第十九章 東部侵攻編

第618話 作戦会議

 ティファニーとの結婚式という大きなイベントが終わったため、各国の使節団は帰国した。

 あとは王国内での交流を深めるだけとなった。


 ――そう、東部侵攻計画の立案である。


 共通の敵を作り、一丸となって戦う事によって連帯感を生みだす。

 旧ファーティル王国貴族と旧ロックウェル王国貴族の関係を改善するには荒療治が必要だった。

 その対象として狙われたファラガット共和国とグリッドレイ公国は、ただ不幸だったとしか言いようがない。

 だが彼らも清廉潔白というわけではないので自業自得の面もあった。

 そのおかげでアイザックも気兼ねする事なく侵攻計画を立てる事ができた。


「こちらでも毛布などの防寒具は用意しているものの、とりあえず各軍で冬越えの備えをしておいてほしい」


 ある程度の計画はできているので、それに付随する問題の解決方法を話し合っていた。


「現地で寝床を確保できなかった時に備えて、あらかじめ越冬の準備をしておくのは重要です。軍を動かしたあとは糧秣の輸送に全力を注がねばならないので、前もってロックウェル地方の貧民救済という名目で、テントなどを大量に運び込んでおくのがよろしいかもしれません」


 こういう時、頼りになるのはウィルメンテ公爵だった。

 彼は武官の中でも理知的なタイプだ。

 軍人は「前線にどれだけの兵士と武器を運び込めるか」という事を優先的に考えてしまう生き物だ。

 同盟国に救援へ向かう事の多いリード王国の武官でも「戦場へは兵士と武器と食料を運び込めばいい」と考えから脱却できていない者は多い。

 そんな中、ウィルメンテ公爵は越冬に必要な準備を考えてくれている。

 戦場では命知らずの武闘派が重要だが、後方支援では彼のような者がいてくれると頼りがいがある。


「戦場になれば家が焼かれ、井戸に毒を放り込まれる可能性もある。テントなども多めに用意しておいたほうがいいだろう。水に関しては宮廷魔術師を浄化に回す事で間に合うだろうが……。モラーヌ男爵、エルフやドワーフの協力は得られそうか?」


 アイザックがクロードに尋ねる。

 彼はモラーヌ村出身のため、モラーヌ男爵位を授かっていた。

 とはいえモラーヌ村の支配者というわけではない。

 ただエルフの代表者としてわかりやすい名前で爵位を貰っただけである。

 リード王国内で貴族としての特権が増えたものの、エルフ社会では「外部との交渉役を任されている若者」という存在でしかなかった。

 アイザックも「リード王国の男爵なのだから、エルフ社会でも尊重しろ」などとは強要したりはしていない。


「本来ならば人間同士の戦争に加担したくはありませんが、今回は囚われているかもしれないドワーフを助けに行くという目的がございますが……。エルフは一部の好戦的な者を除き、怪我の治療など前回と同じ条件での参戦ならば参加してもいいといったところです。ノイアイゼンは一度ファラガット共和国に使節団を送り、彼らの反応を直接見て確かめたいとの事です」


 ――好戦的な一部のエルフ。


 アイザックには、それがマチアス達の事だとすぐにわかった。

 彼ら以外は後方での勤務なら受け入れてくれるようだ。

 それならば汚染された水の浄化どころか、そのまま水を用意してもらえるだろう。

 戦場において水の心配は必要がなくなるかもしれない。


「ノイアイゼンの反応はもっともなもの。リード王国が嘘を吐いて戦場へ引きずりだそうとしている可能性を考えれば、一度は確認をしておきたいと考えるのは当然だろう。ノイアイゼンの使節団が捕まったりせぬよう、リード王国が安全を保障しよう。あとでウェルロッド公に相談して、ファラガット共和国へ安全に受け入れてもらえるよう調整してもらうように」

「かしこまりました」


 クロードは大きな会議に参加しているので緊張している。

 アイザックも彼に王としての対応をするのに慣れていないので、どこかむず痒さを覚えていた。


「ただウォーデンという街でドワーフの確認をするために、観戦武官という形で最低限の人員を派遣してほしいと伝えておいてくれ。人間だけだと助けにきたと信じてもらえないかもしれないからな」

「それではウォーデンに限り、手伝ってもいいというエルフがいないか確認してみます」

「よろしく頼む」


(まぁ、マチアスさんだろうけど)

(爺様達なら喜んでいきそうだから人選には悩まずに済みそうだな)


 ――マチアスに対する信頼感は厚い。


 こういう時に誰を頼るか。

 そう考えた時に、二人とも真っ先に同じ人物を思い浮かべるくらいには。


 それからは細かい問題の解決策を話し合った。

 主な作戦計画については、すでに決まっている。

 最も重要なグリッドレイ公国の動きは、アイザックに腹案があるためどうにかなるだろう。

 そういった点では誰もがアイザックを信用していたため、疑うものはいなかった。


 疑うとすれば計画が上手く進むかどうかのほうだ。

 アイザックはフォード元帥を上回ったとはいえ、戦術的勝利を収めたに過ぎない。

 二国を攻め滅ぼすような大規模侵攻計画をアイザックが立案できるのか?

