第674話 族滅
ベネディクト達の処遇が決まったため、アイザックは彼らを王宮の庭園に呼び出した。
「いい庭園ですね」
「ウィックス王国建国以来続くグリッドレイ公爵家の歴史ある庭園ですから」
答えるベネディクトの表情は強張っていた。
まだ自分達がどうなるかわからない。
アイザックが沙汰を下すまでは油断できなかった。
ただ心の片隅で「戦前は友好的な態度を見せてくれていたので助かるかもしれない」とは思っていた。
「なるほど、ここも長い歴史があるのですね。その歴史が終わる時が来るのは寂しいものです」
「っ!?」
アイザックの言葉で、ベネディクトは息を吞む。
それは「グリッドレイ公王家が終わる」と言っているも同然だったからだ。
アイザックが話を続ける。
「グリッドレイ公王家は族滅とします」
「お考え直しください! せめて孫達だけでもなんとか! 停戦を破ったのはクレイヴン元帥の責任ではありませんか!」
「それは無理です。敵対者を許すわけにはいきませんから」
そう語るアイザックの視線は、ベネディクトの隣にいるアーヴァインに向けられた。
「ファラガット共和国東部に攻め込んだ時、キンバリー川付近のグリッドレイ公国軍以外は素早く撤退しました。もし戦争になった場合、撤退するようにと事前に命令を出していたのでしょう。その命令はクレイヴン元帥だけでできるものでしょうか? アーヴァイン殿下にも確認くらいはしていたのではないか? そう思って調べさせたところ、大統領官邸に手紙が残っていましたよ。あなたが万が一の事態に備える許可を出したと」
「そうだったでしょうか? 覚えがございません」
アーヴァインはしらばっくれる。
そういった書類はすべて処分したからだ。
アイザックも「なんとなくそういったやり取りがありそうだな」と思ってかまをかけただけだ。
「証拠を出せ」と言われたら困るが、そこは力技で乗り切るつもりだった。
「あなたの記憶にあるかどうかは関係ありませんよ。記録が残っているので。私はあなた方の捕虜になった兵士の解放に身代金を払った。ファラガット共和国東部を無償譲渡されたので、捕虜を無償で返還するとクレイヴン元帥に言われたにも関わらず。それは私がそれだけ兵士を大事に思い、彼らの価値相応のものを支払って帰してもらいたいと思っていたからです」
アイザックはグリッドレイ公国軍に捕虜になった兵士の事を話題に出した。
「それでも貴国の軍に我が軍の兵士が殺された時、私は賠償金で済ませようとした。だがクレイヴン元帥は支払いを拒否し、捕虜の返還も拒否した」
「ですのでそれはクレイヴン元帥の責任では?」
アーヴァインがしらばっくれようとする。
だがアイザックには彼の意見を聞き入れる気はなかった。
「いいえ、それは違います。ファラガット共和国東部を治めていた者の責任です。クレイヴン元帥との交渉後、我々が攻め込むまでに一カ月程度の時間はありました。そこで先ほどアーヴァイン殿下と連絡を取っていたという事実が重要になってきます。あなたは我が軍に戦死者が出たと知っておきながら、私達の抗議を放置した。それが私には許せない」
アイザックの言葉で、アーヴァインが青ざめる。
「ですがそちらが送ってきた使者はウィルメンテ公に近い者だったそうではありませんか。アイザック陛下は彼に失敗をさせて、間接的にウィルメンテ公に恥をかかせたいのだろうという報告も上がってきていました。だから私もクレイヴン元帥の判断に任せていたのです。……まさか、わざと失敗させて開戦の口実にしたのではありませんか?」
(まぁ、その通りだけどさ)
アーヴァインとしては身を守るために言いがかりだと思いながら言葉にした考えだった。
しかしそれは苦し紛れの言い訳であっても、見事に真実を突いていた。
もちろん、アイザックはそんな事を認めない。
「ウィルメンテ公に恥をかかせるための使者? そんなわけがないでしょう。ウィルメンテ公は私がいない間の国防を任せる程度には信頼しています。戦場に出る事のなかった彼のために、親友で側近のカニンガム子爵に少しでも手柄を立てさせようと使者を任せたのです。誰がそんないい加減な事を言ったのか」
アイザックはしらばっくれて、やれやれと肩をすくめる。
「ポール・デービス」
「えっ?」
