第670話 城を落とす方法
デイルは大きな港町であり、旧ファラガット共和国海軍最大の軍港でもあった。
そのため中型船以下の船も多く残っているはず。
そこでアイザックは、ノイアイゼンの軍を使う事にした。
「これ以上、船を無駄にしたくありません。鹵獲した船の所有権を半々でいかがでしょうか? もちろん、港の使用料金も長期的に友好価格で契約するとお約束致します」
――港の使用権。
これは大きい。
ノイアイゼン南部からしばらく南に行けば海がある。
だが、そこはドラゴンの領域だ。
アイザックのおかげで街を荒らされなくなったとはいえ、ドラゴンの領域に入って港を作らせてもらえるような仲ではない。
――自分達の船で海に出る事ができる。
それは魅力的な提案だった。
「港だけではなく、造船所を建てる土地の売却。それとリード王国内で活動する事になるので、税金の優遇措置といったところでいかがでしょうか?」
とはいえ無条件で飛びついてはこない。
職人寄りのヴォルフラムではなく、商人寄りの彼はただで軍を動かしてはくれなかった。
「正式には王都に戻ってから決めますが……。五十年間は税金と港湾使用料の優遇措置。それと造船所用の土地の無償貸与でいかがですか?」
「……造船所用の土地は無償貸与ではなく、売却でお願いいたします」
「ふむ、私もまだまだ信用されていないようですね」
「陛下はともかく、五十年後はどうなっているかわかりませんから」
――五十年後に「造船所の土地を返せ」と言われ、建物ごと奪われる可能性がある。
だから彼は土地の
もちろん、土地を購入しても国の命令で収用される可能性はある。
だがその時に自分達が購入した土地か、借りている土地かどうかの差は大きい。
アイザックはともかく、ザックや彼の子供が信用できるかどうかまだわからない。
「貸したものを返してもらう」と「売ったものを取り上げる」とでは、決断するハードルの高さが違う。
だから彼は造船所を建てる場所を売ってもらいたいと考えていたのだ。
それはアイザックにも理解できる事である。
「では売却とし、造船所を不当な手段で土地収用は行わないという文言も契約書に入れましょうか。海岸付近をザッと見た感じでは、まだ良好な港湾を作れそうな土地がありました。いっその事、そこを開発してドワーフの街を作りますか? ファラガット共和国の人間と共に住むのは心理的抵抗があるでしょう?」
「魅力的な提案ではありますが、街を作るだけの移住希望者が集まるかどうか……。その件は持ち帰りとさせてください」
「もちろんですとも。こちらも各大臣と調整の上で決めたいですしね。ですが今の条件は守りましょう。同じ人間として、ドワーフの皆さんへの謝罪として受け取ってください」
「ファラガット共和国の人間の責任であって、陛下が責任を感じられる必要はございませんが……。せっかくですので謹んでお受けいたします」
アイザックとしても、ドワーフの造船所には興味がある。
当面は木造船を作ってもらうが、いずれは鉄甲船を作ってもらう事になるだろう。
そのためにもドワーフの船大工は育成しておきたいところだ。
将来への投資として悪くはないと思っていた。
「ではヴォルフラム殿、お頼み申し上げますぞ!」
「お、おう、任せておけ……。お前も頼むぞ」
ヴォルフラムは同族の解放と、ファラガット共和国の人間への報復のために送り込まれた。
交渉に自信がない彼は、アイザック相手に交渉する姿を見て仲間に頼もしさを覚えると共に少し呆気に取られていた。
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デイルには軍港を中心に三つの砦が、それぞれ援護できるように建てられていた。
その内の一つは、丘の上に立っていた。
陸側緩やかな坂、海側は切り立った崖。
誰がどう考えても多くの犠牲を払わねばならない要塞だった。
しかし、その要塞はノイアイゼンの軍が対応した。
海岸から崖下に近付き、鉱夫経験者が図面を引き、図面に従ってエルフが穴を掘る。
