第669話 嘆き
――クレイヴン元帥率いる奇襲部隊の降伏。
その知らせは、クレイヴン元帥自身によってアーヴァインに伝えられた。
「すべて見破っていただと!? ありえないだろう!」
「事実です。攻撃を仕掛けた時点で迎撃準備が整っておりました」
「我らやファラガット共和国の人間ならばともかく、本当に内陸出身のアイザックが見破ったのか?」
「そのようです。誰かから助言を受けていた様子は見受けられませんでしたので……」
「どうやったら見抜けるというのだ。私だって大型船を使い捨てにする作戦など思いつかなかったというのに……」
大型船は建造に多大な人、資金、資源、時間を必要とする。
当然、二十隻も使い捨てにするなど国王でもためらうものだ。
船を座礁させれば竜骨という船の背骨部分が破損する。
折れてしまえば、そのまま沈没となる。
最も重要な箇所であるので、二度と再利用ができなくなってしまう。
その覚悟が完全に無駄になってしまった。
「しかもドワーフ共が協力しているようでした。それも後方支援ではなく、戦争に参加するという形で。少し話す機会がありましたが、どうやら我らが占領統治を容易にするためにファラガット共和国の政治家をそのまま雇用していたせいで、我らも敵と認識されているようでした」
「それはリード王国もでは?」
リード王国もファラガット共和国の人間に統治を手伝わせている。
だからドワーフに憎まれるのはリード王国も同じはずである。
なのにグリッドレイ公国だけが責められるいわれはない。
しかし、その理由もクレイヴン元帥は聞き出していた。
「リード王国は直接奴隷として扱っていた者達は処刑したそうです。奴隷の存在を知っていた者達も罪人として捕縛し、生死に関わる過酷な仕事に従事させるとの事。我が国とは違い、処罰はちゃんとしている。その差が彼らの敵意の差となっているようです」
「現地の政治家を流用した方が楽だと考えた事が仇となったか……。だが奴らを使わねば統治はできなかった。リード王国と違って準備が整えられていなかったからな」
グリッドレイ公国がファラガット共和国を占領しようと決断したのは開戦直前だった。
それまでは戦争などする気はなかったが、モーガンの決死の脅迫によって参戦を決断した。
もちろん「東半分を無償でもらえる」という欲に負けたという面もあるが「決断させられた」と言った方が正しいかもしれない。
そのせいで準備不足のまま軍の動員が始まった。
「準備不足だったのは、リード王国のせいだ。もう少し時間を与えてくれていても――」
その時、アーヴァインは一つの可能性に気付いた。
「まさか、最初からこうするために!? 我が国を攻めるフリはフリではなく、こちらの返答次第では本当に攻め込んできていたのか? ファラガット共和国は我らのあとに攻めればいい。奴にとって重要なのはどちらを先に潰すかではなかった。両国が手を組んでリード王国に対抗できぬように分断するのが目的だったのだ!」
彼はクレイヴン元帥に視線を向ける。
「元帥の交渉失敗が開戦の原因ではなかった。奴らは適当な理由をでっち上げて戦争を仕掛けるつもりだったのだ」
「ファラガット共和国東部を無償で引き渡したのは、ドワーフを戦争に巻き込むのと、本国から主力を引き離すためというわけですか」
「そうだと思う。やはりウェルロッド公が我が国を脅してきた時に戦うべきだったのだ!」
アーヴァインはテーブルに力を籠めた拳を叩きつける。
だが、その拳からすぐに力が抜けていく。
「いや、あの時戦っていてもファラガット共和国は我々を助けに来なかった。リード王国に物資を売って金を稼ごうと考えていただろう。結局、両国が手を取ってリード王国に対抗するなどありえなかった。国が亡びる順番が変わっていただけかもしれない」
彼は力なく椅子にもたれかかる。
「あの男に狙われた時点で終わりだったのだろう。なぜ奴らは我々を狙ったのか……」
「エルフとドワーフの解放。それとロックウェル公の恨みを晴らす。あとは貿易港を欲しがったとかでしょうか」
「そうだな。種族間戦争を未然に防ぐためのエルフとドワーフの解放という大義名分があり、その副産物として二カ国を占領できる。あちらにとっては良い事尽くめの最善の選択というわけだ」
「こちらにとっては最悪ですが。……いかがなさいますか?」
クレイヴン元帥の問いかけは「降伏するかどうか」という意味である。
アーヴァインは悩んだ表情を見せる。
「聞き返すが……、元帥はどうする?」
クレイヴン元帥も悩んでいた。
しかし、意を決して口を開く。
「殿下が選ばなかった道を選びます。兵をまとめる者は必要です。アイザック陛下が私を送り込んだのも、そのためでしょう。ですが殿下が望まれるのであれば最後までお供致しましょう」
――選択肢は自害、逃亡、降伏、徹底抗戦の四つ。
もしアーヴァインが自害や逃亡を選べば、クレイヴン元帥が兵をまとめて降伏する。
