第637話 アイザック流要塞攻略法 前編

 モナハンとマクドノーの間に作られた要塞に対応するのは、アイザック率いる王国軍本隊とランカスター侯爵軍である。

 キンブル元帥も同行していたが、彼は攻略方法について口出しはしない。

 アイザックの作戦に任せるつもりだった。


 調べたところ、要塞はシューティングスター城と呼ばれている。

 平原にポツリと建設された星型の城壁から、流れ星のように見たところから名付けられたらしい。

 アイザックも要塞の周囲をその目で確認し「確かに流れ星のような存在だ」と思っていた。


(城の形だけじゃない。本当に流星が落下した時のような大損害が出るかもしれないぞ)


 城の周囲には主要な街道が通っており、そこを通る輸送部隊を襲われたら侵攻計画は頓挫する。


 ――この城に駐留する部隊をどうにかして無力化しなくてはならない。


 それはファラガット共和国侵攻作戦の序盤において、絶対に避けられない問題だった。

 武官達は「困るんだったら建設させるなよ……」と思わずにはいられない事でもある。


 しかし、これは無駄に敵を有利にさせたというわけではなかった。

 アイザックには戦争を何年、何十年もダラダラと続ける気はない。

 ファラガット共和国正規軍を国境付近で撃破。

 その後、防衛体制が整っておらず、迎撃可能な軍がいない空白地を一気に占領するために必要な事だったのだ。


 だが、そんな計画を立てたアイザックですら、要塞を直接見て考えを変えたくなった。

 実際に巨大な建造物を見ると「全軍を投入してでも占領しなくてもいいのか?」と不安になってくるのだ。

 歴史上、強引な城攻めで兵を消耗してきた将軍達の気持ちがわかるような気分だった。

 しかしながらアイザックの計画は、兵の消耗を最小限に抑えるもので強硬手段ではない。

 入念に準備をしてきたのだ。

 今更その場のノリで変更などできない。

 不安に駆られはしたが、計画はそのまま遂行する事にした。

 アイザックは西側にある城門の前へと向かう。


「私はリード国王アイザックだ。城主と話がしたい」


 百メートル以上離れた場所から、城壁に集まっているファラガット共和国軍兵士に呼びかける。

 城壁の上が慌ただしくなる。


「しばしお待ちを!」


 おそらく隊長クラスの者が返事を返してきた。

 いくら軍に囲まれて戦争になっている可能性が高いとはいえ、なにかの行き違いという可能性も十分にあるのだ。

 跳ね橋を上げ、城門を閉じて臨戦態勢を取っている状態でも、隣国の王の言葉を無視する事はできなかったようだ。

 今頃は城主のもとへ部下を走らせているのだろう。

 アイザック達は大人しく待つ。

 しばらくすると、また城壁の上が騒がしくなった。

 やがて人混みの中から、明らかに高そうな鎧を着た一団が現れた。


「私が今この場における最高責任者、第三師団長のハリー・スミス大将です。アイザック陛下、これはどういう事なのか説明していただきたい」


 ファラガット共和国では、軍の編成や階級が近代的なものとなっていた。

 これは国内から貴族がいなくなったため、平民の軍隊による命令系統を整えるためだった。

 とはいえ、現代のように一個師団に一万人以上いるという事はない。

 大体の場合、一個師団は五千人前後で編成されている。

 スミス大将はシューティングスター城の常駐兵千名と、第三師団の五千名。

 合わせて六千名の兵を預かっていた。


「どういう事もなにも戦争が始まった。それだけの事だ」

「本当に攻め込んできたと!? 兵士を国内に入れるのは荷物を運び出すだけという約束だったはず。それは卑怯なやり口です!」

「卑怯だと?」


 アイザックはスミス大将の言葉を鼻で笑う。


「食料の禁輸をチラつかせて鉱石を買い叩いてきたのはどこの国だ? 私は経済的な侵略に対して、軍事的侵攻による制裁を決めただけだ。だが、せめてもの情けとしてファラガット共和国軍には防衛体制を整えろと伝えてある。卑怯な振る舞いをしてきたのはファラガット共和国だ。貴様らに非難される謂れはない!」


 ロックウェル王国が周辺国に資源を買い叩かれていたのは周知の事実である。

 その事に関しては反論がしようもない。

 そしてなぜか「要塞に軍を集めて防衛体制を整えろ」という通達があったので、奇襲にも対応できる状態にはなっている。

 一応は正々堂々と戦おうとしているとも言えなくはない。

 むしろ「なぜ奇襲で軍の殲滅を狙わなかったのか?」と不思議にしか思えない状況だった。


「そこに要塞の設計士はいるか?」


 アイザックは設計士を呼ぶ。

 設計士が要塞内にいるのは前もってわかっていたので呼びかける。

 城壁の上がざわつき、鎧を着ていない文官らしき男が前に出てくる。


「こ、ここにいます。私の設計したこの城は難攻不落。この程度の軍勢では落ちませんよ!」


 設計士の名はジョンソン・コナー。

 アイザックはスミス大将よりも、彼の事を強く警戒していた。

 それは彼の経歴のせいである。


 コナーは元々画家志望であったが、絵具を買う金がなかったために、好きな絵を描くために軍の建築科に入隊する。

 そして彼は要塞のデザインコンペで防衛大臣の目に留まり、最前線の要塞の設計を任される事になった。

 しかも、その要塞で効率よく戦う方法を駐留する兵士に教えるため、臨時の要塞司令官という役職まで与えられていた。


 ――元々軍人志望ではなく、趣味に没頭するために軍に入った。

 ――あまり軍務にやる気はないが、共和国軍人としての義務感は持っているらしい。

 ――大臣に目をかけられて、臨時とはいえ三十代で最前線にある難攻不落の司令官になっている。

 ――後々、抵抗軍の指導者になりそうな雰囲気の名前。

 ――とある小説の最強クラスのキャラクターと、とある映画に出てくる人類抵抗軍のリーダーが合わさったかのような名前と経歴。


 コナーの名前と経歴、そのすべてが将来自分の邪魔をするために設定されているかのような存在にしか思えなかった。

 アイザックにとっては、ただの大将などよりも、彼のほうがずっと恐ろしい存在だった。

 だが恐れてばかりはいられない。

 彼を打ち破ってこそ、勝利を得られるのだから。


「この城は見事なものだな。特に城壁が素晴らしい。従来のように城を囲うだけではなく、弓の射線を考えた作りになっている」

「おわかりですか!?」

「一目でわかったとも。従来の城壁であれば、張り付かれれば胸壁から身を乗り出して弓を放つか、石を落とすといった方法で対処しなくてはならないが、それでは身を乗り出した兵士が負傷する。だが星型の城壁であれば、胸壁の狭間に身を隠したまま向かい側の兵士を攻撃する事ができる。安全かつしっかりと狙いを定められるので、攻める側は大きな損害を出す事になるだろう。人を殺す事に特化した恐ろしい城だ」


 コナーは体を震わせていた。

 シューティングスター城は、長年設計に携わってきた自分の集大成である。

 スミス大将ですら最初は「デザイン優先の城か……」と眉をひそめていた。

 だというのにアイザックは一目見て、この城がデザイン優先ではなく、いかにして効率よく人を殺す城なのかを見抜いてしまった。

 彼は自分が設計した城が評価されて喜ぶよりも、一目で見抜かれた事に恐れを抱いたから体を震わせていたのだ。


(あれがすべてを見抜く目と言われているお方か。でも、この城は簡単には落ちない!)


「そうです。この城は味方の被害を最小限に、敵の被害を最大限にという事を主眼に置いています。例え十万の軍で攻められようとも、五万は失う覚悟をしていただきたい」


 コナーの体は恐れで震えてはいる。

 しかし、いくらアイザックでも城の落とし方まではわからないはずだ。

 自分のすべてを注ぎこんだ城だからこそ、アイザックを恐れはしても「逃げだしたい」とまでは思わなかった。


「その通り、よく言った! しかもここには第三師団が駐留している! 損害が五万で済むとは思われぬ事だ! 今すぐにリード王国へ戻られるのなら見逃しましょう!」


 スミス大将も、コナーの言葉に乗る。

 戦う前から相手に呑まれていてはいけない。

 特に多くの兵士が見ている。

 なので、心の中で「本当に戦争になるのか? 相手から攻めてきたとはいえ、反撃して損害を与えたら交渉による停戦に影響を与えてしまわないのか?」と心配だったとしても、強気の態度を見せねばならないところだった。

 意地でも強気なところを見せる。


「将軍の士気は高いようだな。だが兵士諸君、彼は政治家に近いからやる気があるだけだ」


 それはアイザックも前もって予想していた事だった。

 だから兵士の士気を下げようとする。


「今回の戦争は政治家共、それも我が国に経済的侵略を行った大商人に懲罰を与えるためのものである。諸君ら平民に危害を加えるものではない。降伏した兵士は身代金を払って自由になるか、奴隷にされるかというのが一般的だが、私はそのような事をするつもりはない。降伏した兵士は三年ほど開墾などの労役に就いてもらい、そのあとは解放する」


