第631話 エルフとドワーフとの合流
出陣する時は鎧を着て騎乗していた。
国民にパレード気分で送り出してもらうためだ。
一応は王族用の馬車も用意してはいるが、それでは「国王陛下も戦場へ向かう」という印象を与えられない。
馬車を使うのは必要最低限にして、騎乗による移動をメインにする事にした。
アイザックが最初に向かった先はウェルロッドだった。
これはそのまま東進しても渋滞に巻き込まれるかもしれないというのと、ウェルロッドで合流しないといけない相手がいたからだ。
ウェルロッドに到着すると、先に出発していたハリファックス伯爵たちが街の外で出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。陛下、こちらがノイアイゼンから派遣された観戦武官のヴォルフラム殿です」
「お初にお目にかかります。観戦武官団の団長、ヴォルフラムと申します。陛下にお目通り叶い光栄至極に存じます」
ノイアイゼンの観戦武官とは名ばかりで、実際は千人のドワーフで構成された戦闘部隊である。
今回、アイザックがウェルロッドに立ち寄ったのも彼らと合流するためだ。
さすがに名目上は観戦武官とはいえ、他国の軍を自由に行動させるわけにはいかない。
だからアイザックが迎えにきて、彼らが安全に国内を通過できるようにする予定だった。
「人間とドワーフが轡を並べる時に立ち会えたのです。こちらこそ嬉しく思います」
アイザックとヴォルフラムが固い握手を交わす。
ほんの十年前には、共に戦うなど考えられない関係だった。
それが大きく変わった歴史的瞬間である。
この場に居合わせた者たちは、歴史の流れを自分の目で確認できた幸運を噛み締めていた。
「それでは屋敷で今後の打ち合わせをするとしましょうか」
「かしこまりました」
まずは打ち合わせをしようとする。
領民だけではなく、エルフやドワーフの見守る中、屋敷への道をヴォルフラムと並んで進む。
アイザックは街道沿いにいる人々に手を振り返していた。
屋敷に着いても使用人や、今回出陣するであろうエルフやドワーフ達が出迎えてくれた。
その時、列の後ろにいた女性のエルフと目が合った。
彼女にも手を振って視線を外す。
――だが、すぐさま彼女に視線を戻した。
「コレットさん!? なにをしているんですか!?」
――ブリジットの母、コレットがいたからだ。
アイザックが反応した事により、様子を見るために出迎えた者たちは静かになった。
アイザックと目が合ったコレットが人混みをかき分けて前に出る。
「お久しぶり」
「お久しぶりです。……でもなぜあなたがここに?」
今はエルフの労働者を確保するため、街の氷菓子屋などは戦時体制のために閉鎖している。
なので、街にいるのは出陣する者だけのはず。
「なぜ彼女がここにいるのか?」という理由はわかっている。
きっと出陣するのだろう。
だが「なぜ彼女が出陣するのか?」という事についてはわからなかった。
「そりゃあもちろん、同胞を助けるためよ。女性のエルフも掴まっているんでしょう? 彼女達を安心させてあげるために婦人会で希望者を集めてきたの」
「そ、そうだったんですか。それは助かりますが……」
(ブリジットさんの母親だけあって、マチアスさんほどではないけど軽いノリの人だったはず。戦場になんて連れて行っても大丈夫なんだろうか?)
