第671話 東西の合流

 デイルを防衛していたグリッドレイ公国軍の捕虜は八千五百人だった。

 残りの四千ほどは崖上の砦と共に落ちたようだ。

 アイザックは「しばらくの間、この近辺で獲れる魚は食べたくないな」と思ってしまう。


 捕虜の大半はデイルに残り、エルフが海中から引き揚げた船の解体作業に従事させる事になった。

 彼らに港湾封鎖の罪を償わせられるし、住民に労役を課すよりかは恨みを買う事もないし人件費も浮く。

 捕虜にタダ飯を食わせるのはもったいないので働かせるいい口実となった。


 捕虜の見張りにはウェルロッド公爵軍から五千、ノイアイゼン軍から五千。

 ノイアイゼンの約半数が残るのは、ドワーフの中で「船の構造を見ておきたい」と興味を持った者が多いからだ。

 船の解体を見学しながら学ぶ、リバースエンジニアリングをするつもりだったのだ。

 きっと見てるだけでは我慢できず、自分達も解体に参加する事が十分に予想される。


 それにデイルの街の自警団が協力してくれる事となった。

 彼らもグリッドレイ公国軍の兵士が逃げ出さないか心配だったので、自主的に見張りを手伝いたいと申し出てきた。

 主要産業である海運を潰されたので恨みがあるのだろう。

 ファラガット共和国国民とグリッドレイ公国国民の分断統治は、アーヴァインのおかげでやりやすくなっていた。


 デイルの後始末は残留部隊に任せ、アイザック達は西へ進む。

 旧ファラガット共和国軍所属の残存部隊もいたが、それらはフランクリンが出した停戦命令と、捕虜にしたアーヴァイン達の姿を見せると大人しく投降してくれた。

 おかげで両国の国境付近まで大きな問題が起きる事なく到着する。

「さぁ越境だ」という時に、先遣隊から報告が届く。


「ウィルメンテ公爵家の旗が立っていた? 随分早いな」


 侵攻開始前の計画では、ウィルメンテ公爵軍はまだグリッドレイ公国中部を制圧している頃である。

 しかし、これは計画なので絶対ではない。

 ファラガット共和国方面の方が準備が整っていて攻めやすかったというだけで、グリッドレイ公国本国の防衛体制が予想以上に脆ければ侵攻速度も早まるというもの。

 それにウィルメンテ公爵がアイザックの予想以上に優れていたという可能性も十分にあった。


「まぁいいさ。本人がいるなら本人に聞けばいい。友軍と合流するからといって油断せず、周囲に警戒しながら移動するように」


 街を占領しているからといって敵軍をすべて倒しているとは限らない。

 アイザックは周囲の警戒を怠る事のないよう命令を出して進軍する。

 だが特に警戒は必要なかった。

 新しい支配者がどのような者なのか心配なのだろう。

 家の中や物陰に隠れた住民が視線を向けてくるくらいで、襲い掛かってくるものはいなかったからだ。

 おかげでウィルメンテ公爵軍と問題なく合流する事ができた。


 ウィルメンテ公爵家の旗があっただけあり、やはりそこにはウィルメンテ公爵本人が駐留していた。

 彼自らアイザックを出迎えに出てくる。


「お待ちしておりました」

「出迎えありがとうございます。想定していたより侵攻が早かったですね」

「ああ、それですか……」


 ウィルメンテ公爵は何とも言えない複雑な表情を見せる。


「エルフに頼んでウォリック公の真似をしたのです」

「ああ、あの強行軍ですか……。ならば納得ですね」


(ウォリック公より常識的な大人だと思っていたけど、かなり無茶をするタイプだったんだな)


 ――疲れても魔法で体力を回復させて、また歩かせる。


 体は元気なのに、心は疲弊するという状態は兵士の心に負担をかける。

 そんな地獄の行軍をやったというのだ。

 計画よりも早く国境付近に到着していたというのも理解できる。

 ウィルメンテ公爵が複雑な表情を見せていたのは、自分ではなくウォリック公爵が考えた手法を使ったからだろう。


「国境まで到着したので、少し休ませていたところです。ファラガット共和国側から撤退するグリッドレイ公国軍を防ぐためではあったのですが……。ファラガット共和国に駐留していた彼らはどうなったのですか?」


