第681話 戦勝パーティーにて

以前にアーク王国の西側にある帝国を「コロッサス帝国」としておりましたが、コロッサスは北にある同盟国と被っていたので「アルビオン帝国」という名称に変更しております。 

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 戦勝パーティーには各国大使も呼んでいる。

 当然、その中にはアーク王国の大使も含まれていた。

 同盟を破棄してきたとはいえ、まだ敵国ではない以上、彼を招待客から除外する事はできなかったからだ。

 アイザックも腹を立ててはいたが、そこまで感情的な行動はしなかった。


「これはこれは大使殿、お越しくださったのですね。欠席されるのではないかと心配しておりました」

「この度は戦勝おめでとうございます。友好国・・・の勝利を祝うのに、欠席する理由が私には思い浮かびません」


 答えながら大使は肝を冷やしていた。


(本国の奴らめっ! なにがグリッドレイ公国軍との戦闘による敗北によって戦争は長期化するだ! 二カ国を二年足らずで占領するなどという偉業を成して帰ってきたぞ! 私一人で対応できる相手ではないぞ! どうしろというのだ!)


 ――同盟の破棄を伝えた相手が、実は最も同盟関係を続けるべき強大な相手だった。


 勝利の報告を受けた日から、彼は他国の大使達からも笑いものになっていた。

 袂を分かったのも、アイザックが遠く離れた場所にいたからだ。

 アイザックが近くにいないうちに、アーク王国の教皇庁を中心とした新勢力圏を作り出す予定である。

 一度勢力が固まってからならばリード王国との関係が悪化しても大丈夫だが、今はまだまずい。

 今のところはすっとぼけるか、ひたすら頭を下げるかのどちらかをしなければならない状況だった。


「もしも我が国の行動で陛下に誤解を与えたのならば謝ります」

「ほう、誤解か……」


 アイザックは大使を睨みつける。


「そのような言葉を私は好まない。それではまるで『勝手に誤解したお前が悪い』と言っているようなものではないか。相手に責任転嫁して自分の非を認めているようでまったく認めていない不誠実な言葉だ。それがアーク王国の公式な返答と受け取っていいのだな?」

「いいえ、まさか! それこそ――」


 ――誤解です。


 そう言いかけて、アーク王国の大使は口を閉ざした。

 誤解だと言ってしまえば、またアイザックを怒らせてしまう。

 それだけはできなかったからだ。


「言葉足らずだったのは私個人の無能によるものです。アーク王国の公式な返答ではございません。申し訳ございませんでした」


 彼にできるのは自分一人が泥をかぶる事だった。

 ただひたすらに頭を下げる。

 ここでアイザックは「公式な対応ができない大使とはいかがなものか?」と追撃する事もできた。

 だがそうして彼を貶めても、アイザックが一時的に優越感に浸る事ができるだけだ。

 それだけで済ませるつもりはなかったので、彼に対する追撃の手を緩める。


「謝罪の言葉を受け入れよう。今のところは。ところで大使殿の口から直接聞きたかったのだが、戦争中に同盟を破棄してくるのは実質的な宣戦布告と受け取ってもいいのかね?」

「そのような事はございません。我が国を取り巻く情勢により同盟関係を解消する事になったものの、貴国に攻め込むつもりはないと伝えたはずです。今も友好国として付き合いを続けております」

「そうだろうか? 私はどうしても曽祖父の事を思い出してしまう。かつてアーク王国を救うために、アルビオン帝国の軍を前線から引き離した。アーク王国のやり口は、ファラガット共和国やグリッドレイ公国のために我が軍を本国へ引き返させようとした利敵行為にしか見えない。その点はどう言い訳するのだ? 我が軍がグリッドレイ公国軍に敗北したという知らせと同時に同盟の解消を申し入れてきたそうではないか」


