第682話 新兵器の開発状況

 ――帝国化。

 ――アーク王国への侵攻準備。

 ――子供達と過ごす時間。


 やらねばならない事は山積みである。

 しかし、アイザックはそのどれでもないもの。

 エンフィールド工廠の見学を最優先にしていた。

 ここの研究成果が、リード王国の命運を大きく左右するからだ。


(この二年の間に研究は進んでいる。いや、進みすぎだな……。これもパメラのおかげか)


 アイザックは様々な設計図を残していた。

 そのため銃は火縄銃から、実験段階とはいえ後装式にまで発展していた。

 これもパメラが雷酸水銀を開発してくれたおかげである。

 まずは射撃場で、火縄銃から説明を受ける事にする。


「こちらは初期の段階から要望を受けていた火縄銃です。武器である以上、戦場での利便性を考えねばなりません。そのため火縄の代わりに火打石を使って火皿の火薬に点火させるというタイプも試作致しました。ですが……」

「火打石を使った点火方式では不発が多発したのだろう? でも試して見るのは悪くない。実際にやってみてわかる事もあるのだから」

「おっしゃる通りです。いちいち火種を用意しなくてはならないものの、火縄を使って着火させる方式のほうが安定しておりました。まさかこのような事まで見抜いておられたとは」

「これは武器だ。武人の蛮用に耐える物が戦場では求められる。いちいち火打石の位置を細かく調整せねばならないものはふさわしくない。敵を前にして不発するような事があれば兵士の命に関わる。戦場で使う信頼性というものを重点に置いて開発に携わってほしい」

「はい」


 銃の開発研究者達は悔しそうにしていた。

「これって便利じゃないか?」という発想が使い物にならないと、開発に着手する前からアイザックに見抜かれていたからだ。

 それでもやってみようと思ったのは「技術に関しては自分達のほうが上だ」という自負があったからである。

 やる前からアイザックに看破されていては、彼らの立つ瀬がない。

 しかも、このあと発表するのもアイザックの発案によるものばかりだった。


「次にパメラ殿下が開発された雷酸水銀を点火剤として使用したものが、こちらになります」


 今度は三丁の銃が並べられる。

 これはアイザックが前世で見た事のある初期のボルトアクション式の小銃に酷似していた。

 それもそのはず、これもアイザックが設計図を描いたものだったからだ。


「こちらは雷酸水銀を使った点火装置、雷管を使った弾丸を使う後装型試作一号の完成形です。一発ずつ弾を込めて使うタイプです」


 開発者がコッキングレバーを引く。

 彼は薬室に弾を込めるような仕草をして、レバーを戻す。

 そして空に向かって引き金を引いた。

 ガチッという音が鳴る。


「この一連の動作で弾が発射されます。弾を込める動作と雷管を作動させるための撃針を作動させるためのバネを引く動作を一つにする事で、火縄銃とは比べ物にならないほど発射速度が向上しております。また弾頭の形状を従来の丸形から円錐にする事で風の抵抗を減らし、より遠くへ、より真っすぐに飛ぶようになりました。雷酸水銀の存在が前提ではありますが、まさかここまで性能を向上させる事ができるとは予想外でした」


 試作壱号型はドライゼ銃をモデルにしたものだった。

 火縄銃のように前から火薬と弾丸を入れるタイプのものは作りやすい。

 だが一発撃つのに何十秒もかかるのでは弾幕を張る事ができない。

 銃兵には新兵を多く使う予定なので、戦場でパニックになってまともに装填できないという事が起こる可能性が高い。

 だから後装式の銃を採用し、敵軍が簡単には近付けない弾幕を張って安心感を生み出したかった。


 しかしそれには火薬だけではダメだった。

 火薬を点火させる化学物質を必要としていた。

 それを解決したのがパメラである。

 これは夫婦二人三脚で作り上げた新兵器であった。


「ですが、陛下はこの先まで見通しておられました。こちらの後装型試作二号は、より発射速度を高めるものだと思います。思いますが……」


 開発者達の表情が曇る。

 今度は悔しいからではなく、アイザックの指定した目標を達成できなかったからだ。

 彼らは後装型試作二号――弾倉付きの銃を見せる。


「この弾倉という発想は素晴らしいものだと思います。コッキングレバーを引くだけで次々と弾を撃てるようになれば発射速度が飛躍的に向上するでしょう。ですがこちらの実用化は難しいものでした」

