第640話 エルフ達の激昂

 シューティングスター城はランカスター侯爵軍に任せ、アイザック達は州都モナハンへと向かった。

 国境付近をウィンザー公爵家とランカスター侯爵家に任せたのには理由がある。

 両家が文官の家系で上手く統治できそうだと思ったのもあるが、なによりも王妃を輩出した家だったというのが大きい。

 彼らを優遇すれば「王妃の実家だから」とわかっていても他の貴族の不満が溜まる。

 だから彼らを後方支援に回したのだ。


 しかしそれは手柄を立てさせないというわけではない。

 ウィンザー公爵家には一番槍の栄誉を与え、ランカスター侯爵家には難攻不落の要塞を陥落させたという実績を残させる予定である。

 ウェルロッド公爵家はアイザックの生家ではあるが、大事な役割があるので最前線を突っ走ってもらう予定だった。


 モナハンに接近すると、セオドアから使者が送られてきた。

 どうやら見つけてほしいとは少しは思うものの、できれば見つけてほしくなかったものを見つけてしまったらしい。

 その事を同行しているクロード達、エルフにも伝える。

 これからの事を考えると足が重くなるものの、騎乗しているのでアイザックの意思に反して足取りが重くなる事はなかった。

 王国軍本隊はキンブル元帥に任せて先に進ませ、アイザックは近衛騎士団など護衛部隊だけを率いて街へと向かう。


 街の住民は動揺しているようだが、暴動が起きるほどの混乱は起きていない様子である。

 まだ戦争が起きたという実感がないのかもしれない。

 それでも住民が落ち着いているというのは、アイザックにとってありがたい状況だった。


 ――食料を買い溜めしようとして食料品店近辺での暴動や、支配者層の財産の略奪。

 ――反リード王国のゲリラ活動。


 そういった騒動が起きていないほうが統治もしやすい。

 この状態をどれだけ長くキープできるかが戦争の行方を左右する事になるだろう。

 セオドアを始めとしたウィンザー公爵家の面々に期待したいところだった。


 アイザック達は州知事宅へと向かう。

 マットら少数の近衛騎士とクロード達エルフを連れて中へと入る。

 出迎えにきたセオドアの顔色が悪いが、それもそうだ。


 ――本当に奴隷扱いされていたエルフを見つけたからだ。


 これからどうなるかを考えれば、あまり居合わせたくはないのだろう。

 アイザックも嫌だ。

 しかし、この問題を放置するわけにはいかない。

 渋々ながらも対処するしかなかった。

 屋敷の玄関ホールには、猿ぐつわを噛まされて後ろ手に縛られた知事らしき男と、怯えたエルフの母子の三人が待っていた。

 エルフの姿を見つけると、コレット達女性陣が彼女に駆け寄る。


「この野郎!」


 クロード達、男のエルフは知事に殴りかかろうとする。


「待ってください!」


 勢いのまま嬲り殺しにしてしまいそうだったので、アイザックが止める。


「まずは確認をしてからです」


 アイザックは意識して落ち着いた声を出す。

 そしてゆっくりとエルフの母子に近づく。

 母親のエルフは身をすくめ、娘も親の背後に隠れる。


「あなた方はあの男や、他の者達に酷い目に遭わされてきましたか?」


 アイザックが尋ねても、怯えるばかりで返事をしない。

 コレットが彼女の肩に手を置き、優しく「正直に話して」と語りかける。

 それでも彼女はしばらく悩んでいた。

 だが勇気を出して「はい」と答えた。


「もう殺すしかない!」

「いえ、まだです」


 殺気立つエルフ達とは対照的にアイザックは落ち着いていた。

 アイザックには考えがあったからだ。

 兵士に命じて州知事の猿ぐつわを外させる。


「私は寛大な心を持っている。だからチャンスをやろう。私の言う事に正直に答えれば生き延びる事ができるかもしれない。だがお前が嘘を言ったり、答えをはぐらかそうとしたら、お前だけではなくお前の親類縁者全員を処刑する。わかったか?」

「はい」


 州知事は素直かつわかりやすい言葉で答えた。

 今にも襲いかかってきそうなエルフに睨まれた状況では、同じ人間のアイザックにすがるしかなかったからだ。


「陛下、このような者にチャンスを与える必要はありません!」

「そうよ、もう死刑でいいじゃない」


 男女関係なく「州知事に罰を与えろ」と、アイザックの考えを否定する声があがる。

 しかし、アイザックはその言葉を聞き入れるわけにはいかなかった。

 その理由をわからせるためにも、エルフの言葉に返事をせず、州知事に問いかける。


「この国ではエルフが権力者の奴隷になっているそうだな。どこの州知事や大商人といった者達がエルフを所有しているのか知っているか?」

「し、知っています! 全部で何人いるのかは存じませんが、誰が所有しているかを知っています!」

「よろしい。では覚えている限り書き記せ」


 州知事の縄がほどかれ、鉛筆と紙が渡される。

 彼は自分が助かるために必死にリストを作り出した。

 その間にアイザックは、エルフ達に説明をする。


「今ここで彼を殺せば、あなた達の鬱憤を晴らす事ができるでしょう。ですが肝心な事とはなんでしょう? あなた方の気晴らしですか? それとも奴隷にされているエルフやドワーフを救い出す事ですか?」

「……捕らえられている者を救い出す事です」


 クロードが唇を噛んで悔しそうに答える。

 自分達の短慮のせいで救えるエルフを救えなくなるところだったからだ。

 他のエルフも感情任せの行動を恥じているようだった。


「そうでしょう。だからそのためにできる事をしましょう。例えば彼らの家族を殺すよりも、生かしておくほうがいいでしょう。親類縁者皆殺しにしてしまえば、他のエルフの所有者は証拠隠滅してしまうかもしれません。エルフを殺され、土に埋められればその罪を問いづらくなります。ですから素直にエルフやドワーフを差し出せば命は助かると思わせる必要があります」


 アイザックはクロード達から州知事へ視線を移す。


「財産は没収する。だが商会――この国では会社と呼ぶのだったな。会社の所有は認める。命で罪を償うのが嫌ならば金で払うしかないだろう? だから賠償金を支払い続けてもらう。そちらが約束を守る限り、リード王国は身体的な処罰を行わないと約束しよう。どうだ?」

「寛大なご配慮を賜り感謝の言葉もございません」


(くそっ、なんで私が知事の時にこんな事に!)


 アイザックの提案は寛大なものだった。

 下手をすればファラガット共和国がエルフとドワーフによって滅ぼされてもおかしくない状況だからだ。

 しかし「歴代の州知事もやっていたのに、なぜ自分が責められねばならないのだ」という不公平感もあった。


「エルフは代々受け継がれてきたものです。歴代の州知事の名前も必要でしょうか?」


 だから歴代の州知事を売ろうとした。

 すでに本人は死んでいても、その子孫は生きている。

 彼らを進んで売る事で自分の心証を良くできるし、道連れも増やす事もできる。

 責任を被るのが自分一人ではなく、皆で分配すればいくらか軽くなるだろうという算段による行動だった。


「歴代州知事の名を書く必要はない。どうせ州庁舎の資料室にリストがあるのだろう? それよりもお前の持つ会社だが、親類縁者はリストの真偽がはっきりとするまでは捕えておくので、親族以外で会社を任せられる者へ委任状を書いておくといい。解放されたあと、会社が潰れていては困るだろう」

「はい!」


 州知事は「媚びを売って成功だった」と内心喜んだ。

 アイザックがそこまで配慮してくれるとは思わなかったからだ。

 この調子なら、大人しく従えば光明が見えてくるかもしれない。

「今はアイザックの言葉に従って行動するべき時だ」と思い込み始める。


 だがそれは間違いだった。

 アイザックも、ただ彼を許すわけではない。

 会社の経営を任せる後釜を指名させたのも、州知事を処分したあとの事を考えてのものだった。

 現地の経済が崩壊されてはリード王国が困る。

 経営者一族がいなくなっても一時的な混乱で収まるようにするには後釜が必要である。

 あとは会社を接収して国営企業にするだけだ。

 州知事の事を考えての発言ではなかった。


 しかし、肝心のエルフにその意図が伝わるかはわからない。

 後々説明しておかねばならないだろう。

 だが州知事の前で説明するわけにはいかなかった。

 アイザックはレオナールに話しかける。


「兵士達が携帯食料を食べているのを横目に、自分だけが美食に舌鼓を打つつもりはない、と言いたいところですが……。実は国王の特権で少しくらいはいいだろうと醤油や味噌を持ち込んでいます。それをお分けするので、ご婦人方に料理を作ってあげてください。懐かしい料理を味わえば落ち着く事でしょう」

