第666話 分割統治

 ファラガット共和国東部とは違い、グリッドレイ公国本土では激しい抵抗を受けていた。

 それもそのはず、ファラガット共和国のような占領地ではないのだから。

 侵攻当初こそ奇襲効果によってスムーズに進んでいたが、自分の領地を守るために各地の領主が城に立て籠もって必死に戦っていた。


 だが抵抗が激しくなるというのはキンブル元帥も織り込み済みである。

 王国軍とロックウェル方面軍の大半は首都テルフォードへ向かっているが、ウィルメンテ公爵軍は国境から北東へ向かって進軍していた。

 これはグリッドレイ公国の首都が西部にあるため、東部からの援軍を防ぐためだ。


 ――敵軍を分断し、思った通りの行動をさせない。


 それはアイザックだけの専売特許ではない。

 戦略の基本である。

 キンブル元帥は基本に忠実な計画を立てているだけである。

 だがアイザックのような口先で騙すような下準備は行っていない。

 軍人としての正攻法による計画だった。


 今回はファラガット共和国の時のように、どこかの国と領土を分割する事もない。

 特別急ぐ理由もないので国境付近から順番に城を攻め落としていく。

 アイザックが立てた計画のような進軍速度はないが、将来的に自分達の領土となる場所を確実に制圧していった。

 だがアイザックもキンブル元帥に何も計画を与えなかったわけではない。


 ――ファラガット共和国軍の捕虜を衛兵として雇用させるという策を与えていた。


 労役で従順な態度を見せた捕虜を中心に三千名を衛兵として雇い、グリッドレイ公国の占領地で治安維持業務に就かせる。

 こうする事で両国の国民感情に反発を生ませるつもりだった。

 グリッドレイ公国の国民は「あいつらを助けてやったのに、なんでリード王国に協力して俺達を見張ってるんだ」と、ファラガット共和国国民への不満を募らせるだろう。

 だがファラガット共和国国民の方も「グリッドレイ公国の奴らは俺達を騙して国を奪い取った」と不満を持っている。


 ――最初から敵だった者よりも、味方だった相手に裏切られた方が恨みは強くなる。


 開戦前からアイザックが考えていた戦後統治をやりやすくするための一手である。

 両国民が憎み合えば、手を組んでリード王国に反旗を翻す可能性も低くなるはずだ。

 農民一揆も散発的なものなら制圧は容易だろう。

 問題が起きても対処しやすくなっているはずだった。


 こうした分割統治は前世で学んだ事だ。

 だが一つの国の内部で分割統治するのではなく、国家単位の分割統治である。

 隣人と反目しあうような事にはならないので、まだ有情な方だろう。

 ただリード王国が統治しやすいようにしているだけなのだから。


 アイザックが戦前から考えていた計画は、これで打ち止めだ。

 あとはキンブル元帥達が立てた作戦計画で進軍するだけである。

 アイザックも彼の計画に賛同していた。

 正攻法には、正攻法と言われるだけの長い歴史的な実績がある。

 小規模な戦闘ならともかく、大規模な戦闘で奇策ばかりは使ってはいられないという事をアイザックも理解していた。

 だからグリッドレイ公国との戦争での主な作戦の立案はキンブル元帥に任せていたのだった。


 開戦から二ヵ月。

 キンブル元帥率いる王国軍はテルフォードまで十キロの場所まで来ていた。

 国境から首都までの距離が遠くない事が災いし、懸命な抵抗むなしく長い時間は稼げなかった。


「とうとうここまで来たか」


 キンブル元帥が感慨深げに呟く。


「奇襲ではありましたが、それも最初だけ。これまでの戦果は閣下のお力によるものです」


 彼の側近が「アイザック陛下の力だけではなく、キンブル元帥のおかげだ」と答える。

