第653話 束の間の休息?

 ――シューティングスター城降伏。


 その報せはリード王国軍全体に伝えられた。

 これにより、ファラガット共和国西部で組織的な反抗を恐れる必要はなくなった。

 来年の春までは地盤固めに専念する事ができる。

 だがアイザックは特別な事は命令しなかった。

 開戦が決まった時点で、すでに命令を出していたからだ。


 ――年貢は三割とし、それは戦争が続いている間は続く。


 メインとなるこの政策を占領地に知らせている。

 それだけではない。


 ――貧民に優しく、資産家には厳しく処罰する。


 この方針により、資産家が反乱を企てても兵士となる貧民がいない。

 むしろ積極的に密告して報奨金を受け取ろうとする始末である。

 これは貧民が元々資産家に反感を持っていたためで、分断工作を意識するまでもなく、分断が進んでいった。

 金や権力を持つ者は、リード王国に叛意を疑われないように大人しくするしかなかった。

 アイザックが一番心配していたレジスタンスの結成は、今のところは心配いらなそうだった。


 レジスタンスの結成を心配しなくてはいけないのは、名目上援軍に訪れたグリッドレイ公国軍のほうである。

 アーヴァイン公太子が交易を認めたため、東西の情報は商人達によって交換されていた。


 ――リード王国軍の占領地では税金が安く、軍のモラルも高い。

 ――グリッドレイ公国軍の占領地では越冬のために物資の徴発が行なわれ、貴族どころか兵士まで王になったかのような横暴な振る舞いをする。


 侵略者よりも、援軍に訪れた者達のほうが民衆を苦しめているのだ。

 これではどちらが侵略者かわからない。

 特に「休戦協定違反を確認したから」と、ファラガット共和国政府を壊滅させたのは悪手だった。

 それを行ったのがリード王国なら、民衆も納得しただろう。

 だが名目上とはいえ、援軍としてやってきたグリッドレイ公国がやってはいけなかった。


 民衆にとっては――


『友達面して裏切った卑怯者』


 ――でしかない。


 最初から敵だったリード王国よりも、裏切り者のグリッドレイ公国への恨みのほうが強くなっていた。

 これに「自分達の生活がグリッドレイ公国によって悪化している」という実感も加わり、ファラガット共和国東部は不穏な空気が流れている。

 これはアイザックが狙った通りに進んでいた。


 ――グリッドレイ公国よりも、リード王国のほうがマシ。


 そう思わせられる事ができれば上出来である。

 だからこそ、わざわざ国土の東半分を割譲したのだ。


 ――誰がマシな統治者かを思い知らせるために。


 実際、西部から東部に移住する者よりも、東部から西部に移住しようとする者のほうが多い。

 ファラガット共和国の国民とグリッドレイ公国軍の関係は悪化の一途をたどる一方だった。

 こちらでも分断工作は順調に進んでいた。

 これで東部に侵攻した時、今度はリード王国軍が解放軍扱いされる事だろう。


 その時に備える事も忘れない。

 キンバリー川西岸では、北から――


 ウェルロッド公爵軍 二〇〇〇〇

 ブリストル侯爵軍   五五〇〇

 リード王国軍    一五〇〇〇(内、ウェルロッド公爵軍とファーティル地方軍からの派兵が一〇〇〇〇)