確かに女性のケアには女性がいいだろう。
しかし、戦場へ連れて行くなら、もっとしっかりした人のほうがいいかもしれない。
その点、ヴォルフラムに不安はなかった。
精悍な顔つきで、見た感じではウォリック公爵と気が合いそうな武闘派である。
戦場へ送り込んでも問題はなさそうだった。
だがコレットは違う。
人は良さそうだが、戦場に向いてそうにない。
彼女を連れていくのに、アイザックは抵抗があった。
そんなアイザックの逡巡を感じ取ってか、コレットが動く。
「知り合いだから戦場に出ちゃダメだとか特別扱いはしないでね」
「それはしませんが……。やはり女性を連れて行っても大丈夫かという心配はしてしまいますね」
「それは大丈夫です。各部隊に派遣するのは男ばかりで、基本的に女は安全な後方勤務に就いてもらう予定ですので」
アイザックとコレットの話に、クロードの父であるレオナールが口を挟んできた。
「コレットさん。久しぶりに陛下と会ったからとはいえ、立ち話を続けるのは失礼ですよ。陛下、失礼致しました。エルフ代表として謝罪致します」
「謝罪を受け入れます。私が立ち話をしていては皆が休めませんからね。指摘に感謝します」
アイザックが休んでいないのなら、他の者達も休んだりはできない。
まずは屋敷に入って、部下に休憩を命じねばならなかった。
アイザックもその事を覚えてきたところだが、コレットの存在で失念してしまっていた。
レオナールの指摘によって落ち着く事ができた。
「各代表者は屋敷の中へ。他は指示に従って各自休憩を取るように」
アイザックは指示を出して、屋敷へ向かう。
馬を降りると愛馬を馬丁に任せ、中へ入る。
「やぁ、みんな久しぶり」
使用人達に声をかけながら会議室へと向かう。
会議室には王国軍関係者の他、ヴォルフラムとその側近、レオナール達エルフの代表者が集まる。
さすがにブリジットとは違い、コレットは会議室に紛れ込むような真似はしなかった。
「こうして一堂に会する機会ができた事を嬉しく思い、同時に悲しく思っています。ファラガット共和国が休戦協定を順守してくれていれば、このような機会はなかったでしょうから」
この頃にはモーガンからの手紙が届き、グリッドレイ公国から「ファラガット共和国にエルフがいるかもしれない」という情報を得ている事を伝えられていた。
エルフとドワーフ。
どちらも噂の域を出ないが、双方共に奴隷化されているという情報を得られた。
彼らの前で「大義名分ゲットだぜ!」と喜ぶ事ができない以上、神妙な面持ちで残念そうに語る。
「すでに伝えられているでしょうが最終確認をしておきます。ヴォルフラム殿、ノイアイゼンはウォーデンという街に攻撃を仕掛ける際、戦闘に巻き込まれる可能性について承知されているでしょうか?」
「無論、承知の上での派兵です。部隊は私を始め、物作りではなく武芸を極めようと修行している者を中心に編成されています。実戦経験がない事を除けば、そう足手まといにはならないはず。そう考えております」
「よくわかりました。しっかりと訓練されておられる方々を迎え入れられて頼もしく思っております。ロックウェル地方に到着後、共に行動する事になるウォリック公に紹介致しましょう」
「よろしくお願いいたします」
ノイアイゼン側も、ドラゴンを説得した時のように「誰でもいいから護衛に付ける」というのではなく、人選をしっかりとしてくれたようだ。
ドワーフは凝り性なので、きっと彼らの武芸はかなりのものだろう。
ウォーデン攻略の頼もしい仲間が増えた。
「レオナール殿。基本的にはファーティル王国救援の際と同じで、エルフの皆さんには後方支援をしていただく事になります。ですがウォーデンに関しては攻撃の支援をしていただくという件に関して納得していただけているのでしょうか?」
「それは問題ありません。モラーヌ村の村長のアロイスや長老のマチアスなど、戦闘経験のある年長者が戦闘に参加する予定です。そして身内の私共も納得しております。もし誤報であった場合、陛下を責めるつもりはございません。ですが……、ファラガット共和国側への釈明などはどうするかなどを考えておられますでしょうか?」
レオナールの言い分は、もっともなものだった。
――戦争を仕掛けておいて、その大義名分である異種族の奴隷化などしていなかった。
その場合、手を貸したエルフやドワーフの立場も悪くなる。
万が一に備えて、ファラガット共和国への釈明をどうするかを聞いておかねばならなかった。
アイザックは、フフフッと余裕のある笑みを見せる。
「その場合、泥はリード王国が被りましょう。元々彼らはあこぎな商いをしており、今もロックウェル地方の資源を安く買い叩いています。彼らを攻めるのは我が国の都合で、皆さんの事を騙して戦争に参加させたという事にすれば、ファラガット共和国も皆さんの事を責めにくくなるでしょう。それに戦闘に参加するのはウォーデンだけ。あとはファラガット共和国の兵士の治療などに従事していただくだけなので、彼らも悪し様に言う事はできないはずです」
しかし、その笑みは邪悪なものに見えていた。
そのせいで本当に庇うつもりなのに、レオナール達は「本当に騙されるんじゃないだろうか?」という不安に駆られる。
これまで正当な取引ばかりをしてきたので信じてもらえているが、そうでなければ戦争前から共闘関係にヒビが入っていただろう。