降伏や徹底抗戦を選べば、クレイヴン元帥は責任を取って自害する。
だが「最後まで戦おう」と誘われれば、彼も最後まで戦うつもりだった。
クレイヴン元帥の覚悟を聞き、アーヴァインは悲しげな顔を見せる。
「傘下に加われと誘われたか?」
「いえ、そのような話はありませんでした」
「そうか……。一国の元帥だというのに、必要とされなかったか」
もしクレイヴン元帥がアイザックに「我が国で働かないか」と誘われていれば「降伏しましょう」と積極的に言ってきただろう。
しかし、そうではなかった。
正直なところ、クレイヴン元帥は実力はあっても国への忠誠心という点では疑問符が浮かぶ人物だ。
ファラガット共和国の政治家ほどではないが、派閥を作って自分に利益誘導する男である。
その彼が「元帥としての責任を果たすか自害する」と言っているのだ。
「処刑されるか、平民に落とされるか」のどちらかしか道がないのだろう。
だから「敗戦の責任を取った」という形を取って名誉を保とうとしているのかもしれない。
「クレイヴン元帥、あなたはリード王国が攻めてくる気配を察知していた。おかげでこのデイル近郊で防衛線を敷き、奇襲を仕掛ける事もできた。あなたでなければ今の状況を作れなかっただろう。アイザックは貴族出身のくせに兵を大事にし過ぎる傾向がある。ここで一戦し、一人でも多くのリード王国の兵士を道連れにしてやろうではないか」
「よろしいのですか? 殿下はテルフォードへ向けて脱出されてもよろしいかと」
「あちらも落城寸前らしい。ならばもう他国へ逃げるくらいしか道がない。だが他国へ落ち延びるくらいなら、私はグリッドレイの地で死にたい。もっとも占領したとはいえ、この街はまだまだファラガット共和国の領土という印象を拭えないがな」
アーヴァインがここまで覚悟が決まっている理由。
それは「受け入れるのは無条件降伏のみ」と、クレイヴン元帥経由で伝えられていたからだ。
許すつもりなら「王族は地方の一領主として存続を認める」と家の存続を認めるので、無条件降伏を求められるのは処刑宣告と実質的に変わらない。
だからこそ、最後まで抵抗してやろうという気になったのだ。
「ではお供致しましょう。ですが礼儀として、アイザック陛下に私はアーヴァイン殿下と共に戦うと伝えるだけ伝えておきましょう」
「付き合わせてすまないが……、よろしく頼む」
「私も負けたままでは終われませんので。奴を一度くらいは嘆かせてみせましょう」
年も違えば仲がいいというわけでもない。
しかし、同じ目的を持つ同志として、二人は固い握手を交わした。
とはいえ、アーヴァインも感情だけで動いているわけではい。
もしファラガット共和国が健在で、かの国に亡命していれば「隣国の公子だから外交カードに使えるかも?」と思われて、それなりの扱いを受けていただろう。
だが遠くの国であれば違う。
遠い異国の地に干渉するのは面倒であるし、超大国となったリード王国の不興をわざわざ買う必要もない。
客人ではなく、ただの難民として扱われる可能性も十分にあった。
だからせめて最低限の名誉を保てそうな選択を選んだのだった。
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「なんだって! 大型船が座礁している!?」
その頃、アイザックはクレイヴン元帥がどこから上陸してきたのかという報告を受けていた。
――港も漁村もない海岸に大型船が打ち上っている。
その報告はアイザックを驚かせた。
「ク、クロードさん!」
「クロード大臣」ではなく「クロードさん」と昔ながらの呼び方をしている事からも、彼の動揺が伺えるくらいだった。
「魔法で壊れた船の修理とかできますか?」
「生木ならまだ繋げますが……。船の建材のような死んだ木を繋ぐのは難しいです」
問われたクロードは悩む事なく答える。
できる者もいるだろうが、ほんの一握りいるかどうかだ。
まず無理である。
「ノオオオオ!」
「ど、どうされたのですか?」
「どうしたもこうしたも、大型船は一年とか二年という長い建造期間と、何億、何十億リードもの建造費を必要とするんです。それが二十隻も座礁してしまいました。船を手土産に降伏してくれていれば爵位と領地を安堵するくらいはしてあげたのに! もったいない!」
アイザックが膝から崩れ落ち、嘆き悲しむ。
反応に困ったクロードは、ファーガスを見る。
彼は首を振った。
「私も建造期間や費用までは存じませんが……。陛下がそうおっしゃるのならば、その通りなのかもしれません」
――なぜ大型船の建造期間や費用の事まで知っているのか?
誰もが疑問に思ったが「陛下だからな」と思うだけだった。
アーヴァインとクレイヴン元帥の気付かぬところで、彼らはアイザックに開戦以来最大級の悲しみを与えていた。
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