第647話 神のもとへ葬り送られる者達

 ファラガット共和国軍はダールグレン要塞を背にするように布陣し、リード王国軍は広く広がり鶴翼の陣形で彼らに接近する。

 フォレット元帥も挑発されたものの、その挑発に乗って攻撃を仕掛ける事はなかった。

 リード王国軍側も、援軍を要請してそのまま待っていれば優位に立てる状況だった。

 しかし、彼らには援軍を待たず攻撃せねばならない理由があった。

 そのためキンブル元帥は攻撃を敢行する。


 だが単純な力攻めではなかった。

 エルフの協力を得られるのだ。

 彼らの力を利用した戦い方を実行する。


「放て!」


 キンブル元帥の号令のもと、各部隊に三十名ずつではあるが配備されたエルフの攻撃魔法が放たれる。

 五メートルはあるであろう火球がゆっくりと敵部隊に向かって飛んでいく。

 これには兵士達――特に最前列の兵士達が慌てふためいた。

 着弾する前に逃げようと走り出す。


「待て! 逃げるんじゃない!」


 部隊長が止めようとするが、徴兵されたばかりの雑兵が死の恐怖に耐えられるわけがない。

 最前列の兵士達が隊列を離れだす。

 いや、彼らだけではない。

 他の兵士も火球から距離を取ろうとする。


 だが密集隊形から、すぐに散開はできない。

 陣形内部の兵士達が直撃を受ける。

 魔法一発で十名前後の被害者を出し、ファラガット共和国軍からは痛みによる悲鳴と恐怖による悲鳴が、そこらかしこからあがる。


 ――寄せ集めのため、密集隊形による突撃くらいしかできる事がない。


 それが裏目に出てしまった。


「ファラガット共和国の兵士達よ! ファラガット共和国が休戦協定違反を犯した!」


 彼らにエルフが語りかける。


「しかし、それはファラガット共和国の政治家や商人がやった事。責任は彼らが負うべきだ! 畑を耕していたような者まで命を奪おうとはしない! 武器を捨てて降伏するのならばよし! だが武器を捨てない者は政治家どもの手先として攻撃する! 先ほどの攻撃で我らは人を傷つけるのをためらったりはしないとわかったはずだ! さぁ、どうする!」

「捕虜にはニ、三年の労役を課すだけだ。それもファラガット共和国西部で開墾作業に従事させるだけ。ロックウェル地方に連れ帰って鉱山奴隷などにはしない。それはアイザック陛下の名の下に約束しよう」


 エルフに合わせて、キンブル元帥も兵士達を魅力的な言葉で誘惑する。


 ――戦って死ぬか、農奴のように働くか。


 命の危険がある鉱山奴隷よりかは農奴のほうがマシである。

 そして、なすすべもなく一方的に殺されるだけのエルフとの戦闘は最悪の選択だ。

 徴兵されたばかりの兵士達は戦闘訓練どころか、兵士としての心得もできていない。

 しかし、自分だけが武器を捨てて逃げるという決断を下す勇気もない。

 周囲の仲間の反応を窺う。


「なにをしている! 隊列を組み直さんか!」


 中隊長が集合を呼びかける。

 小隊長は兵役経験のある雑兵に任されていたが、さすがに中隊長以上は正規兵が当てられていた。


「ですけど、魔法が……」

「やかましい! さっさと戻らんか!」


 口答えする兵士に、中隊長の鉄拳が飛ぶ。

 理不尽極まりない事ではあるが、戦場では命を懸けて戦わねばならないのだ。

 拳で言う事を聞かせるなど日常茶飯事である。

 そんな当たり前の光景


 ――その当たり前が問題を引き起こした。


「今頃は上官に隊列に戻れと言われている頃だろう。だがその必要はない! ファラガット共和国に正義はない! 戦えと言われても従う必要などないのだ。もし戦いを強要する上官がいたら討ち取ればいい! 指揮官クラスの身柄や首を持ってきた場合、我が軍の兵士と同様に褒美を与えよう! 正義なき戦いで諸君らが命を落とす必要はないのだぞ!」


