第668話 乾坤一擲の一撃、その結果・・・

「それでは行って参ります」

「頼んだぞ、元帥」


 クレイヴン元帥率いる七千の兵が二十隻の大型船に分かれて乗船して出航する。

 彼らはデイルから北西へ向かった。

 その船団の姿は、デイルに迫っていたリード王国軍からも確認できた。


 ――彼らは逃げ出したのか?


 それは違う。

 彼らは戦うために出航したのだ。

 船団はデイル近郊が水平線の彼方へ消えたところで北上する。

 そこからさらに東へ向かい、南下する。

 いずれも陸地から見えないように距離には細心の注意を払っていた。

 そうするのには理由がある。


 ――リード王国軍の背後に回り込むためだ。


(奴らは内陸の事しか知らない。海は広大だという事を思い知らせてやる)


 リード王国軍は西や北に広がる森や丘陵などから周り込まれないように警戒はしているだろう。

 だが海の方角は警戒が甘いはずだ。


 ――なぜなら彼らは海への理解が薄いから。


 船は馬車よりも速く、大量に物を運ぶことができる。

 その速度を内陸出身者が計算するのは難しいはずだ。


 ――彼らが想像もしない場所から大量の兵士を送り込む。


 それでアイザックは討ち取れるという算段だった。

 リード王国軍はデイルを攻略するための布陣をしているだろう。

 安全な後方にアイザックはいるはずだ。

 その安全だと過信しているところに奇襲を仕掛けるというのが、クレイヴン元帥達の計画だった。


「間もなく目的地です」

「よし、上陸準備だ」


 彼らの目的地は、リード王国軍後方の港町ではない。

 港町には守備隊もいるだろう。

 彼らに存在を察知されてしまってはまずい。

 だから彼らは上陸地点を、デイルの南方二十キロの海岸を選んだ。

 この地域の海岸部は陸地に近いところでも水深が深い。

 大型船でも海岸に近づく事ができた。


「衝撃に備えろー!」


 船首付近にいた水兵が叫ぶ。

 クレイヴン元帥も近くのロープを掴む。

 衝撃はすぐに訪れた。

 船体がきしむ音が響く。

 延々と続くかと思った衝撃だが、クレイヴン元帥達が思っているほど長くは続かなかった。


「下船せよ!」


 船の動きが止まると、クレイヴン元帥が命令を出す。

 無数の縄梯子が舷側から降ろされた。

 そうしている間にも、他の船が海岸に乗り上げていく。


(大型船を使い捨てにするなど贅沢極まりないが……、こうでもしないと一矢報いる事もできないからな。すべてを投げ打っての一撃だ。この乾坤一擲の一撃、受けてもらうぞ)


