第613話 ジュディスとの結婚
ジュディスとの結婚式は、ロックウェル王国との調印式が行われる前の十二月半ばに行われた。
五度目の結婚式ともなると、貴族達は祝いの品で頭を抱える。
高価な品を贈らねばならないからではない。
豊かではない貴族もいるので、気持ちばかりの品を贈れば十分だからだ。
しかし、
――パメラ、リサ、アマンダ、ロレッタ。
すでに四人分の結婚祝いを贈っている。
同じようなものを贈れば「あの人の贈り物は同じものばかりでセンスがない」と言われてしまう。
有名な特産品のある領地持ちの貴族であれば、まだ「特産品で自信のある品だから」で押し通せる。
だがそういった個性的なものを持たない貴族にとっては、センスを問われる場面だった。
しかも年明けにはティファニーとの結婚式も予定されている。
金銭的な問題などよりも、如何にして「センスのない人という烙印を避けるか」という問題で頭を悩ませていた。
こういう時、他国からきた祝いの使者は楽である。
高価な品々を適当に見繕い、その中に相手が喜びそうなものを紛れ込ませればいいだけだからだ。
ジュディスの場合は、ほとんどの国が一流の職人が磨き上げた水晶玉だった。
あとは聖女という噂を信じて、貴重な聖遺物が贈られてきたりしていた。
ある意味、パメラやロレッタ以上の贈呈品だった。
彼女との結婚式では、セスも張り切った。
奇跡のネタばらしをされたので彼女が聖女ではないと知っているが、すでに取り消しのできない状況となっている。
世間が真実に気づかぬよう、必死に彼女の結婚式を盛り立てるしかなかった。
幸いな事に、修道士達は真実を知らない。
彼らは表向きは他の王妃達と同様の対応をしていたが、裏では心持ち「聖女様のため」と、いつもより張り切っていた。
結婚式としては、これまでと同じ規模、同じ流れで進んでいく。
ジュディスもいつもの黒一色の服装ではなく、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
さすがに今日は胸の露出は少なめである。
もうアイザックを誘惑する必要がなくなったからだ。
だがアイザックは、まったくガッカリしていなかった。
(膨らみが隠されていればいるほど、それはそれで中を見る楽しみがある。どんな触り心地なんだろう……)
――腹の大きなおっさんの触り心地と美女の大きな胸の触り心地。
同じ脂肪でも、両者の価値はかけ離れている。
アイザックは後者に強い興味を持っていた。
アマンダ以外の妻達も平均以上の立派なものを持っていたが、ジュディスは彼女らと比べても隔絶したものを持っている。
複数の妻を持つというのも前世で考えられなかったが、彼女のような巨乳美女と結婚するのも考えられなかった事である。
――それが自分のものになる。
夜の相手が増えるのは大変ではあるが、やり甲斐のある事でもあった。
とはいえ、結婚式後にすぐベッドインというわけではない。
パーティーで客人の相手もせねばならなかった。
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この世界に生まれ変わってよかったと思う事がある。
それは結婚祝いのパーティーで、友人達から祝いの酒を注がれる事がない事だ。
酒を飲むにしても自分のペースで飲める。
おかげで酔い潰れたみっともない姿を晒す事なく、来客の対応ができた。
「結婚おめでとうございます」
一通り挨拶が終わったあと、ギャレットとアルヴィスが雑談をするためにやってくる。
「それにしても、陛下はなかなか欲深いお方だったのですね」
アルヴィスの言葉に、場が凍りつく。
「どういう事でしょう?」
いくらなんでも結婚式当日に嫌みを言われる筋合いはない。
アイザックも寛大な態度を取る気にはなれなかった。
「他の王妃殿下も美しい方ばかりでしたが、ジュディス殿下も美しいお方です。何人もの美女を独り占めするなどズルイと思いますよ」
「あぁ、そういう事ですか」
この世界の人間は、みんな美男美女揃いである。
アイザックの目で見れば、パメラ達は「他の子よりちょっと可愛い」程度に思えるが、そのちょっとの差がこの世界の住人には大きなものだった。
アルヴィスの発言は嫉妬によるものだ。