 これは大使にとって最もされたくない質問だった。

 しかし、それだけにどう答えるかをイメージトレーニングしていた。


「その件に関しては本当に誤解です。リード王国に知らせが届くのと、我が国に知らせが届くのとでは時間に差があります。どんなに急いでも往復で二カ月以上はかかるでしょう。グリッドレイ公国に敗北したという知らせが届いてから教皇庁を設立し、同盟の解消を決断する時間があったと考えられておられるのでしょうか? 誠に恐縮ですが、それは間違いだと申し上げます。偶然、時期が重なっただけなのですので」


 内陸国であるリード王国の人間に船での連絡手段は想像し辛いはず。


 ――陸路を使って伝わったのなら、先にリード王国が知っているはずだが、ほぼ同時期に同盟の解消を申し込んだ。


 情報の伝達速度を考えれば、これは十分にアリバイとなる。

 大使にとってこれは最大の切り札だった。

 しかし、アイザックがまたしてもいやらしい笑みを浮かべる。


「なるほど、たまたま時期が被ったと」

「ええ、その通りです」

「だが、我が国が軍を動かしている事は知っていたはずだ。私が留守という事もな。その事に言い分はあるのか?」

「それは……」


 これはさすがに言い訳しようもない。

 アイザック相手に、これ以上言いつくろう事もできないだろう。

 大使は言葉に詰まってしまう。

 そこへアイザックは助け舟を出す事にした。


「アーク王国の裏切り行為は極めて不愉快だ。しかし許そう」

「えっ!? お許しいただけるのですか?」

「ああ、許そう」


(でもその代償はどれだけ必要となるか……)


 アイザックが、ただで許すはずがない。

 大使はその代償を恐れた。


「アーク王国が不信を持つようになってしまった原因は私にある。だから今回は許そう」


 しかし、アイザックは無償で許しを与えた。

 これには周囲の者達も驚きでざわつく。


「今となっては私に助けを求めるのはアーク王家の誇りが許さないだろう。だから以前話した通りだ。もし王家が体面を気にして助けを求められないのなら、国民の誰かに助けを求めさせるという方法を取ってくれてかまわない。それが平民であろうとも、アーク王国に住んでいる者が助けを求めてきたら私は彼らを助けると約束しよう」


 さらにアイザックは寛大な態度を見せた。

 それはエリアスの後継者らしい王者たる者の姿であった。


「それとアーク王国で正統を名乗る教皇庁の存在も認めよう。ただし、これはリード王国のセス教皇聖下も認めてもらう事と引き換えだ。あとはそうだな……。ウェルロッド公爵家の名で経営している菓子店があるのだが、今後は他国にも展開する事になるだろう。その場合は、正統や元祖、本家といった看板を掲げた場合は類似品とは違う正統な存在だと認めてもらおうか。私も正統であると騙る存在を本物だと認めるのだ。そこはお互いに譲歩すべきだとは思わないかね?」

「我が国の教皇庁は正統だと騙っているわけではありませんが……。リード王国側の正統性の主張も受け入れられるように本国に伝えておきましょう

「それはありがたい。国家の代表である大使殿のお墨付きというのは頼もしいな」

「まだ正式な返答というわけでは……」


 大使は困った表情は見せるが、お菓子屋の正統性くらいでアイザックの機嫌を取れるなら安いものだと思い直す。

 だが彼も冷静であれば、それがお菓子屋に限定していない事に気付いただろう。

 他国の大使が集まる中でアイザックにかけられたプレッシャーのせいで冷静さを欠いていた。

 そのせいで拡大解釈可能な返答をしてしまう。


 アイザックはもう話は終わったと、彼から離れる。

 そしてウェイターからワイングラスを受け取り、高らかに掲げる。


「今日は戦勝記念パーティーだ! 各国大使の皆様も盛大に祝ってくれ! リード王国は自国の繁栄だけを求めない。同盟国の事も考慮している。共に高みを目指しましょう! 乾杯!」


 乾杯の音頭に合わせて、乾杯の唱和が続く。

 ほとんどの者達は気にしなかったが、アーク王国の大使など一部の者達は「同盟国」と対象を限定した事に引っかかっていた。


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今週は予定があるので金曜日の投稿はなしになります。

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