第677話 ファラガット共和国首脳部への沙汰

 戦争も終わり、戦後処理の事を考えねばならない段階となった。

 そこでアイザックは、フランクリンら旧ファラガット共和国政府高官を集める。

 彼らに話しておかねばならない事があったからだ。


「フランクリン、貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ」


 フランクリンは体を震わせる。

 これまで処刑を匂わせる言葉を言われた事はあったが、ここまで直接的なのは珍しいからだ。

 アイザックの隣に座るエルフとドワーフ達を怯えた目で見る。


 しかし、本当に処刑するだけならば生かしてきた意味がない。

 相手を脅してから話に入るという、ただのアイザック流の交渉術だった。


「だが、私個人としては惜しむ気持ちもある。私はファラガット共和国の住居表示制度に感動した。あれがあれば手紙や荷物を届けるのが楽になるだろう。商人が支配する国だけあって、商売をやりやすくするための制度がよく整えられていた。フランクリン、以前は国土交通大臣だったそうだな?」

「はい、大統領に選出されるまではそうでした」


 リード王国で住居表示制度を導入するのであれば、ファラガット共和国の官僚を利用したほうがスムーズに導入できる。

 少なくとも、必要とされている間は殺されないはずだ。

 フランクリンは生き残る希望を持ち始めていた。


「今は交通に関しては内務大臣の管轄だが、国土が広がった事でインフラ管理は内務大臣の手に余る事になる。道路などのインフラ管理を専門とする省庁が必要となったため、リード王国でも国土交通省を設立するつもりだ」

「もしや、私を大臣に?」

「それはない」


 フランクリンの早とちりに、アイザックは苦笑を浮かべる。


「だが国土地理院の幹部として迎え入れよう。仕事は各地で住所の設定と正確な各地の測量、それに伴う正確な地図の作成だけだ。簡単だろう?」


 アイザックは前世で聞き覚えのある組織名を出した。

 そうする事で、この先の事をすべて考えていると思わせた。

 測量の事は「街中で棒を持った人を写真で撮っているのを見かけた」という程度しか知らないので、詳しく突っ込まれると困るからだ。。

 だが太閤検地のようなものを、いつかは実行しないといけないと思っていた。

 それを彼らにやらせるのだ。


 ――彼らには経験があり、そして失っても惜しくない人材だったから。


「なにが聖人だ! 人の皮を被った悪魔め! 結局我らを許す気などなく、殺すつもりではないか!」


 アイザックの説明を聞いて、メイヒューが怒る。

 彼はアイザックの真意に気付いたようだ。


(なるほど、ファラガット共和国では最も優秀なものが財務大臣になるというのは本当だったか。勘が鋭いな)


「お、おい、落ち着け」

「落ち着いていられるか! 処刑も同然の扱いなのだぞ!」


 周囲の者が止めようとするが、メイヒューは止まらなかった。


「測量し、それを地図に書き残す。ただそれだけで終わると思うか? 詳しく調べれば、領主や農民が国に報告せずに作っている隠田まで暴く事になる。そんなものを奴らが政府に報告されたいと思うか? 口封じで殺される可能性が高い。しかも正確に報告しなければ、政府を偽ったとしてあの男に殺される。ファラガット共和国でも住所の設定や地図の作成の時に揉めていたんだ。今の我らの立場で貴族相手に揉めるとどうなるかわからないのか!?」

「それは……」


 どうやら希望で目が眩んでいたようだ。

 メイヒューの言葉で、ファラガット共和国で過去に起きた事件などを思い起こされる。

 そうなると「助かりそうだ」と素直に喜べなくなった。

 命懸けの危険な仕事をやらされるわけなのだから。


「それがどうした? お前達が仕事を選べる状況だとでも思っているのか? 働きたくないというのならばかまわない。働きたくないと答えた者はノイアイゼンに引き渡す。そこでドワーフやエルフからどのような扱いを受けようが私の知った事ではない。読み書きの教育を受けた者をただ殺すのはもったいない。そう思ったから使い捨ての道具であろうとも使ってやろうと思っただけだ。どうするかは自分達で決めるんだな」