「ポール・デービスという近衛騎士団の隊長からも証言を得たという報告がありました。陛下の友人である彼の証言の確度は高いと、判断に大きな影響を与えたそうです」
「……デービス隊長を呼んできてくれ」
アイザックは近くにいた近衛騎士に命令を出す。
その表情は真剣なものだったが、内心は違う。
(俺がそう言ってくれと頼んでいた事だし……)
「使者がどんな人物か?」と調べるのは交渉を進めるのに基本的な事だ。
相手の性格に合わせて交渉をするのは重要であり、逆鱗に触れて交渉がご破算とならないためにも必須である。
だからアイザックは、クレイヴン元帥がカニンガム子爵の事を調べるだろうと思っていた。
もちろん近衛騎士だけではなく、秘書官などを始めとした側近にも「誰かにカニンガム子爵の事を聞かれたら、アイザックはウィルメンテ公爵をよく思っていない。失敗を望んでいる」と話すように伝えていた。
それにポールからも「グリッドレイ公国の人に聞かれたからボロクソに言っておいた」という報告も受けている。
これはわかりきった展開だった。
それでも知らない演技をしているのは、アイザック自身が仕組んだ事だとは知られないためである。
「デービス隊長が何を話したにせよ、あなた方の心象は変わっても決断が覆る事はありませんよ」
「それでも一縷の望みを託したいと思ってしまうのが人間です」
「かもしれませんね」
ポールが来るまでの間、気まずい雰囲気のティータイムが続く。
「ポール・デービス。お召しに与り参上しました」
彼が到着した時、ベネディクトやアーヴァインだけではなく、アイザックも助かった気分になった。
「デービス隊長、よく来てくれた。何やらアーヴァイン殿下が聞きたい事があるようだ。すべて正直に話してくれ」
「かしこまりました」
二人は目線を合わせる。
彼が呼び出される可能性は高いと思っていたので、すでに打ち合わせ済みだ。
あとはアーヴァインが心を折られて死を受け入れるのを待つだけだ。
「ではデービス隊長。確か君は『アイザック陛下は妹を溺愛している。だから妹の婚約者であるローランドを嫌い、彼の親のウィルメンテ公に恥をかかせるためにカニンガム子爵を送り込んで失敗させようとしている』というような事を証言していたな」
「はい」
「えっ……」
(そんな事を話していたなんて聞いてないぞ!?)
アイザックが動揺する。
「グリッドレイ公国から誰かが来たら、俺がウィルメンテ公爵を嫌っているという噂を話してくれ」とは言っていた。
言っていたが、そんな事を話せとは言っていないし聞いていない。
アイザックはポールを見る。
ガン見する。
見られたポールは「あれ? まずったかな?」と不安になった。
「どれだけ妹を愛しているのか。どれだけカニンガム子爵がダメな男かを語ったはずだ。そしてウィルメンテ公を嫌っているかを。カニンガム子爵がどれだけダメな人間かは他の者からも証言を取れていたが、中でもアイザック陛下の親友である君の証言が重要視された。だからカニンガム子爵を軽視する事になったのだ。あれは嘘だったのか?」
「それは、その……」
ポールはしどろもどろになる。
アイザックも目を泳がせている。
二人の反応から、アーヴァインは光明を見出していた。
「さぁ、答えてもらおうか!」
「……あれは嘘でした」
ポールの返事を聞き、アーヴァインは細く小さな突破口を見つけた気分になる。
「その嘘が両国を戦争に導いたのだ! その責任を取れるのか!?」
――あわよくばポールに責任を取らせる。
ベネディクトもアーヴァインのおかげで潮目が変わりつつある事を感じていた。
もしかしたらグリッドレイ公王家は助かるかもしれない。
そんな希望を胸に抱く。
「デービス隊長、なぜそんな嘘を言ったんだ?」
アイザックがポールに理由を問う。
ここからは想定通りのやり取りとなる。
「カニンガム子爵がウィルメンテ公の親友だったからです。ウィルメンテ公爵家はメリンダ夫人の生家だったので、つい……」
「あぁ、なるほど」
アイザックはうなずいた。
そしてアーヴァインを非難がましい目で見る。
「私の幼少期の事をご存じで?」
「家督争いが起きた事は存じております」
アイザックの声が冷ややかなものになったので、アーヴァインは不安を覚える。
