第680話 総督の人選
帰国してから三日目。
貴族を集めて戦勝パーティーが開かれる事となった。
ほとんどの者は体を休めて元気な姿を見せていたが、アイザックは疲れた様子だった。
(ロレッタやアマンダもゆっくり休ませてくれなかった。二年振りっていう事でみんな気合が入っていたな。嬉しいけど疲れる。でも求められるのは嬉しい。……それでもこの状況はなんとかしないといけないな。いつか倒れそうだ)
一刻も早くこの状況を打破しなくてはならない。
アイザックは、その方法を考えようとするが、他国を攻める時よりも答えを導き出すのは困難だった。
敵のように倒せばいいというわけではないからだ。
なかなか答えを出せない難問から目を逸らすように、アイザックは目の前の事に集中する。
パーティーの前に、話しておかねばならない事があったからだ。
「まずは皆が気になっているであろう事から話しましょうか」
――新領土の切り分け。
誰もが自分に切り分けられるパイの取り分が気になっている。
この事について話しておかねば、心置きなく祝う気分にはなれない。
主だった貴族を集めて、軽く話し合う事にした。
「今のところファラガット地方の西半分はロックウェル地方の貴族に与えようと思っています。今では同じリード王国の一員ではありますが、昔から付き合いのある者が食料の供給源を握っているという安心感を与えるためです」
「ご配慮くださりありがとうございます」
戦勝パーティーのために王都まで同行していたロックウェル公爵が感謝を述べる。
だが、これは彼らのためだけに下した判断ではなかった。
「東部で混乱が起こった時にはロックウェル地方の軍に動いてもらう必要があります。捕虜を使って開拓した広大な農地を分け与えるのは、その報酬の先渡しです。東部の安定のために頑張ってください」
「重々承知しております」
「お願いします」
ファラガット地方も、グリッドレイ地方も、リード王国本国からは遠く離れている。
非常時に対応するのはロックウェル公爵家の役目だ。
そのため、食料生産高に期待できる土地を与える事にした。
「他の領土は以前話していたように当面はすべて王家直轄地とし、そこで得られた利益を統治する者達で分配するという方法を取ろうと思っています。他国を占領し、統治するのは初めての経験です。遠い異国の地で協力し合っていただきたい。この方針について意見があれば遠慮なく言ってください」
貴族に領地を与えてしまえば、彼らは自分の領地を運営するのを優先する。
隣の領地で武装蜂起が起きても、自分の領地を守る事を優先するだろう。
そんな弱気な統治では、次々に武装蜂起が起きてしまうかもしれない。
不安の芽を早いうちに摘むためにも、協力し合ってもらわねばならなかった。
だから与える領地を確定させず「新たな王家直轄地を運営する」という形で、一つの大きな領土を運営していってもらうつもりだった。
これに関してはウィンザー公爵らも検討済みである。
特にクーパー侯爵などの「新たに領主となってみて、領地運営に必要な人材がいない事を痛感した」という意見が重要視された。
領主となれば、領地運営に多くの人材を確保しなくてはならなくなる。
そして人材は必要になったからといって、簡単に生えてはこない。
一から育てるとなると時間がかかるし、それまで領地運営は困難になる。
ウェリントン伯爵家のように、世話になっていたウォリック侯爵家から支援をしてもらえる場合もあるが支援にも限度がある。
やはり人材には限りがあるからだ。
今回は二カ国も占領したのだ。
急激な拡張に対応できるだけの人員は残念な事にいない。
各家から中心となる人物を派遣してもらい、現地で新人を育てながら運営していくしかない。
それには「特定の貴族の領地」という垣根は邪魔でしかなかった。
「私はそれでいいと思います」
「私も――」
この件に関しては以前に話していた事もあって反対する者はいなかった。
だが王家直轄地を皆で運営するという形ならば責任の分散が可能だ。
占領地の運営など今のリード王国には未知の領域なので、特定の個人に責任が集中するのは避けたいという感情が働いていた。
「ではこの件に関してはいいとして、次は各地方の総督の選任について。まずグリッドレイ地方総督は、元帥を退役されるキンブル侯に任せ、ファラガット地方総督はウリッジ侯に任せようかと思っています。これについて意見はありますか?」
この件については、あらかじめ相談しておいた事だった。
賛成意見であれ、反対意見であれ、誰でも考える時間は欲しい。
アイザックとしても意見は歓迎するところなので、反対意見でも嬉しいところだ。
「キンブル侯の人選は納得できます。ですが私をなぜ選ばれたのでしょうか? 法に詳しい者を総督にしたいのならクーパー侯でもよろしかったのではありませんか?」
ウリッジ侯爵本人から、人選についての疑問が出された。
彼は法務副大臣であり、順当にいけば法務大臣のクーパー侯爵が選ばれるべきだったからだ。
彼の質問で、アイザックは失敗に気付く。