 アイザックの冷え切った声は、彼らの肝を更に冷やした。

 そして絶望する。


 ――ノイアイゼンに引き渡されれば確実な死。

 ――生の希望にすがってリード王国のために働く。


 どちらを選んでも死と密接な関係になる。

 だが確実な死よりは、どれだけか細くとも生きる希望のある選択に身を託したいと思うのが人というものである。

 選べるようで選べない強制された選択であっても、そちらを選ぶしかない。

 それが今の自分達の立場だと、嫌というほど思い知った。

 反抗心を露わにしたメイヒューですら、今は黙ってうつむいてしまっている


「だがただ死ねと命じるわけではない。当然、報酬も用意している」


 彼らの心が折れたところで、アイザックは蜘蛛の糸を垂らした。


「役職相応の給与を保証し、職務中に死亡した場合は家族への罪は免除し、以後は自由の身となる。だが途中で逃げ出したり自殺、もしくは貴族や平民を煽って殺させるなどした場合は一族から誰かを選んだ新たに仕事に従事させる。これは女子供も関係なく無作為に選ぶ事になるだろう」


 ――それは彼らの家族にとって希望はあるが、本人にはあまり希望のない内容だった。


 とはいえ、自分の子供くらいは救えるかもしれない。

 ただそれだけが絶望的な状況で与えられた救いであった。


「メイヒュー、貴公は国土地理院で働きたいと思うか?」


(できれば働きたい。だが先ほどの暴言を許してくれるのだろうか? 頭を下げるだけ下げさせておいて『やはりダメだ』と言われればなけなしのプライドを捨てるだけになってしまうが……)


 アイザックの問いかけに、どう答えるべきかメイヒューは悩む。

 こうなってしまうと先ほどの発言は控えるべきだったかと悔やんでしまう。

 だが悔やんでも仕方ない。

 自分と家族のため、生き残るチャンスを掴み取るべきだと考えた。

 彼はテーブルに頭を擦りつける。


「働きたいです!」

「そうか、それは残念だな」


(やはりダメだったか)


