第675話 女達の戦い
――戦争の終結は間近。
その知らせはリード王国本国に伝えられた。
「地方の討伐は冬までに終わらせ、春に帰路に着くとの事です」
ウィンザー公爵がひざまずきながらザックに報告する。
彼は曾孫に報告する自分の姿を想像しておかしな気分になった。
パメラがジェイソンと婚約していたので、いつかは孫ほどの年の相手にひざまずく日が来るだろうとは思っていた。
だが、まさか曾孫相手にやる日が来るとは思ってもみなかった。
(あの男に関わると常識外れの事ばかりだな……。これは悪い気はしないが)
しかし「曾孫が玉座に座る姿を見る事ができる者はそうそういない」と、貴重な体験を楽しんでもいた。
「おとうさまがかえってくるの!」
ザックは父の帰還を喜ぶ。
曾孫の喜ぶ顔を見る事ができてウィンザー公爵の頬も緩む。
「はい、殿下。来年の夏頃には帰国されるでしょう」
「おかあさま、おとうさまがかえってくるんだって!」
「よかったわね」
ザックは隣に座るパメラに話しかける。
パメラも息子の喜びようを見て、自然と笑みが浮かぶ。
「今回は二年足らずで二カ国を占領するという偉業を成されました。これから陛下の凱旋を祝う準備を急いで行わねばなりません。予算の確保や凱旋式の準備をお任せいただけますでしょうか?」
「よきにはからえ」
「ははぁ」
ウィンザー公爵がザックの許可を取る。
形式的なやり取りではあったが、やっておかねばならない事ではあった。
「一つ提案があるのですが。王都の東側に大きな門を作るのはいかがでしょう? 凱旋する軍を迎えるための門、東部地域の制覇を記念する凱旋門を作れば陛下の偉業も末永く称えられると思います」
「凱旋門……、なるほど! 派手なパレードでは記憶に残るのは実際に見た者のみ。建造物を残すというのはいいお考えだと思います。建築自体はエルフを使えば間に合うでしょうが、問題は設計が間に合うかどうかとなるでしょう。まずは宮廷画家から市井の画家まで総動員して外観を決めると致しますか」
「お願いいたします」
パメラは「凱旋? ……凱旋門!」と連想し、彼女の頭にはパリにあるエトワール凱旋門が思い浮かんだので提案をしていた。
この時、彼女は「有名な前世の建物をパク……。リスペクトしている建造物をインスパイアして、オマージュしてみるのもいいかもしれない」と少し考え始める。
夢の国を始めとする各種テーマパークのアイデアはいくらでもあった。
「みんなにもおしえてあげていい?」
「もちろん、いいですよ。それでは先に行ってみんなに教えてあげなさい」
「やったー!」
話が終わったので、ザックは侍女に連れられて後宮へと向かう。
パメラが残ったのは、ウィンザー公爵と話があったからである。
二人は場所を変えて話し合う事にした。
「後宮の様子はどうだ?」
ウィンザー公爵は、まずパメラに後宮の様子を尋ねる。
それはライバル達の動きを確認するためだ。
場合によっては、ザックのために外部から支援してやらねばならない。
情報は知っておくに越したことはない。
「問題ありません。野心を持っているのはロレッタさんくらいで、あとは敵ではないですね。ロレッタさん以外ではアマンダさんが対抗心を剝き出しにしてきますが、それは陛下の寵愛を得たいという気持ちで我が子を王太子にしたいというものではありません」
答えるパメラの表情には冷ややかな笑みが浮かんでいた。
彼女の顔を見て、ウィンザー公爵は頼もしさを覚える。
「そうか、ならばいい。問題が起きそうならば早めに言うように」
「はい、お爺様」
「そう遠くないうちに私は宰相を辞する事になるだろう。そうなると今ほど支援をしてやれなくなる。こうして気楽に会えるのも宰相と国王代理の後見人だからだ。陛下が戻れば、お前と会うのにも陛下の許可が必要となる。手助けしてやれるのも今だけだから遠慮はするな」
「わかっておりますとも」
モーガンほどではないが、ウィンザー公爵も不器用なタイプだった。
素直に「大丈夫か?」とパメラを心配する言葉が彼には言えなかった。
だから「助けを求めてこい」という形でパメラの事を心配していると伝えようとする。
