第656話 アーク王国からの使者

 王国歴五百四年十二月三日。

 この日、アーク王国から送られてきた使者と大使が、リード王国の代表・・・・・・・・に面会を求めてきた。

 政治的な代表者は摂政のランドルフか、宰相のウィンザー公爵となる。

 だがアイザックのいない今、国家の代表者になるのは王太子のザックである。

 しかし彼はまだ幼いため、パメラが後見人として同席する事となった。

 結局、上記のメンバーに外務副大臣であるランカスター侯爵を加えたメンバーで話を聞く事となる。


「同盟関係を解消したいと?」

「その通りです」


 アーク王国の使者、シミオン・アーガス外務大臣は「私個人の暴走ではない」という証拠に、アーク国王からの親書を渡す。

 その中には、確かに同盟解消の申し出が書かれていた。

 この場に居合わせた者の、ほぼ全員が驚かされる。

 それが意味するところを理解していないのは、ザックだけだった。


「なぜでしょう? これまで良好な関係だったはずですが?」


 ランカスター侯爵が険しい顔をしながら問いかける。

 使者は気まずそうにして見せた。

 彼の代わりに大使が答える。


「様々な要因が重なって、とだけ申し上げましょうか」

「そのような説明で納得できるとでも?」

「していただくしかないでしょう」


 大使は不遜な態度を取った。

 これにはリード王国側の面々も怒りを覚える。


「貴様は黙っていろ!」

「も、申し訳ございませんでした」


 彼をアーガス外務大臣が一喝する。

 すると大使は身を縮こまらせる。


「失礼致しました。同盟関係は破棄するものの、友好国であり続ける事には変わりありません。彼の態度は叱責に値するものです。申し訳ありません。彼は私が責任を持って交代させるとお約束致します」


(あぁ、そういう事か。つまらない事をする)


 ――駐在大使が喧嘩を売るような態度を取り、アーガス外務大臣は友好的な態度を見せる。


 それで同盟の破棄・・・・・という大問題の印象を和らげ「自分が大臣を務める以上は、これからも友好国として付き合っていく」という印象を残すための演技なのだろう。

 この場にいる者で、ザックとランドルフ以外の者達はその演技を即座に見抜いていた。


「なぜ突然そのような事を言い出したのですかな?」


 ウィンザー公爵が口元は笑みを浮かべながらも、友好的とは言えない声色で理由を問う。

 アーガス外務大臣は心底、心を痛めていると言わんばかりの表情をしてみせた。


「陛下がジェシカ殿下の事でリード王国に不信を抱かれ、教皇庁の一件で同盟を破棄すると決意なされたようです。教皇庁は我が国に存在し、正統な教皇聖下も我が国に存在するのがあるべき姿。リード王国は教皇を僭称する者を後援しているので同盟関係は続けられないとの事でした」

