第627話 戦後の統治について

 これからの事を話し合うため、今年は少し早めに地方貴族も王都に集まった。

 侯爵以上の貴族だけではなく、フィッツジェラルド伯爵などの中小規模の領主も集められていた。

 しかし、ファーティル地方やロックウェル地方の貴族は集められていない。

 彼らには彼らの準備があるのだ。

 元帥や大臣クラスと共に、今後の事を語り始める。


「手紙で知らせた通り、計画は順調に進んでいる。そして、これからも進めていく事になる」


 まずアイザックは東部侵攻計画が、そのまま進められる事を伝える。


「冬季の長距離移動は兵士に負担をかける事になるが、敵地で冬を迎えるよりかはいいはずだ。春になれば野営もしやすく、食料が手に入りにくくても春や夏の収穫後に集める事ができる。それにファラガット共和国が積雪地帯ならば雪解け水でぬかるんだ道を進まねばならないが、幸いな事にそうではない。万全の態勢で攻勢を仕掛けるためのものだと理解してほしい」


 アイザックの言葉に対して反論はなかった。

 今、言った事はすべて事前に説明されていた事であり、皆が納得している事だったからだ。

 不安があるのは戦争を仕掛ける前の事前準備よりも、戦争を仕掛けたあと。

 アイザックの戦争計画が上手くいくかのほうだった。


「正直なところ、この戦争に大義はない」

「陛下!」


 ウィンザー公爵がアイザックの発言を止めようとする。

 だがアイザックは微笑みをたたえて受け流した。


「そもそもロックウェル地方の資源が買い叩かれていたのは、これまでのロックウェル王家の失政によるものだ。ロックウェル地方の貴族のためにファラガット共和国と戦争をする理由など我が国にはない。将来的に敵対するかもしれない・・・・・・という懸念だけだ。そのような懸念を持たずとも、ファラガット共和国とは良い関係を築く事ができる可能性もある。それらの可能性を考慮せずに戦争の口実としていた」


 アイザックが止まらないので、ウィンザー公爵は――いや、他にも数名の貴族が眉をひそめる。

「新しい領地が欲しい」と思っていても「そこまではっきり言わなくても……」と思う者も当然ながらいるからだ。


「だが大義名分はファラガット共和国側が用意してくれた。かの国にはエルフやドワーフが奴隷として囚われている可能性が高い。彼らと交流を持つ国家として協定違反を見逃すわけにはいかない。種族間戦争を未然に防ぐという大義の旗を掲げて、我らは悪逆非道の卑劣な国家を討伐する! 諸君らには大陸全土の平和がかかっているという事を忘れるな!」


 アイザックの言葉に、ウォリック公爵が真っ先に拍手を贈る。

 他の者達もワンテンポ遅れて拍手をした。

 モーガンの代わりに出席しているランドルフでさえ「それも言いがかりなのでは?」という疑問が頭に浮かんだので、拍手が遅れてしまったのだ。

 いくらなんでも「大義名分がない」と言ったあとで「こんな大義名分がありますよ」と言われては、身内であっても素直に賛同しづらい。

 ウォリック公爵の速度が異常だったのだ。

 ではアイザックがなぜそんな順序で話をしたかというと、それはこのあとの本題を切り出すためだった。


「さて、大義名分に関して心配はなくなったところで、諸君が憂いなく戦えるように戦後の事にも触れておこう」

「さすがに今の段階で戦後の事を話すのは気が早すぎるのではありませんか?」


 キンブル元帥が「それは時期尚早だ」と咎める。

 皆が褒美の事ばかりを考えて、戦争に身が入らずに負ける可能性もあるのだ。

 元帥として捕らぬ狸の皮算用などしてほしくはなかった。


「おそらく褒美の領地の事を考えているのだろうが、その考えはある意味で正しくあり、間違ってもいる。まぁこの話は最後まで聞いてもらいたい」

「……かしこまりました」


 返事はしたもののキンブル元帥は、まだ「大丈夫かなぁ……」と不安そうにしていた。


「ファラガット共和国やグリッドレイ公国を占領後、ファーティル王国やロックウェル王国のようにその地方を統括する総督を任命するつもりです。ただし、占領後五年ほどは領主を任命しません」


 アイザックの言葉に、前もって相談されていた4W以外は息を呑んだ。

 戦争に勝てば褒美として領地を分け与えられるというのは常識だったからだ。

 それは五百年間、侵略戦争と無縁だったリード王国の者でも知っている事である。

 しかし「五年ほど」とアイザックが期間を区切った事で、誰も話を遮る事なく耳を傾けていた。


「占領後に一番恐ろしいのはなにか? それは平民が反乱を起こす事だ。では戦後すぐに領主を決めた場合に起きる危険性を知ってもらいたい」


 アイザックの説明は、以下のようなものだった。


 ――領地を任されれば、誰もが自分の領地を優先して守ろうとする。

 ――近隣の領地で反乱が起きた場合、援軍を出さずに自分の領地を守ろうとする者もいるだろう。

 ――早期鎮圧が遅れれば、周囲の領地に反乱が飛び火するかもしれない。

 ――だから最初は領主として任命せず、代官として派遣し、その地方にいる貴族が一丸となって統治に専念する。


「隣の都市は自分の請け負った範囲ではないから知った事ではないという対応をする者は罷免する。その場合、戦場で手柄を挙げて数年後にもらえたであろう領地もなかったものとする。最も優先すべきは新領土の安定化だ。すぐに領地をもらいたい者もいるかもしれないが、反乱が頻繁に起きる領地をもらっても赤字になるだけで困るだろう。だから細かく統治区域を区切る事なく、当面の間はリード王家の所有するファラガット地方、グリッドレイ地方という大きな枠組みで統治してもらいたい。領地として与えても大丈夫な段階になったら、戦時や統治の功績を考慮して分け与えようと考えている」