パメラも慣れたもので、これが祖父なりの愛情表現だという事は理解していた。
(ニコルをさっさと暗殺でもしてくれていれば、このまま死ぬかもしれないってあの時怖がらずに済んだのに)
そう思わなくもないが、口に出すほどではない。
彼女も息子を持って「あぁ、自分の子供時代は親なら不安に思っても仕方のないものだったな」と考えるようになったからだ。
これも親となったからだろう。
転生者の子供など持つものではないと、今更ながら実感させられていた。
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後宮に戻ると、パメラは他の王妃達を呼び集める。
今後の事を話し合うためだ。
「すでにお聞きになっていると思いますが、来年の夏頃に陛下がお戻りになられるとの事です」
その知らせはみんな聞いていた。
ウィンザー公爵に知らせるばかりではなく、一人ずつそれぞれに手紙が送られてきていたからだ。
「でもその事は、後回しにしましょう」
パメラの言葉に皆がうなずく。
彼女達にはもっと気になる事があったからだ。
「私が手に入れた情報だと、やはり陛下はキャバクラという女性が接待するお店でお酒を飲んではいるそうですが、寝室に連れ込むようなことはしていないそうです」
周囲から安堵の溜息が聞こえる。
彼女達の心配事。
それは「二年も離れ離れになっている間に、アイザックが現地妻を作らないか?」という事だった。
アイザックは六人の妻を持ち、九人もの子供を作っているほどの性豪である。
――そんな彼が女を断つ事ができるのか?
その事が妻達の間で大きな不安材料だった。
だからパメラが代表してコッソリとスパイを送り込み、アイザックに女の影がないかを調べさせていた。
「ボク達の事を裏切らないでいてくれてよかった……」
「私は浮気するような人ではないと信じてました」
「私のところへ……、帰ってくる……」
「学生の頃も人気があったけれど、誰かを軽く口説いたりしてなかったもんね」
ホッとしたからか、彼女達の間で弛緩した空気が流れる。
そこへロレッタが一石を投じる。
「私も陛下の事は信じていました。ですがもしこっそり見張っていたなど知られたら陛下はどう思われるか……」
ロレッタはチラリとパメラを見る。
彼女は正室の座を諦めていない。
あわよくばと、パメラを牽制する。
そのせいで場の雰囲気が重くなる。
だが大人しくやられるパメラではなかった。
「陛下ならば『私の無実を証明する事ができてよかった』とおっしゃるでしょう」
「その根拠は?」
「陛下とは
「くっ……」
パメラの言葉は前世を含むものだったが、ロレッタには「同じリード王国で生まれ育った者同士、長い付き合いがある」と言っているように聞こえていた。
アイザックとの付き合いの長さは、他国から嫁いできたロレッタにとって覆しようのない不利な要素である。
留学してからの短い付き合いしかなかったからだ。
この返しにはぐうの音も出ない。
ただリサとティファニーは「いやぁ、私達に甘いアイザックでも、さすがに怒ると思うけどなぁ……」と思っていた。
だがそれを口にしたりはしない。
これ以上、この場の雰囲気を悪化させたくなかったからだ。
それに彼女らもパメラの報告で助かっている。
わざわざパメラを裏切ろうとは思わなかった。
「まぁまぁ、陛下が浮気をしていなかったという事がわかってよかったじゃないですか。あちらにも美女がいたでしょうに、見向きもしなかったんですから」
「そうだよ。陛下が無事に帰ってくるのを、どう祝うかみんなで考えようよ」
リサが場を治めようとする。
それにアマンダも乗ってきた。
こうなってはロレッタも分が悪い。
大人しく引き下がる事にした。
「その通りですわね。少し心配だっただけですの。パメラさんのおかげで安心できましたわ」
「あら、それはよかったわ。これからもわからない事があれば遠慮なく相談してくださいね。陛下の事に詳しいので」
「ウフフフ」
「ウフフフ」
二人は笑顔で和解した――ように見えるが内面ではバチバチと火花を散らしていた。
他の
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