「ほう、それならばなぜ今なのだ?」


 セスが教皇になるのに反対だったのならば、もっと早く新しい教皇庁を復興させる事もできたはず。

 リード王国が戦争を始めてから言い出すのは、教皇庁以外の理由があるようにしか思えない。

 アーク王国の行動は不可思議なものだった。

 それについてもアーガス外務大臣は説明をし始める。


「これまでは問題ありませんでした。ですが貴国はファラガット共和国を攻めた」

「それが問題だとでも?」

「いえ、エルフやドワーフを優先して助けている事が問題なのですよ。我が国の教義はご存知でしょうか?」

「……我が国と近い。だが優先順位を付けているという事は知っている」

「その通りです」


 ――アーク王国の教会が広めている教え。


 それは「異種族とも仲良くできるのならそれはそれでいいが、まずは同族を優先するべきだ」というものだった。

 今のリード王国で広められている教義と近いものだったが、リード王国では「みんな仲良くしよう」というもので人間優先・・・・エルフ優先・・・・・といったものではない。


 だがまずは同種族を優先・・・・・・・・・という考えも理解できなくもない。

 二百年前には大陸全土で種族間戦争があったのだ。

 人間同士で一致団結し、エルフやドワーフから身を守ろうという考えに発展する事もあるだろう。

 しかし、種族間戦争のきっかけは人間が作ったのだ。

 奴らは危険だ・・・・・・と警戒するのも一方的過ぎる。

 エルフやドワーフとの交流を再開しているリード王国の面々には、やや受け入れにくい教義ではあった。


「ファラガット共和国にチャンスを与えてやっても良かった。それが陛下や聖下のお考えです」

「エルフやドワーフに関する証拠を隠滅させる時間を与えてやればよかったという事ですかな?」

「……それをどう受け取るかはご自由にどうぞ。ですがリード王国のせいでファラガット共和国に住む人間は万単位で殺される事でしょう。たかだか数千人のために」

「それは……」


 この問題に関してはウィンザー公爵も返答に詰まる。

 エルフやドワーフが報復に出れば、多くの人命が失われるだろう。

 それは彼らの自業自得とはいえ、あまり気分の良いものではない。

 簡単には「仕方ない」とは言えない問題だった。


 ――だが、その問題に鋭く切り込む者がいた。


「人間さえ良ければ、エルフやドワーフがどうなってもいい。そういう人の事を差別主義者って言うのよ。そんな意地悪な大人になってはいけませんからね」


 ――パメラだ。


 彼女はザックに優しく言い聞かせる。

 しかし、本命はアーガス外務大臣達に向けてのものだった。


「さべつしゅぎしゃになるとどうなるんですか?」

「クロードおじさんやブリジットおばさんが魔法を見せてくれなくなるわ。だから『人間じゃないからどうなってもいい』なんて考えたらダメなのです。陛下ならばきっと『仲良くする方法を最後まで考え続けろ』とおっしゃるでしょう。だから殿下もみんなが仲良く暮らせる世の中を作るために、お勉強を頑張りましょうね」

「はい!」


 ――子供にでもわかる道理。

 ――それをあえてアーガス外務大臣達に聞かせる。


 彼女も「ただ気に入らない」とか「差別が嫌い」という理由で、そのような事をしているわけではない。

 相応の理由を持って、彼らに対して敵意を向けていた。


「パメラ……殿下、あまり公式の場でそのような発言は……」


 ウィンザー公爵が「パメラ」と呼びそうになりながらも、なんとか「殿下」を付ける。

 それだけ彼女の発言に動揺していたのだろう。

 だがパメラは笑みを見せる。


「なにか問題でも?」

「問題しかありません」

「あ、あのパメラ殿下。その辺りで……」


 ランカスター侯爵が止めようとするが、パメラは止まらなかった。


「陛下が出陣された留守を狙い、一方的に同盟の破棄を通告するなど卑劣極まりない行為ではありませんか。それだけではなく、時期的に我が軍の敗戦の報を聞いて即断されたのでは? 行き違いがあったとはいえ、これまで同盟国として付き合ってきた仲ではないですか。なぜその事を皆さん非難しないのか不思議でしかありません」


 パメラの言葉は、ウィンザー公爵達の眉をひそめさせるのには十分なものだった。


 ――彼女はアーガス外務大臣だけではなく、弱腰な自分達まで非難しているも同然だったからだ。


(今はファラガット共和国に主力が出征中。だが、だからといって慎重になり過ぎていたか)


 しかし、パメラの言葉で皆が考えを改める。

 しかも今はウォリック公爵の代わりに、ウィルメンテ公爵が軍を率いてロックウェル地方へ向かったところである。

 ウォリック公爵軍も帰還したばかりで休ませる必要がある。

 ちょうど国防に不安がある時期であったため、誰もが「軍の大半が遠く離れた東にいる以上、反感を買って西方に敵国を作るわけにはいかない」と弱腰になっていた。


 だがそれは間違いだった。

 アーク王国に攻め込まれると困る。

 だからといって弱気な態度を見せてしまえば、アーク王国側に付け込む隙を与えてしまう。

 適度に強気の態度で対応せねばならないところだった。


 ――とはいえ、軍の大半が国元を離れ、同盟国に同盟の破棄を申し込まれるような状況。


 これはランドルフだけではなく、ウィンザー公爵やランカスター侯爵のような年長者でも、このような事態を経験した事はない。

 動揺して普段通りの判断ができなくなってしまうのも無理はない状況だった。

 だからこそ、パメラの対応が際立った。


「いえ、同盟を破棄こそすれども、貴国と争うつもりはございません。同盟国でなくなれども友好国ではあり続けます。もしも我が国が背後を襲うとお考えであれば、それは間違った考えだと否定させていただきます。戦争を起こすつもりなどございません。ただ政治的、宗教的な問題で表立って同盟関係を続ける事はできなくなったという事です。これは先にお話しておくべき内容でした。申し訳ございません」


 アーガス外務大臣も、これには慌てる。

 急いで「リード王国と揉め事を起こすつもりなどない」事を説明する。


「あら、そうでしたの。てっきりアルビオン帝国と組んで攻め込んでくるのかと誤解してしまいましたわ」


 パメラはアーク王国の西にある国の名前を出した。

 アルビオン帝国は彼女もこの世界に転生から知った国だった。


 ――かつてアーク王国に攻め込み、ジュードの奇策によって侵攻を止められた国である。


 かの国はアーク王国と教義も似ており、リード王国よりかは宗教的には手を組みやすい相手だ。

 アルビオン帝国と協力して、アーク王国が攻め込んでくる可能性もある。

 パメラは、その事をさり気なく会話に出した。


「それはまったくの誤解です。アルビオン帝国とは教義を同じくしておりますが、彼らと組んでリード王国に攻め込むなどという事はありません。それだけは断言できます」

正統・・な教皇聖下の号令があっても従わないと?」

「ありえません。仮に、そう仮定の話ではありますが、リード王国と衝突するとしてもずっと先になるでしょう。戦争中の同盟国を裏切り、突然宣戦布告をするような恥知らずな真似は致しません。これまで何度も救われてきた恩義からも、そのような真似はしないでしょう」