 ファーティル地方軍 二〇〇〇〇


 ――という構成になっていた。


 侵攻前から兵士が減っているのは、治安維持のために各都市に駐留させているからだ。

 キンブル元帥率いる正規軍や、ロックウェル地方軍はロックウェル地方へと後退している。

 これは名目上「後方へ下がって軍の再編成、および前線の補給の負担を減らすため」としていた。

 実際そうではあるし、それだけでもない。

 今後、彼らの存在が重要になってくるだろう。

 そのための後退である。


 またウォリック公爵軍も撤退する。

 ウォーデンの統治にはウェルロッド公爵軍から三千名を派遣し、ドワーフに引き渡すまで住民を見張る事になる。

 ウォリック公爵軍がリード王国に帰還すれば、代わりにウィルメンテ公爵軍がロックウェル地方にまで移動してくる手筈となっている。

 国を守っていたウィルメンテ公爵家にも手柄を立てさせるためだ。

 彼らの到着は春頃になるはずなので、その頃に再侵攻となるだろう。

 戦争の口実作りも着々と進めていた。



 ----------



「ここまで順調だと怖くなるね。みんな、お疲れ様」


 アイザックは友人達を呼び集めて飲み会を開いていた。

 戦争である以上は、誰かは死ぬ。

 ならば死ぬ前に会っておきたいと思ったからだ。

 余裕のある今だからこそできる事であるし、やっておきたかった事だった。

 ウェルロッド公爵家傘下の貴族がメインだったが彼らだけではなく、たまたま使者として送られてきていたルーカスや王国正規軍に配属されていた同級生も集められていた。


「いや、本当に順調すぎて怖いんですけども……」

「これだけ順調だと、つまずいた時にどうなるか……」


 彼らの話題は、自然と戦争に関するものになる。

 特に戦争計画が順調に進み過ぎて、喜ぶよりも前に怖さが先に立っていた。

 アイザックは彼らの不安を払拭しようとする。


「しっかり計画を立てて、みんながそれに従ってくれているから上手く進んでいるってだけさ。もう七合目は過ぎたから、来年春まで統治に専念すればいい」

「その来年春が怖いんだよなぁ……」


 一応、近衛騎士も警護のために室内にいるが、今は友人の集まりという事もあり、友人達はアイザックに対しても友人としての態度を取っていた。

 そのため口調を咎められる事はなかった。


「本格的な戦闘を経験したのは正規軍と北部、南部方面軍くらいで、あとは小規模な小競り合いくらいだしな」

「計画していたとはいえ、この規模の軍を動かして大規模戦闘が三か所でしか起きてないのはおかしいよ!」

「そもそも大統領が罪人として送り届けられる事態がおかしいぞ。いったいどこまで計画していたのか……」


 全員がアイザックを見る。

 その視線には「お前、ヤバすぎるだろ」という気持ちが籠っていた。

 いくら平民でも、大統領といえば一国の主だ。

 それを捕虜として送り届けさせる方法など想像もできないレベルである。

 アイザックの「侵攻計画を立てていた」という言葉から、フランクリン達の身柄の確保まで彼の仕業だと思われてしまっていた。


「フフフッ、どうだかね」


 アイザックも「あれは本当に偶然だ」と言いたいところだったが、否定しても信じてもらえないとわかっていた。

 いくらなんでもファラガット共和国政府が自主的に取るはずのない行動だったからだ。

 彼自身、今でも信じられない出来事だった。

 だから否定もせずに曖昧に笑う事にした。

 そうする事が、いつか子供達のためになると思ったからだ。

 ここでなぜ子供達の事が出てくるかというと、それは今回の出席者にも関係する事だったからである。


「どこまで計画していたのか。私もそう不思議に思う人がいるんだ」

「珍しいですね。誰の事ですか?」

「お前達だよ」


 相槌を打ったレイモンドだったが、アイザックに敵意を含む視線を向けられて、驚きの言葉すら出せずに固まってしまう。

 だが、アイザックは他の出席者達にも敵意を向けていた。


「な、なんの事ですか……」


 カイがギリギリ言葉を絞り出す。


「パメラの手紙に書かれていた。ザック達の友達として、みんなの子供が呼び出すようになったと」

「それがなにか……」


 親同士知り合いであったり友人であれば、自分の子供を上位者の遊び相手として差し出す事は珍しい事ではない。

 実際、この場にいるほとんどの者がアイザックやネイサンの友達として呼び出されていた経験があるのだ。

 その事で、なぜアイザックに敵意を向けられるのかが誰にもわからなかった。

 先ほどまでの緩く楽しい雰囲気など吹き飛んでしまっていた。


「それがなにかだと……」


 アイザックは、テーブルをバンと叩く。


「お前達、ウチの娘を狙っているんだろう!」


 ――親馬鹿発動!


 しかし、すかさずポールがどこからともなく取り出したハリセンでアイザックの頭をパーン!と叩いた。


「なにをする!」

「それはこっちのセリフだよ」


 ポールは呆れかえった声で返事をする。


「パメラ殿下やリサ殿下――まぁ、全員かな。王妃殿下全員の連名でこっちに手紙がきていたんだよ。『子供の遊び相手が決まったと聞けば、年齢を考慮せずに娘をやらんと言い出すかもしれない。その時は叩いてでも黙らせてほしい。それが陛下のためだ』って。このハリセンとかいうのもパメラ殿下から下賜されたんだ」


 どうやらアイザックの行動は妻達に見破られていたらしい。

 アイザックに友達を作ったという報告をすると共に、その対策も取っていたようだ。

 おそらくマットはアイザックに手をあげないので、近衛騎士団に所属するポールに白羽の矢が立てられたらしい。

 彼は過去最大級の貧乏くじを引き当ててしまった。


 アイザックも「パメラ達の頼みだ」と言われれば、ポールにだけ当たるわけにはいかない。

 だが納得できないのも事実だった。


「そもそも、私達の子供が殿下と釣り合うわけないじゃないですか。ただの遊び相手ですよ」


 ルーカスも「心配し過ぎだ」とフォローに回る。

 他の友人達――エルフの村へ連れて行った者達も、彼の言葉にうなずいて同意する。

 しかし、アイザックは納得しなかった。


「なにを言うんだ。幼馴染というカードは強力なんだぞ! 私だってリサやティファニーと結婚しようと思うくらいに!」


 ――幼馴染との甘酸っぱい恋。


 それは多くの若者が夢見るものだ。

 アイザックも前世では「漫画みたいに隣に住む幼馴染が毎朝起こしにきてくれないかな」と夢想していた事がある。

 ティファニーと結婚したのも「本当の事を言えなかった」というだけではなく「昔から仲が良かったんだよな」という気持ちもあったからだ。

 それだけ幼い頃からの関係というのは強い。

 ザック達のお友達となると、その立場も警戒しなくてはならなかった。


「子供達は一生、自分の手で面倒を見て育てるんだ!」


 アイザックも小鳥から学ぶ事は多かった。

 だが、それは教育方針においてのみ。

「子供を手放したくない。遠くへ行かせたくない」という気持ち自体はなくなっていなかった。


 パンッ!