 キンブル元帥の言葉が、ファラガット共和国軍に大きな混乱をもたらした。

 兵士を殴りつけていた仕官達が、今度は兵士の顔色を窺う番となる。

 

「あれは戦闘前によくある常套手段だ! 騙され――」


 中隊長の腹に槍が刺さる。

 それも複数本だ。


「戦争なんて知るか! 俺は家族のもとへ帰るんだ!」

「なんで政治家の尻拭いを俺たちがやらないといけないんだよ!」

「俺達を巻き込むな!」


 いきなり徴兵されたあと、ろくでもない境遇に置かれていた兵士達の不満が爆発する。

 その怒りの輪は徐々に広がっていった。



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「閣下、北と南の敵部隊で同士討ちが始まった模様です」

「なんだと……、えぇ……、それは本当か?」


 報告を受けて、この状況を作り出したキンブル元帥本人がドン引きしていた。


「開戦後に少しでも相手の矛先が鈍ってくれればいいと思っていたのだが……」

「予想以上に正規兵が少ないのかもしれません」

「中央軍は動揺を見せたものの、落ち着きを取り戻しております。もしかすると、正規兵は中央軍に集中させているのではありませんか?」

「両翼は囮として時間を稼ぎ、中央軍の一点突破に賭けているのかもしれんな」


 キンブル元帥は報告を受けて、敵軍の状況から判断する。

 ここまで相手の状態が悪いと、彼の中で抑えられていた「決戦がしたい」という欲望がムクムクと起き上がってくる。


「例の部隊、準備はできているか?」

「できております」

「よし、ならば奴らを使ってみよう」


 キンブル元帥は、エルフの力を使わずに戦おうと考えた。

 また魔法を使って、フォレット元帥に呼びかける。


「フォレット元帥、そちらの両翼は大混乱しているそうだな。どうだろう、中央で向かい合っている我らだけで決戦といこうではないか」

「エルフを集中運用しようと考えているのだろうが、そうはいかんぞ!」


 すぐに返事が戻ってきた。

 あちらもキンブル元帥の動きに注視していたのだろう。


「エルフは使わない。人間だけの戦闘だ。我らリード王国正規軍と、ファラガット共和国正規軍とで決着をつけようではないか。我らが勝てば全軍降伏せよ」

「貴様らが負けた時も全軍降伏するのだな?」

「いや、キンバリー川の西岸へ撤退しよう」

「それでは不平等だ!」

「平民に平等を説きながら不平等を押し付けてきた貴様らに非難する権利はない! 降伏と撤退の違いは、双方の力の差だと思い、受け入れよ!」


 今度はフォレット元帥から、すぐには返事がこなかった。

 彼らも色々と相談しているのだろう。


「わかった」


 しばらく待つと、了承の言葉が返ってきた。


「だがそちらのほうが数が多そうだ。同程度になるよう調整させてもらうぞ」

「……まぁよかろう」

「ではしばし待たれよ」


 ファラガット共和国軍で動きがあった。

 伝令が城へと走り、やがて城の中から騎兵を伴う部隊が姿を現した。


「あれが噂に聞く葬送騎士団か」


 騎兵の鎧は白一色に染められていた。

 この近辺を牛耳るマーロウ家は貴族の系譜を持つ商人で、彼らは貴族の私兵と同じく精鋭の騎士団を保有しているという噂をキンブル元帥も聞いていた。

 精鋭部隊が合流したところで、しょせんは烏合の衆。

 しかし、こちらも被害を受ける可能性が出てきた。

 だが、キンブル元帥には彼らの攻撃を受け止める自信があった。


 ――彼本人としては不本意な方法ではあったが。



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 ファラガット共和国軍の陣内では、ジャスティンがフォレット元帥と面会していた。


「マーロウ家の私兵に頼りたくはなかったが……。正規兵と変わらぬ力量を持つ部隊に頼らねばならなくなってしまった」

「お任せを。マーロウ伯爵家・・・は、この日のために備えてきたのです。最善を尽くす、などという言葉ではなく、結果で我らの力を証明してみせましょう」


(若造が偉そうに)


