第611話 子供が多くなりそうなわけ

 食糧支援は順調に進んでいると、アイザックはモーガンから報告を受けていた。


(これで物価も下がるといいんだけどな)


 冬越えのための備蓄が配給されれば、商人達は在庫で困る事になる。

 ファラガット共和国やグリッドレイ公国の商人は値下げをして、不良在庫を処分しようとするだろう。

 もしくは、より良い品質の物を売ったり、付加価値を付けて売るのかもしれない。

 周辺の国の商人達からは恨まれる事になるが、ロックウェル王国の民衆からは支持を得られるはずだ。

 仮想敵国の商人などよりも、自国民になる者達のほうが優先である。

 だが、これはこれでよかったはずだ。


 ――売れる量が減ったからといって、今年の作付けを大幅には減らせない。


 農民にも生活がある。

 作付け減らすにしても段階的に減らす事になるだろう。

 まだ数年は、ロックウェル王国に売るはずだった作物がダブつく事になる。

 それがファラガット共和国への侵攻時に有効活用できるかもしれない。


 ロックウェル王国まで食料を運ぶのには時間がかかる。

 その先のファラガット共和国まで運ぶのなら、さらに日数を必要とする事になる。

 現地で食料くらいは調達できたほうが、運搬に関係する人員や資材といった負担を軽減できる。

 その分、余裕ができるという事だ。

 戦争が継続しやすくなる可能性を生み出せたのだ。


 それに報告によれば、大量の馬車を見てロックウェル王国の人々が度肝を抜かれていたらしい。

 馬車での輸送力に不安を感じて、正規軍や領主軍の輸送部隊まで招集した甲斐があったというものだ。

 これで力関係を理解して、大人しく編入を受け入れてくれれば万々歳だ。


(問題は平民より貴族のほうだ。ファーティル王国は同盟国だったけど、ロックウェル王国は敵国だった。先祖の恨みから侮辱したりしないか心配だな)


 ――過去の因縁。


 かつてトミーとジュリアの実家であるオルコット男爵家とバークレー男爵家との間には長年の確執があった。

 先祖の恨みは個人ではなく、家の恨みとして残り続ける。

 家の歴史を重要視するせいだろう。

 前世が貴族とは無縁だったアイザックには理解しにくいものだった。

 曾祖父がフォード元帥に殺されたと知っても「そうなんだ」くらいにしか思わなかったくらいである。

 会った事もない曾祖父の仇を取りたいと思いはしなかったのだ。


 ロックウェル王国に対する恨みがあるとするならば、ギャレットに対する個人的な恨みだけである。

 アイザックは彼に「こいつのせいで戦争を始めるしかなかった」と言われていたからだ。

 いきなり戦争の責任をなすりつけられてムカついたものだ。

 降伏を申し出てこなければ、ファーティル王国吸収後に更なる経済制裁嫌がらせを行っていただろう。

 それを考えれば、彼はいいタイミングで降伏した事になる。


「貴族の反応はどうでした?」

「一部の者達は『リード王国の力など借りる必要はない』と強気の態度を取っておりましたが、あれは空元気でしょう。皆がリード王国に編入されるのを歓迎していれば侮られかねません。その中の更に極一部の者は本気でそう思っているかもしれません。ですが今回会ったのは王都に在住する貴族だったので大きな影響力はないでしょう。領主達の反応が気になるところです」

「領主も集めていただいておりましたので彼らと話をする事ができました」

「ほう」


 ロックウェル王国にまで足を運ぶので、ギャレットに領主を集めてもらっていたらしい。

 それならば気になっていた相手の反応を知る事ができる。

 アイザックは祖父がどんな話をするのか耳を傾ける。


「『すべてを取り上げ、一度リード王家のものにしてから改めて貸し与える』というプロセスを踏む事に一時は難色を示したものの、すぐに賛同を得られました」

「やはり借金を踏み倒せるというのは魅力的だったのでしょう」


 アイザックは鉱山の採掘権などだけではなく、ファラガット共和国やグリッドレイ公国の商人に借金がある者の全財産を王家が取り上げるという形にする事にした。

 そうする事で先祖伝来の品や思い入れのある品を差し押さえられなくなる。

 借金の形に無理矢理差し押さえようものなら、それはリード王家の財産を強奪するのと同じである。

 だから勝手に持ち出されぬよう、表向きはリード王家の物になったという事にしておく。


 ただ名目上の事とはいえ、大事な品々を他人の物とする事に抵抗を持つのも当然だろう。

 だが彼らは名よりも実を取った。

 ファラガット共和国が滅びるまで、数年の間はリード王家の名前を盾に使う事を選んだようだ。

 もっとも、戦争が始まるまで利子だけは払い続けてもらい、彼らに国家ぐるみの踏み倒し計画を悟られないようにしてもらうが。


「ただ陛下が悪辣な計画を実行する男だという認識が広まりました。彼らの利益になるので、そこまで悪くは受け取られていませんが……」


 モーガンは困った表情を見せる。

 彼は「アイザックは外道ではない。信頼できる国王だ」という認識を広めようとしていた。

 だが言葉だけで「これも自分を信頼させて騙すための罠なのでは?」という疑念を拭い去る事はできなかった。


「他人の物を勝手に売り払えないという常識から思いついただけなのですけどね。彼らの信頼は、これからの治世で勝ち取るしかないでしょう」


(前世では普通だったみたいなんだけど、この世界ではまだまだなんだなぁ……)