 クレイヴン元帥も縄梯子を降りていく。

 縄梯子で兵士が降りるだけではなく、ロープで吊り下げた箱も降ろされていた。

 箱には武具が入っており、海岸で開封して中身を取り出す事になっている。

 これは海水に濡らさぬためと、縄梯子で降りるのに武具を身に着けたままでは難しいからだった。


 海岸で装備を整えていると、近づいてくる若者の姿があった。

 兵士によって取り押さえられるが、すぐに解放されてクレイヴン元帥のもとへ連れてこられる。


「本陣はどこにある?」

「ここから北方五キロの地点にある小川の南側です」

「そうか、よくやった」


 若者はグリッドレイ公国の兵士だった。

 地元住民は信用できないので、あらかじめ平民に紛れ込ませていた斥候である。

 アイザック個人の姿は確認できずとも、王旗のある場所で本陣の場所は判別できる。

 彼は戦争を見物しようと遠巻きに集まる平民に紛れて偵察していたのだ。

 その情報の確度は高いだろう。


「小川の南側に布陣しているという事は、北方からの攻撃を防ぐ堀代わりにするつもりだろう。奴らの警戒は北方に向いている。我らは完全な奇襲を仕掛けられるぞ!」


 クレイヴン元帥は勝利を確信した。



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「どうしてこうなった……」


 グリッドレイ公国は完全な奇襲を仕掛けたはずだった。

 だというのに、リード王国軍は待ち構えていたかのように迎撃してきたのだ。

 こうなるとグリッドレイ公国軍が圧倒的に不利である。

 船を座礁させて、縄梯子で上陸するのだ。

 持ち出せる装備は限定される。

 馬を持ち込めなかったので、クレイヴン元帥も自分の足で歩いていたくらいだ。


 だが準備万端のリード王国軍は違う。

 騎兵だけではなく、堅い、強い、遅いの三拍子揃った重装歩兵もいる。

 軽装歩兵や弓兵ばかりのグリッドレイ公国軍では突破が難しい。

 予定では彼らが隊列を整える前に本陣を混乱させているはずだったが、準備を整えて待ち構えられるとどうしようもない。

 奇襲は完全に失敗した。


「どこか突破できそうな場所はあるか?」

「……厳しそうです。どこかで突破できそうな場所ができても、すぐに近衛騎士団によって潰されてしまっています」

「騎兵の有無の差は埋められないか……」


 どうせリード王国に接収されるくらいなら使い捨てにしてもいいだろうと思って取った作戦だった。

 大型船を使い捨てにする作戦など、こんな状況でもなければ思いつかなかっただろう。

 それだけに、この作戦はリード王国側には見抜かれる事はないと思っていた。

 クレイヴン元帥は認めたくなかったが、会心の出来だと思った作戦が失敗に終わりつつあると認めるしかなかった。


「北西より敵軍! あれは……、ドワーフ共だ!」


 ――援軍の到着。


 それにはクレイヴン元帥も、作戦の失敗を確信させられる報告だった。


(奇襲でアイザックだけは潰す予定だったのに、援軍が来てはもう無理か……)


 クレイヴン元帥は、これからどうするかを考える。


 ――責任を取って自害する。

 ――剣を取って一人でも多く道連れにする。

 ――降伏する。


 一番楽なのは自害だろう。

 しかし、兵士をここまで連れてきたのだ。

 自分だけ死ねば無責任のそしりは免れない。


 兵士と共に戦って戦死すれば名誉は保てるだろう。

 だがそれよりもどうしても気になる事があり、クレイヴン元帥の心は降伏に傾いていた。


(なぜ私達が奇襲を仕掛けてくるとわかったのだ? それを知りたい……。だが降伏するのは……)


 とはいえ、簡単に降伏するとは決断できなかった。

 武人として降伏を選ぶのには抵抗があったのだ。


「閣下、命令を!」

「閣下、どうされますか?」


 周囲がクレイヴン元帥に決断を求めてくる。


「……全軍に戦闘停止命令を出せ。降伏する。リード王国軍に全力で攻撃していて、ノイアイゼンの軍に振り分ける予備兵力もない。戦果を望めるなら最後の一兵まで戦わせるが、もう無理だろう。無能な指揮官にここまで付いてきてくれた皆には本当に感謝している。だから責任は私が取ろう」

「閣下……、まだ何かできるかもしれません」

「そうです! 全員一丸となり、敵陣を突き進みましょう!」

「ダメだ。重装歩兵すらまともに突破できないのだぞ。奴ら以上に分厚い鎧に強力な武器を持っているドワーフまで相手はできん。ただ殺されるだけならば、降伏して奴らの兵站に負担をかけてやろうではないか」


 彼の側近はまだ戦意を失っていなかったが、クレイヴン元帥は胸の内で降伏すると決めていた。

 一度「降伏」と言葉にしてからは、完全にそちらへ考えが傾いていたのだ。

 命を惜しんだわけではない。

 ただ「なぜ奇襲に気づかれたのかを知りたい」という知識欲によるものだった。



 ----------



 降伏した時、リード王国軍には五百名、グリッドレイ公国軍は三千の犠牲者が出ていた。

 エルフの魔法で治療されても、それだけの戦死者が出たのだ。

 アイザックの前に連れてこられたクレイヴン元帥達に、リード王国軍の兵士達は厳しい視線を向けていた。

 針のむしろのような中、クレイヴン元帥が口を開く。


「グリッドレイ公国軍元帥、クレイヴン侯爵家当主トーマスです。降伏を受け入れていただけた事、感謝の言葉もありません」

「私は敵兵を皆殺しにするような人間ではないのだ。降伏を申し出てきた相手の手を払うつもりはない。よく誤解されるのだがね」


 ひざまずくクレイヴン元帥に、アイザックは国王らしい態度を見せながらも軽口をたたく。

 しかし、それはジョークにはなっていなかった。

「そういう風に思わせるための演技ではないか?」と警戒させるだけに終わる。

 だがそんな状況でも、クレイヴン元帥は勇気を出して口を開いた。

 どうしても聞いておかねばならなかったからだ。


「元帥である以上、私が責任を取らねばなりません。それがどのような罰であろうとも甘んじて受け入れるつもりです。ですが一つだけお聞かせ願いたい。どうして我が軍の奇襲を読んでおられたのですか? それを聞かねば死んでも死に切れません」