 フォレット元帥は、思った言葉を飲み込んだ。

 相手は資産家のマーロウ家の者であり、マーロウ国防大臣の嫡孫でもある。

 元帥という立場であっても、この国に仕える軍人として揉めたくはない相手だった。

 それにこれから力を借りねばならないので、あえてその態度を咎めなかった。


「それは頼もしいな。ところで憤怒連合会など、有力な傭兵団がそちらに合流しているとか? こちらは雑兵混じり――いや、ほぼ雑兵ばかりだ。本陣とはいえ、このありさまではまともに戦えん。だからマーロウ家に集まっている警備兵や傭兵団に一番槍を任せたい」

「ほう、我々に一番槍をですか。よほどお困りのご様子ですね」


 敵を最初に攻撃する一番槍は名誉な事である。

 それをマーロウ家に譲るというのだ。

 それだけフォレット元帥が自信を失っているという事なのだろう。

 本陣以外の混乱を見る限り、絶望するのも無理はないのかもしれない。


「その通り、私は困っている。軍を水増しするための雑兵など軍の展開を邪魔する足手まといでしかない。だから戦える者だけで編成されている貴軍に一番槍を頼んでいるのだ」

「なるほど、最初に勢いをつけたいというわけですね」

「そうだ」


 雑兵の扱いは困る。

 戦う気のない者が味方に存在するだけで、他の兵の士気にも悪影響を及ぼす。

 それでも「戦意がない」というだけならばまだマシだ。


 ――動かない兵士が存在するだけで軍の行動を阻害する事になる。


 現代風に言い換えるならば「電車の入り口ど真ん中で立ったまま動かない乗客」のようなものである。

 それが数十人、数百人といると陣形が乱れる。

 雑兵は、その存在自体が邪魔になってしまうのだ。


 ではなぜ雑兵を集めるかというと、兵士の数が重要だからだ。

 大軍を見せるだけで相手の足は止まり、時間を稼げる。

 それに勝ち戦の流れになれば、手柄を求めた雑兵が残虐さを発揮する。

 勢いにさえ乗れれば、雑兵でも一応は戦力になる。

 だから徴兵されたばかりの兵士でも戦場に連れて来ざるを得なかったのだ。


「……いいでしょう、国難の時です。先陣はお任せください。我らが突破口を開きましょう」

「やってくれるか! 危険な任務だが、成功すれば栄達は思いのままだ。今すぐというわけにはいかぬが、戦後の論功行賞で将軍に推薦してやろう」

「ありがとうございます。ですが私はまだまだ若輩者。地位に見合った力を付けた時に、閣下の推薦状をいただけましたならば幸いです」

「わかった。葬送騎士団には魔道中隊を預ける。上手く使ってくれ」


 ――魔道中隊。


 一部隊あたり、二百人ほどの魔法使いで編成されている。

 これは三つ存在し、その内の二つは国境付近で包囲されるか捕虜となっていた。

 最後の部隊を預かる事になり、ジャスティンは身が引き締まる思いだった。


「必ずやキンブル元帥の首をお持ちします」

「期待しているぞ」


 フォレット元帥は、ジャスティンの後ろ姿を見送る。

 そして彼は側近を近くに呼び寄せ、小声で指示を出していた。


 ジャスティンは指揮下の部隊を本陣の前へと動かした。

 これであとは突撃を命じるだけである。


「こちらの準備は整った! そちらはどうだ!」