「ええ、まぁ、それは……」


 レオナールはアイザックの申し出をありがたいと思いながらも州知事を睨んでいた。

 そしてアイザックの事も「どうしてこんな奴にチャンスをやるんだ」と険しい目で見ていた。

 他のエルフを助けるためだという事はわかっている。

 だがそれでも感情が許さなかった。


「おい、手伝ってくれ」


 それでもレオナールは我慢した。

「捕まっていた彼女達に美味いものを食わせてやるんだ」という使命感で怒りを抑える。

 彼に声をかけられた男達も言いたい事があるようだったが、拳を握りしめるだけだった。

 しかし、彼らの目は「あとで話がある」と強く物語っていた。


「できました!」


 エルフの男達が出て行ったあと、州知事はリストを提出する。

 その内容を見て、アイザックは激怒する。


「シューティングスター城の建設には十人以上、参加していたはずだ! なのに四人しか書かれていないではないか!」


 アイザックは、マットに向かって、首筋を指でスッと切るような仕草で「処刑しろ」と命じる。

 近衛騎士に両脇を抱えられた州知事が慌てる。


「私が知る所有者はその四名だけなのです! ですが私が知らないだけで他にもいるはずです! あとは本当に所有しているのか定かではないので、他の州知事から情報を得てください! 本当なのです! そこに書いている四名だけは確実にエルフを所有している事は確かなのです!」


 彼は必死だった。

 嘘は吐いていない。

 ただすべてを知らないだけだった。

 正直に知っている情報を伝えて処刑されるのは避けたかったので必死に説明する。


「……いいだろう、今はその言葉を信じてやる。では不確かでもいいから所有者かもしれないと噂になった者の名前と肩書きもリストにしておくように。もういい、牢へ連れていけ」


「お前の顔など見たくもない」と言わんばかりに、州知事を牢屋へ連れて行くように命じる。

 州知事はひとまずは胸を撫でおろす。

 しかし、すぐにこれからの事を不安に思い、表情を曇らせる。

 肩を落としながら部屋から去ろうとする。


 ――そんな州知事の股間を、コレットが背後から蹴り上げた。


「ひぎぃ」


 本気で蹴ったのだろう。

 州知事の股間が赤く染まる。

 両腕を持っていた騎士も哀れに思い、足の力が抜けた州知事をその場に座らせてやる。


「コレットさん、なにを……」

「これくらいはしておかないとね」


 彼女はすぐに魔法で怪我を治してやる。

 まるでそれで「チャラね」と言わんばかりに。


(なるほど、ブリジットの母親だけあるな)


 ブリジットは頭を抱え込んでの膝蹴りだった。

 最初の一撃が強烈なのは彼女の血筋なのかもしれない。

 アイザックを含むこの場に居合わせた男達は、無意識ながら少しだけ腰が引けていた。


「陛下……」


 州知事が抗議と助けを求める視線をアイザックに向けてくる。

 そんな彼にアイザックは肩をすくめてみせる。


「これまで好き勝手やってきた代償だ。それくらいは甘んじて受け入れろ」

「……かしこまりました」


 不満は残るようだが、アイザックの言葉に逆らうわけにはいかない。

 今は従うべきだと抗議の言葉を飲み込む。

 近衛騎士が「二度目はないよな?」と、屋敷を出るまでコレットのほうをチラチラと見ながら州知事を連行していった。

 州知事が屋敷を出ていくと、アイザックは深く安堵の溜息を吐く。


「ところで陛下」

「……なんでしょう?」


 コレットがアイザックに話しかけてくる。

 アイザックは悪い事をしてはいないが、エルフにとっては不愉快な話をしていた。

「治せばいいよね?」と痛恨の一撃を食らわせてこないか警戒する。


「あいつとの約束はリード王国・・・・・が約束したって事でいいのよね?」


 アイザックは驚きのあまり、ハッとした表情を見せる。


(まさか、ブリジットの母親が最初に気づくなんて!)