「そうですか」


 パメラの視線には不信感が籠められていた。

 アーガス外務大臣の言葉は一切信じられないようだ。


(同盟の破棄という衝撃的な内容の割には落ち着いて受け止められていたというのに……。女が余計な口出しを)


 アーガス外務大臣はパメラの介入に不満を覚えたが、それを表情には出さなかった。

 そんな事をすれば余計に心証を損ねてしまうからだ。


「本当ですとも。これは私の職責のみならず、名誉を賭けて誓います。我が国が戦争中の貴国を攻めたりはしないと。そもそも戦争を仕掛ける準備をしていたとすれば、そちらも気付いておられるはず。そのような気配がない事はご存知なのではありませんか?」

「いや、ありませんな」

「今のところは、と言ったところですが」


 彼はウィンザー公爵やランカスター侯爵を見る。

 宰相や外務副大臣ならば、そのような気配があったのなら知っているはず。

 だが彼らは、アーク王国が戦争の準備をしているという情報を知らなかった。


「……なら私から言う事はありません」

「ご理解いただきありがとうございます」 


 ひとまずパメラが納得した事で、アーガス外務大臣は胸を撫でおろす。

 元々同盟の破棄を通告するのが目的だったので、あとは軽く確認作業を行うに留めた。

 彼らが退室したあと、ウィンザー公爵が深く息を吐いてパメラに声をかける。


「パメラ、お前も今の状況はわかっているはずだ。だというのによく強気に出られたな」


 今は王妃と宰相ではなく、孫に対する祖父の態度を見せていた。


「当然です。ザックが初めて公式の場に出席したというのに、その内容が一方的な同盟の破棄など許せません。この不名誉な出来事は、この子に一生付きまとうでしょう。あんな話を持ち込んできた相手に友好的な態度を見せられません」

「そ、そうか……」


 パメラが強気に出たのは計算もあるだろうが、我が子の名誉が傷つけられた感情によるところも大きいらしい。

 ウィンザー公爵は半ば呆れながらも、やるべき事はしっかりとやっている孫娘の姿を見て少し安心していた。



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「クソッ! サンダース子爵にしてやられた!」


 アーガス外務大臣は、王宮から帰る馬車の中で荒れていた。


「王妃殿下にではないのですか?」


 大使が対象を訂正する。

 だがアーガス外務大臣は首を横に振った。


「サンダース子爵の事を思い返してみろ。摂政という立場にありながら挨拶以外はろくに口を開かなかった」

「キョロキョロと周囲を見渡しているだけでしたね」

「そうだ。今思えば、あれは『問題が起きても俺がなんとかする』と周囲に視線を送っていたのだろう。それに一早く気付いたあの小娘が行動に出たのだ。でなければ王妃とはいえ、あそこまで大胆な行動に出られると思うか?」

「うーん……。無理ですね。王妃と言えども政治的な発言力はありません。ザック殿下の面倒を見るために同席していたようなものでしょう」

「では政治を知らぬ小娘が強気な発言ができたのは?」


 大使がハッとした表情を見せる。


「それだけの後ろ盾があったからですか」

「だろうな。『アーク王国と戦争になろうとも、自分が抑えこんでみせる』という力強い視線を送っていたのだろう」

「確かに……。サンダース子爵は、必要がないのにわざわざフォード四天王の一人、トムを一騎打ちで討ち取るような男。人畜無害に見えますが、胸の内には血に飢えた野獣を飼っている危険な男です」

「そしてそれだけの自信を持てる余力がリード王国にはあるという事でもある。闘将ランドルフには数万の兵があれば、我が国とアルビオン帝国の連合軍を相手に戦う自信があるのかもしれんな。もっとも、こちらには本当にその気がないというのに」


 アーク王国もリード王国との戦争は不可能だとよくわかっていた。

 一時的には勝利を収める事ができるだろう。

 だが本隊が戻ってくれば負ける。

 それにファラガット共和国と違い、両国の距離は近い。

 補給の負担が軽くなる分だけ、リード王国軍の行動も活発になるはずだ。


 いくらグリッドレイ公国に惨敗して数万の兵を失ったとしても、まだまだリード王国軍は大軍を保有している。

 そんな国相手に本気で戦うつもりは、アーガス外務大臣にはなかった。


「陛下には良からぬ考えをせぬように進言せねばな。アイザック陛下は不在なれど、闘将ランドルフが目を光らせていると」


 ――ランドルフ・ウェルロッド・サンダース子爵。


 彼が周囲の反応を見ていたのは確かだったが、どこまで口出ししていいか自信がなかっただけだった。

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