「完成しているように見えるが?」

「いえ、そう見えるだけです。先ほど陛下がおっしゃった武人の蛮用に耐えるものではございません。弾倉を引っかけるクリップ部分の耐久性がどうしても確保できませんでした。弾を装填した弾倉は予想以上に重く、何度も付け外ししているとどうしてもクリップ部分が壊れてしまうのです。新素材の開発、もしくは接触部分の形状変更などで対応する予定で現在開発中であります」

「なるほど、それなら時間をかけて解決してくれ」


 大きな部品は大丈夫でも、小さな部品になるほど冶金技術の未熟さが浮き彫りになってしまう。

 こればかりはアイザックも解決方法が思い浮かばなかった。


「それでは試作三号を見せてもらおうか」


 弾倉部分ですら現状では厳しいのだ。

 後装型試作三号――自動装填式小銃は期待できそうになかった。

 だがそれでも「もしかしたら」と少しだけ期待していた。


「後装型試作三号は……、現状では実用化の目途は立っておりません」


 しかし、アイザックの期待はあっさり打ち砕かれた。


「陛下が設計図に描かれた理屈は理解できます。爆発した火薬のガス圧でピストンを動かして次弾を装填するという仕組みも実験装置では上手くいきました。ですがそれを銃に搭載するのが非常に困難です。銃弾のガス圧で動かすのには繊細な調整が必要です。多くのガスをピストンに送るための穴を大きくすればいいというものではありません。それでは弾頭が引っかかって暴発してしまいます。しかし小さくするとピストンが動きません。理屈はわかるのです。理屈は……」


 開発者達が薄っすらと悔し涙を浮かべる。

 理屈はわかる。

 実験装置でも実際に動作した。

 だが、それでも実用化するのは難しかった。

 完成まで近いように見えるのに、そこにたどり着くまでが果てしなく遠い。

 自分達のふがいなさを彼らは悔いていた。


「大きなものを作るのは簡単で、それを小型化、実用化するのは難しい。私はこの二年で後装式試作一号が実用段階にまで漕ぎ着けた事を評価する。まずは試作一号の構造を簡略化できるかどうかを考えてほしい」

「なぜでしょうか?」

「銃は芸術品ではない。言うなれば数打物の剣と同じだ。量産がしやすく、戦場で兵士が整備しやすいものでなくてはならない。一つでも多く使用するパーツを減らし、分解整備しやすいものにしておいてほしい」

「かしこまりました。では再度検討致します」


 職人というものは「最高の物を作りたい!」という気持ちが強すぎる。

 だからアイザックはこうして「量産品だ」と強調する。

 量産できない芸術品など戦場では使えないからだ。


「それでは大砲のほうもご説明致します。そのついでに試射をされてみてはいかがですか?」

「そうさせてもらおう」


(ああ、ついに銃を撃てる日が来るなんて! いやぁ、それにしても大まかな設計図を見せるだけでここまで作れるとは。職人って凄いなぁ)


 表面上はクールな表情を見せているが、内面ではワクワクを抑えきれていなかった。

 前世では触れる事もできなかった実銃である。

 それを自分の好きに撃っていいという状況に、子供心を取り戻していた。



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 とはいえ、まずは大砲の説明からである。

 こちらは三種類用意されていた。

 そしてそれぞれが異なる造形をしていた。


「まずはこちらの攻城砲からご説明致します。もっとも陛下には必要ないでしょうが」


 説明しようとしていた者の言葉で周囲に笑いが起きる。

 ここにある大砲も、すべてアイザックが設計したものだ。

 設計者に説明するなど釈迦に説法である。

 だがそれでも開発状況などの説明をするという点では必要な事だった。


「ですが他の方々のために説明するとしましょう。大きな砲弾を撃つには大量の火薬が必要で、大量の火薬を使うには砲身の強度が必要となります。我々も独自に試してみましたが砲身の破裂などが頻発し、結果的に陛下の提案通り青銅を使った砲身に落ち着きました」

「鍛造か鋳造かはわからないが、まだ鉄での製造は厳しいか」

「お恥ずかしながら……。ですが開発を進めていけば鋳造技術も向上し、この問題を解決できるようになるはずです。攻城に使うための武器であるならば重さもさほど問題にならないと思います。そして次の大砲ですが――」


 開発者が指し示した大砲は、アイザックも見覚えがあるものであり、初めて直接見るものであった。


「こちらの小型砲は口径を小さくしているため、鉄での製造もなんとか可能でした。青銅にしてもよかったのですが、用途を考えれば少しでも軽いほうがよろしいかと思いまして。こちらは砲弾を長距離飛ばす必要がないので、火薬の量を減らすなどの方法で砲身寿命を延ばせます」


