これは陛下が解決しなければならない問題なのですよ」


 この件に関してはパメラも助けてはくれない。

 彼女もザックのために早く婚約者を決めたいと思っていたからだ。

 そのためアイザックは一対六という圧倒的不利な状況へと追い込まれていた。


「その件についてはちゃんと考えているから……」

「嘘です」

「嘘だよね」


 リサとティファニーの二人がアイザックの言葉を真っ向から否定する。


「いつもなら『あっ、そうだ!』とすぐに思いつくじゃないですか」

「なのに子供の事になると口ごもるのはおかしいよね? 本当に解決する気があるのか疑わしいの」


(くそー! 幼馴染めぇ!)


 彼女達は幼い頃からアイザックの事を知っている。

 そのためアイザックの歯切れが悪い時は、その問題に触れたくない時だという事も知られていた。

 彼女らの追及を前に、アイザックの目が泳ぐ。


「そ、そんな事はないよ」

「ならばザック殿下の相手だけでも決めてください。王太子殿下の婚約者が決まらねば、他の子供達も決められませんので」


 リサに痛いところを突かれてしまう。

 王太子であるザックの婚約者を最初に決めるのが筋である以上、クリス達は待たねばならぬ。

 それを言われるとアイザックも辛い。

 だが辛いだけだ。

 ザックを誰かに奪われる事を考えるほうがもっと辛い。

 ここはなんとか乗り切りたいところだった。


「アーク王国の王弟にちょうどいい年齢の孫娘がいたはず。殿下との婚約が友好の架け橋となるのでは?」


(これだ!)


 ロレッタの提案に、アイザックはテーブルに拳を叩きつける。

 妻達はビクリとした。


「いくら条件が良かろうとアーク王家はダメだ! 王太子のフューリアスの奴はクレアとの婚約を断った。それも母親が男爵家出身だからという理由でだ」

「それは……」


 ――提案する方が非常識だ。


 そう言いたかったが、それを言ってしまうとアイザックが態度を硬化させてしまうかもしれないので言えなかった。

 だが、言葉にしなかったのがロレッタにとっては結果的によかった事になる。


「母親が下級貴族だとダメだというのなら私はどうだ? 母は子爵家出身で、しかも有力な家でもない。奴は私の子供など取るに足らない存在だと言ったも同然だ。アーク王家などと婚姻を結べるか! 奴らは私の出自を知った上で、いつかはファーティル王国の国王にとまで言ってくださったファーティル大公とは違うんだぞ!」


 ――ルシアは地方の子爵家出身。


 その事を持ち出されては、この場にいる者達は反論できなかった。

 この場にいる者達はアイザックの事を知った上で結婚しているのだ。

 アーク王家とは違う。

 もしかしたらザックが肩身の狭い思いをするかもしれない。

 そう思うと、アーク王家との婚約を進めろと強く言えなかった。


「この話はここまでだ」


 妻達が静かになったところで、アイザックはどさくさ紛れにこの場を立ち去ろうとする。


「ダメ……」

「まだだよ」


 ジュディスとアマンダの二人がアイザックの両腕に抱き着いて椅子に座らせる。

 このようにアイザックが逃げ出す事も、彼女らの想定の範囲内であった。 


「アーク王家がダメでも、他の選択肢がありますから」


 アイザックの背後にはパメラが回り込み、両手で肩を押さえる。

 三人がかりでアイザックが逃げ出そうとするのを止められてしまった。


(助けて……)


 アイザックは、トミー以外の近衛騎士に助けを求める。


 ――しかし、誰も動けなかった。


 これが殴る蹴るといった暴力であれば、即座に止めに入っただろう。

 だが、腕に抱き着いたりするくらいは夫婦間でよくある事だ。

 パメラが首を絞めていれば問題だが、肩を押さえる程度ならば介入しにくい。

「肩を揉んでいるだけ」と言われればそれまでだからだ。

 彼女らも近衛騎士が介入するかどうかのラインをしっかり見極めていた。


「さぁ、陛下。子供達の婚約者について話しましょう」

「ま、待って……」

「二年も待ったのですから、もう十分ではありませんか?」

「まさか戦場に出たのは先延ばしにするためではないでしょうね?」

「これもいい機会です」


 子供達の人生がかかっている問題である。

 彼女達も簡単にアイザックを離そうとはしなかった。

 東征では数々の敵を包囲、降伏させてきたアイザックであったが、今度は彼が包囲される立場になってしまっていた。


 結局、ザックの婚約者は三年以内。

 他の子供達の婚約者は五年以内に全員決めると言質を取られてしまった。

 だがアイザックもいざという時のために抜け道は残している事を、彼女達は気付いていなかった。。

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