 どうやら彼女を侮っていたようだ。

 ブリジットの母親である、馴れ馴れしい態度から彼女の事を軽く見てしまっていた事に気づく。

 たとえブリジットの母親といえども、何百年も生きてきたのだ。

 多少なりとも知恵は回る。


「ええ、彼との約束はリード王国・・・・・がしたものです。ですが他のエルフを救うためにも時間をいただきたい」

「それはわかってるわよ。だからちゃんと怪我を治してあげたでしょ?」

「そうでした。……他にもエルフの奴隷化に関わった者達は随時捕らえていきます。当事者はもう存命ではないでしょうが、その利益を得た子孫はいるはずですし」

「個人的には実行犯でなければ罰を与えたくないけれど……。休戦協定違反だからそうはいかないでしょうね。関係者の拘束をお願いするわ。まったく、こういう話はあなたがするべきでしょう」


 コレットが「お前の仕事だろう」と、クロードの腕を軽く叩く。

 言われたクロードは、目をパチパチとさせる。

 しばし考えてわかったのか「あっ」と口を開く。


「私達はリード王国の臣民ではない。だからアイザック陛下が約束したからといって、それに従う理由もない……」

「そう、陛下はあいつを許すつもりはない。それがわかっているからレオナールも素直に料理を作りに行ったのよ。でも――」


 コレットは探るような目でアイザック見る。


「約束した事は守る。約束していない事は知った事じゃない。大分前にちょっと会っただけだけど、そんな事を言う子には見えなかったのになぁ」

「それは相手によりますよ。処罰を与えねばならない相手には、言外に含まれているであろう部分まで守る必要はないというだけです。皆さんには約束した事以外にも配慮はしているでしょう?」

「そういえばそうだったわね」


(っていう事は、友達ではなくなっても、せめて中立くらいの関係を維持していないと危ないって事ね)


 ――アイザックを敵に回せば、細かい事まで逐一契約書にしなければ安心できないという事だ。


 尚更アイザックとの関係を密接なものにする必要が出てきた。

 それはコレットだけではなく、話を聞いていた他のエルフも同じ事を考えていた。

 考えていなかったのは、この状況についていけないクロードくらいだった。

 またしてもコレットがクロードを叩く。


「いたっ! なんですか、急に」


 今度はさっきよりも強く叩いていた。


「本当、しっかりしてよ。私達の代表なんだから。さっ、行きましょうか。食堂ってどっち?」


 コレットが他のエルフに「行こう」と声をかける。

 女のエルフ達は捕えられていたエルフの親子を庇うように食堂へ歩いていった。

 残っていたクロードに、アイザックが話しかける。


「あー、ちなみにクロードさんはリード王国の種族融和大臣でモラーヌ男爵という立場がありますからね。コレットさんみたいな真似をしたらダメですよ」

「……私だけは立場に縛られるというわけですか」

「リード王国の後ろ盾を得た代償ですよ。クロードさんだけは報復行動に出る事は許されません。その事を肝に銘じておいてください」


 アイザックはクロードの背中を優しくポンと叩く。


「きっとウォーデンに向かったウォリック公もドワーフを解放してくれるはずです。まずは救出だけ考えましょう」

「かしこまりました。今の立場を自覚し、感情を抑えるようにします。ですがウォーデン攻略部隊には祖父が同行しております。村長が押さえてくれるといいのですが……」

「ああ、そちらの暴発は……。アロイスさんに期待しましょう」


 こちらは比較的大人しい者が多かったが、ウォーデン攻略部隊には血の気の多い者が集められている。

 奴隷として扱われているドワーフを発見した時、どんな事が起きるのか不安であった。

 アイザックにはウォリック公爵が上手く場を収めてくれるよう祈る事しかできなかった。

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