 キンブル元帥は苦笑いを浮かべた。


「いや、主力をファラガット共和国東部に引き付けてくれていた陛下のおかげだ。こちらには徴兵されたばかりの雑兵のみ。これで苦戦するほうが難しいだろう」

「それでも武器と殺意を持った相手と戦うのは危険です」

「それはそうだがな」


 キンブル元帥は、エルフ達がいる方向を見た。


「彼らがいるので死にさえしなければいい。実際、負傷者は出ても死者は少ない。彼らの従軍も陛下のおかげだ。エルフがいなければ、これまでは死んでいたような傷も問題にならなくなった。おかげで即死さえ避ければ良くなったので雑兵相手なら正規兵も簡単には殺されなくなっている。……擲弾兵といい、昔とは戦争が変わったな。人を殺さずに済む戦争など誰が考える事ができただろうか」

「それをあの・・アイザック陛下がお考えになられたのですから本当に不思議ですな」


 子供の頃から血に塗れた人生を送ってきたアイザック。

 その彼が死者の少ない戦争を目指しているのだ。

 不可思議な出来事でしかない。


「おいおい、それは不敬だぞ」

「失言でございました」 


 だが指摘するキンブル元帥の表情は厳しいものではなかった。

 彼自身も「あの陛下が!?」と思った事があったからだ。

 不敬極まりないが、それが世間一般のアイザックへの認識だった。


「だが陛下も様々な経験をして変わられたのだろう。私は簡単に変わる事ができる年ではないが、陛下のお歳ならば容易だろう。……フフフッ」


 キンブル元帥は自嘲染みた笑みを浮かべる。


「いくらなんでも急速に変わり過ぎではあるがな」


 さすがに冗談でも「アイザック陛下が変わり者過ぎる」という事には触れなかった。


「新しい領土が増えるのだ。どこかに領地を貰って元帥を退くのも悪くない。次の元帥は、アイザック陛下に付いていける者がいいだろう」

「閣下はまだまだやれると思いますが」

「そうでもないさ。引き際をわきまえず見苦しい姿を晒すような真似もしたくはない。それと――」


 キンブル元帥は今日一番の笑顔を見せる。


「次の元帥がアイザック陛下に付いていこうと慌てふためくところが見てみたくもあってな」

「閣下もお人が悪いようで」


 キンブル元帥と彼の側近は笑い声をあげる。

 彼らの余裕は兵士にも伝播し、リラックスした状態で戦闘に挑む事ができた。



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 東部戦線と北部戦線には余裕があったが、唯一余裕がない場所もあった。

 それが東部戦線の南部を任されているファーティル公爵軍だった。


「閣下、海賊をなんとかしてください!」

「あいつらのせいで商売あがったりです!」


 軍司令官のマクシミリアンは、商人の陳情に頭を悩ませていた。

 ファラガット共和国海軍は大幅に弱体化している。

 それでも商船を狙うのには十分だった。

 ただの商船が戦艦には敵うはずもなく、拿捕されたり、積み荷を奪われたりする事件が多発していた。

 当然、商人は支配者に「なんとかしろ」と詰め寄る。

 その相手は、ファラガット共和国南部を任されていたマクシミリアンとなっていた。


「わかっている。その件は対処を検討中だ」

「検討だけなら誰にでもできます! 私共もリード王国への協力を検討・・してもよろしいのですよ!」

「なにっ!」


 マクシミリアンは、テーブルに拳を強く叩きつける。


「貴様らは生かされている立場だという事を忘れているようだな! 要望を無視せず聞き入れてやっているというのに、なんだその言い草は! お前達の処分を再検討してもいいのだぞ?」

