第610話 国力の差

 リード王国とロックウェル王国の国境に、リード王国代表のモーガンとロックウェル王国代表のシルヴェスターが集まっていた。

 この日は編入の前祝いとして、食料などが送り届けられる事になっている。

 その中には、袖や裾を調整すれば使える貴族向けの既製品も含まれていた。


 かつてエリアスの死を知った時、喪服を持っていない者のために丈を調整するだけで着られるものを用意させていた。

 今回は、それを商品化したものを贈る事にした。

 これは「リード王国の貴族が、ロックウェル王国の貴族の格好を見て、見下さないように」という配慮によるものだった。


 ――アイザックは宮廷費をあまり使わない。

 ――そのせいで王家御用達の商人達との取引量も少ない。

 ――このままでは不満を持たれてしまう。


 金の使い道に困ったアイザックが考えたのが、ロックウェル王国への支援にリード王国の流行に合わせた貴族服を紛れ込ませるというものだった。

 これをギャレットからの・・・・・・・・下賜品・・・という形を取る事で「家臣に恥をかかせないために用意した」という名目で送り届ける。

 ロックウェル王国の貴族全員分というわけではないが、調印式に同行する貴族やその侍従の分ならば十分に足りるはずだ。


 ――これで「アイザックが憐れんで恵んでやった」と思われずに済むし、ギャレットの面子も立つ。

 ――そして予算を消費できて、御用商人達も利益を得られる。


 一石二鳥どころか、四鳥を狙った目論見だった。

 ロックウェル王国側は食料の支援を早めに受ける事ができるため、何一つ損はしない。

 損をするとすれば「じゃあ、あとよろしく」と、急遽仕事を任された者達くらいだろう。


「噂によれば、この支援はウェルロッド公が提案してくださったとか?」

「調印してからの支援では、ギャレット陛下が食糧支援と引き換えに国を売ったと言われかねません。ギャレット陛下はリード王国への編入後にロックウェル地方を任されるお方。名声は保たれたほうがよろしいと思いましたので」

「ご配慮感謝します」


 シルヴェスターとモーガンの二人は、これから行われる事の見届け人だった。

 そのため街中ではなく、国境に集まっていたのだ。


 国境とはいえ、ここは最も大きな街道が通っている平原の真っただ中である。

 あるのは街道脇に建てられた税関代わりの小さな砦のみ。

 それもロックウェル王国側にあるもののみだ。

 ファーティル王国側は離れた場所に見張り台が点々と、メナスの街まで続いているのみである。

 これはファーティル王国が攻め込まれる側だったからだ。

 山や丘などがない平原であるため、国境に砦を築いても瞬く間に攻め落とされるだけ。

 ならばロックウェル王国軍の動きを見る見張り台だけ建て、要塞化した街で受け止めようという判断がされていた。


 いつもはなにもない平原だったが、この日は違った。

 リード王国側からは数え切れぬほどの馬車がやってきている。

 それが砦の上にいる二人からはよく見えていた。


「あれだけいると、まるで我が国が攻め込まれるかのように錯覚してしまいますな」


 シルヴェスターが、ボソリと呟く。

 地平線まで続く馬車の列が、彼にそう思わせたのだ。

 それはある意味、当たっていた。

 兵士を送り込むだけが侵略ではない。

 精神的な侵略もあるのだ。


 アイザックは早めに支援を行う事で「リード王国に支配されるのもいいかも?」という雰囲気を作ろうとしていた。

 たとえ国のトップが降るという選択を取っても、平民の反抗心が強く、反リード王国を掲げるレジスタンスが発生するような事になっては意味がない。

 そのためには平民の心を攻めるのが重要である。

 この支援はその第一弾として送り込まれているので、彼の感想もただの妄想というわけではなかった。


「戦争の芽はシルヴェスター殿下が摘まれたと伺っております。なんでもビュイック侯と共にギャレット陛下に降るべきだと強く説得されたとか?」

「ええ。アイザック陛下から『ロレッタ殿下と結婚したのち、ファーティル王国はリード王国に編入される』という話を聞かされましたので。……もしかしたら、私がこのように動くと見抜かれていたのでしょうか? ウェルロッド公は祖父としてどう思われますか?」