 またしてもポールがアイザックにツッコミを入れる。


「正にそれがダメだから止めてくれと書かれてたよ。いや、本当にさ。子供が関わる事に関しては別人みたいになるんだな。やめてくれよ、今は友達の集まりだからまだいいけど、近衛騎士の一部隊長が国王陛下の頭を叩くのって凄く辛いんだぞ」

「叩かれるほうが辛いよ。いったい君は誰に仕えているんだ?」

「もちろん陛下です。だけど後宮内の事はパメラ殿下が仕切っているんだろう? 女房の尻に敷かれている奴の雰囲気はレイモンドでわかるんだからさ」

「なんで俺!?」


 突然、話題がレイモンドに飛び火する。


(そういえば、アビゲイルは昔からレイモンドを尻に敷いていたな……)


「私は妻を愛しているから、彼女達の考えを尊重しているだけだ。あそこまで尻に敷かれていない」

「それはそうだろうけど、程度の問題じゃないかな?」

「尻に敷かれている事を前提に話を進めるのやめてくれないか」


 ポールがレイモンドの話題を振った事で、アイザックもその流れに乗った。

 そうする事で自分が重い雰囲気にしてしまったのを払拭しようとしたのだ。

 ネタにされるレイモンドには悪いが、ただネタにして終わりにするつもりはない。

 ちゃんと報酬も用意するつもりだった。


「まぁ尻に敷かれているかどうかは些細な問題だ。それはどうでもいい」


 アイザックは更に話題を変えようとする。


「問題は、みんなの子供がザック達の友達として呼ばれる事だ」

「またそこに戻るのか?」


 カイが呆れる。

 そして他の者達もアイザックの子供への執着に呆れていた。


「これは大事な事なんだ。今は男女関係なく年の近い子供同士で遊んでいる。もう少しすれば男女で別れて遊ぶようになるかもしれない。だがもしクリスがクレアの女友達を見て『可愛い子だな』と思って初恋の相手になったりしたらどうする?」

「第二夫人とかにしてもらえると助かるけど……」

「でも父上のように『好きだから第一夫人にしたい』と言い出すかもしれないじゃないか。そうなったら混乱が起きるというのはわかるだろう?」 

「それはまぁ……」


 ――この場にいるのは子爵家や男爵家の子息ばかり。

 ――ルーカスに至っては爵位を持っていない家令の家系である。


 ルシアとメリンダの再来になるかもしれない。

 しかも王族なので、その影響範囲は広いだろう。

 アイザックのように幼馴染と結婚する可能性もあるので、考えてはおかねばならない問題だった。

 その事をみんながよく考え始める。

 誰もがそこまで考えていなかったからだ。


「だから……、友達としてできる事はしてあげるよ。みんなには陞爵できるような功績を挙げてもらう。そうすれば少しは子供達の扱いも良くできるだろう」

「それはありがたいけど……」

「どんなやり方で?」

「多少は名誉を失うかもしれないけど、比較的安全な方法さ。感謝はポールにしてくれていいよ。ポールにハリセンでツッコまれなければ、たぶん子供に関する嫉妬で行動していただろうしね」


 アイザックは、ポールの勇気を無駄にしなかった。

 自分が子供に関して暴走してしまうのは、周囲からの指摘でわかっていた。

 だがどうしても我慢できなくなってしまうのだ。

 おそらく、今の彼に強く進言できるのはパメラくらいだろう。

 他の者では気後れしてしまう。

 王都から離れている今だからこそ、今回のポールやマットのような者達の存在を無下にはできないと理解していた。


(でもこれは子供達が『あの子と結婚したい』と駄々をこねる可能性の問題。本当に誰かの子供と結婚させないといけないっていうわけじゃないからな!)


 ――だが理解はしていても納得はしていなかった。


 ポールに一歩譲って、未来の選択肢を広げる姿勢を見せるのも悪くはないと思っただけである。

 また、この場にいるのが友人達だというのも関係していた。

 もしファラガット共和国の有力商人が「我が子を殿下の遊び相手に」と申し込んできていれば、その場で処刑を命じただろう。

 友人だからこそ、ギリギリのところで踏みとどまる事ができたのだ。

 アイザックの子供への愛は重い。

 しかし彼の友情の重さも、天秤が振り切れるほど軽くはなかった。


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