「かしこまりました。誤報であった場合の対処も考えていただけているのであれば、あとは進むのみです」
「そういえば、アロイスさん達は先に出ているのですか?」
「アロイス達は先に出発しており、リード王国軍と合流して支援に回っているはずです。私は女が中心の後方の集団を任されているので、ウェルロッドに残り、陛下のご到着をお待ちしていたという次第です」
「そうでしたか。水の補給をしていただけるだけでもかなり助かります。私達もレオナールさんの集団が捕まって二次被害を出さないよう、細心の注意を払うとお約束しましょう」
「ありがとうございます」
気になっていた事の確認が終わり、話が一段落する。
すると、今度はヴォルフラムが口を開いた。
「陛下、その水の補給ですが……。あの蛇口というもの、いいものですね! あれは使いやすい」
彼は武芸を磨く事に夢中らしいが、やはり新しいものに目がないようだ。
前世では被災地に給水車というものがあったが、後部に数カ所バルブがあるタイプのもののイメージがあった。
それでは順番待ちが長くなってしまうので、 アイザックの考えた給水車は馬車の荷台に大きなタンクを設置し、左右と後方に付けられた蛇口から水を出すというものだった。
十人以上が同時に水筒などに水を給水できるので、順番待ちは早く解消できるはずだ。
だが、これはエルフの魔法頼りの急造品でしかない。
兵士達の補給が終われば蛇口を全開にして水を捨て、ある程度軽くしなければならない。
水を満載して移動すると車軸が折れてしまうという致命的な欠陥があったのだ。
しかし、大きなメリットもあった。
エルフが一人ずつ水筒に水を満たしていては時間がかかる。
エルフは魔法で大きなタンクにいっぱいの水を一度に貯めればいい。
おかげで数台の給水を同時に受け持つ事ができた。
一度給水すれば休んでいられるので、エルフは魔力を回復する事もできる。
効率的にエルフを使いこなす事ができるのだった。
ヴォルフラムは、給水車に取り付けられたその蛇口に目をつけたようだ。
「あれは理化学研究所に設置したのが最初ですね。必要な時に捻るだけで水が使えるというのは大きな利点です。いつかは魔法を使わずに地下水を組み上げる道具を作って、組み合わせて使えるようにしたいと思っています」
「なるほど、議会の連中が陛下に肩入れするわけですね。陛下の発明には脱帽です。あれをワイン樽に設置すれば、中身を空気に触れさせずに試飲できるようになるでしょう。武芸に身を捧げた私でも興味を惹かれる逸品でした」
「そういう使い方もできるかもしれませんね」
(蛇口というよりは、ワインの試飲ができるかもしれないっていうほうを喜んでそうだな)
ヴォルフラムの様子から、アイザックはそう思った。
やはり武人であっても酒が好きという本能からは逃れられないのだろう。
だがその事をわざわざ指摘したりはしなかった。
それからはそれぞれから必要な補給品など聞きだすなど、必要な情報を交換し始めた。
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ウェルロッドに戻ってきたのだ。
アイザックはもう一つの要件を済ます事にした。
「フランシス、お爺様の補佐を頼む」
「お任せください」
ウェルロッド公爵領の統治は、ハリファックス伯爵が代理を行う。
代理を任せられる貴重な親族ができたので、それまで留守を任せてきたフランシスは補佐に回る事になった。
一年だけなら彼に任せたままでもよかったのだが、やはり貴族の代理がいたほうが仕事が円滑に進む。
ランドルフが摂政として最低でも二年は王都にいる以上、貴族間の問題に判断を下せる代わりは必要だった。
なお伯父のアンディはハリファックス伯爵家の兵を率いて、すでに出陣している。
「それとファーガスを戦場へ連れて行くが心配しなくてもいい。私のそばにいれば危険な目にはそうそう遭わないだろう」
ファーガスはフランシスの甥っ子である。
かつてノーマンがモーガンのもとで実務を学んでいた時に、アイザックの秘書官となった男だ。
ノーマンはランドルフの補佐をしながら、ウィンザー公爵のもとで宰相の仕事を学ぶため王都に残っていた。
彼との約束を守れるかはわからないが、その下地は作ってやるつもりだったからだ。
そのため、ずっと秘書官Aという影が薄かった彼が戦場では筆頭秘書官に選ばれた。
「フランシス」
「ハッ」
アイザックがフランシスの肩に手をポンと置く。
「秘書官という立場でありながら、これまで領地の留守をよく守っていてくれた。戦争が終わって落ち着いた頃に、その働きに対して私からも報いよう。それと――」
アイザックはニコリと笑う。
「子供達がもう少し大きくなればウェルロッドに来る事もあるだろう。その時は子供に会わせたい。だからそれまで息災でな」
「陛下……」
返事をしたのはフランシスだったが、フランシスではなく、横で話を聞いていたハリファックス伯爵の目から感動の涙がこぼれる。
アイザックが秘書官の事まで気にかけてやっていたからだ。
――文官の仕事は問題が起きないようにする事。
そう公言するアイザックであったが、その言葉が嘘ではない事を態度でも証明していた。
大きく立派に育った孫の姿を目の当たりにして、彼の涙腺は耐えきれなかった。
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