「正直なところ、兄のネイサンとの関係はよくありませんでした。メリンダ夫人も私の命を狙っていたという噂を聞いた事があります。デービス隊長は私の友人です。だから彼らの事を恨み、つい悪し様に言ってしまったのでしょう。それが人間というものです。例え嘘であったとしても、公式な聴取ではないのでしょう? 彼に責任を取らせたいのでしょうがそれは間違いです。人の心の動きを見誤ったあなた方の責任だと自覚してください」
「ではなぜカニンガム子爵など送り込んできたのですか! 誰に聞いてもあれだけ評判の悪い男を送り込んできたのは理由があるからではないのですか!」
当然、責任をあっさり受け入れる事などできない。
ベネディクトも反論する。
「先ほども言ったように、カニンガム子爵がウィルメンテ公の親友だからです。ウィルメンテ公には留守の間、国を守ってもらわねばなりません。だからこういう言い方はしたくないですが、あまり優秀な者は連れて来られなかったのですよ。国防から外してもいい者、それでいてウィルメンテ公に近い者というのがカニンガム子爵だった。それだけです。それ以外の理由などありません。勝手な思い込みで決断を下した者の責任ではありませんか?」
アイザックは、はっきりと言い放った。
これにはベネディクトも言葉が詰まる。
だが黙っていられなかったのはアーヴァインだ。
彼は土下座をする。
「陛下の忠告を甘く考えたのは私の責任。私がすべての責任を取りますので、せめて子供達だけは見逃していただけないでしょうか」
彼は「子供達は助命してほしい」と嘆願する。
これも予想していた事だったが、わかっていたとはいえアイザックも気分が落ち込む。
「私も一人の親としては、その要求を受け入れて差し上げたい。ですが生かしておけば、いずれ彼らを旗印にしてリード王国に反旗を翻す者が出てくるでしょう。残念ですが、その頼みは受け入れられません」
――グリッドレイ公王家を滅ぼすと決めた理由。
それはやはり子供達のためだった。
そもそもファラガット共和国やグリッドレイ公国を攻めると決めたのは、子供達が将来苦労しないようにするためだ。
未来に燃え上がる火種を残しておくのは本末転倒である。
だからここで自分の手を汚してでも、彼らを滅ぼしておくつもりだった。
「そこをなんとか、なんとか……」
「皆さんは処刑ではなく、苦しみのない毒を使った服毒自殺を用意しています。また遺体も公王家の墓に納めましょう。民衆の前での処刑で見世物になって最後を迎えるのではなく、王族として名誉ある最後を飾ってください」
アーヴァインが泣き崩れる。
ベネディクトも嗚咽を漏らしていた。
もう取り返しのつかない段階にきていると知り、堪えきれなくなったのだ。
罪人としての処刑ではないとはいえ、それを喜べるような気分ではない。
ただ一度の過ちを悔いるばかりだった。
彼らが落ち着くまでにしばらく時間がかかった。
公王家としてアイザックとのティータイムを過ごすと、彼らは家族のもとへと連れていかれる。
アイザックと近衛騎士だけが残った時、アイザックはポールに話しかける。
「ポール、私がケンドラを溺愛しているためにウィルメンテ公に嫌がらせをするだって? どうしてそう思ったんだ?」
どうしても気になる事があり、それを確認しておきたかったからだ。
ポールは物凄く言い辛そうにしていたが、答えねば逃がしてくれなさそうなので渋々答える。
「噂で聞いたのですが、陛下は王妃殿下達に『娘はどこにも嫁に行かせない。一生養うんだ』とおっしゃったとか。陛下はケンドラ様の事を大事にしておられましたので、もしかしたら似たような考えを持っているのではないかと思い、グリッドレイ公国の者に脚色して話しただけです」
「別にそんな……」
今度はアイザックが言い辛そうにする。
口をモゴモゴとさせてはっきりとしない。
(あの時、近衛騎士がいたっけ? それとも侍女か? クソッ、これだから個人情報の保護とかいう観念のない世界は! これからは法律で厳しく縛っていかないといけないな!)
かつてはアイザックも個人情報の保護という観念がない事を利用していたが、今回は自分が不利益を被ってしまった。
今後、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます