第621話 調査団の派遣

 ファラガット共和国のフランクリン大統領との会談後、すぐに大使のヴィリーとエドモンドに連絡を取った。

 ファラガット共和国の様子を見るために、調査団を派遣してもらうためだ。

 以前から「ドワーフが囚われているらしい」という話をしていたため、大使達は二つ返事で引き受けてくれた。

 彼らはすぐさま国元へ使者を送り、調査団の編成を要請する。


 その結果、ノイアイゼンからはジークハルト、エルフからはアロイス。

 彼らを中心に、三人ずつ同行者を選んだ。

 もちろん、マチアスのような過激派はいない。

 いつも通り温厚な人物が選ばれていた。

 ただ、万が一の事を考えてメンバーに女性は選ばず男性だけである。


 アロイスはともかく、まだ若いジークハルトが選ばれたのは「彼はアイザックの友人なので、その立場が危害から守ってくれるだろう」と思われたからだ。

 この調査団に危害を加えれば、エルフやドワーフを敵に回すだけではない。

 リード王国も敵に回す事になると意識させるためである。

 もっとも「アイザックが憎い! ぶち殺したい!」と思っている者がいた場合、アイザックの友人というのは逆効果になる。

 今のところはまだファラガット共和国内に、そこまで敵意を持っている相手はいないはずなので、おそらく大丈夫だろうと思われる。


 もちろん彼らだけで行かせるわけではない。

 モーガンが同行するので、当然、他国へ向かう外務大臣に必要な護衛が付く。

 エルフやドワーフがリード王国外に出るのは初めてなので、アイザックが慎重になっている。

 そう思わせるための扱いである。


 ――だがモーガンを同行させるのは、ファラガット共和国内を調査してもらうためだけではない。


 むしろそのあとがメインだった。

 彼にはロックウェル地方に滞在して、やってもらわねばならない事がある。

 だからドワーフ達に同行し、自然な形でロックウェル地方へ出向する口実を作ったのだった。


 調査団とはいえ、名目上は外交使節団である。

 ファラガット共和国も簡単に尻尾を出すわけがないので、実質的には観光旅行のようなもの。

 彼らの働きにアイザックは期待していなかった。

 そのため、こちらから火種を作ろうとしていた。

 モーガンを派遣するのも、軍を動かすための口実作りでしかなかった。


 モーガンの役割は極めて重要なものである。

 しかし彼は「これが終われば隠居生活だ」と気楽に考えて、気負ったりはしていない。

 至って自然体で任務に就いていた。



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 調査団は一月末にはリード王国を出発しており、四月になる頃にはファラガット共和国の国境に到着していた。

 彼らには、ロックウェル地方のファラガット共和国領事館から案内人が派遣された。

 これには三通りの理由が考えられる。


 ――ドワーフを奴隷として隠しているので、勝手に見回ったりしないように見張りをつけた。

 ――ドワーフを奴隷にしていないが、問題が起きた時のための対処要員。

 ――ただの観光案内人。


 第三の理由はまずありえないはずなので、第一か第二の理由である可能性が高い。

 ロックウェル公爵がもたらした情報がなければ、第二の理由だと思っていただろう。

 最初にそう思ってしまうくらい自然な理由だからだ。

 ジークハルトやアロイスも「彼らにとって二百年ぶりの交流再開になるかもしれないから気を遣うだろう」と思っていたくらいである。

 今のところは普通の行動であり、特別怪しむような行動ではない。

 ファラガット共和国国内に入ってからの行動次第だろう。


 調査団一行が国境の街マクドノーに到着する。

 この街を選んだのは最初に侵攻予定であるため、優先的に街道の整備がなされていたからだ。

 また、この街の東には建設中の要塞がある。

 建設の進捗状況を確認するためにも、ここを通るのがベストだった。


 マクドノーは国境ギリギリまで街が広がっているため、防壁などの防衛施設が作られていない。

 街の東にある平原に要塞が作られている事から、街の防衛は諦められているのだろうという推測は容易だった。

 それは街の住人もわかっているはずなので、大人しく降伏してくれるかもしれない。

 街の外に出ると、一気に雰囲気が変わった。


 ――見るからに寂れている農村部は、交易で栄えている都市部とは大違いだった。

 

 遠目で見るだけでも明らかに農民の元気がない。

 服装なども粗末なもので、都市部と貧富の差が激しいようにモーガン達には見えていた。

 そのあたりの事も占領政策に使えれば、統治がしやすくなるかもしれない。


 そしてなによりも、彼らは街道の違いを思い知っていた。

 これまではエルフが整備した道だったが、ファラガット共和国に入ってからは従来の道が続いている。

 わずかな段差ではあるものの、その段差でガタガタと馬車が揺れる。

 十五年前まではリード王国も同じ状況だったというのに、ファラガット共和国の道が酷く粗末なものに思えてしまう。

 喋るのも難しい揺れの中、領事館員が口を開く。


「あちらをご覧ください」


 彼が指し示す方向には、建設中の要塞があった。

 だが、それはまだ要塞と呼べるものではない。

 まだ縄張りがされているだけで、整地されただけのだだっ広い平地でしかなかった。


「あの進捗状況では陛下の懸念を晴らせないのではないか?」


 モーガンは「国境の防衛を固めるのが遅い」と伝える。

 これはリード王国にとって重要な問題だった。

 侵攻しやすくするためには防衛を固めてもらわねばならないのだから。

 しかし、その心配は杞憂だった。


「大丈夫です。政府の説明では、ここからが早いそうですから」

「なら構わぬが……。両国の友好のためにはしっかりしてもらわねば困るぞ」

「それは大統領閣下もよくおわかりかと存じます」

「だといいのだがな」


 モーガンは「攻め込むのに困る」という理由だったが、本気で要塞の建築が上手く進むのか心配している姿は、領事館員の目には「真剣に平和を望む者の姿」として映っていた。



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 マクドノーから一ヶ月半をかけて、一行はファラガット共和国の首都デューイに到着する。