 それはナポレオン砲と呼ばれる大砲を模したものだった。

 大砲は大口径ほどいいというものではない。

 用途に応じて大きさを変更する必要がある。

 対歩兵用の小型砲は馬一頭で運べるサイズを要求していた。


「長距離を運搬するとなるとわずかな重さの違いも重要になってくるが……。敵を攻撃するための武器で味方が傷つくような事があってはならないし、新兵器に対する不信感を植え付けたくもない。こちらも当面は青銅を使用しておこうか」

「かしこまりました。ではそのように変更致します」

「頼むぞ」


 新兵器である以上、戦場での実績がない。

 そのため「あれはただの自殺用の道具だ」と兵士に忌避される可能性が高かった。

 火薬を使う以上は、まず安全性を重視するべきだ。

「殺人兵器の安全性を考慮する」と矛盾するような言葉ではあるが、人の命を奪うものであるので気を付けておく事自体は正しいものだった。


「それでは最後に迫撃砲をご覧ください。こちらはもう完成したと言っても過言ではありません」


 これはアイザックが覚えていたブラント81mm迫撃砲をモチーフにしたものである。

 三名で運用できる迫撃砲は、歩兵の携帯火器として是非とも採用したかった。

 擲弾兵では敵前まで近づく必要があり、肉薄する以上は兵士にも被害が出る。

 だからアイザックは、安全圏から手軽に攻撃できる兵器を欲していた。

 迫撃砲ならば歩兵が運べる兵器で魔法よりも遠くから攻撃できる。

 大砲よりも軽くて小さいながら、戦場の歴史を変えるのに十分な威力を秘めていた。


「これも雷酸水銀を点火剤に使用しているので、砲身の中に砲弾を落とすだけで発射されます。あとは着弾地点を確認しながら角度を合わせるだけで誰でも使用できます」

「パメラ様様だな。これで徴兵したばかりの兵士でもそれなりに戦えるようになる」

「それならば兵器の扱いよりも、火薬の扱いに教育時間を割いたほうがいいでしょう。砲弾を運ぶ馬車が爆発でもしたら大惨事ですから」

「新兵の指導要領に含めておこう。ああ、ところで新兵器の製造費用はどれくらいになるか試算は出ているか?」

「もちろん出しております」


 エンフィールド工廠の財務担当が一枚の紙を取り出す。

 そこには驚きの価格が書かれていた。


「えぇっ……」


 アイザックが予想していた価格の十倍の金額が書かれている。


(火縄銃も最初の一丁は何千万円も出したっていうけど、それはプレミア価格で買ったからだろう? 作った火縄銃一丁が百万円くらいとかどこかで見た覚えがあるのに……。後装式試作一号が一丁で一千万リード!? そりゃあ火縄銃よりも複雑な機構だし円と同じで考えられないけどさ……)


 大砲や迫撃砲はそれ以上である。

 特に攻城砲などは一億リード以上する。

 荷台に金属の筒を乗せただけのようにしか見えないものの値段だとは思えない金額だった。


「これは素材よりも精密作業ができる者を雇う人件費と考えればいいのか?」

「はい、熟練の鍛冶師を雇うとなるとどうしても高額になってしまいます。銃や大砲を大量に必要とされるのであれば、専門の鍛冶師を一から育てたほうが長い目で見れば安く上がるかもしれません」

「……これを量産するとなると、王家の予算だけでは無理だな。まずは財務大臣と相談してから決めるとしよう」


(新兵器を作っても、すぐに実践投入とはいかないか……。そもそも後装式の銃弾一発ですら結構高いぞ、これ。擲弾兵に手榴弾で頑張ってもらうほうが安上がりだけど、うーん……)


 ――アイザックの前に、無慈悲にも予算という壁が立ちはだかる。


 今ならば「無制限に研究費用が使える」と思って、ピストが教師をやめた気持ちがわかる気がした。


(こうなるなら東部でガッツリ略奪でもしておけばよかったか? でもそんな事をすれば復興費用などで長期的には損だっただろう。……俺も金が欲しい!)


 そう思ってはいても、あっさり金を出してくれるパトロンなど見つからない。

 むしろアイザックがパトロンになる側だったからだ。

 装備の近代化で最も困難なのは量産するだけの資本である。

 増税で国民に負担はかけたくはないので、この問題は簡単には解決できそうにはない。

 前世の政治家や軍人達が頭を悩ませていた問題に、今度はアイザックが直面する番だった。 


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