第644話 セオドアの手腕
少し時は戻り、侵攻三日目。
セオドア・ウィンザーは自分の役割を果たすために、各地に部下を派遣していた。
その中で最も重要な役割。
――それは占領地を
第二次世界大戦中の日本軍は都市と都市間を結ぶ道路の
安定した統治を目指すならば、都市部以外の住民も懐柔しなくてはならない。
そのために戦闘員以外の者達を戦場に連れてきていたのだ。
三十名で編成された部隊の一つが、小規模の村に近づいていた。
村は古ぼけた柵で囲われており、数人で体当たりすれば簡単に壊れそうな門が閉ざされていた。
明らかに武器を持ち慣れていない若者が数人待ち構えている。
彼らの背後には農具を持った男達もいた。
村人を刺激しないよう、政務官が護衛を二人だけ連れて前に出る。
「我々はリード王国軍だ。諸君と戦う気ない。村長といった村の代表者と話をさせてほしいだけだ。呼んできてはくれんか?」
相手が反応する前に、先に声をかける。
弓矢の応酬をしてからでは、お互いにわだかまりが残ってしまう。
そうなる前に対話の意思がある事を教えた。
若者達はヒソヒソと話し合う。
「わかった。待っていろ」
どうやら彼らも対話による解決を選んだらしい。
それも当然だろう。
家が十軒ほどしかない村だ。
戦える者も、そう多くないはずである。
戦闘を回避できるのならば、その選択肢を選びたいはずだ。
彼らの背後から老人が姿を現す。
「私がこの村の村長です」
「ならば話は早い。我がリード王国はファラガット共和国の休戦協定違反を確認したので、エルフやドワーフが戦争を仕掛ける前に責任者を捕える事にした」
まずはエルフやドワーフが囚われているという噂を教える。
そして実際にエルフが囚われていて、エルフやドワーフが激怒しているという話をした。
村長のみならず村人達は、この事実に驚いていた。
さらに「エルフやドワーフに殺されるかもしれない」という現状にも驚き、怯えていた。
「だが彼らと親交の深いリード王国の臣民となれば、エルフ達にも温情を求める事ができるかもしれん。大人しく従えば、これまで通りの生活ができるだろう」
一通り現状について話したところで、政務官が右手を挙げる。
すると十人の兵士が彼の横に駆け寄る。
村人は襲われると思って身構えたが、兵士が武器を持っていない事に気づいて落ち着きを取り戻す。
「今のファラガット共和国の税金は五割。だから収穫の半分を持っていかれるな?」
兵士の内、五人が一歩下がる。
突然始まった説明に、村人達は不思議そうに首をかしげる。
「そして農具などはすべて貸し出されているもの。毎月使用料を支払い、修理代なども請求される」
兵士の一人が一歩下がる。
「さらに国の通行税がない代わりに、地主が持つ土地を通行する時に通行料を支払う事になっているな? それも街単位ではなく、地主の持つ土地を通る度にだ」
また兵士の一人が一歩下がる。
十人中七人の兵士が下がっていた。
「大雑把にではあるが、これはお前達が商人ら資産家によって不当に奪われている収入だ」
実際はレンタル料や修理代、通行料などで収入の一割も持っていかれない。
だが、ファラガット共和国の権力者を悪者にするために大袈裟な表現がなされていた。
「一生懸命に働いても三割。街までの道中に大勢の地主がいるような酷いところだと二割程度しか手元に残らないそうだ。これは本当に平等か? お前達は商人どもが自分と同じ立場だと思っているのか?」
政務官の問いかけに返事はなかった。
誰もがお互いの表情を窺っている。
しかし返事をしないわけにもいかないので村長が対応する。
「それはみんなで国を守るために必要な税なので……」
「本当にそう思っているのか? 本当は政治家や商人達のほうが明確に立場が上だとわかっているから歯切れが悪いのだろう? モハナンの近くにシューティングスター城という大きな要塞が作られた事は知っているか?」
「存じています」
「国境付近の兵士はあそこに集まっているぞ。彼らが守るのは権力者だけだ。このような小さな村は守る必要はないと見捨てられたのだ」
「あっ! そういえばこの前、休みで帰ってきていたベンが突然軍に呼び出されていたぞ」
若者の一人が声をあげる。
「じゃあ、我が軍は要塞に立て籠もっているのか?」
「敵軍を防ごうともせずに?」
「俺達は見殺しか?」
すると他の者達も、そのベンという兵士の事に思い当たりがあるのかざわつき始める。
これを好機と見た政務官が畳みかける。
「だが安心してほしい。我々の敵はロックウェル地方の資源を買い叩いてきた商人どもだ。諸君ではない。アイザック陛下も平民を無駄に殺害したり、略奪したりする事を禁じられている。我々に敵対しない限り、村を襲ったりはしないと宣言する。それと――」
政務官が手をあげる。
すると後ろに下がっていた七人の兵士の内、四人が一歩前に出た。
残りの三人は一歩後ろの位置である。
先ほどとは前後の人数が逆となった。
「我が軍の占領を受け入れるのならば、戦争が続いている間の年貢は三割だ。これは戦争が続いている間は諸君を不安にさせてしまうからというアイザック陛下の温情である。戦争が終われば年貢は五割になるが、それまでは三割だ」
――戦争が続いている間は年貢が安くなる。
侵略戦争を仕掛けてきた国が言う事だとは信じがたいものである。
それだけに村人達は政務官の言葉を疑っていた。
「我が国が統治する以上は商人の専横を許しはしない。貸し出されている農具は各村のものとし、修理も商会の出張所で行う必要もない。木の持ち手部分くらいは村の器用な者が勝手に修理すればいい。また、国の許可なく地主が通行料を取る事を禁じる。戦争が終われば都市部で通行税を取るが、それ以外の場所では通行が自由になる。近くの街へも気軽に買い出しへ行けるようになるだろう」
村にとっては良い話ばかりである。
それだけに政務官の言葉に嘘臭く思えてきた。
「我々が諸君に求める事は二つ」
(やはり要求があったか!)
村人は政務官が出す条件が一体どのようなものか固唾を飲んで見守る。
「一つは我々に敵対しない事。その武装した若者達は自警団か? 村の自警団員が勝手に我が軍を襲撃しないように気をつけておいてほしい。我々もわざわざ村を滅ぼすなどしたくはないからな」
「ええ、それはもう。しっかり気をつけます」
――やったらやり返す。
そういうわかりやすい条件だったので、一つ目は素直に聞き入れる事ができた。
「もう一つは食料を売り渋らない事。税として取り立てられたもの以外は商人が買い取りにきたり、街へ売りに行くだろう? 彼らには適正な価格で買い取らせる。都市部に住む者のためにもちゃんと売ってやってほしい。この二点を守るだけでリード王国は諸君らを臣民として受け入れる。どうだ?」
どちらも寛大な要求だ。
政務官ですら「アイザック陛下も平民に甘い」と思っているくらいである。
――しかし、村人達は困った表情を見せていた。
(今の条件のどこに困る理由がある?)
政務官はいぶかしむ。
だが彼らには彼らの事情があった。
「実はもう食料の備蓄がありません。昨年、商人達が備蓄用のものをすべて強引に買い取っていったので、もう麦の早刈りでもせねば食べるものがありません。ですが早刈りをすれば収穫量や品質も落ちてしまうので、売れるものがどれだけ残るか……」
――商人達による食料の買い占め。
それについては政務官もよく知っていた。
アイザックがファラガット共和国の商人達に要求していた事だからだ。
おかげで食料は現地調達せずに済んだが、その余波で新たな問題が生まれてしまっていたようだ。
「なるほど……。それは近隣の村も同じという事か?」
「左様でございます」
「……わかった。この件は上に報告しておこう」
自分の手に余ると判断した政務官は、セオドアに報告を上げて対応を任せようと考えた。
責任者に責任ある判断を任せるべきだからだ。
「それで、大人しく我が軍の支配を受け入れるか? それとも最後まで抗うか?」
「受け入れます。略奪や焼き討ちを受けないのであれば、我々にとって税金を納める先が変わるというだけですので」
「賢明な判断だ。それでは国旗を渡すので村の入り口に掲げておくといい」
政務官が合図を出すと、兵士が二人近づいてくる。
一人は国旗、もう一人は旗用のポールを馬車から降ろして持ってきていた。
「ありがたく頂戴致します」
村長も門を開けて、村人達が国旗を受け取った。
政務官はそれを見て満足そうにうなずく。
「無駄に血を流さずに済んでなによりだ。リード王国の法に慣れるまで時間がかかるだろう。だから当面の間は殺人や暴行、窃盗などを裁く法はファラガット共和国のものを使用する。ただし詐欺など刑罰の軽重を判断しにくい罪状に関しては、大きな村に駐在している法務官のもとへ相談にいくといい。……アイザック陛下は寛大なお方だ。しかしそれは敵に回らなければの話だ。一度下って置いてすぐ裏切るような事はしないほうがいい」
あまりアイザックの事に言及はしたくはなかったが、大人しく降伏してくれたのだ。
ちょっとしたサービス精神で「おかしな考えは持つなよ」と教えてやる。
「もちろんでございます。これだけの温情を与えていただいておいて裏切るなど滅相もない」
「では今後ともよろしくな」
政務官は馬首を返して、次の村へと向かう。
それを村人は頭を下げて見送った。
「さて村の入り口に国旗を掲げておくとするか」
「村長、本当にリード王国の旗なんて掲げて大丈夫なのか? 共和国軍が王国軍を追い返した時に困らないか?」
「大丈夫だ。その時は共和国旗に変えておけばいい」
農民は商人達の食い物にされている。
だが、だからといって馬鹿というわけではない。
経済的に搾取されているからといって、身の振り方を知らないわけではなかった。
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セオドアのもとには各地から食料支援を求める報告書が無数に届いていた。
(私にどうしろと言うのだ……)
よほど強引に食料を買い集めていたのだろう。
夏の収穫まで備蓄が持たないという村ばかりだった。
冬越えの備蓄を残していたのは、商人のせめてもの温情か。
(後方支援という仕事を任されたのに、農民すら御せぬとなれば陛下に失望されるだろう。それは避けないといけない)
「ウィンザー公爵家が任された役割の確認だ」
セオドアは自分の秘書官に話しかける。
自分一人で考えていては、よからぬ事を考えてしまいそうだったからだ。
