第626話 敵と味方、その扱いの違い

 大使と相談したジークハルトとアロイスが面会を求めてきた。

 アイザックとしても彼らの判断が気になるので、すぐに会う事にした。


「陛下はファラガット共和国へ戦争を仕掛けるとおっしゃったはずですが、なぜグリッドレイ公国に攻め込むように見せかけているのかを教えていただけないでしょうか」


 彼らは自分達の判断を伝えにきたわけではなかった。

 どうしても不可解な点を確認するために訪れたのだった。


 ――グリッドレイ公国との戦争が本命で、捕まっているドワーフをエサに協力させようとしているのではないか?


 国の代表としてアイザックのもとを訪れているのだ。

 その点をはっきりとさせておかねばならない。

「あっさり騙されました」では彼らの立場がない。

 そのためにも、グリッドレイ公国へ攻め込むフリをしている理由を知っておかねばならなかった。


「あぁ、それは簡単な理由ですよ。ジークハルト殿を殴りたい。でも正面からでは防がれる。だからアロイス殿を殴るフリをして、ジークハルト殿に殴りかかるといった感じですね」


 この質問をアイザックは予想していた。

 むしろ遅いと思っていたくらいだ。

 余裕のある態度で彼らに説明する。


「正面切って戦争を仕掛ければ、こちらにも大きな被害が出る。でも私は兵士の被害を抑えたい。だからファラガット共和国を油断させるために、今はグリッドレイ公国に戦争を仕掛けるフリをしているところなのですよ」

「そういう事でしたか」

「それはファラガット共和国に防衛体制を整えさせているのと、行動が相反するものではありませんか?」


 アロイスは納得したが、ジークハルトは一筋縄ではいかなかった。

 彼はアイザックの行動の矛盾点を指摘する。


 素直に答えるかアイザックは迷う。

 迷ったが、彼らは味方だ。

 ファラガット共和国側に教える理由がないので理由を教える事にした。


「防衛を整えているので自分達は大丈夫だと思わせるためですよ。それに主力が国境付近に集まっているのなら、一気に片づけたあとは阻む者がいなくなるではありませんか」

「国境に軍を集めさせて、ウォーデンまで一気に進むというわけですか……。ですがその場合、やはり援軍が必要なのではないですか? 強引な戦争計画では被害も甚大なものになるでしょう。同胞を救うためにリード王国にそこまでの血を流させるわけには参りません」


 ジークハルトは「無茶な作戦計画で人間だけに血を流させるわけにはいかない」と考えているようだ。

 アイザックの戦争計画を大雑把に聞けば、そう思うのも無理はない。


「大丈夫です。こちらも被害を抑える方法は考えていますので、無理攻めという事にはなりませんよ。それに協定違反があったのなら、それはまず人間の手によって解決するべきでしょう。協定違反を確認してから本格的な軍の派遣をしても遅くはありません。それまでは派遣の準備だけしておいてください」

「……かしこまりました。武運を祈ります」

「ありがとうございます」


 ジークハルトも納得してくれた。

 そこでアイザックは、二人に大事な事を伝えておこうと思った。


「誤解のないように伝えておきますが、ファラガット共和国は我が国にとって最初から友好国でも同盟国でもありません。むしろ資源を安く買い叩く敵国と言ってもいいくらいです。それでも協定違反の疑いがあるから、隙を作るために表面上は友好的に接しているだけです。もしあなた方と戦う事になる場合、これまでの関係を尊重して騙し討ちなどしないと約束致しましょう。最初から仮想敵国であるファラガット共和国やグリッドレイ公国だからこそ取る対応だと断言できます」

「私は陛下が幼い頃から見知っております。私の知る限りでは、最初から敵対的な行動を取った者以外には寛大な対応を取っておられました。そのお言葉、信じましょう」


 昔からアイザックを知るアロイスは信じると言ってくれた。

 アイザックが排除してきた相手は、一部を除いて先に敵対的な態度を見せた者ばかりだ。

 敵対的な行動をしなければ先制攻撃は基本的にしない。

 その事をわかっているから、アロイスはアイザックの事を信じやすかった。


「私もリード王国ではなく、アイザック陛下には全幅の信頼を置いております。それは他のドワーフも同じでしょう。私も陛下が先に裏切るとは思いません」

「ありがとうございます。お二方の信頼を裏切らないように務めましょう」


 ジークハルトもアイザックの事を信じてくれるそうだ。

 どうやら友好的な相手には誠実な対応を取っているというのを、以前からわかってくれていたらしい。

 その事をアイザックは嬉しく思う。


 もっとも、今ロックウェル地方で行われている事を知れば、また違った感想を持たれたかもしれないが。



 ----------



 ロックウェル地方に滞在するモーガンは、意外なほどのんびりとしていた。

 グリッドレイ公国に抗議の使者を送るが、軍が到着するまで外交的に解決する必要がない。

 むしろ、してはならない状況である。

 真剣に問題解決に取り組んでいるグリッドレイ公国からの使者を、のらりくらりとやり過ごすくらいだった。


 だが、そんな彼にも絶対にやっておかなくてはならない重要な役割がある。

 この日は、ロックウェル地方と取引のあるファラガット共和国の商人を集めていた。


「諸君、我が国とグリッドレイ公国の現在の関係についての噂を知らない者はいるかな?」


 まずは確認から入る。

 横の繋がりがあるからか、首を振る者は誰もいなかった。

 モーガンは説明が省けたと薄ら笑いを浮かべる。


「ここに集まった者は、ある程度大きな規模の商人ばかりだと聞いている。だから大丈夫だろうが、二十万人の半年分の食料を集めてもらいたい。できれば春までに」


 さっそく本題を切り出す。


 ――二十万人の半年分の食料。


 主食の麦に副食を加えて兵士一人あたり一日一キロの食料を用意すると、一日で二百トン。

 半年で三万六千トンもの食料となる。

 大雑把に考えても、かなりの量である。

 幸い、秋の収穫が始まったところなので集めるのは可能だろう。

 この場にいる商人が協力すれば、容易ともいえる。


「アイザック陛下は、今回の取引を重要視している」


 しかし、モーガン――アイザック――は、そんな簡単な仕事をさせるために彼らを集めたわけではなかった。


「ロックウェル王国時代からの取引があるから、これからも大丈夫だと思っている者もいるだろう。だが今はリード王国のロックウェル地方である。リード王国が今後も取引するべき相手かどうかを確認するための発注でもあるという事を覚えておいてもらいたい」