 意を決して頭を下げたが、アイザックはその申し出を拒否した。

 メイヒューは次にどう動くべきかを考える。


「貴公には国立銀行の草案を作ってもらいたかったが、国土地理院の方で働きたかったか」

「は?」


 間の抜けた声と共にメイヒューは顔を上げる。


「国立銀行、ですか?」

「そうだ。今の銀行とは違う、より大きなものだ。少なくとも国家規模となるだろう」


 この世界にも銀行はある。

 しかし国家規模のものはまだ存在しない。

 商人が取引に使うものの大規模とは言えないものや、庶民向けの消費者金融に毛が生えたようなものばかりだったりする。


 だからアイザックは国立銀行の設立を考えた。

 各地に住所を設定しようとしたのもその一環である。

 住所が設定されれば、自然と国家規模の郵便事業が求められるようになるだろう。

 国営の郵便局を設立し、そこで金銭を預け、どこでも引き出せるようにする。


 ――アイザックは前世の民営化前の郵便局のような組織を作るつもりだった。


 通信手段が発達するまでは手紙がメインの連絡手段であるし、荷物を運ぶ仕事はいつの時代でも必要とされている。

 電話やインターネットが発達するまでは連絡手段として稼げるはずだ。

 その郵便局の事業を国営銀行が一体となって支援する。


 ――そして何よりも重要なのは、各地に作った郵便局で国債を販売する事だった。


 戦争は金がかかる。

 その度に臨時徴収をしては平民に恨まれるし、商人に頭を下げて金を借りるのでは貸しを作る事になる。

 アイザックのように「お国のためにお金を出してくれるよな?」と圧力をかけるやり方も長続きはしない。

 それよりかは「利子を付けて返す」という国債を発行するほうがマシだ。

「戦争に負けたら国債の償還ができないけどどうする?」と煽って追加で買わせる事もできる。

 実際にそこまでやるつもりはないが、軍資金を集める下準備はしておきたい。


 そして何よりも、王家の資産を増やす準備をしておきたかった。

 アイザックが理想とするのは王室が税金ではなく、自分達が経営する会社で暮らせるようになる事だ。

 時代が進めば「王室が税金で豪遊している」と批判される時が来るだろう。

 そうならないよう各分野に投資して、利益の配当金で一族が暮らせるようにしておきたかった。

 国立銀行や郵便業もその一環である。

 リード王国だけではなく、リード王家の財政を潤わせるための手段だった。。


 近々帝国化するので、その時のどさくさに紛れて新しい省庁や国立銀行の設立をねじ込むつもりである。

 これはアイザックが王である内に進めねばならない。

 なぜなら今の彼ならば、こういった改革に反対する意見を抑え付ける権威を持っているからだ。

 子供や孫の世代に苦労は残さぬよう、やれる事はすべてやっておこうとしていた。


「ファラガット共和国で財務大臣に就任できるのは優秀な者だけだと聞く。だから新規事業を任せてみたかったのだが、そこまで言うのであれば仕方ない。国土地理院で頑張ってもらおうか」

「あ、いえ陛下! 銀行設立のほうをお任せください!」

「あんなに国土地理院で働きたがっていたではないか。無理をせずともいいのだぞ?」

「国立銀行の設立は遣り甲斐のある仕事だと思いました! 是非ともやらせてください! お願い致します!」


 メイヒューは先ほどより魂を込めて頭をテーブルに擦りつける。

 心から感謝の気持ちを表すために。

 各地の測量で恨みを買って殺されるよりは、銀行の立ち上げをしたほうがずっとマシだ。

 少なくとも命の危険はグッと減る。

 この申し出は渡りに船だった。


「そこまで言うのならば仕方ない。そちらからやると言ってきた以上、手を抜くなよ?」

「もちろんでございます!」


 だがアイザックにとっても渡りに船の状況だった。

 メイヒューが噛みついてくれたおかげで理想的な展開となった。


 ――フランクリンかメイヒューといった影響力の強い者が反発し、彼らの心を折る事で他の者達の反抗心を折る。


 その流れを作れた事に満足していた。

 心の中で反抗を企んでいた者も旗印を失った今、愚かな事は考えられないだろう。


「では銀行設立に必要な人材のリストを作っておくように。罪人でなくともかまわない。リード王国からも用意するので数に関しては心配する必要はない。……だが忘れるな。もし自分だけが儲けようと考えて抜け穴などを作っていれば三族皆殺しにするからな」

「重々承知しております! 陛下を失望させぬよう粉骨砕身邁進致します!」

「ならばよい」


 念のために釘を刺すと、アイザックはアロイス達に視線を向ける。


「彼らはただ殺すよりも利用するべきです。リード王国の発展をもたらし、それはいずれ皆さんの利益にもなるでしょう。今すぐに処断するよりも、少しばかり時間をいただけませんか?」

「彼らが生きている事に対して腹立たしくはあります。ですがのうのうと生きているのではなく、命の危険もある仕事をするのならまぁなんとか……、といったところでしょうか」

「彼らが仕事を放棄したりすれば、その場合は家族ごと引き渡します。態度次第では死刑にもなる懲役刑と考えていただくといいかもしれません」

「では一応、その方向で他の者を説得してみましょう」

「ありがとうございます」


 今回はアロイスなど比較的穏やかな性格の者を呼んでいた。

 それも「問答無用で皆殺しだ!」と言われないためだ。

 リード王国の役人を検地で失うくらいなら、ファラガット共和国の捕虜にやらせたほうがいい。

 廃品もリサイクルすれば役に立つ。

 アイザックのもったいない精神は、少しだけ捕虜の寿命を延ばしてやる事となった。


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村上先生の体調不良により、六月、七月のコミカライズ更新が厳しい状況です。

残念ではありますが、場合によっては八月更新という事になるかもしれないとの事です。

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