第672話 ベネディクトの降伏
テルフォードでは激しい抵抗にあった。
「リード王国軍に略奪や暴行をされる」という噂が広まり、民衆がグリッドレイ公国軍に積極的に協力したからだ。
かつてファーティル王国の首都アスキスにおいて起こった事が、ここテルフォードでも起きていた。
――民衆が敵に回った事でリード王国軍に大きな犠牲が出る。
攻め込む前には、そう予想されていた。
家を一軒ずつ伏兵が調べていくのには時間と手間がかかる。
さらに待ち伏せされていた場合、閉鎖空間では数の優位が活かせない。
しかも地の利は相手にあるので、市街戦は正規兵ばかりのリード王国軍でも犠牲を覚悟しなくてはならない。
それを避けるには宮廷魔術師が鍵となる。
武装兵が家の中で待ち伏せしているとわかれば、そこに魔法を叩き込んで戦闘不能にするか、家の外にあぶり出せばいいからだ。
問題があるとするならば、数が足りないというところだろうか。
数人でチームを組ませても、一日で制圧できる家の数は知れている。
エルフを戦場に投入しようにも、キンブル元帥にはそこまで思い切る事ができなかった。
そのためテルフォードを攻め始めた当初は苦労していた。
しかし、その状況を変える者が現れた。
「手榴弾の使用を投擲にこだわらなくてもいいのでは?」
――フェリクス・フォード伯爵である。
彼は「擲弾兵を市街戦に投入するべきだ」と、キンブル元帥に進言する。
キンブル元帥は「目から鱗が落ちる」という言葉を強く実感した。
手榴弾は爆発するものの、家を燃やすほど強い火を放つものではない。
それどころか室内に入らずとも、火を付けた手榴弾を放り込むだけで室内で待ち伏せている兵士を無力化できる。
――味方の被害を最小限にまで減らし、敵兵を無駄に殺す事もない戦い方。
しかも宮廷魔術師のような魔法を使える者でなくともいい。
手榴弾を投げられる者なら誰でもいいのだ。
室内で敵兵が待ち伏せているのを確認すれば、窓から手榴弾を放り込むだけで制圧できる。
フェリクスの進言により、制圧速度が速くなる。
それだけではなく、剣を使った室内戦闘では死者が多かったが、手榴弾では即死するのは運悪く致命傷を負ったものだけ。
死ななかったグリッドレイ公国軍兵士を家から連れ出し、エルフに治療してもらう事で、住民に「リード王国軍は敵兵も治療を行っている」という人道的な行動をアピールできるようになった。
それにリード王国軍が街を燃やしたりしないよう、テルフォードの住民に配慮していたこともあり、テルフォード住民の敵対感情を和らげた。
それでも全員というわけではないので、まだまだ慎重な行動が求められた。
だがグリッドレイ公国側も、ただやられているわけではない。
テルフォードの攻略開始から二カ月。
王宮周辺にまでリード王国軍が迫っていたが、辛うじてまだ耐えていた。
「時間を稼げ! アーヴァインやクレイヴン元帥ならば、きっと上手く撤退しているはずだ! 奴らの背後を突いてくれるだろう!」
ベネディクトは必死に兵士を鼓舞する。
しかしその言葉を自分自身は信じていなかった。
(おそらくあちらも奇襲を受けているはず。それに上手く撤退できていたとしても、テルフォードが陥落するまでにたどり着けないだろう。ならばどうすればいいか……)
彼は大臣を集めて相談したりはしなかった。
彼らに相談しても、この状況では自分にとって都合のいい意見しか言わないだろう。
それはベネディクトも望むところではなかった。
(降伏を申し込めば地方の田舎領主としてでも家の存続を認めてもらえるだろうか? ……厳しいだろうな。そんな事を認めずとも、我が国の全領土を占領できる機会なのだ。降伏など認めないだろう。……いや、しかし可能性はあるか。今後の統治を考えるならば、前統治者一族を残すのもありだと考えてくれるか?)