 その事には不安を覚えていた。


 だが、それを言葉にする者はいない。

 周辺は同盟国ばかりだったため、他国への侵攻計画など立てた経験がなかったからだ。

 武官達も歴史上の戦場を研究対象としており、向上心は十二分にあった。

 しかしそれは戦場になりやすい地域で、どう兵を動かすかというもののみ。

 戦う前から相手を油断させ、補給物資を前線近くに備蓄するなどは未経験だったのだ。

 これもやはり「同盟国から敵を追い払えればいい」というリード王国を取り巻く状況によるものなので、武官達が特別不勉強だったというわけではない。

 代案を立てられない以上、アイザックが立案した計画を軸に、それを補強するような提案くらいしかできなかった。

 戦争に関しては未知数だが、幸いな事にアイザックは信頼されていた。


 ――まともに反撃もできない状態に追い込んで一方的な勝利を得る。


 ジェイソン動乱の時のように、戦いが始まった時には相手が追い込まれているという状態を作るのがアイザックは上手い。

 その点に関しては、ある意味周囲がマチアスに対して持つ信頼に近いものを持たれていた。


「この計画について、ウィルメンテ公とサンダース子爵は異存ないか?」


 侵攻計画において、ランドルフとウィルメンテ公爵は留守居役となっていた。

 ランドルフは摂政として。

 ウィルメンテ公爵は主力が不在の間、リード王国の防衛を任される事になるため居残りが決まっていた。

 念のために二人に確認をしておく。


「留守居役を任されるのは陛下に信用されている証であり、とても光栄な事だと存じております。それに二年目にはウォリック公爵軍と交代で戦場へ向かうのでしょう? むしろそちらが本番と言えるものなので、異存はございません」


 ウォリック公爵家は、ウォーデンへ突撃する役目を任されている。

 地下資源の産出地という事もあり、ドワーフとの関係をより良いものにしておきたい。

 奴隷にされているドワーフを救出する事で、ノイアイゼンの印象を良くするチャンスを与えられていた。

 ロックウェル公爵家もドワーフとの仲を深めたかったが、こればかりは付き合いの長い義理の父をアイザックが優先していた。


 その目的が果たされたら、次はウィルメンテ公爵家の出番である。 

 ウォリック公爵家は序盤で退場する。

 アイザックの計画では戦争が二、三年で終わる予定だったが、戦争がそんなに早く終わるはずがない。

 ウィルメンテ公爵家の出番のほうが長く、アピールするチャンスがあった。

 彼に不満はなかった。


「私も異存ございません。摂政という重要な地位を任せていただき感謝しております」


 ランドルフの言葉に噓偽りはない。

 アイザックが、かつて話した「自分は戦場には向いていない」という事を覚えていてくれた事に感謝している。

 彼の代わりにウェルロッド公爵軍を率いるハリファックス伯爵、もしくは義兄のアンディには申し訳ないとも思っている。

 その分の穴埋めは、いずれしなければならないだろう。


 ただウェルロッド公爵軍には、ダッジ伯爵を軍事顧問として同行させる。

 なので、いくらかは負担が軽減されるはずだ。

 フェリクスも同行させたいところだったが、彼はフォード伯爵に復位して自領の兵を率いる事になるため、同行するのはダッジだけとなっていた。


「うむ。では他に質問などはないか?」

「陛下、一つよろしいでしょうか?」


 キンブル元帥がおずおずと口を開いた。


「将軍が率いる部隊の規模を三千ほどに減らすというのは……。カービー子爵に一部隊率いらせるためでしょうか?」


 リード王国軍は、一人の将軍に五千前後の兵を任せている。

 それを三千前後にするのは、一人でも多くの将軍、一つでも多くの部隊を用意するためだ。

 アイザックは「占領地が広がった場合、一人の将軍で広範囲の面倒を見るよりも、多くの将軍に仕事を分担させたい」という説明はしていた。

 これは「一つの州に一人の将軍」といった感じで後方の安全を任せるためだった。


 だがキンブル元帥はそれだけではなく、違う意味合いもあると感じたらしい。

 彼もマットのような新参者より、長年王国軍で働いてきた者に部隊を任せたいのかもしれない。

 だから指揮官の椅子一つでも確保しておきたいのだと、アイザックは思った。

 少なくとも他の者の手前、元帥としてそういう姿勢は見せておく必要があるのだろう。

 アイザックはフフフッと笑う。


「カービー子爵に軍を任せる事はできない。彼に任せられるのは私の背中くらいだよ。だから近衛騎士団以外の指揮を任せるつもりはない」


 アイザックは、かつてマットが「陛下の背中を守ります」と言っていた事を覚えていた。

 あの時は女性問題で頭を悩ませていたので「なんて頼りない奴だ!」と思ったものだ。

 あれはマットも良い案が浮かばなかったので、仕方なく「女性に刺される前に止めます」と苦肉の策で発言したものである。

 過去の発言を突然持ち出されたので、からかわれたような気分になったマットは複雑な思いを持つ。

 もっとも、そのような感情は表情に出さず、アイザックの背後で真顔のまま立っているだけだったが。


「かしこまりました。では人選はお任せください」


 キンブル元帥は安堵しながらも、嫉妬を覚えた。

 王族の護衛という重要な役割を任されているだけではない。

 マットは、アイザックから無条件の信頼を得ている。

 なんといっても「軍などを任せるより、国王の命を預けるべき人間だ」とまで公言してもらえるほどなのだから。

 彼も、かつてはエリアスの信頼を得ようと頑張っていた時期があった。

 それを思えば、指揮官の椅子を奪い合おうとしている自分が酷く矮小で卑屈な存在に思えてくる。

 主君と家臣の理想を体現する二人を見て「いつかは自分もそれだけ信用される男になろう」と、キンブル元帥は仕事への意欲を高めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る