目くじらを立てるものではないとわかり、アイザックの態度も軟化する。
「アルヴィス殿下も妻を何人か持てる立場なのでは?」
だから側室について話題を振った。
話を振られたアルヴィスの表情が曇る。
「欲しいと思う時はあるのですけどね。我が国では王室とはいえ、側室を持つ余裕がないのですよ。だから跡継ぎが生まれないという事でもない限り、側室を持てないですね」
「王室でもですか……」
(民主国家と違って、国の借金は王家の借金のようなものと考えれば金がないのも無理はないか)
ロックウェル王国では鉱山なども借金の抵当になっている。
もしかするとロックウェル王家は、リード王国の男爵よりも貧乏なのかもしれない。
地域による経済格差を、想定から修正する必要があるだろう。
「ロックウェル王国がロックウェル地方となった時、資源を買い叩かれる事がなくなります。それだけではなく、ファラガット共和国など東部との交易を繋ぐ交易地点として栄える事になるでしょう。街道が整備されれば、そう遠くないうちに豊かな国になるはずです。いつかはアルヴィス殿下も側室を持てるようになりますよ」
「そうなるといいのですが……。いえ、せっかく状況が大きく変わるのです。そうしないといけませんね。私もジュディス殿下のような美しい女性を側室に迎え入れられるように頑張ります!」
(こいつも自分の欲望に正直な奴だな……。わかりやすくていいけど)
――美女を側室にするために頑張る。
普通はそんな事は思っていても言わない。
表向きは「国のために頑張る」と言うところだ。
顔を真っ赤にしたギャレットの表情が「子育てに失敗したかもしれない」と語っていた。
彼の顔を見て、ふとした疑問がアイザックに脳裏に浮かんだ。
(そういえばメリンダ夫人はウィルメンテ公爵家出身。側室を持つ余裕もない状態なら、彼女は金遣いが荒いとか思われたんじゃないだろうか? それも婚約破棄の理由になったのかもしれないな)
メリンダには普通の事でも、ロックウェル王家には負担となる事だったのかもしれない。
ギャレットが元々の婚約者を愛していたのもあるだろうが、メリンダの金遣いを見て、貴族との摩擦が起きると危惧した可能性もある。
だがそれを祝いの席でギャレットに確認するのはためらわれた。
「ギャレット陛下、とお呼びするのもあと十日ほど。それまでは客人としてお楽しみください。本日は出席してくださり、ありがとうございました」
「祝い事は大勢のほうが楽しいですから。アイザック陛下を主君と仰ぐ日を楽しみにしております」
アルヴィスに発言させるのも危険だと思い、アイザックは話を切り上げた。
それはギャレットも同感だったのだろう。
彼も早々に話を切り上げるのに納得していた。
彼らはアイザックのもとから離れる。
少し離れてから、アルヴィスが口を開く。
「父上、あの子も王妃なのですよね? アイザック陛下が美女好きだというのはわかりますが、あのような子供まで娶るのはいかがなものかと思いますね」
アルヴィスがアマンダを見ながら、アルヴィスはギャレットに小声で話しかけた。
ギャレットは周囲の目を気にしながら、息子の脇腹を強めに殴る。
アルヴィスは小さくうめき声をあげた。
「あのお方はウォリック公爵家の令嬢で、アイザック陛下と同い年だ」
「あれで私よりも年上なのですか!?」
「ウォリック公爵家には高炉とかいう技術を教えてもらわねばならん。絶対にリード王国の貴族の前でそんな事を話すんじゃないぞ」
ギャレットの言葉に、アルヴィスはムッとした。
「それくらいわかっていますよ。だから『ジュディス殿下とはスタイルが大違いですね』などと、アイザック陛下の前で言わなかったでしょう」
「誰の前でも言うな。絶対にだ」
――アマンダとジュディス。
一見すると子供のような体格のアマンダと、おそらく大陸中を探しても並び立つ者のいないであろうスタイルを持つジュディス。
二人の体格は大違いである。
ギャレットも、ジュディスを見てからアマンダを見ると子供のように見える。
だが、それだけは絶対に口に出してはいけない言葉だった。
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