「はっ! 当家が命じられた任務は前線への円滑な輸送ができるようにする事であります。また、ファラガット共和国西部の情勢を安定させ、現地の農作物を税として取り立てられるようにする事です」
「そうなんだよなぁ……」
「その他にも、地元の名士から差し押さえた財産の管理なども含まれています」
「それも増えてるんだよなぁ……」
会社の運営は組織のナンバーツーに任せているが、経営者の財産は随時没収している。
一割は残してやってはいるが、残りの九割は奴隷にされていた者達への慰謝料として没収していた。
しかし、そのすべてが慰謝料というわけではなく、兵士の給料や食料の購入費など軍の維持費にも流用されている。
それだけではなく、いずれは貴族への褒美としても振る舞われるだろう。
だから膨大な量の財物の管理もしなくてはいけなくなっていた。
これは「見張りがちょろまかしたりしないか?」と警戒しないといけないので、地味に大きな負担である。
しかも食料庫にも見張りを立てておかねばならない。
やらねばならない仕事が増えてくると、もっと兵士が欲しくなってくる。
「……そうか!」
セオドアがパチンを指を鳴らす。
「食料は三十万トンを超えるほどあるんだ。そのうち半分も放出すれば収穫までは持つだろう。倉庫が空になれば、その倉庫に兵士を配置せずに済む。浮いた兵士は違う場所に回せるようになる」
「ですがそれは……、勝手に食料の備蓄を放出してアイザック陛下の不興をこうむる事にはなりませんか?」
秘書官は真っ先にアイザックの反応を気にした。
義父とはいえ、勝手な事をしてはセオドアの立場が悪くなるかもしれないからだ。
しかし、セオドアはそのような心配をしていなかった。
「陛下はそこまで狭量なお方ではない。時には事細かに指示を出されるが、状況に応じた行動を取って責めたりはしない。倉庫に眠らせておくくらいなら有効活用するべきだ。今は農民に貸し付けて恩を売るべきだ。それに――」
セオドアはニヤリと悪い顔を見せる。
「どうせ食料は商人どもから没収したものだ。奴らが大金をはたいて集めたものを使って、こちらは懐を痛めずに民心を掌握できるのだ。さすがにすべてを使用する事はできんが、二十万トンくらいは放出しても作戦に影響なかろう」
「備蓄といっても一定数は腐敗するでしょう。無駄に腐らせるくらいなら貸し付けてもよさそうですね」
「倉庫を放火されたり、民衆に略奪されたりする可能性を考えれば、備蓄を放出して防衛箇所を限定するのもいいと思います」
「元々アイザック陛下も三十万トンを超える食料が集められているとは思っておられなかったご様子。一部を放出するのは理にかなっているかもしれません」
セオドアの意見を聞き、側近達は彼の意見に傾き始める。
「では、まずはどの程度の食料が必要かを確認からだ。荷馬車や牛車を持つ村には自分達で取りに来させれば輸送の負担も軽くなるだろう。無駄に多い備蓄を有効活用し、西部の民心を獲得するぞ!」
「はっ!」
セオドアとしてもかなり思い切った決断であったが、失敗よりもなにもしないでアイザックに失望される事のほうを恐れた。
これは結果的に占領地内で十七万トン分の備蓄を放出する事になる。
しかし、アイザックがセオドアの行動を非難する事はなかった。
(なるほど、収穫後に返済するという条件で半年の期限で貸し付けをする。その時に返す余裕がない村には返済を免除し、更なる恩を売る……か。人間は本当に困った時に手を差し伸べられると本気で感謝するものだ。こちらは奪ったものを配るだけだから損をするのは商人だけか)
アイザックもセオドアの判断を正しいものだと思ったからだ。
短期的なら奪うだけでいいが、長期的に統治するならば恨みを買うのは最小限がいい。
食料不足で命の危険を感じている時に恩を売れるのなら売っておくべきだ。
むしろアイザックは報告を受けてから、軍の行動に支障のない範囲でならセオドアの裁量で食料の貸し付けを認める手紙を送った。
――セオドア・ウィンザー。
彼はたまたまとはいえウィンザー公爵の目に留まってアリスの婚約者に選ばれただけあり、少なくとも重要な決断を下せる男だった。
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キャラクターラフの第二弾が活動報告にて公開中です!
今回はパメラなどヒロイン多めとなっております。
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