彼はグリッドレイ
もしかしたら他の貴族も多少領地を削られるだろうが、そのまま領主としての存続を認めてもらえるかもしれない。
だがそれは彼の願望でしかない。
過去に支配していた領地を忘れる事などできない。
いつかは取り戻そうとするだろう。
それは彼自身、ウィックス王国の再興を目指してファラガット共和国東部を占領した事が証明している。
リード王国にとって将来に火種を残す行為なので、降伏を認めたとしても領地を安堵したりはしないだろう。
しかし、彼はその可能性に賭けたいと思っていた。
このままでは座して死ぬだけ。
それよりかは、万が一の可能性に賭けるべきだと考え始める。
(だが、ただ降伏するだけでは芸がない。アーヴァインに選択肢を残してやるか)
「大臣達を集めろ。会議を行う」
まずは降伏について、大臣達と話し合うべきだ。
そう思った彼は早速行動に移した。
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ベネディクトが取った行動とは「降伏するから、アーヴァインやクレイヴン元帥に使者を送らせてほしい」というものだった。
キンブル元帥としても首都での戦闘を終わらせられるのだから断わる理由もない。
降伏を認め、アーヴァイン達へ使者を出す事を認める。
もっとも、その使者にはリード王国軍から見張りを付けられてはいるが。
その使者は表向き「アーヴァイン達に降伏を進める」という名目を与えられていたが、実際は違う。
「船でどこかの国に亡命し、再起を図ってほしい」というベネディクトの親として、貴族として、家の存続のため、アーヴァインには逃げてほしかった。
これは大臣達にも秘密にして使者に託した事である。
降伏してもどうなるかわからない以上、アーヴァインを逃して家の存続を願うのみ。
だがその願いは儚く散った。
――アーヴァインはすでに捕虜となっていたからである。
送り出された使者は、東へ向かう道中で西進するアイザック率いる軍と遭遇。
そこでファラガット共和国東部に駐留していた部隊の降伏を知り、アイザックの前でアーヴァインと面会する事となった。
「そうか、陛下も降伏を選ばれたか」
「王宮近くまで制圧され、やむを得ず……。アーヴァイン殿下がご無事で何よりです」
「無事とは言えない状況だがな。……陛下がなぜ私に使者を送ったのか。その理由は察している。だがもう無駄になってしまったな。ご苦労だった」
アーヴァインは、ベネディクトがどのような事を考えて使者を出したのかを理解していた。
使者を送ってきた理由を考えれば「あの時、自分だけでも他国に逃げ出していてもよかったかな」と、結果的に父の想いを踏みにじってしまう事になってしまった事を後悔する。
だが今になって後悔してももう遅い。
あとはもうアイザックの判断に委ねるしかない状態なのだから。
「ほう、ベネディクト陛下は官公庁の書類を燃やしたりせずに降伏したか。どこかの誰かとは違って賢明な判断だ」
そのアイザックはというと、キンブル元帥からの報告に感心していた。
だが、どことなくアーヴァインには棘のある言葉に感じられた。
「では我らはテルフォードに一直線で向かうとしよう。だがその前にキンブル元帥に頼みたい事がある。ちょうど使者を出そうとしていたところだ。私がそちらに向かう事と一緒に伝えてもらいたい」
――アイザックの頼みたい事。
それにアーヴァインは嫌な予感を覚えてしまう。
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「食料を送ってほしい?」
アイザックからの連絡は「食料が心許ないから輸送部隊を送ってほしい」というものだった。
てっきり「テルフォードの統治はこのようにしろ」といった指示が送られてきたのだと思っていた彼は首をかしげる。
その彼の疑問にアイザックからの伝令が答える。
「本来ならばデューイ攻略までに時間がかかると思われたものの、ファラガット共和国軍はデイルまで撤退しており侵攻速度が想定より早くなりました。そのせいで農作物の収穫時期よりも早く進み過ぎたせいで、ファラガット共和国東部での補給がままなりませんでした。グリッドレイ公国に入ってからはウィルメンテ公の通った道を通ってきたので……」
「その周辺地域からは、先にウィルメンテ公が食料を買い取っていたため集められなかったというところか」
「おっしゃる通りです。農民が食べる分や種籾まで取り上げるわけにはいかないので、少しずつ買い取ってはいるものの、日に日に備蓄が減っていきテルフォードまで持つかどうかといった状態です」
「そうか、そうか。クックックッ、ハーッハッハッハッハッ」
なぜかキンブル元帥が大声を出して笑いだす。
彼とは対照的に、周囲にいた者達の表情が強張った。
アイザックの窮地を笑うような真似をするなど、どのような処罰を受けるかわからないからだ。
「どうした? お前達も笑わんか」
だがキンブル元帥は気にしない。
それどころか周囲にも笑えと言ってくる。
「すべてを見通す目を持つと言われたアイザック陛下でも見通す事のできない事もある。それがわかったのだ。こんなに嬉しい事はないだろう?」
「しかし、喜ぶのは不敬では……」
彼の側近は肝を冷やすばかりだった。
しかし、彼の行動には理由がある。
「我らの存在する意味を確認できたのだ。嬉しくもなるだろう」
――自分達の存在する意味。
それを確認できたので彼は喜んでいたのだ。
「ファラガット共和国からグリッドレイ公国の侵攻作戦まで、すべてアイザック陛下のお考えになったものだった。我々も計画を考えたものの補足程度だ。だがその補足程度でも役に立つ事がわかった。もしグラッドストン将軍が食料を補給してから進もうと進言していれば、ウィルメンテ公爵軍と違う道を進もうと進言していれば、アイザック陛下の部隊も食料に困る事もなかっただろう。アイザック陛下といえども神ではない。我らにも補佐をするという役割が残っている。それが嬉しくなくてどうする?」
「それは……、まぁ……」
長年、武官として働いてきた。
だというのにファラガット共和国への侵攻作戦などはアイザックが考えたものだった。
一生に一度あるかどうかの大作戦である。
「その立案にもっと関わりたかった」というのは誰もが思った事だ。
「アイザック陛下は意見を聞き入れない狭量なお方ではない。我々の進言を聞き入れてくださるだろう。戦場で戦う以外にも、我らの存在意義を確認できた。その事を喜ぼう。そしてこれまで以上にアイザック陛下のために働こう。やり甲斐が出てきたのだ。やれるな?」
「もちろんですとも!」
当初は「アイザック陛下のミスを喜ぶのはよくないのでは?」という雰囲気だったが、キンブル元帥の言葉で前向きに取り組もうという雰囲気になった。
それをキンブル元帥は心の中で喜ぶ。
(そう、それでいい。おそらく私はこの戦いを最後に元帥を辞する事になるだろう。お前達のやる気を引き出してから去る。これが最後に私が残していってやれる事だ)
実は彼自身、アイザックのミスを笑うのは勇気を必要とする事だった。
だが部下達が「自分達は陛下に必要とされているのか?」という疑問を持っている事を知っていた彼は、この機会にその不安を解消してやったのだ。
これは戦争が終わって心の余裕が生まれたのと、引退を目前にして部下に何かを残していきたいという気持ちが生まれたからだった。
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