 アイザックの最後の一言で、この場に出席している者達は察した。


 ――武官のみならず、文官にも領地を分け与えようとしているのだと。


 戦争で血を流すのは王国軍人や地方領主の私兵だ。

 ならば当然、領地を受け取るのも武官であるべきはずだった。

 なにもしていない文官に分け与えるのには抵抗があった。


 だがここにいるのは領主であったり、管理職の者ばかりだ。

 元帥や将軍といった武官でも書類仕事からは逃れられない事は知っている。

 統治・・という点に関しては、文官の手助けも必要だという事はわかっていた。

 不満はあるが「じゃあ武官だけで統治してみろ」と言われてダメだった時の事を考えれば、下手に反対意見を言う事はできなかった。


 それにウィルメンテ公爵やウォリック公爵に反対する気配がない。

 すでに有力者には根回し済みだという事だ。

 4Wが納得済みならば、今更ひっくり返す事などできないだろう。

 言いたい事があっても今は様子を見る事しかできなかった。


「でき得る限り、不満が残らないようにするつもりだ。実際に血を流した者が不満を持つような事になってはならないという事はわかっている」


 ――代償を払ったのだから、その地は自分のものにしたい。


 そう考えるのは人として当たり前の感情だ。

 だからアイザックはその点もフォローしておく。


「ファラガット共和国は奇襲により被害を最小限に抑えられるだろう。だが、グリッドレイ公国に対しては奇襲効果が薄くなる事が予想される。そこで悪知恵の働く商人を抑えるため、ファラガット共和国は文官を中心、兵が血を流して必死に占領する事になるであろうグリッドレイ公国は武官を中心に治めてはどうかと考えている。しかし、これは現段階の想定であり、実際には期待できる税収などを考慮して配分を決める事になる。しかし――」


 アイザックは一度言葉を切り、周囲を見回す。

 不満を持っていそうな者を覚えておき、のちに納得してもらえるように個別に説得するためだ。

 会話の中で、自然な流れで一人一人の表情を覚えておく。


「こればかりは実際に戦場で戦ってみないとわからない。『勝利を収めたこの地をもらいたい』という思い入れのある地域ができるかもしれない。そういった希望も考慮するつもりだ。今回の話はあくまでも占領後の混乱を最小限に抑えるための考えであり、多くの功績を挙げた者の褒美や、多大な犠牲を払った者への補填などを最優先にするのは大前提である。その事は忘れていないという事は覚えておいてほしい」


 戦う前から「頑張っても取り分が少なくなるかもしれない」と心配してやる気を失われては困る。

 だから「頑張った者が報われるべきだ」という事はしっかりと伝えておく。


「しかし、異種族との共存共栄という大義にために戦うので、表立って利益を追及するような事は控えておいてほしい。あと略奪などはその地をもらいうける未来の領主が困る事になるので厳禁という事も兵に伝えておいてもらいたい。なにか質問は?」


 アイザックは周囲を見回す。

 なにかを聞きたそうにしている者もいるが、その質問が言葉としてまとまるほどの者はいなかった。


 ――漠然とした不安。


 やはり「この地を占領した。俺の領地だ!」で済むような簡単な問題ではないのが大きかった。

 アイザックの言うように、当面の間は王家直轄地として統治し、落ち着いてから褒美として領地をもらうほうがいいかもしれないという考えもあった。

 しかし、日が経てば「やっぱりこのまま直轄地とする」と心変わりするかもしれない。

 だがアイザックがそんな強い反発を受けるとわかっているような事はしないだろうという気持ちもあった。


「あの、エルフやドワーフから派兵の噂もあるのですが、どうなっているのでしょうか?」


 将軍の一人が質問をする。

 彼は戦場で戦う事に関してはしっかりしているものの、統治にまで話が広がるとよく話がわかっていなかった。

 だから他の者達が悩んでいる状況であったにもかかわらず、ある意味で思考停止して軍に関する質問をする。


「エルフからは千名から千五百名が派遣され、ドワーフは五百名ほどが派遣される予定だ。特にエルフは怪我人の治療だけではなく、各部隊に散らばって真水の補給なども手伝ってくれる事になっている」

「飲み水の確保ができると進軍が楽になるので助かります」


 誰もが思い悩む中、占領後の話ではなく、エルフやドワーフの派兵について質問した彼の発言は場に影響を与えた。


(戦う前から勝ったあとの事を気にしてはならないとわかっていたはずだ。まずはベストを尽くしてからパイの取り分を増やす事を考えるべきだろう)


 アイザックの話のせいで戦後の事ばかりを考えてしまっていた。

 そんな者達の意識を、戦争に勝つ事へと引き戻した。

 その雰囲気をアイザックは見逃さなかった。


「今回の戦いは正義の戦いである。だからこそエルフやドワーフも協力してくれるのだ。彼らの前で恥ずかしくない振る舞いをしてくれるものだと期待している。そして各員の奮闘に期待するところである」

「ハッ!」


 アイザックの言葉に、皆が反応する。

 彼の裏の顔を知る者は「正義という言葉をよく使えるな」と思う者もいた。

 しかしジェイソンの反乱など、表向きはアイザックが正義の行動をしていたのも事実。

 いぶかしむ者のほうが少数であり、ほとんどの者は「悪逆非道なファラガット共和国を誅する正義の行い」として、アイザックの言葉を素直に受け取っていた。

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