「祖父としてですか」


 なかなか難しい質問である。

 下手な事を言えば、シルヴェスターの機嫌を損ねる事になるからだ。


(しかし、彼ならば大丈夫か。おそらくビュイック侯が編入を決めた首謀者だろうが、それに賛同するくらいには柔軟な思考を持っている。今更騙されたと怒りはしないだろう)


 彼に自分なりの考えを話そうと、モーガンは思った。


「陛下は相手が自主的に動くように人の心を巧みに操られます。ですが、そのすべてが悪い結果になるとは限りません。陛下によって救われた者を数多く知っております。短期的にはギャレット陛下の名声は損なわれるでしょうが、長期的には取り戻せるでしょう。陛下は世間で言われているほど薄情ではありません」

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず、という事ですか。ならば、早めに降ったのは正解でしょうか」

「かもしれません。まぁさすがに権力を奪ってから家を潰すという外道ではないという事は保証しましょう」

「それは信じております。でなければ降ろうなどという発想は浮かばなかったでしょうから」

「ところで――」


 あまりアイザックの話をするのはマズイ。

 そう思ったモーガンが話を変えようとする。

「名君かどうかではなく、外道ではないと否定せねばならない」という時点で、人前でアイザックの話を続けるのは避けたかったからだ。


「シルヴェスター殿下は爵位を賜わる予定だとか。おめでとうございます」

「ありがとうございます。早期の支援を受ける事ができたという名目で、子爵に任じられる予定です」

「子爵位ですか?」


 シルヴェスターは王弟である。

 これから編入されるため公爵とはいかずとも、もっと高い爵位を貰っても不思議ではない。

 それが子爵位という事をモーガンは不思議に思った。

 だが、これはシルヴェスターなりの配慮だったのだ。


「まともな功績のない侯爵や伯爵が増えても迷惑でしょう? それに爵位が高ければ高いほど、その責任も重くなります。アイザック陛下の下で侯爵にふさわしい働きをする自信がありませんので、子爵位にしていただきました」

「ほう、シルヴェスター殿下から望まれたと……。なるほど。アイザック陛下から賜る事になれば、国を売った見返りと思われかねない。だから編入前に子爵位を賜る事にしたというわけですか」

「まぁ、そんなところです」


 ギャレットやシルヴェスターも、アイザックの指示を待つだけではない。

 彼らなりに考えて行動をしているようだ。

 モーガンはその事を頼もしく思い、彼らがアイザックを支える忠臣となってくれる事を願った。



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「おい、非番の奴らどころか、見かけた事のない奴もいるぞ」