「こちらも大丈夫だ。では行かせてもらおうか」

「いや、そうはいかん。こちらからやらせてもらう。全軍前進!」


 フォレット元帥は、キンブル元帥に準備が整ったと伝え、そのまま全軍に前進を命令した。

 その先頭を行くのは、ジャスティン配下の弓兵部隊だった。


 ――まずは弓兵による戦いののち、歩兵が突撃する。


 定石通りの戦法である。

 しかし、ジャスティンは違った。

 弓の射程までもう少しというところで、弓兵が散開して道を開けた。


「全軍、突撃だぁ!」


 ジャスティンは弓兵同士の戦闘を待つ気などなかった。

 数と質共にリード王国軍が上である事は疑う余地がない。

 だからこそ普段とは違う奇策を取る。


 ――騎兵による蹂躙から始まる突撃。


 側面は正規軍の騎兵が守ってくれる。

 雑兵の士気が下がっている今、ジャスティンは最初から勢いづける事で勝負を決めようとしていた。


 葬送騎士団のみならず、他の私兵集団も装備は整っていた。

 だが「敵兵を神のもとへ送り出す」という名目で編成された白一色の葬送騎士団は特に目立つ存在だった。

 最前列を進む彼らの姿はわかりやすく、後ろを追いかける騎士や兵士達には頼もしく見えていた。


 ――そこへ油壷のようなものが投げ込まれる。


「我らはドワーフにしか作る事のできない対魔法コーティングされた鎧を着ている。たかが油の火など通用するものか」


 葬送騎士団は馬鎧にまで対魔法コーティングを施されていた。

 これはドワーフを奴隷化していたからこそできた事だった。

 そして装備をケチらずにしっかりと備えてきたからこそ、彼らは共和国最強の部隊であると自他共に認める存在となっていた。

 だが、それは今日この時までだった。


 ――閃光と爆音。


 鉄の暴風雨が彼らに襲いかかる。


 ――それは王国正規軍内に編成された擲弾兵による攻撃だった。


 魔法に対する耐性はある。

 ドワーフ製のフルプレートなので、弓矢でも簡単には貫けない。

 しかし、そんな鎧でも弱点はあった。


 ――音と馬である。


 爆音は馬を驚かせ、転倒する馬や立ち止まる馬、転倒した馬に足を引っかけて転倒する馬、立ち止まった馬に衝突する馬が続出する。

 騎兵も予想もしなかった音に驚き、手綱を握る手が強張ってしまった。

 それが馬の制御を遅らせ、次々に騎兵と馬が積み重なっていく。

 この衝突で軽傷だった者も、後続の騎兵が勢いをつけてのしかかってくるので押しつぶされて重傷を負った。


 重量級の騎兵と馬がどんどんとのしかかるのだ。

 頑丈な鎧も重みに耐えかねて歪み、割れた鉄片が騎兵の体に突き刺さる。

 たった一度、たった一度の手榴弾の一斉投擲によって葬送騎士団は壊滅状態へと陥っていた。


 ――それも鎧や馬の重みによって。


 ジャスティンは幼い頃から聞かされていた戦争とは違った事に絶望していた。

 弓矢でも魔法でもない。

 第三の攻撃を受けたショックは大きなものだった。

 敵軍の弓矢や魔法攻撃を防ぐ訓練がまったく役に立たなかった。


(こんなの……、こんなの戦争じゃない……)



 ----------



(こんなの戦争じゃない。ただの虐殺だ)


