第612話 次代を担う若者たち

 十二月になると地方から続々と貴族が集まってくる。

 当然、調印式を行うロックウェル王国からもやってきていた。


 ――ギャレットやシルヴェスターといった国家の代表者や、ビュイック侯爵などの政治の代表者といった者達が中心である。


 すでにリード王国の一員となって旧ファーティル王国貴族との間はお世辞にも友好的と言えない空気が漂っていたが、リード王国側の貴族は比較的友好的な態度を見せていた。

 彼らを出迎えるホスト側としての態度も含まれていたが、武官達は心から歓迎していた。

 これはリード王国の武官は同盟国の救援に向かう事でしか武勲を上げる機会がなかったためだ。

 出番を作ってくれた事に感謝しているくらいだ。

 これまでロックウェル王国を仮想敵国としていた割には友好的な雰囲気の中、アイザックは各公爵家の代表者を集めて会議を開いていた。


「ロックウェル王国王太子、アルヴィスです。以後お見知りおきをお願いいたします」

「フォード伯爵家当主、カイルと申します。以後お見知りおきを戴きたく存じます」


 アルヴィスはアイザックの一歳下、カイルは二歳下だ。

 年も近い事もあり、今後はアイザックと絡む事もあるだろうと思われたので、彼らも連れてこられていた。


「リード王国国王アイザックです。今後ともよろしく」


 アイザックの目から見て、アルヴィスは好意的な視線を向けている。

 だがカイルのほうは複雑な感情が入り交じっているように見えた。


(高祖父を殺されたものの、父を助けられた。だから感謝と恨みが混ざっているといったところかな?)


 カイルの視線の意味をアイザックは考える。

 その間にも、出席者の間で挨拶が交わされる。

 一通り名乗り終わったところで、アイザックがギャレットに声をかける。


「この一年、色々と思うところがあったでしょうが、よくぞリード王国への編入を決意してくださいました。王族の説得、中でも王太子であるアルヴィス殿下の説得に、さぞかし苦労された事でしょう」


 王太子という事は、次の国王の座が確定しているという事である。

 表面上は好意的に取り繕っているだけで、内面では強く恨んでいる可能性が高い。

 それならそれで懐柔策を考えておく必要があった。


「アルヴィスの説得は……、極めて順調でした」


 順調という割に、ギャレットの表情は暗かった。


「アイザック陛下、私から説明させていただいてもよろしいでしょうか? ギャレット陛下からは説明し辛いと思いますので」

「……どうぞ」


 それを不思議に思っていたアイザックに、アルヴィスが説明したいと申し出る。

 ロックウェル王家が公爵家となったあと、ロックウェル地方の総督を任せる事になる。

 彼らの事をよく理解し、扱っていかねばならなかった。

 アイザックは「なんだか聞くのが怖いなぁ」と思いながらも、アルヴィス本人の説明を許す。


「私は国王になりたくありませんでした」


 あまりにもストレートな発言に、アイザックは――いや、他の出席者達も目を丸くして驚く。


「私の知る限り、ギャレット陛下は誰よりも国民の事を考えておりました。もちろん、私も『ロックウェル王国を住みやすい国にしたい』と思っていた時もあります。ビュイック侯の経済を優先する政策が順調に進めば遠く将来は立て直せるでしょう。では周辺国がそれを許すでしょうか?」

「許さないだろうね。もしロックウェル王国の編入という話がなければ、ファーティル地方を守るためにロックウェル王国が国を立て直すまで黙っては見ていない」

「私もそう考えました。人を信じられるのは立派な行為ですが、人の善意に一方的に頼るのは危険な行為です。『戦争という手段を捨てた』と公表しても『今はともかく、国を立て直したあとに戦争を始めるのでは?』と不安に思われても仕方ありません。ですから私は経済的な嫌がらせを受ける前提に対策を考えました」


 ――対策を考えた。


 そう言った本人が溜息を吐いて肩をすくめる。


「でもなにも思いつきませんでした。そもそも『返還期限の過ぎている借款を返せ』と言われた時点で国家経済が破綻するのですから。彼らが即時返還を求めないのはロックウェル王国を間接的に奴隷のように扱えるからです。奴隷が自ら鎖を断ち切ろうとしているのを静観したり、手伝ったりはしないでしょう」


 アルヴィスは歯に衣を着せぬ言い方をする男のようだ。

 彼に慣れているギャレットですら、人前であるというのに露骨に顔をしかめていた。


「まともに金を返そうとし続ける限り、常識的な方法で国を立て直すなど不可能。それが私の答えでした。ですからリード王国に編入した際のどさくさ紛れに借金を踏み倒そうというアイザック陛下の考えこそ、ロックウェル王国再興への唯一の道だと感銘を受けました。ロックウェル王国国王など奴隷頭の名前に過ぎませんので未練はございません!」

「あ、あぁ……、まぁ、うん。アルヴィス殿下の話はわかりやすいものでしたが……。もうちょっとマイルドな表現のほうが受けはいいかもしれませんね」


 アイザックもハッキリと言うほうであるが、いくらなんでも「ロックウェル王国国王という地位は奴隷頭に過ぎない」とまでは言わない。

 顔を真っ赤にしてうつむくギャレットと、気まずそうにするビュイック侯爵を見てしまい、ついその点を軽く注意する。


「それはよく言われます。ですが私は回りくどい話し方で内容が伝わらない事を一番恐れています。虚飾に満ちた報告のせいで、内容が正確に伝わらなかったために国政に支障が出ては本末転倒ではありませんか?」