崖の上からはまばらに石を落とされるが、それも魔法で防がれるとわかって、すぐに止まった。
「やってくれ」
ドワーフの合図により、最後の一撃が崖下の穴に叩き込まれる。
すると轟音と共に崖が崩れ、要塞が海面へと滑り落ちていく。
「おおっ!」
周囲から驚きの声が上がる。
アイザックも「戦争中とはいえ、時代が時代なら海への不法投棄で炎上しそうなやり方だな」と関係ない事を考える余裕があった。
「どうやら種族間戦争後に建てたようだな。昔ならこんな危険な場所に要塞など建てなかった」
ヴォルフラムが豪快に笑う。
アイザックは愛想笑いで彼に合わせた。
砦の残骸を見て、アイザックはファーガスに指示を出す。
「あー……、一応生存者がいるか調べておいてやってくれ」
「いますかね?」
「さぁ?」
崖の高さは五十メートル以上はある。
そこから要塞を構成するレンガなどと共に落ちてきたのだ。
運よく海の上に落ちたとしても無事では済まないだろう。
だからこれは「人命救助しようとした」というパフォーマンスでしかない。
「あっ!? もしあの要塞の中にアーヴァインやクレイヴン元帥がいたらどうしようか」
「あっ……」
アイザックの言葉に、側近達が呆然としながら砦の残骸を見つめる。
ところどころ見える赤い色から、中にいた者達がぐちゃぐちゃになっている事がわかる。
あれでは生存者はいないだろうし、遺体の損傷も激しいだろう。
要人の生死を確認するのは難しそうだ。
「まぁ、捕虜を取って要塞司令官の名前を聞き出せばいいか。ここには千名ほど残して、次の段階へ移ろう」
アイザック達は砦の残骸を後にして丘を登る。
――先ほどまであった要塞が消え、気が付けばリード王国軍旗が立ち並んだ。
それは軍港付近だけではなく、街からもよく見えていた。
一時間もしない内に情勢が大きく変わった事を、誰もが嫌というほど思い知らされる。
「もし我が軍に一撃加えるまで降伏したくないと考えているならば考え直す事だ。こちらには怒りを覚えているエルフやドワーフがいる。この要塞があっさり崩れ落ちたのも両者が協力した結果だ。降伏するか、なすすべもなく死ぬか。我らが昼食を済ませるまでに返答するように」
アイザックは魔法を使い、町中に聞こえるようには語りかけた。
軍港近くの砦にいたアーヴァインは膝から崩れ落ちる。
「城を落とすとは言うが、物理的に落とすなどあり得ぬだろう……。そんな事、完全に想定外だ……。クレイヴン元帥、すまない。私は降伏する……」
アーヴァインは崖上の砦と共に消え去ったクレイヴン元帥に謝罪する。
「せめて一矢報いる」と覚悟を決めていたが、ただの犬死では意味がない。
彼の心は完全に折れてしまった。
「なんでこんな事になるんだ……。せめて普通に戦えさえすれば……」
――意地でも正攻法の戦い方をしない。
様々な手段で正面対決を避けるリード王国の方針に、アーヴァインは深い無力感を味わわされていた。
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「なんでこんな事をするんだ……。せめて普通に降伏してくれていれば……」
今度はアイザックが膝から崩れ落ちる番だった。
彼の目には、無数の船が沈んで使えなくなっている水路の姿が映っていた。
これは「兵士が逃げ出さないように」と、アーヴァイン達が退路を断つためにやった事だ。
しかし、それだけのために水路で船を自沈させるのは、ただの嫌がらせにしか思えなかった。
「ああ、どうすれば……」
――多くの船を失い、港も使い物にならなくなった。
アイザックは落胆する。
だが、たまたまアロイスが視界に入った事で希望が見えてきた。
「アロイスさん。確かファラガット共和国に派遣した使節団では、泳ぐ代わりに魔法を使って海底を散策していたとか?」
「ええ、私達は泳げない者ばかりだったので、魔法で体を覆う大きな空気の層を作って海底を歩いていました」
「それです!」
アイザックは、パチンと指を鳴らす。