 デューイは港湾都市であり、港の水深が近く深いため大型船による貿易が盛んだった。

 自然と人も多く、王都グレーターウィルよりも栄えているようにすら見える。

 そんな活気のある街中を見て「これだけ豊かな国を攻め滅ぼすのは難しいのでは?」とモーガンは考えてしまう。

 これも実際に自分の目で見たからこそ感じ取れるものだった。


 デューイに到着すると、フランクリン大統領自ら彼らを出迎えてくれた。

 ドワーフの扱いはどうあれ、少なくとも表向きは友好的な関係を築こうとしているようだ。


「若かりし頃のアイザック陛下と交流の再開を交渉されたお二方に足を運んでいただけるとは。是非とも我が国とも正式な国交を結んでいただきたいところですな」

「ええ、私達もリード王国以外の国との関係も進展させたかったところです」

「ですが、なぜアーク王国などの近い国ではなく、我が国にお越しになられたのでしょうか?」


 フランクリン大統領は、当然の質問をする。

 ギャレットの話を聞いていなければ、それはただの雑談でしかなかった。

 だが聞いてしまった今「ドワーフの事を探ろうとしているのでは?」と警戒しているように見えてしまっていた。

 彼の質問には、ジークハルトが答える。


「ノイアイゼンの南にも海があるのですが、海との間にはドラゴンの住処があるのですよ。とてもそんなところを通れません。海産物を手に入れるには、まず貴国と交渉するのがよいと我らは判断致しました。グリッドレイ公国も海に面しているようですが、遠浅の海岸が多く、小さな漁村ばかりだと伺っています。ですが貴国ならば、大陸の西側の商品も取り扱っておられるのでしょう? グリッドレイ公国には申し訳ないのですが、やはり交渉の優先度が変わってきます」

「そういう事でしたか! それはお目が高い! このデューイに集まる品物だけでも、決して後悔はさせません!」


 フランクリン大統領のテンションが上がる。

 それが「ドワーフとの交流が再開できそうだ」と期待してのものなのか「ドワーフを奴隷にしていると疑われていない」と思ったからなのかは、今のところまだわからない。

 怪しい反応はしていないのに、怪しく見えてしまう。

 先入観とは恐ろしいものである。


「そういえば、新しく赴任した大使のギルモア子爵はいかがでしたかな? ちゃんと役目を果たしてくれていればよろしいのですが」


 モーガンが何気ない様子でギルモア子爵の話題を振る。

 これにはファラガット共和国側の面々の表情が強張った。

 しかし、それは一瞬の事。

 すぐに作り笑いを表情に張りつける。


「アイザック陛下がなにを伝えようとしているのかを、これ以上ないほどわかりやすく伝えていただいております。おかげで両国の関係も良きものとなっていくかと思われます。いつか大使殿が帰国される時の事を思うと心配なくらいです」


 フランクリン大統領は――


「あれほど露骨なまでにわかりやすい捨て駒を送ってきてくれて感謝している。でもあんな奴にいつまでも居残られると困るから、いつ代わりの大使を送ってくれるんだ?」


 ――と婉曲表現を使ってモーガンに尋ねた。


 モーガンも彼の言葉の意味をしっかりと理解していた。


「そうですな、彼にはあと一年か二年ほど大使を経験してもらってから代わりの者を派遣する事になるでしょう」

「赴任の期間は、そう長くはないようですね。残念です」


「残念」とは言うものの、内心はホッとしていた。

 だが赴任から一年ちょっとしか経っていないのに、もう何年も居座られている気分だ。

 残り二年と考えれば先は長い。

 だが二年でロックウェル地方の主戦派貴族を抑えられるというのであれば、ギルモア子爵の相手をするくらいは易いものだった。


「長旅でお疲れでしょうし、今日は歓迎パーティーだけに致しますが、明日以降は街を案内させましょう。そろそろ暖かくなってきましたので、舟遊びをしたり、海で泳いだりしてみるのもいいかもしれません。内陸部ではなかなかできない遊びもございますので、この機会に楽しんでいってください」

「わぁ、楽しみです!」

「この年で泳ぐのは厳しいので、年寄りでも楽しめるものがあれば助かります」

「私もウェルロッド公と同じものでお願います。若者には若者の、年長者には年長者の楽しみというのがありますからな」


 若いジークハルトは無邪気に喜んで見せて警戒を解き、モーガンやアロイスといった年長者は酒の席で情報を集めようとする。

 状況が動き始めるまで、それぞれの方法で情報を集める。

 それが彼らの役割だった。

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