第673話 旧支配者層の処遇

 アイザックがテルフォードに到着したのは十月に入ってからだった。

 開戦が五月十日だった事を考えれば驚異的な速度である。

 

 ――奇襲が成功した事。

 ――グリッドレイ公国軍が兵を分散させず、一カ所に集中していた事。

 ――グリッドレイ公国軍が積極的に動いてくれたおかげで籠城戦などで戦闘が長期化しなかった事。


 いくつかの偶然が重なったおかげで生み出された制圧速度とはいえ、トラックを配備した自動車化歩兵などが存在しない時代において、この速度は異常である。

 二年掛からず二カ国を占領したのだ。

 まだ地方の制圧は残っているとはいえ、アイザックは偉業を達成した。

 それはテルフォードの住民もわかっているのだろう。

 アイザックを恐れているが、その感情には畏怖の念が多分に含まれていた。


 だが、彼らが思うほど実際のアイザックは恐ろしい男ではなかった。

 むしろ今は彼自身が様々な事を恐れていた。


(グリッドレイ公王家の扱い、どうしよう……)


 アイザックとしては、問答無用で取り潰したい。

 主にアーヴァインの所業によって。

 だがそれでも躊躇してしまうのは、アイザックに前世の記憶があるからだった。

 まだナショナリズムが発達していない時代とはいえ、旧支配者から利益を享受していた者が新支配者に反抗する事は十分に考えられる。

 それが一部であればいいが、大規模な反乱に繋がると困る。

 これは「どうせ困るのは領主だからいいや」で済む問題ではない。

 地方の反乱が大規模になれば、領主だけではなく国が対処しなくてはならなくなる。

 そうなっては面倒だった。

 だからアイザックは、主だった者を集めて会議を開く。


「諸君、ご苦労だった。奇襲を仕掛けたとはいえ、実際に軍を動かす司令官の働きが良くなければ、このような結果は残せなかっただろう。諸君らの働きに感謝する。だがまだ戦争は終わっていない。地方の制圧が終わるまでは気を抜かないでおいてほしい」

「はっ!」


 まずは皆の労をねぎらった。

 国王らしい態度を取るのはそこまで。

 アイザックは軽く息を吐くと、いつもの雰囲気に戻った。


「では早速ですが、グリッドレイ公王家や捕虜にした貴族の扱いについて意見はありますか?」

「あります! 全員処刑にするべきです!」


 深刻な内容なのだが、アルヴィスはさもそれが当然の如く言い放った。

 アイザックとしても処刑しておきたい。

 彼らを生かしておけば反乱の旗印になるかもしれないし、捨扶持とはいえ小さな領地を与えるのも惜しい。

 彼らに小さいなりとも領地を与えるのならば、頑張ってくれた者達に与えたいと思っているからだ。


 だが「じゃあ、さっさとやっちゃうか!」と即答はできない。

 処刑すると決めるにも、そこまでのプロセスが必要だった。

 なにしろ相手は公国といえども王家は王家。

 ノリで処分を決めていい相手ではないからだ。


「なるほど。理由は……、長年の恨みがあるので聞くまでもないですね」


 ――アルヴィスの意見は、ロックウェル王国が長年食い物にされてきた恨みから出たもの。


 それはアイザックだけではなく、この場にいたほとんど全員が思い浮かんだ理由である。

 しかし、彼の意見はそれが理由というわけではなかった。


「それもありますが、生かしておく場合どうされるのですか? 平民に落として恨まれても厄介。どこかに領地を与えて生かすなら、その分だけ領地を分け与えられる貴族が減ります。さっさとやってしまったほうが後腐れもないでしょう」


(言い方ぁ……)