「よその税関も同じらしいぞ。いつもの何倍も動員しているそうだ」

「また戦争でも始まるのか?」

「たったこれだけで仕掛けたりはしないだろう」


 モーガン達が話をしている一方で、税関の役人達の間には動揺が走っていた。 

 常時の数倍もの役人や兵士が集まっているのだ。

 なにかが起きるに決まっている。

 だが、シルヴェスターとモーガンが穏やかな雰囲気で話しているので、戦争が始まるわけではないだろう。

 詳しく事情を説明されないままに招集された者達は不安そうにしていた。


「ひえっ」

「なんだっ!?」


 彼らの一部から悲鳴があがる。


「地面が動いているぞ!」

「離れろ!」


 ロックウェル王国の街道は、かつてアイザックがヒューを脅したのとは違い、石畳でしっかりと舗装されていた。

 鉄のインゴットなどを載せた荷馬車が通るのだ。

 雨が降ったらぬかるむ土の道などではない。

 その石畳の道がうごめいていた。

 だが大きく盛り上がったり、穴ができたりしているわけではない。

 ただ平らになっていくだけである。


 そのような事態を引き起こした犯人はエルフであった。

 彼らは遠くから街道を整備する魔法を使い、それがたまたま役人達の足元にまで届いてしまったというだけだった。

 しかし、そのような事を知らぬ者達は「天変地異の前触れだ」と怯える。

 しばらくしてエルフ達を載せた馬車がやってくると、役人達も彼らが犯人だと気づいた。


「ついに我が国の街道もエルフが整備してくれる事になった。初めて見る者は驚くだろうが心配はないぞ」

「それを先に言ってくださいよ」


 王弟相手ではあるが、兵士の一人がボソリと不満をこぼす。

 その言葉には同意したいものの、隣にいた者が不満を漏らした者の足を踏んで黙らせる。


「諸君らにはリード王国からやってくる馬車の確認をしてもらいたい。王家発行の通行証を持つ者は、積み荷の数だけ数えて通せばいい。普通の通行人はこれまで通りだ」


 シルヴェスターの命令に「それだけならば、この人数は大袈裟なのではないか?」と皆が思っていた。


 ――しかし、それは間違いだとすぐに思い知らされる。


 エルフが魔法で街道を整備し、先へ進んでいく。

 その後ろをシルヴェスターとモーガン達が馬車で付いていった。

 役人の中には地面に片膝を着き「凄い、平らになっているぞ!」と驚く者もいたが、他の者達は違うところを見ていた。


「なんだ、あれは……」


 地上にいる役人達の目にも、絶え間なく続く馬車の列が確認できるようになった。


「あの数は異常だぞ」

「どれだけいるんだ!」


 馬の歩く音と車輪が回る音。

 聞き慣れた音のはずなのに、数が極めて多いため、それが轟音のように平原に響き渡る。


「やっぱり戦争が始まったんじゃないのか!?」

「だが殿下は荷物と言っていたぞ!」

「きっと裏切ったんだ!」

「うろたえるな!」


 動揺する部下達を砦の責任者が叱りつける。


「あれには食料が載っているらしい。あのおかげで冬を越えるための備蓄が楽になると聞いている。一度にあれだけくるのは今回だけで、今後は段階的にやってくるそうだ。慌てず、落ち着いて対応しろ。でないと、ロックウェル王国の人間は腰抜け揃いだと笑われてしまうぞ!」


 彼の一言で、部下達は少しだけ平静を取りもどす。


「いつも通りの仕事をしろ。それだけでいい。さぁ、仕事にかかれ!」


 彼の号令に従い、各自馬車を誘導して検査を始める。

 今回は禁制品の確認を飛ばすため、比較的楽に進んでいく――はずだった。




「まだいるのかよ……」


 日が暮れても、まだ馬車の列は途切れない。

 街まで戻るのが面倒なのか、平原で野宿をしようとする者達の姿も多く見受けられた。

 数え切れぬ焚火の数の数倍は馬車がいると思うと、役人達もうんざりとする。


「俺さ、実はリード王国に降伏するって聞いて反対してたけど、今は賛成に回ってもいいかもしれないと思い始めてきた」

「なんでだ?」

「だってよぉ、食い物を運ぶ馬車だけでこれだけいるんだぞ。しかもこんなにたくさんの馬車が運ぶ食料をロックウェル王国に渡しても問題ないって事だ。噂によればドワーフ製の装備を持ってるっていうし、そんな金持ちと喧嘩して勝てる気しねぇし……」

「装備の差は気合でなんとかなるだろうけど、腹が減ってたら戦いなんてできねぇもんな……」

「ここだけじゃなく、他の道からも荷物が運び込まれているらしいから、とんでもない量になるぞ」


 役人達は国力の差を、今日一日で嫌というほど見せつけられた。

 そしてまだ明日以降も見せつけられるだろう。

 気分が落ち込んでいく。

 アイザックが想定していた方向とは違ったが「ロックウェル王国の者達の反抗心をへし折る」という点では、この支援は成功しつつあった。

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