 アイザックは両手を大きく広げた。


「見よ、この平原を! 緑豊かで耕せば立派な畑になるだろう。食料生産高が増えればロックウェル地方の民が助かるだけではなく、この地に住む人々も飢えに苦しむ事はなくなるだろう。この大地を血で染めるのではなく、豊かに実った小麦色で染め上げようではないか! 私は諸君らの降伏を歓迎する。この言葉に噓偽りのない事は私の名において誓おう」


 ――アイザックが国境付近にファラガット共和国軍を集めさせた理由。


 それは戦争計画の都合によるものだけではない。

 彼らに働かせて開墾地を広げ、そこに農民を移住させようと考えていたからでもあった。

 敵兵を殺し続ければ、その家族に強い反感を持たれる。

 できるだけ殺さずに降伏させたいというのが本音だった。

 しかし、捕虜は働かずに食料を食いつぶす存在である。

 だから開墾作業に従事させる。


 今年は無理だろうが、来年以降には現地で安定した収穫を期待できる。

 そうなればファラガット人から食料をかき集めずとも、軍を維持しやすくなるだろう。

 ある意味、アイザックは敵国の兵士も貴重な資源のように考えているともいえる。

 そのため降伏を呼びかけるのは駆け引きではなく、本当の気持ちであった。


「だが立場上、一戦も交えぬまま降伏はできないだろう。今は降伏しても酷い目には遭わないという事だけ覚えておいてほしい。スミス将軍達が隠し通路から逃げだした時には、遠慮なく降伏という道を選んでほしい」

「この城には隠し通路などありません!」


 アイザックの言葉に反応したのは、スミス大将ではなくコナーだった。


「隠し通路が見つかれば、そこが城の急所となる。だから隠し通路などは作っていません。この城は司令官が兵士達と共に最後まで戦い抜くためのもの。落城する時など考えていません!」


(いや、そこは考えとけよ)

(説明されないなと思っていたが、本当に隠し通路はなかったのか? 非常時に備えて脱出口は用意しておけ)


 アイザックとスミス大将は、コナーの発言に心の中でツッコミを入れる。

 だが、どちらも言葉には出さなかった。


 ――アイザックは「隠し通路がないならないでいい」と考え、スミス大将は「これはこれで兵士の士気が上がる」と思ったからだ。


「ファラガット共和国は平民ばかりだと聞いていたが、気概のある男もいるようだな。その意気やよし! だがそれだけの気概のある者も、明日には肩を落としていると思うと残念な事だと思わざるを得ない」

「落とすのはリード王国軍兵士の命である事は明白。アイザック陛下は大人しく軍を引き上げられよ」


 スミス大将が、アイザックを追い返そうとする。

 これ以上アイザックを喋らせていては、兵士達の考えが降伏に傾きかねない。

「このまま引き下がってくれ」と願っていた。


 彼の願いは叶う。

 アイザックはこれ以上、城に呼びかけるつもりがないようだ。

 馬を反転させ、帰ろうとする。


「それではまた明日会う事にしよう。その時、降伏を選んでくれてもいいのだぞ」

「お断りですな。そちらこそ降伏する用意をお忘れなく」


 双方のやり取りは、それで終わった。

 アイザックは自陣に戻る。

 リード王国軍は城門正面、ギリギリ矢が届かないような位置に柵や櫓を立て始めていた。

 城門前の攻防戦が激しいものになると、スミス大将達は予感していた。


「閣下、今夜は新月です。夜襲を仕掛けますか?」

「いや、あちらは新月の晩に布陣する事はわかっていたはずだ。アイザック陛下は言葉の端々から『今晩中にこの城を落とす』と匂わせていた。むしろ夜襲を警戒せねばならんだろう」

「あそこまであからさまに匂わせるものでしょうか?」

「こちらの夜襲を躊躇させるためのブラフかもしれん。だがそう思わせて、伏兵を置いている可能性もある。あのフォード元帥を打ち破った相手だ。最悪の事態を避けるために防衛を強化しておこう。今夜は兵の半数を起こしておいてくれ」

「了解致しました」


 スミス大将は安全策を取る事にした。

 フォード元帥の夜襲を読んで、逆にやり返すような相手だ。

 読み合いで勝負するのは避けるべきだろう。

 籠城さえしていれば、多少の策略を使われても簡単にはやられはしない。


(もっとも、エルフを大量に投入して魔法攻撃をされたら一晩で陥落するだろうが)


 リード王国はエルフと関係が深い。

 そしてスミス大将は、ファラガット共和国内にエルフが存在する事を知っている。


 ――もしも、エルフの扱いについて知られていたら?


 きっとエルフがリード王国軍と共に攻撃してくるだろう。

 アイザックの自信の根拠を考えると、スミス大将は籠城策こそ間違いではないかと不安に駆られていた。

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