「アルヴィス殿下のおっしゃる通り。相手に正確に伝えるという行為は重要ですね」


(うわー、王族とはいえ、ロックウェル王国内でも敵だらけになってそう。物事の判断ができるから頭は良いんだろうけど、周囲への配慮にまでは気が回らないタイプの馬鹿か……。頭の良い馬鹿って使い辛そうだなぁ……)


 アイザックとしては、彼のような率直な意見を述べる人間は嫌いではない。

 だが貴族社会では「知的ではない」「配慮が足りない」と馬鹿にされて爪弾きにされるだろう。

 それにアイザックでも、息子にこんな風に言われたらショックを受けるはずだ。

 裏表のない実直な性格だからといって、誰にでも受け入れられるわけではない。

 次代のロックウェル地方総督を任せられるかが不安になってくる。


「ただ王族や貴族に生まれたからと、領民の事を考えずに享楽に耽る者もいます。ギャレット陛下のように国民のために真剣に考える統治者は貴重な部類だという事はお忘れなく」

「はい、それはよくわかっているつもりです。ギャレット陛下は私と違って伝統を重んじるお方です。そんな陛下が王家という肩書きと引き換えに、国民の生活を豊かにしようという覚悟を持って行動された事を尊敬しております」


 ギャレットに同情したアイザックが思わずフォローすると、アルヴィスもそれに応じた。

 これまでの彼の発言から、これは本心だろうと思われる。

 少しだけギャレットの表情が和らいだ。


「ところでフォード伯……。今は二人いるので、カイル殿とお呼びしますが、編入後は爵位をどうするかお考えですか? フェリクス殿にはリード王国で生きていきやすいように伯爵位を与えましたが、それはロックウェル王国が編入を決定する前の事。二つのフォード伯爵は必要ないというのであれば、フェリクス殿に新たな家名を与える事もできますよ」


 ――あまり長くアルヴィスに触れると危険だ。


 本能的にそう察したアイザックは、カイルに話を振る。

 フェリクスの呼び方に困ってフォード伯爵という爵位を与えただけだ。

 正統なフォード伯爵家は一つ。

 ならばカイルが継いでいるフォード伯爵家に統一するのが筋であろう。

 いつかは話しておかねばならない事である。


 問いかけられても、カイルは気まずそうな表情のままだった。

 何度かギャレットとビュイック侯爵の顔色を窺ったあと、意を決して口を開く。


「父をフォード伯爵に復位するという形にしていただけないでしょうか。父が戦場で倒れて、私が爵位を継ぐという形であれば認められたのですが、あのような形で爵位を受け継ぐのは納得できておりませんので」


 どうやら彼の態度は、アイザックではなく、ギャレット達に対してのものだったようだ。

 またしてもギャレット達の表情が暗いものに変わる。


 かつてフェリクスは、アイザックへの生け贄として派遣された。

 死を覚悟した彼の願いにより、爵位は息子のカイルに生前贈与された。

 だが今もまだフェリクスは生きている。

 今後も処刑される予定がないのならば戻ってきてほしい。


 そういう息子として当然の思いを主張してきた。

 アイザックとしても否定する理由はないので、彼の意見を尊重するつもりだった。

 しかし、その前に聞いておかねばならない相手がいた。


「フェリクス殿はどう思われますか?」


 当事者であるフェリクスの意見を聞いておかねばならない。


「先々代のフォード伯が戦死し、その後わずか数年でまた代替わりしました。フォード伯爵家の安定を考えるのならば戻りたいところですが……。アイザック陛下が私の力を必要とされておられるかどうかで判断したいと思います」


 彼はアイザックに救われるだけではなく、側近として使ってもらっていた。


 ――恩義を返したと思われているのか?

 ――まだ必要とされているのか?


 アイザックの答えを聞いてから判断しようとしていた。

 ボールを投げ返された事で、アイザックは考え込む。

 彼はいてくれたほうがいい存在だ。

 しかし、代わりがいないわけでもない。


「ロックウェル王国はロックウェル地方となります。そうなるとギャレット陛下が尽力してくださっても、多少の混乱は起きるでしょう。その混乱を抑える手助けは多いほうがいいはずなので、一度戻ってもらえますか?」

「かしこまりました」


 フェリクスはフォード伯爵家に戻る事ができて安堵する。

 だがそれと共に少しだけ寂しさを覚えていた。

 アイザックは間違いなく歴史を動かす人間である。

 そのそばで歴史の変化を見届ける事ができない寂しさだった。


「ですが、ただ当主に戻るというだけではカイル殿に不手際があって爵位を戻したと思われかねません。フェリクス殿不在時のフォード伯爵家を守り通した功績として、カイル殿には宝剣でも授けましょう」

「ご配慮くださりありがとうございます」


 アルヴィスと比べて、カイルはまだ常識的なようだ。

 その事にアイザックは安心するも「でもこいつも『これからのギャレットは国王じゃない』と考えて、媚びを売る相手を変えたんだよな」と思うと、安心ばかりしていられない相手と思わざるを得なかった。

 もっとも、彼の場合はフェリクスを捨て駒にされた恨みもあった事を考えると、ギャレットやビュイック侯爵に対して敬意を持てないのも納得できるところだった。 


(まったく最近の若者は……。なんて付き合いにくそう奴らばっかりなんだ。これが時代を担う若者か……)


 ――実直なアルヴィスと、計算高そうなカイル。


 アイザックは自分の事を棚に上げ、最近の若者の扱いにくさを心の中で嘆いていた。

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