 アルヴィスの意見は、アイザックとしても即採用したい内容だった。

 ただ問題があるとすれば、彼の言い方である。

 率直な意見を言ってくれるのはありがたいが、やはり貴族たる者見栄を張らねばならない。

 もう少し表向きの理由を取り繕ってほしいところだ。


「率直でわかりやすい意見でした。参考意見の一つとして考慮しましょう。他に意見はありますか?」


 アルヴィスの意見は一時保留とし、アイザックは他の意見を求める。


「よろしいでしょうか?」

「もちろんです。どうぞ」


 アルヴィスと対照的に、控えめに発言の許可を求めたのはカイルだった。


「陛下がフランクリン元大統領らを生かして活用する方法を模索しているという噂を聞いております。ベネディクト陛下は活用されないのでしょうか?」


 彼はフランクリンとベネディクトの扱いの違いについて尋ねた。

 その扱いの違いの理由がわかれば、今のところ思い浮かんでいる答えとは違ったものが浮かんでくるかもしれない。

 だからまずアイザックの意見を求めたのだ。

 それは当然の流れかもしれない。

 しかし、これはアイザックとしては好ましい流れではなかった。


 アイザックにまだはっきりとした答えがないのもそうだが、できればみんなに意見を述べる機会を与えたかった。

 なんでもかんでもアイザックが考えて答えを決めていては、彼らが功績を残す機会を奪ってしまう。

 アイザックが最初に意見を言ってしまっては会議の方向性が決まってしまう。

 それでは意見もアイザックの考えに肯定的なものばかりになって多様性がなくなってしまうだろう。

 そうしたい時以外は、最初に意見を言わないでおこうと考えていたところだった。


(いや、でもこの質問の答えるだけなら大丈夫か)


「フランクリンには今後生死を賭けた仕事をしてもらう予定です。ベネディクト陛下をその仕事に従事させるかどうかというと、そうはしたくないと考えています。やはり貴族と平民の差は大きいですからね。正直なところ、彼らを使い捨てにするのには抵抗があります。では生かしておくかというと、それもまた難しい問題だと思っています。ですから皆さんの意見を求めているのですよ」


 これならば問題ない。

 生かすも殺すも悩ましい問題だ。

 基本的には処刑してしまいたいと考えているが、生かしておいて役に立たせる事もできるかもしれないとも思っている。

 だが生かしておけば便利な事もあるだろうが、小さい利益のために危険を冒したくないという気持ちもある。

 この状況にちょうどピッタリな言葉がふと思い浮かぶ。


「これは鶏肋、鶏のあばらのようなものだな」


 ――鶏肋である。


 食べ辛くて肉も少ないが旨味のある部位である。

 どこまで食べるかを迷うところだ。

 ベネディクトの扱いに困っている今の状況に合うような気がして、アイザックの口から言葉がこぼれる。


「ほら、やっぱり!」


 アイザックの言葉にアルヴィスが反応した。


「鶏のあばら骨は肉が少ないんで旨いですけど捨てるしかない。でも味がする間は捨てるのがもったいない。その程度の存在ならグリッドレイ公国の王族や貴族をまとめて処分してしまいましょう。ファラガット共和国では政治家どもを殺してきたじゃないですか」


 彼はアイザックの言葉の意味を即座に理解した。

 それができたのも、悲しい事にロックウェル王国の事情によるものだった。

 ロックウェル王国では王太子とはいえ、普段から贅沢はできなかった。

 豪華な食事は客人を招いた時くらいだ。

 彼は鶏のあばら骨までも味わっていた。

 そんな環境だったので鶏のあばら骨が「そのまま捨てるには惜しいが、食べても腹の足しにもならないもの」という事を知っていた。

 だからアイザックの言葉も「ベネディクト達をそのまま殺すのは惜しいが、生かしておいてもさほど利益はない」と言いたいのだと、誰より早く理解する事ができたのだった。


(陛下も鶏のあばら骨を口にする機会なんてあったんだな)