 だからか彼は話題を変えようとする。

 アイザックは「俺の手柄だ」と自慢する者よりも、他人の考えを流用した事を恥じる彼に少しだけ好感を持った。

 しかし、それとそれ。

 ケンドラとローランドの婚約を手放しで歓迎できるほどではなかった。


「デイルという港町での戦闘で大半を降伏させましたよ。公太子アーヴァインを捕縛し、クレイヴン元帥は生死の確認はできていませんが死亡している可能性が高いでしょう」

「もう片付けていたのですか」


 ウィルメンテ公爵が少し残念そうにする。

 せっかくここまで来たというのに、戦う相手がいなくなってしまったからだ。

 そんな彼にアイザックはフォローを入れようとする。


「こちらとそちらで連絡に時間がかかるので、あらゆる状況を想定して行動するのは正しいと思います。我らが敵軍を取り逃がしていればキンブル元帥の部隊が背後から襲われていた可能性もあるのですから。全力でグリッドレイ公国軍を防ごうと行動してくださった事に感謝しています」

「そう言ってくださると気が楽になります」

「本心ですよ。誰でもこのチャンスに手柄を立てたいと思うもの。手柄を焦って任務を忘れてしまう者も出てくるかもしれないと思っていたくらいです。計画通りに自分の任務をこなし、その上で素早く結果を出してくださった事は評価に値します」

「ありがとうございます」


(割り当てられた任務を最優先でこなそうとしてよかった……)


 開戦前、ウィルメンテ公爵は傘下の貴族に「焦らず、与えられた任務をこなそう」と言っていた事が正しく評価された。

 功を焦って失敗しないように戒めるための言葉だったが、それが正解だった。

 ただ与えられた任務をこなして正当に評価されただけだったが、彼は感動する。

 その感動には「アイザックによく思われていないため、失敗したらどうなるか」という失敗を恐れる反動も含まれていたが、今の彼には無事に一仕事終えた安堵しか感じなかった。


「ところでグリッドレイ公国の中部は制圧済みなのですか?」

「国境封鎖を急いだため、今は主要街道と繋がる街を落としたのみです。東から撤退してくる敵軍がいないとわかったので、兵を休ませたあと周辺を制圧していく事になるでしょう」

「私はテルフォードに向かうつもりなので、どこか手伝いましょうか?」


 アイザックは親切心で言った。

 しかし、ウィルメンテ公爵には難しい問題である。


(私には任せられない? それとも誰かに手柄を立てさせたいのか? まさか本当についでというわけではないだろうな?)


 彼はアイザックの言葉の真意を考える。

「きっと陛下の言葉には裏がある」と無駄に深読みしてしまっていた。

 そして彼は答えを導きだす。


「いえ、陛下はそのままお進みください。我らは一年間、戦地におりませんでした。まだまだ元気が余っておりますゆえ。それにグリッドレイ公国の西端にはエルフが住む森があるそうなので、モラーヌ大臣を連れて行ってみるのもいいかもしれません」


 彼は「自分達の手で周辺も制圧する」という答えを選んだ。

 そうすれば傘下の貴族に手柄を立てさせてやれるし、アイザックにも頑張っているとアピールできる。

 戦争を仕掛けるための嘘ではあるが「アイザックはケンドラとローランドの婚約を、隙あらば破棄させようとしているという話を使った」と彼の耳に入ってきている。

 相手を信じさせるには嘘の中にも真実を紛れ込ませるものだ。

 ウィルメンテ公爵家のためにも、ここで結果を残しておきたかった。


「それではそうさせていただきましょう。まとまった軍がいなくとも、衛兵や民兵などが抵抗してくるかもしれません。ローランドもまだまだ子供なので、危険な真似はしないでください」

「お心遣い痛み入ります」


(私が戦死した時のウィルメンテ公爵家の心配をしている? それでは先ほどの提案は本当に手伝おうとしていただけか? いや、あの陛下だ。そう思わせておいて裏があるかもしれないが、裏があると思わせてないパターンかも……。だが努力を評価してくれているというのは本当だろう)


 裏のない提案だったが、裏がなければないほどウィルメンテ公爵は混乱させられてしまう。

 ただ、これまでのアイザックの行動から、与えられた仕事を真摯にこなしていれば評価は上がるという事だけはわかっていた。


 ――結果を残した者にはちゃんと報いる。


 幼少の頃より周囲に恐怖を覚えさせていたアイザックであったが、それだけはしっかりとしていたため、強い恐怖心を持っているウィルメンテ公爵もその事に関しては信用していた。

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