「それは……、申し訳ございませんでした!」


 商人達は即座に、華麗に土下座を決める。


検討・・、という言葉が含む力を理解したのなら今回は見逃してやる。だが次はないぞ」

「はっ!」

「下がれ」


 マクシミリアンは陳情に来た商人達を下がらせる。

 彼らがいなくなると部下の手前ではあるが、プフーと深い息を吐く。


「今回はなんとか乗り切ったか……。次がないのはこちらもだな」


 彼はよくわかっていた。


 ――自分達では海賊を退治する事はできないという事を。


 当然、彼も対処しようと真剣に取り組んでいた。

 しかし、その時大きな問題が起きた。


 ――ファーティル出身者は船に乗れないのだ。


 乗るだけならばできる。

 だが船酔いが酷く、まともに戦う事ができない。

 船の運用に必要な人員を借りる事はできても、戦闘要員がどうしても確保できないという問題に直面する。

 恥を忍んで従軍しているエルフに協力を頼んだが、やはり彼らも内陸で暮らしていたため長く乗船する事はできなかった。

 もちろん船酔いしない者もいたが、揺れる船上での戦闘ができる力量はない。

 一方的に殺されるだけならば、下手に兵を出さないほうがいい。

 マクシミリアンにとっても悩みどころだった。


「誰か対策案はないか?」

「…………」

「…………」

「…………」


 誰も答えられない。

 それもそのはず、みんなファーティル王国出身者ばかりだったからだ。

 舟遊びをした事はあっても、海上戦闘など完全に未経験で知識すらない者ばかり。

 海賊の対策案など出せるはずもなかった。


「リード王国軍内で海賊対策を考えられそうなお方は一人だけ思い浮かびはするのですが……」


 唯一、口を開く事ができたのはクリストファー・ソーニクロフトだった。


「奇遇だな。私もあのお方・・・・なら内陸育ちでも、何か対策案を考えだしていそうだなと思っていたところだ」


 彼らの言っている相手はアイザックの事だった。

 彼ならば今頃海賊退治の命令を出していた事だろう。

 アイザックの知らぬところで重い期待をされていた。


「陛下に泣きつくのは恥か?」

「息子から聞いた限りでは、陛下は頼られて怒るような性格ではありません。できない事を安請け合いして、周囲に迷惑をかける者を嫌う性格でしょう。ファーティル地方出身者が海での戦闘が苦手でも恥ではありません。ここは素直に助けを求めてもよろしいのではないでしょうか?」

「そうだな、そうするか。捕虜の中に水兵もいたが、協力はしてくれんだろうしな」


 マクシミリアンは、クリストファーの進言を受けてアイザックに助けを求める事にした。

 あっさりと決めたように見えるが、彼なりに悩んで出した結論だ。

 もしアイザックが娘婿でなければ、もう少し時間がかかっただろう。

 彼らは応接室から出ると、ちょうどそこへ報告の伝令がやってくる。


「閣下、敵軍が投降して参りました!」

「どこの防衛部隊だ?」

「海です。海賊行為をしていたファラガット共和国海軍が降伏してきたようです!」

「なんだと!?」

「報告書はこちらです」


 伝令が差し出した報告書は港湾の警備を行っている部隊からだった。

 どうやらフランクリン大統領が全軍に戦闘停止命令を出したらしい。

 海軍の兵士の名簿がリード王国の手に渡ったという知らせもあって、家族に手出しされるのを恐れて投降してきたらしい。


「そうか、陛下は読み切っておられたのだな」

「フランクリン大統領を殺さずにおいたのは、大統領の名で停戦命令を出させるためでしたか」

「こちらから頼むよりも先に手を打ってくださっていたとはな。これで頼まずとも問題は解決したな」

「リード王国に海軍はありません。我々が奴らの対策で頭を悩ませる事がわかっていたのでしょう」

「義父に頭を下げさせる前に問題を解決するとは。なんと出来た娘婿か」


 マクシミリアンは自分の面子のため、アイザックが先手を打ってくれたと思っていた。

 そして少しだけ「リード王国の王ではなく、ファーティル王国の王になって欲しかったな」と、独占したかった気持ちを覚えていた。


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明日10日(金)は「いいご身分だな、俺にくれよ ~転生幼少期編~」の発売日です!

今日の9日から発売しているところもあるようですので、是非とも書籍をお買い求めください!

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