 モーガンの一言で商人達の目の色が変わった。

 今の言葉は、これまでロックウェル地方の経済圏に深く食い込んで既得権益としていた商人達が弾きだされ、新規参入の大きなチャンスという意味だったからだ。

 権益を持っている者は動揺し、ロックウェル地方とあまり深く関わってこなかった者は希望に満ちた表情を見せる。


「やはり重要なのは品質と価格だ。価格が安かろうが、腐った食料を納品されては兵士達が困る。こちらがこれからも取引をしたいと思う相手と長い付き合いになるだろう」


 より良い物をより安く売った者が、これから先リード王国の仕事を受注しやすくなる。

 つまり競争という事だ。


 仲良しこよしで協力して集めてもいいが、それでは既存の取引がある商人が有利である。

 当然、新規参入を目指す者は、彼らを出し抜こうとするだろう。

 そうなると既存の業者も負けてはいられない。

 協力し合うよりも同業者を出し抜いてでも自分の仕事を確保しようとするだろう。

 複数の商人が二十万人分の食料を集めれば、累計では二十万の兵を一年、二年と食わせられる量になる。


 ――現地で食料を徴発して数十万、数百万という農民から恨みを買わずとも、商人から奪うだけで済ませる。


 そのための要請だった。


「もちろん、グリッドレイ公国との戦争を回避する場合もあるだろう。その場合でも、ロックウェル地方の貧民救済のために食料は買い取らせてもらう。取引の際は約束手形などではなく、現金での取引になる」


 場がざわつき始める。

 現金での取引ならば、支払いを踏み倒される事もない。

 二十万人分の売却益も魅力的だが、リード王国との取引実績を残せるのも魅力的だ。

 それに貧民救済にも使うならば、一か所からだけではなく、他のところからも食料を買い取ってくれるだろう。

 食料を集めておいて損はないように思えた。


「質問がある者はいるか?」

「食料はすべてロックウェル地方に運び込む必要はあるのでしょうか?」


「質問があるか?」と聞いたところ、すぐさま商人から質問が飛んできた。

 あまりの食いつきのよさに、モーガンは皮肉めいた笑みを浮かべてしまいそうになるが我慢した。


「その必要はない。ファラガット共和国に要請して、我が軍の輸送部隊が引き取りにいってもかまわないからな。ただし、こちらが取りに行くからには、輸送費用分は金額を差し引いてもらうぞ」

「な、なるほど。勉強させていただきます」


(貴族らしくないお方だな。これは手強いぞ)


 商人達は、モーガンの事をそう評価した。

 貴族とは見栄を張る生き物である。

 貧しいロックウェル王国時代でも、ここまではっきりと値下げを要求してきた事はない。

「この商品は要求した品質ではないから適正価格に下げろ」という形で値下げを要求したりするくらいだ。

 ここまではっきりと要求された事はない。

 しかも、モーガンはウェルロッド公爵家の当主であり、現国王の祖父だ。

 そんな彼が輸送費用分の値下げまで先に口出ししてくるのは、通常考えられない事だった。


 だが、それだけに今回の話には信憑性があった。

 それだけ本気で大量の食糧を取引しようとしているのだという姿勢が窺える。

 引き渡しが半年先なので、食料を買い集める時間はある。

 あとは如何にして安く、多く、高品質のものを集めるかだ。


「グリッドレイ公国側に動きを知られないように集める必要はありますか?」


 一人の商人が、かなり踏み込んだ質問をした。


 ――「グリッドレイ公国に攻め込むから知られないように食料を集める必要があるか?」と言ったようなもの。


 これはモーガンも言葉にしなかった事だ。

 そこまで踏み込む質問をしたのは、どこから・・・・食料を集めるか・・・・・・・という事に影響してくるからだろう。

 モーガンは不敵な笑みを見える。


「その必要はない。リード王国内で食料を買い漁られると困るが、それ以外からならどこから集めようともかまわない。そもそも戦争の準備をしているという行為自体が和平への道を切り開くきっかけにもなる。堂々と集めてくれたまえ」

「かしこまりました。お答えくださり感謝致します」


 質問した商人は震えていた。

 大それた質問をしたからではない。

 歓喜に身を震わせていたのだ。


(これはチャンスだ! しかし、それを他の奴らにも知られてしまったのは失敗だったが、まだ気がついていない奴もいるだろう。このチャンスは逃せないぞ!)


 彼はグリッドレイ公国から食料を買い漁るべきだと気づいた。

 リード王国とグリッドレイ公国が戦争になるのなら、グリッドレイ公国の備蓄食料を減らしておいたほうが圧倒的にリード王国が有利になる。

 そうなると、当然の如くリード王国の手助けをした商人は重用される事になるだろう。

 これはただ高品質で安価の食料を取引するというだけではない。


 ――自分自身をリード王国に売り込む絶好の機会である。


 幾人かはその事に気づいていた。

 しかし、その競争心こそがアイザックの仕掛けた罠であるという事は、まだ誰も気づけなかった。

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