 リード王国軍の宮廷魔術師部隊――元近衛騎士団――は、擲弾兵の横を通って前へ出る。

 彼らは葬送騎士団の背後を追いかけていた歩兵の前に移動する。

 その際、葬送騎士団の惨状を見て、一方的に全滅させられた彼らに同情していた。


「方陣を取れ! 槍衾だ!」


 歩兵部隊の指揮官は、葬送騎士団の惨状を見ても呆けたりはしなかった。

 接近してくる敵騎兵の姿を見て、すぐさま防御態勢を取る。

 五メートルほどの長槍が馬上の宮廷魔術師に向けられる。

 だが、彼らはそのまま突撃したりはせず、歩兵部隊の前方を横切るように馬首を返す。

 槍の届かぬ範囲を横切る彼らを、歩兵部隊は黙って見ているわけではなかった。


「魔道士隊、奴らに攻撃を!」


 歩兵が先行しているので、距離の遠い弓兵は攻撃できない。

 しかし、魔道士隊は歩兵部隊のすぐ背後にいたので敵を狙いやすい。

 ただ見逃す事などないので、攻撃の指示を出す。


 魔道士隊は正規軍なので命令系統があるのだが、それでも指示に従って攻撃をし始めた。

 葬送騎士団が壊滅状態に陥ったのを見て、彼らも動揺していたからだ。


 だが、彼らの魔法は宮廷魔術師の半数が防御に専念したため防がれる。

 残りの半数は、腰に下げた手榴弾の導火線に火を点けて、歩兵部隊に向かって投げ入れられる。

 今度は彼らが葬送騎士団と同じく地獄を体験する番だった。

 密集隊形を取っていたため、逃げ場もなく直撃を食らう。


 ――それは二度続けられた。


 不屈の十三人衆も憤怒連合会も、他の名だたる傭兵達も関係ない。

 鉄片は有名無名分け隔てなく、彼らに降り注いだ。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が、またしても生み出される。

 しかし、それだけではなかった。

 槍衾が綻び、防御態勢が崩壊したところに、今度は王国騎兵部隊が突撃する。


 そう、キンブル元帥は「フォレット元帥が逆転するための乾坤一擲の攻撃を仕掛けてくる」という事を見抜いていたのだ。

 まともに戦える兵士が少ないのなら、少数精鋭による一点突破という博打に出るしかない。

 本来ならば雑兵に戦わせてリード王国軍の陣形が乱れたところに突入させたいはずだ。

 しかし、ファラガット共和国軍の両翼は酷く混乱している。

 中央軍しか動けないなら、最初の一撃にすべてを賭けてくる可能性が高いと考えていた。

 だから最初に擲弾兵を使い、ファラガット共和国軍の意図を挫こうとしていた。


 その考えは当たった。

 キンブル元帥は胸を撫でおろす。


(擲弾兵を使ってみたかっただけだが……。敵騎兵の自爆という面が強いが、予想以上の結果になったな。これなら陛下にも満足していただけるだろう)


 これで失敗していれば――


「私が作り上げた擲弾兵に無駄な犠牲を出した」

「エルフの協力を得られたのなら、魔法による安全な戦い方をするべきだった」

「戦争に勝つよりも、自分の満足する戦いをしたかったのか?」


 ――と非難されていただろう。


 十分な勝算はあったとはいえ、危険な博打でもあった。

 だが彼は博打に勝った。


(しかし、擲弾兵の働きを見た者の話を聞いてはいたが、実際に見てみると『戦争が変わる』というのも大げさではないと思えるな。……エンフィールド工廠では新兵器が開発中らしい。手榴弾のように簡単な訓練を行うだけで人を殺せる武器が量産されれば、騎士は価値を失う事になるかもしれんな。そうなると武官の価値も……)


 しかし、武官としては勝負に負けた気分になっていた。



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 ダールグレン要塞から望遠鏡で戦況を見守っていたブラウンは体を震わせていた。

 瞬く間に葬送騎士団が全滅し、凄腕の傭兵団もなすすべもなく崩されていった。


「葬送騎士団が一撃で……。これがリード王国軍の力か。ジャスティン……」


 彼は息子の安否を心配する。

 とはいえ、あの状況で生存している可能性は低いだろう事はわかっていた。


「こんな事なら籠城戦に――なにっ!」


 ブラウンは信じられない光景が見えたので、そちらに望遠鏡を向ける。

 フォレット元帥が五百ほどの騎兵と共に戦線を離脱しているのが見えた。


「なんだと! あの愚か者め! 元帥のくせに負け方も知らぬのか!」


 彼の言う正しい負け方とは、敗残兵をまとめての撤退である。

 リード王国軍に降伏しないのなら、兵に命令を出して城に逃げ込ませてやらねばならない。

 だが本陣に動きがないので、様子を見る限りは撤退命令を出した形跡はない。

 フォレット元帥は入城せず、東へ馬を走らせている。

 籠城してまだ戦おうとする姿勢を見せるどころか、そのまま首都へ逃げようとしているようにしか見えなかった。


「終わりだ、この国は腐りきっている! 貴族としての誇りを持たぬ者達が人の上に立つ事など夢物語でしかなかったのだ……」


 ブラウン・マーロウ。

 彼は「自分が良ければ良し」というファラガット共和国の上層部に、かつてないほど深い絶望を覚えていた。


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