 リード王国は豊かな国である。

 ウェルロッド侯爵家も名家であるため食べ物に不自由するはずがない。

 だがアイザックは鶏のあばら骨の味を知っていた。

 アルヴィスは、アイザックに親近感を覚えた。


 しかし、アイザックが思い浮かべていたのは鶏のあばら・・・・・であって、あばら骨・・・・ではない。

 前世の有名フライドチキンチェーン店で「この部位はおいしいけど、食べにくくてイマイチなんだよな」という感想を持った程度だ。

 アルヴィスのようにあばら骨をしゃぶった経験から出てきた言葉ではないので、可哀想ではあるが親近感を覚えるにはあまりにも遠い経験の違いがあった。


「処刑してもいいですが、その前に誰か有効活用する方法が思い浮かべばそうしてもかまいません。ロックウェル地方にお住いの皆さんの意見も尊重したいとは考えていますが、先に意見が出尽くしてからですね。どなたか意見や質問はありませんか?」


 アルヴィスに親近感を持たれているとは知らないアイザックは、彼の意見をほどほどに聞き流して会議を進めようとする。


「彼らを雇って統治を手伝わせるのは危険でしょう。自分の領地を奪われ、その統治を手伝えと言われたら私ならば寝首を搔こうとすると思いますので」


 これまでロックウェル地方の者ばかりが積極的に発言していたが、彼らに負けじとマクシミリアンも発言する。


「リード王国の貴族に親類縁者を持つ者だけ残して他は処刑。もしくは追放というのが無難でしょうか」


 クリストファーもマクシミリアンに同調する。

 アルヴィスほどではないが、やはり処刑しようという考えになるようだ。

 ただ彼らと違ってリード王国の貴族と縁者になっている者は助命しようと考える程度には冷静らしい。


 だがこの時、アイザックはリード王国の旧来の出席者達が発言しない事が気になっていた。

 しかしそれも無理はない。

 この場にいるリード王国の貴族は、キンブル元帥やバートン子爵のような政治的発言に自信のない者ばかり。

 ファーティル地方やロックウェル地方の者達に比べれば、政治に疎い者達だった。

 ウィルメンテ公爵らがいれば違っただろうが、今は任地にいてこの場にはいない。

 発言をするなら、キンブル元帥辺りに口火を切ってもらうしかない状況だった。

 それがわかっているのか、キンブル元帥が動く。


「私はクリストファー殿の意見に賛成です。ですが国内に強い影響力を持つ貴族は処刑。影響力の弱い貴族は平民に落とすか国外追放にする、というように処刑にする範囲は限定してもいいかと思います」


 彼は最も犠牲者が少なくなる提案をした。

 武官である彼が多くの処刑者が出ないような提案をしたのには理由があった。


「戦争になった原因はお前達のせいだと言って責任を取らせるべきかもしれませんが……。私も長く生きておりますが、戦場で捕虜にした貴族の処遇を決めた事しかありません。一国の貴族全員となると、どこまで責任を取らせるのか迷ってしまいます。正直なところ、この話題はもう少し案を練る時間をいただけると助かります」


 ――経験不足。


 そもそもリード王国が同盟国の支援以外で、他国に軍を動かすのは数百年ぶりの事である。

 占領地の元統治者の処分を経験した者などいない。

 過去の文献を調べたりする時間を必要としていた。


「ええ、私もそうです。何分、他国の王侯貴族を処刑するかどうか決めるなど初めての体験です。だから皆さんの意見を伺いたかったのです」


 アイザックの発言で、リード王国軍の将軍達の目の色が変わる。

 以前、キンブル元帥が話した通り「アイザックはすべて一人で完結できるほど完璧ではない」というのを目の当たりにしたからだ。

 彼らにもまだまだ補佐できるところがある。

 問題があるとすれば、それが今回の議題ではないという事だろうか。


「これは難しい問題です。アルヴィス殿のようにわかりやすい手段を取ったほうがいいかもしれませんし、違った手段を取ったほうがいい時もあるでしょう。今すぐに決めないといけないわけでもありませんので、皆さんの意見を参考にして次回以降に決めるとしましょうか」


 アイザックは基本的に自分が望む方向に話の流れが進んでいる事に満足していた。

 これならば「じゃあ処刑しよう」という流れになった時、反対する者も少ないはずだ。

 それに地元住民の反感を最小限にするための方法も誰かが出してくれるかもしれない。

 この流れのまま、一気に処遇を決めてしまいたいとアイザックは考えていた。

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