「ああ、これは失礼。先に話しておくべき事がありました。そう遠くないうちにウィンザー公は宰相を引退する事になっています。次期宰相にはクーパー侯を任命するつもりです。ですのでファラガット地方を任せる事はできません。それにウリッジ侯だから任せられる事でもあるのですよ」
「私にですか?」
「ええ、ファラガット地方の商人は腐っています。かつてのように領主に賄賂を贈り、好き勝手するようになるでしょう。それを食い止めたい。そこで強い信念をお持ちのウリッジ侯の出番です。賄賂を贈れば好き放題できると思っている下郎共に厳しい処罰を与えていただきたい」
「なるほど……、そのために私を派遣したいと」
「法務副大臣を経験済みなので、リード王国の法を身をもって思い知らせるのに最適でしょう。ファラガット地方の商人には厳しさが必要です。ただ厳しくするのは富裕層のみで、異種族の奴隷化に携わっていた者以外の民衆はほどほどでお願いします」
「かしこまりました。反対意見が出なければ引き受けましょう」
二人は他の出席者を見回す。
特に反対意見を持つ者はいなさそうだった。
それもそのはず、遠い異国の地に好んで行きたいものなどいないからだ。
キンブル元帥は引退するし、グリッドレイ地方に領地を貰える可能性が高い。
ファラガット地方は異種族の奴隷化もあり、今後もその余波で統治するのが面倒そうだ。
総督の座を好んで奪い合う気にはなれなかった。
それよりも今後の領地の取り扱いに注目していた。
「反対意見もないようなので、グリッドレイ地方はキンブル侯に、ファラガット地方はウリッジ侯に総督をお任せします。そして彼らを補佐する人材を皆さんには用意していただきたい」
アイザックは重要な話題を切り出した。
領地の配分はこれで決めるつもりだ。
「上役が引退しないからなかなか出世する機会のない優秀な者を優先的に派遣したいところですが、それだけでは数が足りないでしょう。そこで両総督をサポートできる人員をどれだけ派遣できるかというのも、領地の配分に考慮しようと考えています。もちろん、戦場で命を懸けた方々の配分が多くなるよう考慮します。新領土の統治にご協力をお願いします」
皆の目の色が変わる。
これは留守を任されていた貴族にも領地獲得のチャンスがあるという事だ。
誰もが「誰を派遣しようか?」と考え始める。
「ですが重要な人材を派遣しすぎて自領の運営が滞らないようにしてください。ウェルロッド公もそう遠くないうちに外務大臣を辞任します。後任にはカニンガム子爵――おそらく、論功行賞で伯爵へと陞爵する事になるでしょう。彼を外務大臣に任ずるつもりですので」
「カニンガム子爵を大臣にですか? 確かに彼はグリッドレイ公国との戦端を――」
カニンガム子爵は、グリッドレイ公国に攻撃を仕掛ける口実を作った。
その彼を外務大臣にするというのだ。
――アイザックは次の標的に狙いを定めている。
その事に気付いたウィルメンテ公爵の言葉が詰まった。
「ま、まさか次はアーク王国を?」
東は制圧した。
ならば、残るは他の方角である。
南のノイアイゼンと北の同盟国とは友好的な関係にある。
進むのなら自然と西のアーク王国へと向かう事になるだろう。
その口実をカニンガム子爵に作らせようとしているのかもしれない。
実は彼が優秀な人物だとよく知るウィルメンテ公爵は、アイザックの考えを先読みしていた。
そんな彼にアイザックは不敵な笑みを見せる。
「いやだなぁ、そんなわけあるはずないじゃないですか。なにしろ軍を動かす大義名分がありません。同盟破棄を一方的に通告してきたのには腹が立ちましたが、あちらも攻撃を仕掛けないという約束を守った。同盟関係を解消した元同盟国とはいえ、今でも友好国である事には変わりありません。だから今攻め込もうなどとは考えていませんよ」
(じゃあ、その大義名分を作るつもりなのだな……)
この場に居合わせた者達は、誰もがそう思った。
そう思ってしまうほど、アーク王国の対応に腹が立っている者が多かった。
彼らは敵ではないが、今はもう味方ではない。
そもそも「
今はまだ時期が整っていないだけだ。
「あぁ、そうそう。グリッドレイ地方やファラガット地方に領地を与えられるのは、ファーティル地方やロックウェル地方の貴族がやや多めになるかもしれません。その代わり新たに近い場所に領土を得られた場合は、旧来のリード王国貴族を中心に領地を分け与える事になるでしょう。そしてそれはそう遠くない時期になるとお約束しましょう。もし中止する場合は、両地方の配分を考え直します。いずれにせよ、忠誠を示してくださった方々に損をさせる事は致しません」
アイザックの言葉は、アーク王国を攻め込む気があるという意思表示だった。
だが今回は戦争を仕掛ける大義名分がない。
同盟の解消だけでは、まだ弱い。
それをどうするかが気になっていたが「アイザックならどうにかするだろう」と戦争にかかる出費を計算し始める。
この時、モーガンは「外務大臣を辞めたいと言っておいてよかった」と胸をなでおろし、ウィルメンテ公爵は「ジャックの奴、とんでもない貧乏くじを引いたな」と親友を憐れんでいた。
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