「海に潜って、そこから魔法で船を浮き上がらせる。そして、とりあえず岸のどこかに揚げてもらい、そこからは船大工にでも解体してもらう。そうすれば水路が使えるようになるはずです。できませんか?」
「試してみないと何とも言えませんが……。人数次第ではできるかもしれません」
「おおっ、では早速試していただけませんか? この規模の港が使えないと影響が大きいですので」
「では若い者にやらせてみましょう」
「お願いします! 報酬も考えておきますので」
アイザックは「魔法の力で持ち上げればどうにかなるのではないか?」と考えた。
前世のようなサルベージ船など必要ないのであれば、沈没船の引き上げが楽になる。
深度百メートル、二百メートルとなればまた違ってくるだろうが、この辺りは沈んだ船のマストが見える程度の深さである。
生身で潜っても大丈夫だろう。
(もしかすると、サルベージで一獲千金を狙うエルフなんかも出てくるかもしれないな)
潜水服がなくとも簡単に潜れるのだ。
魔力に限度があるとはいえ、彼らには未知の領域を探検しやすいという優位性がある。
それを活かした職業を考えてみるのも面白いかもしれない。
だが今はとりあえず航路の復旧をしてもらうしかない。
この街が貿易で稼げば稼ぐほど、リード王国にとっても利益となるのだから。
「では街へ行こうか」
アイザックの号令により、一行は街へと入る。
ウェルロッド侯爵軍が先に街の中を落ち着かせていた。
だが一か所だけざわついている場所がある。
――市役所前の広場だ。
そこにはアーヴァインや彼の側近、将軍達の姿があった。
クレイヴン元帥は崖上の砦の中に居たらしく、死体が見つからないので生死不明となっていた。
彼らは民衆の前に縛られて並ばされていた。
民衆から彼らに罵声が浴びせられている。
それはアイザックの登場により、少し収まった。
「さて、この街の住民達よ。港がどのような状況になっているのかはわかっているようだな。そう、港はグリッドレイ公国軍のせいで封鎖された。勝敗は兵家の常。降伏する事は恥ではない。だが恥ずべき戦い方はある。どうせ勝てないからと、その地に住む現地住民の生活を破壊する行為だ。確かに我らも困る。だが我らはこの地を簡単に去る事はできる。困るのはここに住む者だけだ」
アイザックの演説は、デイルの住民の共感を得ていた。
住民はアーヴァイン達を強く睨みつける。
「だが安心して欲しい。私がエルフに要請し、彼らが沈没船の撤去作業に従事してくれる事になった。上手くいけば港湾が使えるようになるだろう」
「おおっ!」
民衆の間で歓喜の声が広がっていく。
港町において、港湾が使えるかどうかは死活問題だ。
水路に沈んだ沈没船を撤去してくれるというのは、この上ない朗報だった。
だがそこにアイザックは水を差す発言をする。
「しかし、ファラガット共和国は休戦協定があるにも関わらず、エルフやドワーフを奴隷化していた。その罪を自覚してもらわねばならない。自分はやっていないと思うかもしれないが、この国は選挙があるのだろう? お前達が選んだ政治家がやった事だ。間接的にお前達も犯行に手を貸していたという事になる。だというのに、エルフは恨みを持ちながらも港の復旧に手を貸してくれている。彼らに対する感謝と罪悪感を忘れるな!」
アイザックは民衆に「エルフに対する罪と感謝を忘れるな」と釘を刺した。
これからリード王国の国民となる以上、彼らとの関係は考えてもらわねばならないからだ。
港の復旧は、ちょうどいい機会だった。
次にアイザックは、アーヴァインに話しかける。
「今言った通りだ。もちろん戦略としては理解できるが、船を沈めて港を使えなくするような者は到底許し難い。グリッドレイ公王家の扱いは厳しいものになると思っておくといい」
猿ぐつわを噛まされているアーヴァインは何か言い返そうとする。
だが、すぐにうなだれてしまった。
もう反論する元気もないのだろう。
船を沈める事でアイザックに精神的ダメージを与える事には成功したが、その代償は大きなものとなってしまった。
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