 ――奇襲を見破った理由。


 一人の武人として、それだけは聞いておかねばならなかった。

 グリッドレイ公国軍内でも「これは成功する!」と成功に確信を持てた作戦だ。

 それを内陸出身者で構成されるリード王国軍が見破れた理由だけは、どうしても知りたかった。


「奇襲を見破った理由か……」


 アイザックはすぐに答えなかった。

 少し悩んでいるようだ。

 それもそうだろう。

 重要な機密情報に触れる可能性もあるのだから。


「軍事機密に触れるので我らに話したくないというお気持ちもわかります。ならば私にだけお聞かせ願いたい。責任を取って処刑される前に、それだけはどうしても聞いておきたいのです」

「ふむ……」


 アイザックは考え込む。

 だが否定はしなかった。


 ――どこまで教えていいのかを考えている。


 クレイヴン元帥は、そう思って希望を持とうとしていた。


「今のグリッドレイ公国軍は詰んでいる」


 アイザックが口を開いた。

 クレイヴン元帥達は、彼の言葉に集中する。


「ならば逆転するにはどうすればいいのか? 私を打ち取り、王国軍に混乱をもたらす事くらいしか道はない。それがわかっていれば対策をするのは簡単だった。正面から近付けない以上、海を使って近寄るしかない。あなた方は我らよりも海に精通している。十隻以上の船団がデイルから出航したと聞いた時点で、王国軍に後方からの襲撃を考慮した布陣にさせていたのだ」

「海からの上陸を見抜かれていたと?」

「そうだ」


 クレイヴン元帥達は絶句する。

 相手は内陸国出身のアイザックである。

 その彼が上陸作戦を読んでいた。

 どこかから奇襲を仕掛けてくると読むのはできるだろう。

 だが、海からとまでは読めないはずだ。


 ――それを読んでいた。


「これがすべてを見通す目というわけですか……」


 クレイヴン元帥の体から力が抜ける。

 内陸出身者に海上の動きまで見抜かれてしまっては、グリッドレイ公国軍にはどうしようもない。

 アイザックの慧眼に、ただただ叩きのめされるばかりである。


 今回はアイザックも偶然に頼っていたわけではない。

 彼もちゃんと見抜いていた。


(あぶねぇー、前世で色々と本を読んでおいてよかったな)


 デイルから大型船の船団が出航したと聞いた時、アイザックは「要人が逃げたのかな?」と最初は思った。

 だが、ふとある可能性が頭に思い浮かんだ。

 それが「アンツィオ上陸作戦」と「仁川上陸作戦」である。

 敵軍後方に上陸し、第二戦線を作って後方を遮断する。

 しかし、今のグリッドレイ公国軍にリード王国軍の後方を遮断しても、占領維持し続ける余裕はないはず。

 ならば後方から奇襲を仕掛けてくる可能性が高い。

 街を占領するまでの間、念のために後方への警戒を強めていたのだった。

 それが今回はハマった。

 見事グリッドレイ公国軍の狙いを打ち破る事ができたのだ。


「クレイヴン元帥、デイルを守る司令官に降伏命令を出してもらおうか。これ以上、無駄に血を流す必要はない」

「作戦は失敗したと伝えれば、おそらくは……。ですが降伏してくださるかわかりません」

「降伏してくださる、か……。それはアーヴァイン殿下があそこにいるという事だな」

「……その通りです」

「アーヴァイン殿下が降伏してくれれば、他の地域でも無駄な抵抗を抑えられるかもしれない。そうすれば流れる血を最小限にできるだろう」


(アイザックは……いや、アイザック陛下はグリッドレイ公国を攻め落とせると確信している。彼の目には私達など入っていない。もう戦後の統治に意識を向けておられるのだろう)


 ――格が違う。


 クレイヴン元帥はアイザックに嫌というほど格の違いを思い知らされた。

 それは作戦が失敗した時よりも大きな挫折感を彼に与えていた。


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