 前世の友人の中には金銭絡みの話題に強い佐藤という男がいた。

 彼が「強制執行で持っていかれたくないものは『友達から借りている物だ』って言えば持っていかれない」という話をしていた。

 その友人枠を王家にしただけだ。

 それを「悪辣だ」と言われるのだから、この世界の法律はともかく、運用についてはまだまだ発達段階なのかもしれない。


「借金を踏み倒す前提で動く事のほうで引かれているのだと思いますが……」

「あぁ、そっちですか。これまで搾取されてきたというのに律義なものですね」

「その考え方がよろしくありません。人前では、そういったお言葉をお控えください」

「わかりました。気をつけましょう」


 モーガンは「アイザックも徐々に父上に似てきたな」と思っていた。

 そしてジュードが治める国というものを想像し、背中を冷や汗が流れる。


「ところで私の仕事はロックウェル王国と、グリッドレイ公国の両国に関するもので終わりと考えてもいいのでしょうか?」


 モーガンにも「孫の手助けをしてやりたい」という気持ちはある。

 だが同時に「孫や曾孫を可愛がるだけの余生を過ごしたい」という思いも強かった。

 そこで本格的に忙しくなる前に、自分の任期を確認しようとする。


「本来ならば副大臣のランカスター侯に任せるところですが、元々ウェルロッド侯は彼の後任でしたからね……」


 ランカスター侯爵は「ジュードの後任をしていたが、彼と比べられる事も多く、心労のため大臣を辞した」という経歴がある。

 当然、そんな彼にもう一度大臣をやれとは言えない。

 世代交代を考えて、ランドルフ世代あたりから次の人選を選ばねばならないところだった。


「大臣と副大臣の代わりの人選が必要だとは思っています。ウェルロッド侯のあとはリード王国の者から選ぶ予定ですが、その次は元ファーティル王国とロックウェル王国の貴族という選択肢が一気に増えますね」

「現段階で候補はございますか?」

「うーん、難しいですね。ウェルロッド侯はどうです?」

「これからのリード王国の方針次第でしょう。外務大臣は国の顔です。硬軟自在といった者もおりますが、強気の外交を行うならば駆け引きよりも一歩も引かぬ態度を取れる者のほうが良い場合もございます」

「それならば三年後を目途に、人選をしていきましょうか。ファラガット共和国との戦争の結果次第でリード王国の立場が変わってくるでしょうし」

「そうですな」


 ファラガット共和国に負けるつもりはないが、戦争ではなにが起きるかわからない。

 ファラガット共和国では金持ちしか投票権がないが「共和政治を絶対に守る」という使命感に燃えた優秀な将軍が現れないとも限らないのだ。

 絶対に勝てるとは限らない。

 勝てばいいが、負けた場合は弁解に優れた人選をしなくてはならないだろう。

 現段階では難しい問題だった。


「めぼしい人物のリストアップをお願いします。そうすればそう遠くないうちに穏やかな隠居生活ができますよ、お爺様・・・


 国王ではなく、孫としての態度を見せる。

 これはアイザックなりの「ここからは身内として話そう」という合図だった。

 しかし、モーガンは嫌そうに顔を歪ませる。


「まさか孫がここまで老い先短い年寄りに厳しく育つとは……」

「歴史に名を残せる仕事を信頼して任せてくれるいい孫の間違いでは?」

「隠居生活をチラつかせて働かせるのは年齢に関係なく酷い行為だぞ。これから何人の曾孫の顔を見る事ができるか……。ジュディスやティファニーとも結婚するのなら、一般的な人数よりかは多くの曾孫を見る事ができるかもしれんがな」

「まぁ、ジュディスだけでも――」


 その時、アイザックは気づいてしまった。


 ――気づかなくてもいい事に。


(パメラはともかくとして、リサ、アマンダ、ロレッタ、ジュディス、ティファニーの五人とは夜の生活を過ごさないといけない。俺の体は持つのだろうか?)


 アイザックは毎日のように誰かと夜を過ごす。

 だが彼女達にしてみれば、ほぼ週に一度アイザックと過ごすだけである。

 そうなると寂しい思いをさせないため、ちゃんと夜の相手をしてやる必要があった。

 これまではリサ達三人だけだったが、ジュディスとティファニーが増えた事でほぼ休みがなくなる。

 その場合、若くて健康的な体とはいえ、自分の体が持つのかどうかが不安だった。


(そうか! だから子供が多いのか! 妊娠中は流産しないために夜の関係は控えて、出産後は体調が戻るまで待つという名目で控える。気合で子供を作らないと、俺の体が持たないから、自然と子供の数が増えていくのかもしれないな!)


 ――美女に囲まれて幸せなのはアイザックだけ。

 ――相手の幸せも考えれば、ちゃんと一人一人の相手をしてやらねばならない。

 ――だがそうするとアイザックの体が持たない。

 ――そのため、子供を作って夜の相手をしなくてもいい期間を作る。


 ジュディスが十人以上も子供を作ったという未来に現実味が帯びてきた。

 おそらく他の妻達も占っていれば、彼女達も子供が多いのがわかっていただろう。


「少なくはないであろう子供達のためにも、分け与えられる領地は増やしておきたいですね。お爺様にも、あと数年は頑張っていただきます」

「あぁ、もちろんだとも。お前にとっては、あまり良い祖父ではなかったからな。その分、曾孫のために残る命を懸けて働いてみせよう」

「お願いします」


 モーガンは、アイザックが幼かった頃にあまり積極的に動いてやれなかった事を覚えていた。

 その分を最後に頑張ろうと思って言った言葉であったが、のちにグリッドレイ公国へ派遣される際に後悔する事となる。

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